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第五話 祓え! ロリコンの魔の手!

 自室に客人を招くのは、これが初めてとなる。

 というか、客人と言えばナヘマかイシェルくらいだから、客人自体がそれほど多くないんだけど。


 それはともかく。


 つい最近掃除したばかりの自室は、綺麗なものであった。

 俺はそんなに綺麗好きってわけじゃないんだけど、バッサが頑張ってくれたのだ。


「お邪魔するっす」


「ほいさ。まぁ座りなさい。あぁ、床にな」


「……はい」


 あれぇ、どうしたのかなルキくん。どうしてそんなに怯えているんだい?

 はははは、と俺は笑いながら、ルキの前に胡坐をかいて座った。


 ルキは意を決した様子で、俺の目の前で座った。どんな想いがそうさせたのか、彼は正座していた。

 そしてルキは、勢いよく頭を下げ、床に額を打ち付けた。


「ユミルちゃんをおれにください!」


 チョップした。


「いだだ、いだいいだぁぁだだだだだっ!」


 いくらカーペットが敷かれていると言っても、これは痛いだろうなぁ。

 いやぁまったく、愚かしいことを言うなぁ、このモヤシ。


「わかっ、わかりました! じゃっ、じゃあパンツでいいです!」


 ノコギリのごとく、旋毛に圧迫を加えていく。

 いやぁ、これは将来禿げるかもしれんなぁ。もともと薄い髪質してるしなぁ。


「ばっばバぁパンツじゃなくても下着ならどゴッガァでィもゴガぁっが!」


「ねぇ、ペド? ペドフィリアなの? 君さぁ、一七歳だよねぇ? そういう趣味はちょっと、いけないんじゃないかなぁ? 精神医学だと、一三歳以下への欲情はアウトらしいよ?」


