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第一二話 奇妙な同盟

 ――『ノーフォン』が起動する。


 こんな状況で。

 歯噛みするサーシャに、少年はうざったそうに言う。


「無視しろ」


 サーシャもこんな状況で、ゆったり会話をしていられる余裕はない。

『ノーフォン』の存在を意識から外して、少年に向き直った。


「あなた……。ミコトの、なに?」


「答える義理はない。いいから俺の質問に答えろ。――尊は今、どこにいる?」


 紫電を纏う棒が、孔を通じてサーシャの目の前で揺れた。


 はぐらかすことは許さない。

 茶髪の少年からは、そういった強い意志が窺えた。


 だから、サーシャは率直に告げた。


「わからない」


「はぁ?」


「わからないって言ったの」


 少年は懐疑の視線を向けてくる。サーシャは目を逸らさなかった。

 次第に少年の表情が、苛立ちに歪んでいく。


 一度は振動が止まった『ノーフォン』が、再び起動する。


「あぁもう、しつこい! さっさとその魔道具を黙らせろ!」


「喋ってもいい、ってこと?」


「勘違いするな。掛けてくるなと断るだけでいい」


 確かにこのまま出ないと、何度でも掛けてきそうだ。

 もはや振動は三度目に突入しようとしていた。サーシャは慌てて懐に手を入れる。


「……あれ?」


 振動していたのはサーシャの『ノーフォン』ではなく、もう一つ。ミコトから預けられていたものだ。

 魔力を人差し指に集めて、刻印をなぞって通話状態になると、苛立った声が飛んできた。


『遅いぞサーシャ!』


「ご、ごめん、アスティア。ちょっと色々あって」


 聞こえてきたのは少女の声。

 相手はアルフェリア王国の王女、アスティア・アルフェリアだった。


 最初はなぜか嫌われていたのだが、今ではお互い名前を呼ぶ仲である。


『貴様に訊きたいことがある』


「ごめんね。ちょっと今、立て込んで――」


 早々に『ノーフォン』を切ろうとするサーシャだったが、それより早く、アスティアが言った。


『ミコトはそこにいるか?』


 その質問に、サーシャは体を強張らせた。本当に、狙ったのではないかと問いたいタイミングだ。

 ミコトの名を聞いた少年も、視線に鋭さを増している。


「電話の相手は?」


「こ、この国のお姫様だよ」


「……アイツは、まったく。なんて奴と知り合いになってんだ」


 彼は米神を揉んでから、仕草で『続けろ』と伝えてきた。


「それでその、ミコトなんだけど、ちょっと離れてて」


『ふむ。ちなみに、サーシャは今どこにいるのだ?』


 今気付いたが、アスティアの声にも真剣味がある。

 ただ世間話をしに掛けてきたのではないのだ。


 サーシャは生唾を飲み込む。


「ウラナ大森林、だよ」


『なるほど。――実はな、サーシャ。妾は先ほど、ミコトを見かけたぞ』


 サーシャの頭が。

 一瞬だけ、真っ白になった。


「ど、どこで?」


『答える前に――その震えた声、何かがあったのだな?』


 ここに来てサーシャは、誘導されていたことに気付いた。

 目の前には使徒が。手元の『ノーフォン』からは、サーシャを問い詰める王女の声が。


「答えてもらうぞ? サーシャ」


「……はい」


 サーシャは観念したのであった。




『なるほどな。サーシャの故郷に魔族と魔王教が襲ってきた。その騒動の最中に、ミコトが失踪した――ということか』


 確かにウラナ大森林周辺で、魔獣の発見報告が相次いで届いているな。と、アスティアは続けた。

 一ヶ月前の騒動でサーシャが把握していることは、使徒や《操魔》のことを除けば、全てを喋らされた。


 茶髪の少年は、沈黙を以て会話を見守っている。

 里の住民たちは、そんな少年を敵意とともに警戒しながら、紫電の棒によって倒れた者たちを介抱していた。


「それで、アスティアがミコトを見たのって」


『王都の下層西区だ』


「ミコトは無事なの!?」


『酔っぱらっていたようだったな』


「……そう。無事でよかった」


 ここで『こっちが心配してんのにアイツは何をやってるんだ』と文句も言わず、心から無事を喜べるところは、サーシャの美徳であり甘さでもあった。

 冷たい態度をつり続けていた少年が眉を動かすほど、サーシャは真摯にミコトの無事を喜んでいた。


『無事は無事だったが、それにしては様子がおかしかったのでな。それで連絡したわけだ』


「そう……ありがとうね、アスティア」


『れ、礼はいらんぞ! ではな、サーシャ!』


 慌てた声を最後に、『ノーフォン』が切れた。

