第一三話 王都へ
「もうすぐ夜だ。出発は明日するぞ」
そう言われ、ユウマとは一旦別れることになった。
残された時間、サーシャはみんなに事情を説明しなければならない。
「本当にいいのか?」
心配そうなグランの問い掛けに、サーシャは笑みを作る。
「うん。わたしたちと一緒にいても、ミコトもつらいだけだよ」
「魔王教と戦うことは反対だが、サーシャの意志を尊重しよう。……《黒死》の使徒を帰すのには、賛成だしな」
軽く吐息を漏らしたサヴァラが、サーシャの後に続けて言った。
その態度にグランは訝しがったが、最後には溜息を吐いた。
「……そうか。あとはミコトの意志次第、か」
そうこう言っている間に、サーシャたちは一軒家の軒先に着いた。
そこにはもたれ掛かるようにして、紫電の被害者が休んでいる。
ラカとテッドも、《無霊の民》なだけあって、回復が早かった。
レイラはまだぐったりとしている。
「どう、なったんだ?」
まだ細部に痺れが残っているテッドが、億劫そうに尋ねた。
主導で話を進めたサーシャが、少年と何かあったかを話す。
少年の名前がクガ・ユウマであること。ミコトとは同郷の親友であること。ミコトと同郷なら、クガは家名でユウマが名前だろうか。
さらに《千空》の使徒であるらしいこと。などなど。
その目的がミコトを同郷に連れ戻すことで、それにサーシャが協力することになったと話したところで、沈黙を保っていたラカが立ち上がった。
「なに勝手に決めてんだ、テメーっ!」
ラカがサーシャの胸倉を掴み上げた。
顔は憤怒で歪み、サーシャを睨み付ける。
「ミコトを帰すだと? ふざけるなよ。アイツには言いたいことが山ほどある……っ!?」
「それで……」
ラカは息を飲んだ。
暗く淀んだ赤い瞳が、ラカを見据えていた。
「それを言ったら、ミコトは。もう、傷付かないで済む?」
「アイツなら拒否しそーだがな」
「無理やりにでも」
胸倉を掴む手を払って、サーシャとラカは睨み合う。
しかし、気が強かったラカは、常にないサーシャの鬼気に気圧されていた。
「お前っ」
「それともラカは、このままでいいって言うの?」
「そ、れは……」
ラカは言い淀んだ。
心のどこかで思っているのだ。自分ではミコトを正気に戻せない、と。
争いから遠ざけることがミコトのためだと。
何よりも、
「魔王教に囚われているミコトが、どんな目に遭わされているかわからない! わたしたちといたって、苦しむだけなら! それなら……!!」
自分以上に苦しんでいる少女が、目の前にいたから。
どれほどの葛藤を経て、その答えを出したのか。その覚悟に、ラカは口を出せなくなったのだ。
「わか、った……」
「ラカがそれでいいなら、僕も協力する」
苦渋の表情で答えたラカ。
テッドは剣呑な雰囲気が消えたことで、安堵を漏らしながら言った。
これでサーシャを含めた仲間が、五人が賛同した。
しかし、残る一人、
「アタシは、ミコトを助けるべきじゃないと思うわ」
レイラ・セレナイトが、痺れが残った体に鞭を打ち、反対する。
「これまでアタシたちは、何度か魔王教徒と交戦してきた。そのたびに決死の思いだった。一歩間違えれば全滅していた」
レイラが魔王教と関わった事件は、これまでに三度。
封魔の里での襲撃。ガルムの谷での交戦。魔獣の大群集。
毎度、死にかけた。
サーシャたちが。特に、《操魔》という特殊性もなく、グランのような強さを持たないレイラが今も生き延びているのは、運の要素が強い。
「もしも王都で、魔王教とぶつかることになったら……たぶん、これまでにない大規模な戦いになる」
魔王教に囚われたと思われるミコトが、王都にいる。
おそらく拠点があるのだ。本拠地かどうかは知らないが、王都にある以上、大規模なものには違いない。
これまでレイラたちは守りに徹することがほとんどだった。
ガルムの谷での戦いにしても、規模は小規模だろう。
つまりミコトを取り戻すには、魔王教の重要拠点に攻め入る必要がある。
「間違いなく大きな被害が出る。高確率で死人が出る。その数は……もしかしたら、全員かもね」
協力者となる《千空》の使徒も、どこまで信じていいものか。
ミコトを確保するため、こちらを囮にして。ミコトが確保したあと、こちらが逃げられてもいないのに逃走されたら。
レイラたちは嬲り殺しにされるだろう。
