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第一五話 それぞれの行動

 チアとテュアーテの家に泊まらせてもらった、その翌日。

 家の二階にて、ラカはチアに纏わり付かれていた。


「お手玉してー! みぃくんがしてたみたいなっ」


「無茶言わないでくれ……」


 ラカは確かに邪晶石に触れた影響で、魔力資質に目覚めた。とは言え、体内に溜まり続ける魔力を、自力で排出できるほどではない。

 ここ最近、ようやく魔力を掴み始めているところであるが、魔術には未だ手が届きそうにない。


 一応、魔術に限らなければ、できないことはない。


「普通のお手玉ならできるぞ? そら」


 財布から銅貨を取り出したラカは、それを順に投げていく。その数、六枚。

 乱舞するような銅貨に、チアの目は釘づけになった。


「すごいっ、すごーい!」


「そ、そうか。……へへ」


 まぁ、褒められて嫌な気はしない。

 子供のまっすぐな賛美に、ラカは人差し指で鼻の下をこすった。


 そういった感情も、しばらくすれば落ち込んでいくのだが……。


「はぁ……」


「ごめんなぁ、ラカちゃん。チアちゃんの我儘、聞いてもろて」


「あ、いや、今の溜息は……すまねー」


 チアの母、テュアーテに溜息を聞かれ、ラカは気まずさを覚えた。


 現在この家には、チアとチュアーテ、ラカの三人しかいない。

 残りの仲間はみんな、ミコトの捜索に出かけていた。


 ラカも捜索に行きたかったのだが、家主の子供に遊びをせがまれ、家主からも頼まれたとあっては、断るわけにもいかない。


 意識は自然と、懐の内側に行く。そこにはサーシャから借り受けた『ノーフォン』があった。

 今のラカは僅かながらだが、体表を魔力が伝っている。魔道具を起動するなら、これで問題ない。


 連絡が来れば、すぐにでも飛び出すつもりだった。


「ねえ、らぁちゃん、みぃくん、いつ帰ってくるのー?」


「……っ。さーな、まぁひょっこり帰ってくんだろ」


 チアとテュアーテには、ミコトが王都で行方不明になっていることだけ伝えている。魔王教については一切教えていない。

 心配させるのも悪いし。それに、言い方が悪いが、ここを追い出されると困る。


 もっとも、ラカの苦手な嘘を、娼婦という薄暗い社会で生き抜くテュアーテが見破れないはずがない。


「なぁ、テュアーテ……さん」


「慣れへんのでしょ、さん付け。いつも通りでええよ」


 テュアーテの気遣いに、申し訳なさを感じながら、ラカは続けた。


「テュアーテ、なんでオレたちを泊めてくれたんだ?」


 ラカたちが訳ありなのを、テュアーテは気付いている。

 その上で泊めてくれるのは、なぜなのか。


 テュアーテは目を丸くして、それから、柔らかく目を細めた。


「複雑なことやあらへんよ。ほら、ミコトくんとラカちゃんには、迷子のチアちゃんを保護してくれた恩があるし」


 それは、釣り合わない気がした。お人好しが過ぎる。

 だが、まぁ、文句は言わない。


 だから、


「ミコトの野郎が帰ってきたら、雑用でもなんでも、こき使ってやってくれ。オレ共々な」


「ふふっ。それじゃあ、期待した待ってるわぁ」


 テュアーテの連れて、ラカも微笑んだ。


 もどかしい気持ちは変わらない。連絡があれば、やはり飛び出していくだろう。

 だが、心持ちは定まった。


(ああ、オレも待つさ)




