表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/187

第八話 レイラの戦い

 封魔の里に、魔獣の第一群が押し迫る。

 対峙するは、亜麻色髪の少女が一人。


「ああああああァァッァァアアアアアアアア――――!!」


 圧倒的な数の違いに、しかし少女は臆さない。

 極限の集中が、戦う力を押し上げる。


 体力の配分は完璧。それでも、命が削れるほどの消費。

 レイラ・セレナイトは、まさしく生命力を削っていた。


 至るところで爆発が起こった。

 レイラの設置魔術が起動し、魔獣たちを大量に巻き込む。


 一度に使える設置魔術の数は、おおよそ三〇。これ以上は、レイラの処理が追い付かない。

 起動し、消費するたびに、レイラは何度も設置し直した。


「ガルァァッァアア!!」


 トラップを抜けてきた魔獣が、レイラに跳び掛かる。

 レイラは地を転げるように回避し、火鼠の皮手袋を嵌めた右手を魔獣へ向けた。


「『イグース』! 『スーマ・エアリスト』!」


 発炎魔術が発動する。扇状に広がる炎が魔獣を包み込み、動きを奪う。

 隙を見逃さず、風刃を放つ。魔獣の首を掻き切り、命を絶った。


 それでも、数は一向に減らない。それどころか、むしろ増加している。

 魔獣の密度が上がり、トラップが急速に消費されていく。レイラは徐々に後退せざるを得ない状況にあった。


 設置し直しても、一体、また一体と、魔獣はトラップを抜けてくる。

 レイラに見向きもしない魔獣が、レイラの脇を抜けた。


 レイラは追いかけたい衝動を抑え、魔獣の大群に向き直った。

 走り去る野犬の魔獣に追いつくなど、身体強化がなければ不可能だ。そしてレイラは、それを使えない。


 きっとみんな、避難している。

 そう信じて、目の前の戦いに集中する。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁ!」


 荒い息がうるさい。

 心臓の鼓動が鬱陶しい。


 この身にできることを、全力で。

 足りない才と力は、集中と命で代替しろ。


 大切な故郷を守る。

 掛け替えのない仲間を支える。


 なんとしてでも、


「食い止めろ――――ォォオッ!!」


 左の太ももを噛まれた。噛み千切られる前に殺す。

 右の脹脛を噛まれた。骨に達する前に殺す。

 左肩を噛まれた。食い千切られる前に殺す。


 脇腹を爪で裂かれた。振り向きざまに殺す。

 腹部に突進を受けた。吹き飛ばされながら殺す。


 急所だけはなんとか避け、確実に魔獣の機動力を奪っていく。

 その内、足が動かなくなる。もはや、自力で逃げることも叶わない。


 詠唱する体力も、思考力も失われていく。

 生命力の余地が枯渇し、精製できる魔力はもはや途切れ途切れだ。


「ガルァァァアァ!!」


 火弾の狙いが逸れた。

 魔獣が避け、レイラに跳び掛かる。


「ぐぃ、がァっ!」


 魔獣がレイラに伸し掛かる。

 魔獣の前足がレイラの肩を押さえ、動きを奪っていた。傷口に爪が食い込み、激痛が走る。


 噛み付かれる――寸前、レイラが火弾を放った。

 魔獣の首が抉れる。同時、火弾が至近距離で炸裂したことにより、レイラは吹き飛ばされた。


「くっ……あぁ! がぁっ」


 もはやレイラに、戦う力は残されていない。

 魔力は枯渇し、生活級の魔術すら使えない有様だ。


 レイラが倒した魔獣の数は、たったの百程度。魔獣の本陣と比べると、ほんの些細な数に過ぎない。

 結局、レイラ・セレナイトはこの程度。


 だが。

 意味は、確かにあった。


「勝った、わよ……」


 仰向けに倒れた状態で、青い月に掌を翳し。

 レイラは、言う。



「――第一群、突破!」



 魔獣の大群、その先駆けを、なんとか乗り越えたのだ。

 第二群が来るまで、あと数十分か。それまでに広場に集まり、防衛を固めなければならない。


 レイラはボロボロの体に鞭打って、立ち上がる。

 歩くことも儘ならない。足を引き摺り、何度も転びながら、里へと帰還する。


 そして。

 里の入り口で。


 そうして。

 レイラは見た。



     ◆



 ウラナ大森林の全貌を見渡すことができる、山岳の頂。

 そこに、魔王教はいた。


 実験場であるウラナ大森林を眺め、シェルアは満足そうに頻りに頷いている。


 実験を開始し、数日が経過した。

 強力な邪晶石を霊地に持ち込み、その影響を見るという趣味に近しい実験は、今のところ順調だった。


 シェルアのそばには、《ラ・モール》の人員が数人。

 鱗族のドラシヴァ、人間のロト、魔物のアィーアツブス。

 そこには、修道服を着た女性、バッサ……その分身体もいた。


 周辺には、大量の蠅が飛び回っていた。