サーシャは囚われ……その先は、何が待ち受けているのか。
「それでもアンタは、ミコトを助けに行こうって言うわけ?」
サーシャはレイラの話を、黙って聞いていた。
噛み締めるように、言葉の意味を咀嚼して。
「そ……か」
サーシャとて、自分の言い分が我儘であることも理解していた。
最悪、自分だけで戦おうとも考えていた。
その上で、レイラなら協力してくれるのではないかと、思っていた。
それも、自分本位な我儘だったのだろう。
自分の我儘に、誰をを付き合わせては、いけなかったのだ。
「って、こう反対しても、アンタは突っ走っちゃいそうなのよねぇ……」
俯くサーシャの耳に、あからさまな溜息が聞こえてきた。
見れば、レイラが苛立ちに顔を歪めている。
「降参よ、サーシャ。協力してあげるわ」
レイラの手の平返しに、サーシャは目を白黒させた。
「な、なんで?」
「アタシだって、アイツを……その。仲間を助けたいっと思うのは当然でしょ!」
レイラは顔を真っ赤にしていた。
思わずサーシャは吹き出してしまう。
「わたし、知ってるよ。ツンデレって言うんだよね、それ」
「誰が教えたのか予想付くけど、一応訊いておくわ。アンタにそれを教えたのは?」
「予想通り、ミコト」
「見捨ててやろうか、あの野郎」
レイラは頭を抑えているが、それが照れ隠しだと、サーシャは知っている。
一見冷たくて、厳しく現実を知っている風を装ってはいるが。その実、とても優しい人なのだ。
「ありがとう、レイラお姉ちゃん」
「――――ッ!?」
顔を真っ赤っ赤にしたレイラが、両手で顔を覆う。
頭を冷やすために水を被ろうという、まったく冷静じゃない思考で結論。頭上で水が創造され、レイラに降りかかったのであった。
それはともかく。
これで、全員が賛同したことになる。
そして、夜が更け、朝になる。
封魔の里の出入り口には、里の住人たちが詰め掛けていた。
「行ってらっしゃい」
「いつでも帰ってきていいからな!」
「というか絶対帰ってこいよ!」
中心になっているのは、里の出身である三人だ。
住人たちに囲まれる中には、ナディアもいる。
「行くのね、レイラちゃん。これ。薬草よ。胃によく効くわ」
「ナディアさん……」
顔を顰めるレイラに、ナディアは「冗談よ」と言いながら、それでも薬草を渡す。
別れを惜しんでいいか、そういうキャラと見られていることを嘆けばいいのか。とても複雑だ。
「サーシャちゃんは、あんまり思いつめないようにね。余裕がないときは、そうね。深呼吸とかが効くんじゃないかしら?」
「ありがとう、ナディア。うん、絶対にやり遂げてみせるから」
「……心配だなぁ」
ぎこちない笑みを作るサーシャに、ナディアは軽い溜息。
これ以上、あたしが言っても仕方ないか。と、ナディアは今度は、サヴァラのほうへ向く。
「レイラとサーシャを、お願いします」
「言われるまでもない。二人は絶対に守りぬくさ」
「あと、サヴァラさんも、ちゃんと帰ってきてくださいね? 貴方の居場所は、ちゃんとここにありますから」
「……ああ、ありがとう」
別れの挨拶は済ませた。
未練はある。だが、もう行かなければ。
別れを惜しむ声を、涙を流した泣き声を、いつでも待っていると言う声を。
背中に受け、サーシャたちは歩みを進める。
グランやラカ、テッドたちも例外ではない。
いつでも遊びに来てもいい、と。絶対に死ぬなよ、と。
みんな、これが今生の別れになど、したくないのだ。
レイラは振り向いて、大きく手を振って。
サヴァラは振り返ることなく、片手を上げた。
ただサーシャは、振り返ることなく歩き続ける。
やがて別れの声が聞こえなくなった頃、唐突に目の前に少年が出現する。
「別れは済んだか」
ユウマの唐突な出現に、サーシャたち一同は身構えた。
それに対し、ユウマは鼻を鳴らしただけで、気にしていない風だ。
「……うん。今、終わったところ」
サーシャはみんなを代表して前に出る。
「なら、さっさと」
ユウマが視線を横に向ければ、その先の空間で孔が開いた。
切り貼りされた景色は、自然に溢れた封魔の里とは、まったく別の装いだ。
石レンガ作りの、路地裏のようだった。太陽の日が差し込まず、影が覆っている。
この孔をくぐれば、すぐそこに王都があるのだ。
「行くぞ」
――そして、舞台は王都へ。
レイラお姉ちゃんマジツンデレ。