幕間 黒宮尊の消失
――黒宮尊が行方不明になった。
電話でそれを聞いた、茶髪に青い瞳をした少年――空閑悠真は唖然とした。
今日はクリスマスであったが、悠真は自宅で冬休みの宿題をしていた。親友とは予定が合わなかったからだ。
物覚えがいいが少し不真面目な彼にとって、意を決して取りかかった次の瞬間にかかってきた電話には苛立った。が、携帯電話の表示を見て、その苛立ちはすぐに収まった。
悠真はすぐ電話に出た。
相手は、伊月玲貴という少女だ。親友の幼馴染で、悠真とも友達で同級生だ。
冬休みが始まって数日しか経っていないが、久しぶりに話す気がする。
悠真は頬を緩ませて挨拶しようとして、そして聞こえてきたのが、先ほどの内容だった。
尊が消えた、と消沈したように呟き、ときに叫び出す玲貴を落ち着かせようと話しかけながら、悠真は自宅を飛び出した。
外は、真っ暗な夜になっていた。
『行ってきます』は言わない。焦っていたのもあるが、家には誰もいないという理由もあった。
死んでしまったわけではない。両親とも、仕事で忙しいだけだ。イギリス人と日本人で、愛し合って家族になったはずなのに……。
とはいえ、それを悠真が気にしていたのは小学三年生までの、尊たちと出会うまでの話。今はどうでもいいことだった。
今、悠真にとって大事なのは疎遠になった親のことではなく、友人たちのことだ。
黒宮尊。
小学三年生に出会った頃には、すでに若白髪が生えていた珍妙な少年で、悠真の親友であった。
最近は尊にいろいろあって、なかなか話す機会がなかった。だから、冬休み中にでも遊びに行こうと思っていたのだが、
(なんでだよ、クソ!)
走って辿り着いたのは、玲貴の自宅前だ。そこで、玲貴は塀に背を預けて、座り込んでいた。
遠目だが電灯で照らされて、暗い表情をしているのがわかった。
「玲貴!」
「……ゆう、ま」
玲貴の声が震えていた。顔を上げると、目元が真っ赤になっていて、涙の痕もある。
悠真は足を止め、息を整える。
「……私、車道に飛び出したの」
玲貴は訥々と話し始めた。
「私を、尊が引っ張って、代わりに尊が轢かれて……」
悠真は歯を食いしばった。
ここまで来る途中、スマホで今日のニュースを確認した。……近所で事故があったという記事と、その中の一文――
「……尊が、倒れて」
「……玲貴」
「真っ赤に、染まって。……手が、冷たくなっていって……」
「玲貴」
「それで、それで、尊が……っ!」
「玲貴!」
「……いつの間にか、消えていたの」
「……!」
――被害者が突然消えた、という文章も。
「わけ、わかんないよぉ! なんで!? なんで、尊が、しん……私が! ……ぬ、はずだったのに! なんで、消えちゃって……っ!」
玲貴は、何が起こったのかわかっていないようだった。当然のことだ。
人が死んだと思ったら、いつの間にか消えたのだ。わけがわからなくて、当たり前だ。
支離滅裂に叫び、玲貴は両手で顔を覆い隠して、声を上げて泣いていた。
(……とうとう、か)
悠真はぼやき、歯軋りした。
いつかこうなることは、わかっていた。――自分も、そうだったから。
悠真は玲貴の肩に手を置いて、無理やりこちらに向かせた。
「俺が――」
口に出すのは、誓い。
絶対に裏切らないという。
絶対に守らなければならない。
誓い。
「――俺が絶対に、尊を連れ戻してみせる!」
空閑悠真は、宣言した。
◇
泣きじゃくっていた玲貴は、父親に連れられて家の中に入っていった。
つらそうで、寂しそうな笑みを浮かべて頭を下げた男。玲貴の父親である伊月宗四郎は、玲貴を抱きしめて歯をくいしばっていた。
伊月家には、母親がいない。玲貴がまだ幼い頃に離婚したらしい。
それで余計、玲貴の尊に対する好意は、深かったのだろう。
(だから――)
悠真は今、昔通っていた小学校の校庭にいた。
この小学校は悠真たち卒業の代に廃校しており、端の雑草は生え放題だった。中心部は野球チームが練習して、整備もしているようなので綺麗なままであったが、使われない場所は寂れていくばかりだ。
寂寥感を覚えた。変わらないものはないのだと。
それでも、変えたくないものがある。
絶対に、取り戻したい世界がある。
(だから――)
尊は間違いなく『あちら』にいる。きっと、尊の中に眠る『何か』が発動してしまったのだ。――自分もそうだったから、よくわかる。
わかる。尊は何かに巻き込まれている。
だから、
「――絶対に、連れ戻してやる」
そして。
空閑悠真は忽然として、その場から消えた。
世界から、消失した。
これで第一章終了。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
なんか、無駄に長々していたと思います。イベント数は少ないのにね。洞穴でのシーンは、もうちょっと纏められた気もする。
誤字脱字助言あれば遠慮なく教えてください。
さて、次章は『異世悔鬼』編です。読み方はイセカイキ。
だいたい全章の読み方をイセカイキで統一します。だからこそのタイトルですし。
後書きで長々もアレなんで、ここらで終わります。