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第七話 三者蠢動

 太陽が山に隠れ、夜が訪れる。

 ウラナ大森林が夜闇に包まれる。


 封魔の里は、青い月明かりと松明によって照らされていた。

 普段、里では松明を使わない。月明かりで十分というのもあるが、警戒すべき外敵がいないからでもある。


 野犬が迷い込んでくる程度なら、退治できる者はいた。

 しかし、魔族は野犬とは違う。瘴気によって汚染されたモノは、本来の何倍もの強さを得るのだ。


 厳重な警戒態勢。

 里の数カ所に見張りが立ち、決して見逃さないように、森を注視していた。


 重点的に警戒網が敷かれているのが、里に出入りできる山道。山を下りる道と、登る道だ。

 窪地にある里に出入りするには、この二カ所しかない。もしそれ以外から入ろうとするなら、二階建て家屋を跳び下りる身体能力が必要となる。 


 魔獣の初期段階なら、そのような高所から飛び降りたら負傷は免れない。

 戦闘経験のない住人であろうと、ある程度魔術が使えれば対処可能と判断したのだ。


 戦える者は、体調の悪いグランを除き、レイラとサーシャで二人。

 あとは魔術戦闘が可能な一〇人。この中には一応、ナディアも入っている。


 計一二人となる。現在警備に入っているのは、六人だけだ。

 ぶっ続けで警戒を続けられる人間などいない。半数未満なのは、夜が訪れたときに交代するためだ。


 今、登り側を警備している二人。それはレイラとナディアだった。


「……夜、ね」


「帰ってこないわねぇ、あの子たち」


 ミコトとラカ、テッドの討伐隊は帰ってきていない。

 まさか魔族にやられた、などとは思わない。あのミコトがいて、それはないだろう。


 とはいえ、夜だ。

 結局、魔族の侵入はなかった。疲れてきたし、そろそろ交代してもらおう。


 そうレイラが判断した――次の瞬間だった。



 激しい地響きが、ウラナ大森林に響き渡る。



「レイラちゃん、あれ!」


 ナディアが叫び、指差した先を見て、レイラの顔が強張った。


 遠く、木々に覆われた山のほう。

 木々や葉の隙間から覗く地面が、徐々に黒く染まっていく。


 山の上から、何かが降りてきている。


 黒い波。

 いや、違う。


 獣の怒号と咆哮が響き渡る。

 怨嗟の声を撒き散らすそれは、生き物でありながら、この世から外れた存在――、


「魔族の、大群……!」


 森一面を埋める黒。

 圧倒的な物量差に、たった十数人で太刀打ちできるわけがない。


 里を離れても無意味だ。

 山下りしてくる魔族の大群に、纏まりなんてものはない。何か明確な目的があって、この里を目指しているわけではないように見える。


 ただ単に。通り道に、封魔の里があるだけ。

 だからこそ、例えこの里を離れたとしても、いずれは追いつかれてしまう。


「――――っ!」


 瞬時に意識を切り替えたレイラは、この状況から情報を抜き出す。

 魔族の大群が里に到達するまで、あと一時間もないだろう。逃げる時間はない、ならば一カ所に纏まり、防御を固めることが先決。


「ナディアさん、里の人たちに伝えて、全員に! 宴会した広場に集まれって! そこで守りを固める!!」


 レイラの指示に、ナディアは顔を青くしながらも、しきりに頷く。

 しかし彼女は走り出す直前、何かに気付いたようにレイラに振り返った。


「レイラちゃんはどうするの!?」


「そう、ね……時間稼ぎでも、やっておくわ」


 レイラが言った直後、二人の前に魔獣が現れる。

 大群より先駆けした魔獣が、里に辿り着いたのだ。