 ウラナ大森林を見下ろしたシェルアは、魔獣の進軍を見やる。

 瘴気の範囲にいた、野犬を含む獣たちは、ほぼ全て魔獣となったようだ。残るは人間だ。


 想いの足りない無法者どもは、精神が乱されているだけで、未だ魔族化していないらしい。

 人間は他の動物より、魔族化しにくい傾向にある。瘴気を受け入れやすい者を選んだが、完全に魔族化するには、最長で一週間は掛かるだろう。


「……ん」


 森から飛んできた一匹の蠅が、シェルアの眼前で旋回する。

 それを目で追いながら、シェルアは忌々しそうに舌打ちした。


「《封魔》どもの里、まぁだ潰れてないんだねぇ。さっさと潰してくれないと困るんだけれどもね、メレク」


《ラ・モール》の一人を思い浮かべ、シェルアは爪を噛む。

 そんなシェルアだったが、次の瞬間にはすでに、苛立ちはなくなっていた。


 体を震わせ、顔を手で覆う。

 笑みを、狂笑を、歓喜を、隠し切れない。


「《風月》が来ているのは誤算だったんだけれども、まさかまさかの、《黒死》のお兄さんまで来ているとは! こんなに嬉しいことはないなぁ!」


 お遊びに励んでいたら、思わぬところで幸運。

 血色の瞳を輝かせ、ケラケラと嗤う。


「だから! 早く面倒な奴らは始末してくれないと困るよ困るな困っちゃうよ! さっさと皆殺しにしちゃってよメレク、さぁ!!」



     ◆



 一人の男が投げ捨てられた。


 二メートルを超える巨躯と、褐色の肌。側頭部に生えた獣耳。


 ――グラン・ガーネットが、血だらけになって倒れている。


「……ぇ?」


 レイラの思考が。

 一瞬、完全に、凍り付いた。


 どうしてグランが、ここにいる?

 彼の姿を見れば、わかった。

 彼も戦ったのだ。身に纏う外套と、右手に握られたクレイモアが何よりの証拠だ。


 なら、どうして血まみれになっている?

 答えは決まっている。


 負けたのだ。

 倒れ伏したグラン、そのすぐそばに佇む敵に。


 くりくりとしたブラウンの瞳を持った、獣族の女性だった。側頭部の獣耳は、ふにゃりと垂れている。

 歳は二〇代前半といったところか。


 とてもグランを倒すような実力者には見えない。強い魔力も感じない。しかしその体には、傷一つ付いていない。

 だが、いくら体調を崩していたとはいえ、グランがまったく抵抗できないほど、強くは見えない。


 そうレイラが見定めた、その直後だった。

 くすくすくすくすと、女が笑う。口元を隠して、嬉しそうに、とても耐え切れないとばかりに、頬を紅潮させて。


「あぁ……いいですねぇ……。愛を、愛を感じます……」


 呻き声を上げるグランに、女はさらに笑う。

 どこか薄っぺらい、慈しみの微笑みを浮かべて。


「愛が! 私を包み込む!! あぁ、あぁ、あぁっ! グラン・ガーネット、私の夫、愛しき人! 憶えています、私は憶えております。炎に焼かれた、あの日のことを。やっと貴方に会えた、あの時を。死の淵にいながら、それでも私は嬉しかった!」


 嘲笑でも、狂笑でもない。

 だが、隠し切れない狂気が、その微笑みに滲んでいた。


「……それまで寂しかった、苦しかった、胸が張り裂けそうだった、ずっと会いたかった! それほどに、私は愛しているのです」


 薄っぺらな愛の囁きは、どこまでもおぞましい。

 自覚なき愛の冒涜が、グランを無自覚に貶める。


「――だから! 私をもっと見て! 私を感じて! 私を受け入れて! 私を、愛して!!」


 愛を懇願する姿は、食を求める餓鬼のよう。

 愛を弄ぶ姿は、愛に飢えた悪鬼のよう。


 不快で、気持ち悪い。


「お……まえ、は……。なん、だ……?」


 グランが苦しそうに、辛うじて言葉を紡いだ。

 女の顔が悲痛に歪む。愛の告白が届かなかった、悲しき少女のように。


 悲哀を誘う表情で、女がグランを蹴り付けた。

 何度も。何度も何度も何度も。しかし、意識を失わないように手加減しながら。

 愛していると言いながら、愛してくれと言いながら、暴力を振るう。


「お前は、死んだはずだ……! セリアン!!」


 暴行を受けながら、グランは叫んだ。

 悲痛な声音だった。それを受けて、ようやく女が暴行を止める。


「あぁ……信じられないんですか。仕方ないですねえ。改めて、名乗らせていただきます」


 慈しみに溢れた微笑で。

 安心を誘うを微笑みで。

 隠し切れない狂気を滲ませて。


「バステート集落出身、享年二一歳。獣王、ディラン・バステート・スロヴィの孫娘であり、グランの妻」


 女が、名乗る。



「《ラ・モール》のメレク、もとい――セリアン・スロヴィです」



 ハッキリと、そう名乗ったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