 相変わらずなアスティアに苦笑したあと、『ノーフォン』を懐に仕舞う。


 サーシャは力強い視線を少年へやった。

 少年はサーシャを無視し、背を向けようとしていた。


「待って、ください」


 慣れない敬語にどもりながらも、サーシャは少年を呼び止めて、言う。


「取引をしませんか」


「……取引? お前、自分の立場がわかっていないようだな?」


 少年の棒が振られ、サーシャの首元に突き付けられる。

 その瞬間だった。風を纏うハルバードと、赤いオーラに包まれたクレイモアが、少年に突き付けられる。


 赤い獣族の男と、全身に魔法陣を埋め込んだ男が、少年を挟み込むように構えていた。


「復帰が早いな」


「獣族は治癒が早いからな」


「治癒魔術を掛けたんだよ。魔法陣を起動させてな」


 グランとサヴァラだった。

 完治しているわけではないのか、二人とも顔を青くしていた。剣を持つ手は震えている。


「……異世界の化け物どもめ。改造スタンガンで殴ったんだぞ。常識を弁えろ」


 少年が肩を竦め、諦めたように両手を上げる。最中、二本の手がハルバードとクレイモアに触れる。

 次の瞬間、武器が二人の手から掻き消えた。


「武器を向けるなよ。俺はな、殺し合いが大嫌いなんだ」


 上空から落ちてきた剣が、持ち主の遥か背後の地面に突き刺さる。


「……常識を弁えていないのはどっちだ、使徒の化け物が」


「俺を使徒と呼ぶなよ、刺青のおっさん」


 グランとサヴァラ、少年の睨み合いに、サーシャが口を挟む。


「大丈夫だよ。ここはわたしに任せて」


 サヴァラとグランが渋々と離れたところで、少年とサーシャは再び向かい合った。

 サーシャは駆け引きが苦手だ。口が回るわけでもないし、騙し合いも得意じゃない。


 だから、率直に言う。


「取引の前に、訊きたいことがあります」


「……」


「あなたは……ミコトの、なにですか?」


 少年がミコトに向ける感情は、決して悪意でも敵意でもない。

 ミコトを探し出そうとする瞳を、サーシャは知っている。それは自身と同じものだから。


 少年は少しの逡巡ののち、口を開いた。


「尊と同じ日本人で――そして、アイツの親友だ」


 やっぱり、思った通りだ。

 この人も、ミコトのことを大事に想っているのだ。


「目的は――尊を、連れて帰ること」


「……そう、ですか」


 その瞳はどこまでも真摯で、だからこそサーシャには、それが真実だとわかる。

 それなら、安心だ。サーシャは少年に協力できる。


「ミコトの近くにはたぶん、魔王教がいます。救出するとき、きっと戦いになります」


「……」


「わたしは、あなたに協力します。だから――」


 その先を言おうとすると、胸が張り裂けそうになる。

 でも、言わなければいけない。でなければ、ミコトはずっと傷付き続けることになる。


 ミコトが傷付かないようにする方法は、これしかない。


 だから、わたしは、


「――ミコトを、助けて。連れて帰ってください」


 本来いるべき場所に、彼を戻す。

 そうすることで、ミコトは救われるはずなのだ。


「俺はお前ら異世界人を信用しない。特に、《操魔》のお前はな」


「信用してくれなくてもいい」


「当たり前だ。――だがな、一点だけ。お前が尊を想っている、この一点だけに関しては、信じてもいい」


 その目は玲貴で見慣れているからな。と、少年は続けてそう言った。

 どういう目かは知らないが、その口振りは、サーシャの気持ちが信じられたことを示していた。


「じゃあ!」


「――精々、俺の役に立てよ。利用し尽くしてやる」


「うん。だから絶対に、ミコトを助けて」


 握手はない。

 少年とサーシャは、お互いに利用し利用される関係だ。


 ミコトを救いたい少年は、サーシャを戦わせて。

 自分では、ミコトを救えないから。サーシャは少年に願いを託して。


 ズギリと痛む心に、サーシャは蓋をする。


「わたしの名前はサーシャ・セレナイト。あなたは?」


空閑悠真くがゆうま。不本意ながら、《千空》の使徒だ」


《操魔》と《千空》。

 本来は敵同士の存在は、一人の少年を救うために協力する。


 ――ここに、奇妙な同盟が結成した。






悠真、ようやく本編合流。

初登場が一章の幕間でした。で、最後の登場が三章。

だいたい10カ月ぶりの登場となります。


そういえばコイツ、四章の回想(苦)で出してなかったな……ごめんて……出ても悪夢の住民だったけど……。

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