 ナディアが悲痛な叫び声を上げる。

 隙を見せたナディアに、魔獣が跳び掛かる。


 そんな状況で、レイラはニヤリを笑みをこぼす。

 少し引き攣っていて、恐怖に震えていたが。それを超える熱情が、レイラの中にあった。


「『アルタ・イグニスト』――ッ!!」


 強化術式が施された火弾魔術。高速で射出されたそれに、空中の魔獣は回避できない。

 頭部に直撃。魔獣の頭が吹き飛んだ。


 魔獣の血を浴び、恐怖に震えるナディアに、レイラは叫ぶ。


「行って、ナディアさん!!」


「……っ! ごめん、レイラちゃんもすぐに来るのよ!!」


 そうして、ナディアは姿を消した。

 道の中心に、レイラは立つ。


 もうすぐ、先駆けしてきた第一群が到達する。

 たった一人で、押し迫る魔獣と対峙しなければならない。


 そんな状況で、レイラが浮かべていたのは笑みだった。

 恐怖があり、逃げたいとも思った。しかし、そんな気にはならなかった。


 ふぅ、と溜め息をこぼす。


 最近はミコトがいて、グランがいて、ラカがいて。サーシャも強くなってきていて。

 守る必要があるのか。そもそも守られてばかりだと、思っていたけれど。


「別に待ち望んでたわけじゃないけど。――アタシにも、活躍の機会が来たってわけよ」


 迫る黒い波に対峙に、レイラは微笑みをやめ、戦闘に出向く壮絶な笑みを浮かべた。



「――防衛戦には、それなりに自信あるんだから!!」


 今度こそ、大切な場所を守り抜くのだと。



 魔獣の大群が、レイラの設置魔術へと飛び込む。


 直後、爆発が発生した。



     ◆



 ラカとテッドは、飛び乗った木々の上で、魔獣の進軍を見下ろしていた。


「おいおいおいおい、なんじゃこりゃ」


「どーなってんだ、これ……」


 多少喋ったところで、魔獣に気付かれることはない。

 そんな小さな物音、魔獣たちが鳴らす騒音に掻き消される。


 圧倒的な物量の差に、《無霊の民》と言えど、手も足も出ない。

 枝から枝へと飛び移り、逸れたミコトを探す。


「というかこの群れ、麓に向かって行ってるよな。色々まずい、封魔の里なんか押し潰されるぞ……」


 テッドの呟きに、ラカも焦燥を募らせる。

 魔族の、謎の大量発生。オーデの腕を奪ったラウス・エストックと、強力な風使いとの遭遇。


 里やミコトも心配だったが、このままでは自分の命も危ない。

 もしも緑髪の女と出会ってしまったら、五秒も持たない。竜巻を防ぐ術はなく、神速で打ち出された風刃は避けることすら叶わない。


 そう、まさに次の瞬間の、魔獣のように。


 察知したラカとテッドが、次の枝へ急いで飛び移る。

 次の瞬間、轟!! と、先ほどまでいた木々が、竜巻に飲み込まれた。


 高く突き上げた、八本の竜巻。

 うねり、旋回する風の渦が、周辺の木々と魔獣を薙ぎ倒し、吹き飛ばす。


 ラカとテッドが逃げ切れたのは、これが彼らを狙った攻撃でなかったことと、必死の回避と幸運のお蔭に過ぎない。

 まさに自然の暴威、凶悪な風の災害だ。


 竜巻が収まる。

 二人は足場を失い、今は地に降りていたが、魔獣に襲われる気配はなかった。周囲の魔獣が、風によって殲滅されていた。


 破壊の中心には、ヘレンと呼ばれていた美女が立っていた。


 ギロリと、青い視線が二人に向けられる。

 凄まじい重圧感。思わず震え上がっていまうほどの、憎悪の激情。


 殺意と憤怒。方向性は違えと、他者へと敵意と迫力は、使徒として覚醒したミコトにも迫っていた。


 ヘレンが一歩ずつ、ラカたちのほうへ歩いてくる。

 逃げなければ。後退ろうとしたテッドは、背後に流れる風を察知する。


