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第一四話 拠点を探して

 空間の孔をくぐることに、若干の抵抗はあったものの、サーシャたち一同は王都へ辿り着いた。

 突如として人が現れたことで、元からその場にいた占い師が「ギャー!」と、なんだか可愛らしい悲鳴を上げて逃げ出していったが、気にすることではないだろう。


 路地裏から出ると、人々が行き交う商店街だった。

 サヴァラが通行人に尋ねたところ、ここが下層西区らしいことがわかった。


「とりあえず、活動拠点を探そう」


 サヴァラが言った。


 いきなり捜索はしない。何事にも活動するための拠点が必要なのだ。

 それぞれ探索を始める場合にも、集まる場所は決めておかなければならない。


「アンタの能力使って、パパッと見つけられないわけ?」


「『転移』にそこまで求めるな」


 信頼がないために嫌味な態度のレイラへ、ユウマは不機嫌を隠さない。

 というか、自身が《千空》の使徒であることや、『転移』という能力にも嫌悪感を覚えているようだった。


 ユウマの能力――『転移』も、どこにでも跳べるというわけではないらしく、一度はぐれた人間を探すのは勘頼りらしい。

 その勘頼りも、《千空》の使徒ゆえか、かなりの精度を持つらしいが。


 擦れ違いになったとは言え、その勘があったからこそ、封魔の里に辿り着けたのだろう。

 この広い世界で、たった一人を探し出すことは、ひどく難しいことなのだ。


 ともかく、『転移』は万能ではない。詳しくは話してくれなかったが、跳べる場所は『眼で見える範囲』『知っている場所』だそうだ。

 ユウマとは情報交換がしやすいよう、同じ拠点を中心に活動することになる。


「さっきは拠点なんて大仰な言い方をしたが、到着早々に手に入れられる拠点なんて、宿屋くらいしかない。犯罪だが、無断で空き家を使ったりなどもあるが」


 と言っても、部屋を何日も借りられるほど大金があるわけではない。だからと言って、寒空の下で野宿すれば、最悪凍死する。

 空き家を勝手に使用し、それがバレれば、王都にはいられなくなる。そういう輩は多いので見逃されている部分もあるが、できるだけ危険は冒したくない。


「一応、心当たりがないわけではないが、」


 グランは言いよどむ。

 フリージスに雇われる前からの、傭兵仲間が王都にいるかもしれないと考えた。

 だがそれは、


「チャング……エインルードが、手を回している可能性がある」


 チャングとは、グランの昔の傭兵仲間であり、王都にあるエインルード別宅で料理人をしている男である。

 確証はないし、手を回されていたとしても、裏切られたとは思わない。雇い主が敵対していたりなど、昨日は友だった者が今日の敵になることも、ないわけではない。


 チャングは今、エインルードに雇われている。

 あれで依頼に忠実な男だ。チャングはエインルードに協力しているだろう。


「フィンスタリー・トゥンカリーの屋敷は、どうかな?」


 今度、手を上げたのはサーシャだ。

 彼女にとって、あの屋敷の地下のことは思い出したくないことだが、そうも言っていられない状況だ。


「……一応、行ってみましょう」


 レイラはしばらく考えてから、最後にそう言った。




 フィンスタリー・トゥンカリーの屋敷に向かうのは、少数だけだ。

 いざというときに『転移』で逃げられるユウマと、場所を知っているレイラとグランが選ばれた。


 ラカとテッド、サーシャとサヴァラの四人は、『転移』した場所からほど近い、北区の住宅街で待機だ。

 王都の外周。そこには、中心から追いやられた者たちが集まっている。建物自体は真新しいはずが、寂れた雰囲気が漂っている。


 その街並みに、ラカは見覚えがあった。


「ここ、ミコトと来たことがあるな」


 オーデ救出のため、フィンスタリー・トゥンカリーの屋敷を探していた際、ここにも来たことがあった。

 まさか、また来ることになるとは。ラカは僅かな感慨に、頬を緩めた。


 と、そのときだった。


「あれぇ? らぁちゃん?」


 幼く舌足らずな声に、ラカはハッと振り向いた。

 その先にいたのは、ぼろい布きれのような衣服を着た、一〇歳にも満たないであろう少女だ。


 確か、名前は……


「チア、だったか?」


「うん、そうだよー。久しぶり!」


「お、おー。久しぶりだな」


 出会いは、迷子になっていたチアを、ミコトが拾ったのが始まりである。

 当時はほとんどミコトが相手をしていたが、年下との会話に慣れないラカは、子供の押しの強さに戸惑う。


 これでも一応、自分の口調や性格が荒いことは自覚しているのだ。

 子供相手にその態度だと、泣かせてしまうかもしれない。チアに対して特にそう思うのは、初対面のとき、チアが泣いていたからかもしれない。


「この人たちは?」


 引っ切り無しにラカに話しかけていたチアが、ふいにサーシャとテッドへ向く。

 話し疲れていたラカは、自己紹介は本人に任せることにした。


「わたしはサーシャ。こんにちは、チア」


「僕はテッドだ」


 サーシャはフードを目深に被り直しつつ、テッドはぎこちなく言った。

 赤眼のサーシャ、ラカと同様子供慣れしていないテッドも、子供の相手をするのに不適格すぎた。


「俺はサヴァラ。よろしく、チアちゃん」


 ここで、さすが二児の父……と言いたかったが、そんなことはなかった。

 サヴァラは現在、包帯で肌を覆い隠していた。


 彼の全身には魔法陣が埋め込まれている。里にいたときは、顔には付けていなかったが、王都に行くに当たって巻くことにしたのだ。