 ブーメランな気がしたが、棚上げする。

 我慢できればいいのだ。我慢できない奴がペドなんだ。


 俺は深い溜め息をこぼした。


「こりゃぁ、アクィナにも注意しなきゃかねぇ」


 アクィナにペドフィリアを近付かせて堪るか。

 アイツ無防備だから、ガチで心配だ。


 と、思っていたのだが、


「あ、アクィナさんはちょっと……(キスでもした日には、安心して夜も眠れやしねぇ)」


「なんだって?」


「あいや、なんもないっす! ほんとっす!」


 ルキは引き攣った笑みを浮かべていた。そこには多少の恐怖があるように見えた。

 推測して、納得した。


「なるほど、バッさんがいるもんな」


 ルキが鼻息荒げてアクィナに触れようとして、腕を切り飛ばされる光景を幻視した。

 ありえそうだから怖い。


 苦笑していると、力のない声が聞こえてくる。


「ミコトさん、ミコトさん。そろそろ、頭がかち割れそうっす」


「あ、悪い」


 素直に手をどける。少し我を忘れ、力を入れ過ぎたかもしれない。

 リンゴを握りつぶせる今の握力で、アイアンクローから床への押し付けは、少しばかりキツかったかもしれない。


 ……大人げなかったかな。ルキも、冗談のつもりだったのかもしれないし。


「ミコトさん……」


「おう、どした」


 ルキの目は本気だった。

 そこまで、今の暴行が気に障ったのだろうか。本当に悪いことをした――


「チェスをしましょう」


「え? あぁ、うん」


 ルキが見ていたのは、机に置かれていたチェス盤だ。

 チェス、好きなのだろうか。対戦相手のシェルアが強すぎて、苦手意識しかないんだけど。

 ……仕方ない、付き合ってやるか。


「持ってきたぜ。ほれ、駒を並べるぞ。先行は……お前でいいよ」


「では、お先に」


 ルキはポーンを掴み上げた。そのまま制止し、強い視線で俺を見つめてくる。

 彼は、本気でゲームに挑んでいる。ならば俺も、苦手とか言ってる場合じゃない。全力でやってやる。


「おれが勝ったら――」


 ルキは一息溜めてから、戸惑いなく言い切った。



「――ユミルちゃんの靴下をください」



「ぜんっぜん懲りてねぇじゃねえか、このペド野郎!」


 俺はチェス盤を引っ繰り返し、ルキの顔面に叩き付けた。


 結局のところ、ユミルには手を出さないということで、誓約を結ばせた。




「おれは別にペドじゃないんすよ」


「どの口で言うか」


 靴下を求めたところ、幼女趣味とは別のフェチがあるかもしれないが、それはひとまず置いておいて。

 まともにチェスを再開して、ルキとは静かに会話していた。


 ルキが動かした白いルークを警戒しながら、俺は黒のポーンを前に出す。


「なんでいうか、ですね。おれ、視線が怖いんすよ」


 苦笑しながらポーンを動かすルキに、似合わないなと思いながら、ルキを見た。視線が合う。が、彼に恐怖は見られない。


「ああ、例外はあるんすよ。《操魔》と一緒にいたっていうミコトさんなら大丈夫って、信用してたっすから」


《操魔》というものに、心当たりがある気がしたが、眩暈の気配を感じた。

 思索はやめ、ただの聞き手に徹することにした。ポーンを移動させる。


「この眼、どう思うっすか?」


 ルキは右の人差し指を、自身の眼に向けた。

 その意味には思い至らなかったが、思ったままに答えた。


「赤い瞳、ねぇ。宝石みたいで綺麗だと思うけど」


「そういう感想を聞くのは初めてっす」


 ルキは可笑しそうに笑った。しかし、そこから続いた言葉は、哀しみに満ちていた。


「でも世間は、赤眼は魔族の証だー、って。ひどいっすよね、赤眼は魔族以外にもいるってのに」


「――――」


「そんな中で……」


 ルキは、懐かしそうに目を細めた。


「魔族は危険って、教えられてなかったのかな。味方になってくれた、女の子がいたんすよ」


 ――ま、死んじゃったんすけどね。

 そう、ルキは続けて言った。


 俺は何も言えなかった。

 同情するには記憶という経験が足りず、不用意な励ましを送るには、ルキの感情は複雑そうに見えた。


「あっ、すいません。暗い感じになっちゃったっすね」


 ルキは白のナイトを動かし、黒のポーンを取りながら、


「話を戻すっすけど、おれ、別にペドじゃないんすよ。ただ、幼い感じの子が好きなんす」


 おちゃらけた笑みを浮かべるルキに、俺も気を和らげた。

 この男は、いい奴だ。それがわかった。


「いやそれ、十分危険な範囲じゃないか?」


「おれ、童顔が好きなんす! ミコトさんもわかるでしょう!?」


「…………同意しかけた自分をぶん殴りてぇ……」


 とぼやきながら、黒のクイーンを推し進めた。白のナイトを弾く。

 黒のクイーンが、白のキングを追い詰めた。逃げ場はない。


「チェックメイト」


 俺が告げた直後、ルキは崩れ落ちた。


「なんでこんな強いんすかぁ!?」


「シェルアとやってりゃ、自然と強くなるって。ただし自信は失われる」


 だってアイツ、心を読んでるのかと言いたくなるくらい、こっちの手を先読みしてくるし。


 ルキは「うがぁぁぁ」と仰向けに寝転がった。



「――本当にここは、居心地がいいっす」


 ぽつりと、ルキはこぼした。


「魔王教に入って、ほんとによかったっす。ここでは誰も、赤眼を忌避しない」


「魔王教って?」


 聞き覚えのない単語に、俺は聞き返した。

 その反応に驚いたらしく、ルキは目を瞬かせていた。


「シェルアさんから聞いてないんすか?」


「……あー、もしかして、シェルアが作ったっていう組織のことか?」


「その反応、本当に何も聞いてないみたいっすね」


 これ、おれが言ってよかったのかな。と、ルキがぼやいている。


「話しましょうか?」


「いや、あとで聞いとくよ。こういうのは、本人から言ってもらったほうがいいだろ」


「それもそうっすね」


 ほぁっ、とルキは仰向けの状態から起き上がった。

 正座をして、俺と向き合う。白のキングを持ち、元に位置に戻した。


「再戦するっす」


「ほう、この俺に勝てるとでも?」


「さっきは本気じゃなかったんす! 俺が本気を出せばぁぁぁ!」


 ルキが触れた白の駒が、姿を消していく。

 マジック?


「これがおれの無属性魔術、透明化の『シェリダー』っす!!」


「手の動きを把握してれば、脅威ってほどじゃあないなぁ」


「なんとぉぉぉ!?」



 上冬中旬が終わりかけの、ある午後のこと。

 ――俺、友達みたいなのができたよ。



     ◇



「今日は騒がしいなぁ」


 真上から響く声に、客室のシェルアは苦笑した。

 目の前のロトは、小さく頷いて同意する。


「それじゃぁ、報告お願いね」


 シェルアの命令を受け、ロトは淀みなく喋り始めた。


「レグルス神聖国とアルフェリア王国の国境で、小競り合いを煽ってきたよ。あんまり期待してなかったけど、アルフェリアの第一王子が第二騎士団を率いて、出張ってきたみたい」


「ふぅん、レグルス神聖国……あそこは千年前からアルフェリア王国を狙ってるし、うんうんうん。よく考えたもんだよ。これで王都の守りを薄くしたわけだね」


 騎士団は第一から第三までで構成されている。第三は補欠のような扱いで、騎士見習いがほとんどだ。第二は実力的に中間に当たる。


「まぁ、第一騎士団はエリートの集まりとは言うけれども、上級魔術も使えないような奴らがほとんどだからねぇ」


「騎士団の本領は個人戦じゃなくて集団戦だよ、シェルアさま」


「もちろん理解している――さてさてさて、エインルードも迫ってきてるし、もうそろそろだね」


 太陽が沈んでいく。徐々に夕陽になっていく。

 真っ赤に染まった世界で、シェルアは青い瞳を赤へと変えた。


「ルキが魔王教のことを漏らしたみたいだし……伝える時期かな。――魔王教の目的を」






髪を気にするミコトくんが、他人の頭皮にダメージを与える。彼の怒りのほどが窺えます。


>ルキ

元ネタ『ルキフグス』。クリフォトでの拒絶シェリダー。ルキフグスには、『光を避ける者』みたいな意味がある。

《ラ・モール》内では最もまとも。狂気;弱。

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