 風が渦巻き、この場の者を取り囲んでいる。

 巻き込まれた葉が細切れになった。


 風の檻に閉じ込められたのだ。


 ついに彼我の距離が縮まった。

 深く一歩踏み込み、殴ればギリギリ届く距離。しかし、手出しすることはできない。

 ヘレンを包む風の鎧は、殴ろうとした拳を切り裂くだろう。


「ねぇ」


 身構える二人を前に、ヘレンは苦笑した。

 そのとき、ようやく気付く。先ほどまで当たり散らしていた憎悪が、ほとんど感じられないことに。


「ラウスを見なかった?」


「……いや、見ていないな」


 ヘレンの質問に、テッドが恐る恐るといった様子で答えた。声音には緊張が滲み出ている。

 当然だ。相手は敵で、たったの腕の一振りで、自分たちを殺せるのだから。


「そう、それは残念。……それと、もう一つ訊いてもいいかしら?」


 ヘレンが目を細める。

 たったそれだけで、異様な存在感が膨れ上がる。


「君たちは、若白髪の子の、知り合い?」


「仲間だ」


 ラカが即答した。それに、ヘレンが目を伏せる。

 その姿は、どこか寂しそうにも見えた。けれどヘレンは、寂寥を振り払うように首を振る。


 それから、穏やかな表情を浮かべ、言った。


「この異常現象に、心当たりがある」


「な……っ!?」


 驚く二人に、ヘレンが「あくまでこれは可能性の話」と断ってから、言葉を続ける。


「強力な邪晶石が、ここあるかもしれない」


「邪晶石……?」


 聞き覚えのない単語に、テッドが首を傾げた。


「瘴気の結晶体。聖晶石とは真逆のモノ、と考えておくといいわ。それを壊さない限り、この土地は瘴気に侵され続ける。さらに強力な魔族も現れるでしょう」


 ここには仲間の故郷がある。余所者だというのに、快く歓迎してくれた。

 ラカは強く拳を握り、決意を固める。


「つまりオレたちは、その邪晶石とやらを壊せばいいってわけだな?」


「問題は、なんでアンタがそれを僕たちに教えたか、だ」


 情報を与えるからには、何かしら利があるということ。

 それが何かを考えてみたが、まったく思い至らない。そもそも、この女の正体や目的も知らないのだ。

 相手の仲間にラウスがいて、ミコトが敵対した。敵対した理由など、それしかない。


 そう考えて、テッドは尋ねた。

 次の瞬間、彼はその質問を投げ掛けたことを、後悔することになる。


「――――ッ!!」


 強烈な憎悪が撒き散らされた。ヘレンの表情が憎しみに歪み、荒々しい風が巻き上がる。

 それも一瞬のことで、すぐに収まった。しかし、至近距離で浴びた憤怒の念が、ラカとテッドを跪かせた。


「ごめんなさいね。どうにも制御できないくて」


 圧倒的すぎる。手も足も出ないと確信する。

 格が違う。桁が違う。次元が違う。住んでいる世界が違う。


「私はね、魔族が大嫌いなのよ。だから、勝手に増えるのが許せないということ」


 隠し切れない憎悪を、表情に滲ませて、


「それじゃあ、さようなら。私はラウスを探してくるわ。貴方たちも頑張って」


 直後、ヘレンを竜巻が包み込む。数秒後、そこにヘレンの姿はなくなっていた。



     ◆



 ラウス・エストックは、押し迫る魔獣の大群を切り開く。

 魔獣が踏み入れない大樹の後ろに辿り着き、荒い息を吐き出した。


「くそったれ! とんでもねぇ化け物の次は、とんでもねぇ数のバケモンか!」


 本気で死ぬかと思った。事実、あと一瞬でも対処が遅れていれば、致命傷を負った可能性がある。

 この点では、逸早く魔獣の到来を察知した、若白髪の怪物に感謝だ。


 体中に付いた泥を払い落とし、息を整える。


(さぁて、どう動くか……)