 そんな事情、チアには関係ない。彼女の目の前にいるのは、猫撫で声を発するミイラ男、明らかな不審者だ。

 チアは怯えてラカの陰に隠れてしまった。膝を付くサヴァラを、サーシャが慰める。


 チアは少し辺りを見回したあと、不思議そうにラカを見る。


「みぃくんは?」


「あー……ちょっとアイツとは、別行動中でな」


 行方不明で、魔王教に囚われているかもしれない――なんて、まさか本当のことを言うわけにもいかない。


『ノーフォン』越しに誤魔化していたサーシャの気持ちが、少しだけ理解できた。

 王女を相手にしていたサーシャよりかはマシだろうが。


「なにかお話ししてー!」


「そ、そうだな……」


 しばらく付き合わないといけないことを考えると、疲労感が湧いてくる。


(アイツのこと、ウザいウザいと思ってたが、けっこう話し上手だったんだな)


 ユウマたちが戻ってくるまで、遠い目になるラカであった。




 やはりユウマの出現は唐突で、チアは跳び上がるほどに驚いていた。

 怯えと好奇心がせめぎ合っているようで、ラカの背中に隠れてユウマを観察していた。


「ほら、チア。オレらは話し合いしなきゃなんねーから、さよならだ」


「えー! いーやーだーぁ!」


 一〇歳にも満たない子供というと、まだまだ我儘な時期である。

 レイラたちが戻ってきて安堵していたラカが、再び遠い目になろうとしていたとき、ユウマが鼻を鳴らした。


「放っておけ」


「だ、だけどよ……」


「聞かれても問題ないだろ」


 確かに、多少聞かれるくらいなら問題ないだろうが……。

 そう悩むラカを放って、ユウマはレイラに報告を促した。


「……屋敷は、騎士に調査されているみたいだったわ。拠点にするのは無理そうね」


 続けてグランが言う。


「近隣の住民に話を聞いたが、調査が始まったのは、つい最近らしい。出入りがなくなったことで、不審に思った者が報告したそうだ」


「そこで、地下室で見つけた……ってところか」


 死体、とラカが言わないのは、チアがすぐそばにいるからだ。

 半年前、屋敷に乗り込んだとき、フィンスタリーはすでに死んでいた。その後、発見が遅れるようにと、地下室に放り込んだのだ。


「こんなことになるくらいなら、あのときにちゃんと処理しておけばよかったわ」


 未練がましく、レイラはぼやいた。


「つまり、振り出しに戻った、というわけか……」


 テッドも呻きを上げた。

 残る選択肢は、無断で空き家を忍び込むか、危険を承知でグランの傭兵仲間に頼み込むか、資金をすり減らして宿に泊まるかだ。


 レイラは一応、里と王都の間を、ユウマに送迎してもらうことも考えた。

 が、ユウマが不在になった瞬間に成り立たなくなる案は、ありえない。彼は不確定要素すぎる。


 必要なのは、王都での拠点なのだ。


 我関せずといった風なユウマを除き、六人は悩んでいた。

 そのとき、静まり返った場を無視する声がひとつ。


「らぁちゃんたち、お泊まりできるところを探しているの?」


 それは、ラカの背中に張り付いていた、チアの言葉だった。


「ん? あぁ、まーな」


 いったい何が言いてーんだ? と訝しむラカに、チアは言った。


「わたしの家に、くる?」


「……はァ? テメー、何言ってんだ?」


 子供を泣かさないように、と抑えていたラカは、思わず荒れた口調で返してしまった。

 チアは動じなかった。


「わたしの家、けっこう大きいんだよ! 二階もあってね、なぁんと屋根裏部屋もあるの!」


 貧民が集まる下層北区で、それは随分と裕福な家庭だ。

 確かにそれだけ広いなら、七人くらい泊まれるかもしれないが。


「駄目だ」


 仲間たちが見守る中、ラカは断言した。


 チアの格好は、お世辞にも裕福とは言えない。『比較的裕福』は、下層北区にあっての『比較的』だ。

 七人も加えれば、生活は厳しくなるだろう。


 そう案じてのことだったが……、


「やーだー! らぁちゃんに泊まってほしいのっ!」


 ついには目尻に涙を溜め始めた。これにはラカもたじろいだ。

 どうしてこんなにも懐かれているのか。子供というモノは、まったくわからない。


 困り果てて仲間のほうを見れば、生温かい視線が突き刺さった。


「ちょっといい?」


 唯一、レイラだけが口を開く。

 救いの手が差し伸べられたと、ラカが安堵した、その次だ。


「それ、ありかもしれないわ」


「えっ」


「巻き込む危険もあるけど、民間人の協力が得られるのは重要よ」


 その選択は、犯罪者になる必要がなく、寒空に身を晒さずともよく、多大な危険を冒す必要がない。

 泊まるのに、多少の資金を消費するかもしれないが、好意で泊めてくれるのだ。宿よりはマシになるはず。


 総合的に見た結果、チアの提案というか我儘は、とても魅力的なのだ。

 と、そのことを述べられては、ラカも頷くしかなかった。


「よろしくねっ、らぁちゃん!」


「あ、あぁ、よろしく……」


 チアの母が、これを受け入れてくれるかはわからないが。

 むしろ拒んでくれないかと、ラカは不安と期待が入り混じる中、チアに手を引かれるのであった。




 さて、結果から言おう。

 チアの母――テュアーテは、快く七人を迎え入れてくれた。


 さすがに食事を用意するだけの余裕はなく、金を払って作ってもらうか、外食になる。

 実質、衣食住のうちの『住』のみが与えられたわけだ。


 それでも破格の条件だ。

 ラカの心労を代償に、無事、拠点を入手したのであった。






>占い師

のじゃ

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