 一方、ラカに自身の『ノーフォン』を預けたサーシャは、ミコトの『ノーフォン』を手に持っていた。

 繋がった先は、王城の中。アスティア・アルフェリアだ。


 片方は下層西区にある、寂れた店舗の屋上から。もう片方は、王城のバルコニーから。

 遠い距離を隔てて、二人の少女は向かい合う。


「ミコトがいたのは……あそこ、だね」


 サーシャが視線を向ける先には、下層西区の通りがある。

 屋台があったが、中央通りほど盛んではない。


『見かけた者も多いだろう。憶えているかは知らんがな』


「とりあえず探ってみる。ありがとうね」


 情報交換を終え、サーシャはレイラとグランを横目で見た。二人はサーシャの視線に、静かに頷く。

 赤眼ゆえに、サーシャはフードを目深に被っている。そのため、聞き込み調査には不向きだ。レイラとグランに頼むしかない。


 そしてサーシャは、薄暗いところでの調査だ。こちらにはサヴァラが同行する。

 ゴロツキのような連中には、簡単に力の差を見せ付けてやればいい。空気中に魔法陣を二、三ほど同時展開すれば、大抵の相手はびびる。


『……騎士団を動かせば、手っ取り早いのだがな。今は人員不足なのだ」


 アスティアは言わなかったが、身分の不確かな者からの情報では騎士団を動かせない、という事情もあった。


『もし何かあれば、シュヴァリエット家に協力を頼むといい。こちらから話は通しておこう』


 だが、貴族からの情報であれば、騎士団も無碍にはできない。

 下等の騎士数人くらいは動かせるだろう。


「うん、ありがとう。……本当に、ありがとう」


『無理はするなよ? ではな』


 そして、『ノーフォン』の繋がりが途絶える。

 サヴァラ、レイラ、グランを見回して、サーシャは強く頷く。


「始めよう、みんな」


 今こうしている間にも、ミコトがどうなっているか、わからない。

 不安になる。


 出会ってしまえば、彼はユウマとともに、異世界に帰ることになる。

 立ち止まっても、歩んでも、ミコトとは会えない、会えなくなるのだ。


 胸が苦しい。

 でも。それでも。


(待っててね、ミコト。絶対に、絶対見つけるから)




《操魔》が『ノーフォン』で連絡を取っている間、悠真は通話相手のすぐ近くにいた。

 具体的には、バルコニーを見下ろせる屋根に腰かけて。会話を耳にしながら。


「なるほど。お前が王女サマ、ね」


 通話が終わり、振り向いた。幼げながらに可憐な容姿に、しかし、悠真は何も思わない。

 ようやく悠真の存在に気付いた王女は、驚愕に目を見開いている。


『姫様、ご無事ですかッ!?』


 次の瞬間、亜麻色髪の若い騎士が、バルコニー駆け込んできた。気配を悟ったのか、随分とお早い到着だ。

 さて、残るもう一人の騎士は……?


『貴様、リッター! 姫様の私室に無断で入るなど、何事だぁ!』


 野太い声のあと、バルコニーに中年の騎士が転がり込む。

 彼はリッターを怒鳴りつけようとして、だいぶ遅れて悠真に気が付いた。


 悠真は空間把握で、部屋の外に二人の騎士がいることを見抜いていた。

 だが、ここまで勘に差があったとは。


『五秒』


 悠真は異世界の言語を口にした。

 警戒する中で放たれた言葉に、三人は困惑する。


『それがなんだ、侵入者め!』


『おっさん、黙れよ。これはな? 先に亜麻色男が駆け付けてから、中年が来るまでの時間差だよ。――その間に、』


 悠真の右側で、空間の孔が出現する。そこに手を突っ込んだ瞬間、中年騎士が呻き声を上げた。

 数メートルの距離を開けて、悠真の右手が男の首を絞める。


『――お前らの姫様、死んでいたぞ?』


 悠真は上司であろう愚図の中年を見下し、部下であろう優秀な若人を嘲笑する。


 若い騎士が剣を抜き、男の首を絞める手を斬ろうとしたところで、悠真は右手を引っ込めた。

 騎士剣は空を斬る。


『そしてこれが、俺とお前らの実力差だ』


 これは警告だった。

 その気になれば、お前らは瞬殺できるのだ、と。


『貴様、何者だ?』


 自身を守る騎士を手で制して、王女は尋ねた。

 その胆力に、悠真は素直に拍手を送る。


 無様に逃げ出すようであれば、スタンガンを浴びせてやるつもりだった。


『空閑悠真。不本意ながら、《千空》の使徒をやっている』


『《千空》……勇者だと? その使徒とは、いったいどういうことだ?』


 知らないのか。悠真は小さく舌打ちした。


『王サマなら流石に知ってるだろうよ。俺に説明させるな、面倒臭い。別に自己紹介しに来たわけじゃないんだ』


『ほう、なんだ?』


『警告に来たんだよ。王都に魔王教が潜伏している、ってな』


 王女と《操魔》の会話を聞いて、ふと考え付いた。

 騎士団を利用し、魔王教とぶつけられないのは、情報・情報提供者ともに不確かだからだ。


 だが、もしも。圧倒的な力を持つ者が、警告したなら。

 騎士団は意識せざるを得ない。


 警戒を固める方針になったらなったで、別にいい。もともと動かないものが、動かないと確定するだけだ。


 だが、上手くいけば、利用できる。

 少なくとも、侵入者となった空閑悠真の捜索くらいは行われるはずだ。


 悠真は鼻を鳴らして、王城から転移した。


 自分の完全空間把握は狭すぎる。役立たずだ。

 だから、仕方ないから利用する。たとえ異世界人であろうとも。


「役に立てよ、駒ども」



     ◆



 王城では、侵入者が現れたことで、緊急会議が開かれた。


 侵入者の捜索。侵入者がもたらした、魔王教の情報。警備の薄さを責める声。

 少ない人員を、捜索に割くか、警備に割くか。会議は大きく荒れた。


 会議は膠着。

 結論が出るまでの間、魔王教については一時保留となり、騎士団は警戒を強めることになる。


 出された捜索隊は結局、侵入者を見つけられなかった。






次話で第一次六章大更新は終了します。

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