 切迫した状況に、ラウスが頭を悩ませる。


 ところで、魔獣の大群は大樹を避けて二つに別れ、ラウスの前方で合流していたのだが。

 そのラウスの目の前で、魔獣の大群が割れた。


 そうして現れたのは――若白髪の怪物。


「……ぁ? 待て待て、オイ待てって、そりゃぁねぇだろぉ!! だいたい、てめぇは死んだはずだろぉがぁ!?」


「自己の事故で死後な事後ってこォとッ! 第一印象から決めてたんだ、絶縁を前提に死ねェ!!」


 怪物が強化した足で、大地を蹴り出す。

 高速の踏み込みで、ラウスへと迫りくる。


「だが、真っ直ぐしか跳べねぇだろぉ……!?」


 強引に体を捻り、怪物が突き出した腕を回避しようとする。

 しかし怪物はこれに、怪物らしく対応する。突き出した左腕が、肘から分裂したのだ。


 一三本に分割した腕が、肉色の触手となってラウスを捕え、大樹に磔にする。

 強力な膂力に、ラウスは身動きできない。


「つゥかまァえたァ」


 怪物の狂笑。強烈な殺意が、常にラウスに叩き付けられている。

 至近距離から『死』の思念を浴びせられ、ラウスの意識が一瞬だけ遠退いた。


「まずはァ、そォだなァ。オーデの腕を回収するのは当然だな」


 発言してすぐ、怪物の右腕に、何かが纏わり付いていく。

 白いそれは、骨だ。自由自在に変形する骨が、右腕をノコギリに変えていく。


 ここまで来て、ようやくラウスにも『オーデ』という名を思い出す。

 フィンスタリー・トゥンカリーという治癒魔術師に差し出した奴隷の名が、確かそのような名前だった。


 オーデの名に反応した、怪物の周りにいた《無霊の民》二人のことが、脳裏に浮かぶ。

 この若白髪は、《無霊の民》と関わりがあるのだ。そして、オーデと親交があった。


 つまり何か。

 潰された右腕を補完しようとして、そのときに消費した奴隷が、こいつの知り合いで。

 もう一度こいつに、右腕を奪われようとしている、ということか。


(っざけんなよ、てめぇ!!)


 二度も腕奪われて堪るか。

 奪ったこの腕は、俺の物だ!


 ……と、言えるわけがない。


 ラウスは自分の命が惜しい。下手に挑発して殺されるなど、真っ平御免だ。


「ま、まぁ待て待て、若白髪。ここはちょっと交渉と行こう、なぁ?」


 怪物が無言で、ノコギリを構える。


「まぁまぁまぁ、まぁ待とうぜぇ、おい」


 ノコギリがラウスの右腕に添えられる。

 軽口を叩く余裕はなくなった。事前交渉もなく、ラウスは結論を早口に喋る。


「俺は役に立つぞ! 急所を突くって点じゃぁ、お前より優れてる自信がある! いや、自慢じゃなくってさぁ!? 一刻も早く仲間を助けたいところだろぉ? 効率考えて協力しよぉぜぇ?」


「…………」


 しばらくの沈黙のあと、怪物のノコギリが引っ込んだ。触手が収束し、通常の腕へと戻る。

 怪物は隙だらけだったが、手を出そうとは思わなかった。絶対に殺される。


 大変な交渉結果、ラウスは怪物に同行しなければならなくなった。邪魔と判断されれば、すぐにでも殺されるだろう。解決しても、殺されるだろう。

 それまでに、なんとかして弱点を掴む。あわよくば、殺してやる。


「それじゃぁ、しばらくは頼むぜ」


 そう決意したラウスの手に、取り落としていたレイピアが乗せられる。

 怪物が拾ったのだ。


 もっとも、それは親切心でもなんでもなく、


「俺の首を刈り取れ」


「……は?」


 意味不明の命令に、ラウスは恍けた声を漏らした。

 殺意が強まる。ラウスは笑みを引き攣らせ、言われた通りにレイピアを振るった。


 ごろり、と。呆気なく切り裂かれ、大量の血を撒き散らしながら、生首が落ちる。

 頭部は転がり、魔獣の群れに巻き込まれ、踏み潰され、粉砕された。

 その一部始終を呆然と眺めていたラウスの耳に、聞こえるはずのない死者の声が届く。


「これで条件は揃った」


 ビクリと、体を震わせて前に向き直れば、怪物は復活していた。

 先ほどラウスを殺そうとしたとは思えない、殺意のない無機質な表情だ。


 怪物が翳した掌に、黒い泥が生まれる。

 ラウスは直感する。それは、『死』そのものだと。


「――これでいつでも、お前を殺せる」


 ラウスは頬を引き攣らせることしかできなかった。


(あぁ、はっはっは。こりゃぁ早まったかもしんね。死期的な意味でも)


 こいつが悪霊かもしれない、なんて言った馬鹿はどこのどいつだ。俺だ。


 ――疫病神か、死神なんじゃねぇの、こいつ。






ごめんラウス。宿敵キャラの座は、フリージスが掻っ攫っていったんだ。

お前はもう、不憫キャラだよ。

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