第六話 双方怪物
今さっき、投稿する間際に気付いたのですが。
オマケの一話を除外して、これが百話目です。ワァー!
予約投稿分の字数が含まれているため、正確にはわかりませんが、これでおおよそ六十万字だと思われます。
いやぁ、よくここまで書いたもんだなぁ。
ここまで付いてきてくれた読者の皆様、本当にありがとうございます。
これからも頑張っていきますので、六章・七章・八章・九章・最終章と、読んで頂けたら幸せです。
うんまぁ、けっこう辛い展開が続きますけどね! ミコトくんには励んで逝ってもらいましょう!!
順調な道のりだった。
障害は何一つなかった。初期段階と思われる魔獣しか出現せず、ラカとテッドの二人でも討伐できた。
しかし、日が沈んでいくに連れて、魔族の出現頻度は明らかに下がっていった。
魔族は元となる個体によって習性が異なる。ここで見かける魔獣は、野犬が元となったものが多い。
人と行動するようになり生態系が変化したが、犬は本来、夜行性の動物である。
人里離れた森の中、野犬が人と関わることはない。昼行性でないのは確実、当然、夜に近付くほど出現頻度が増すはずなのだ。
地球の犬とは根本的に何かしら違いがあるのかもしれないが……。
地球とこの世界の生態系がほとんど同一であることは、五ヶ月間の異世界生活で判明している。
ともかく、魔族が現れなくなったとはいえ、夜は危険だ。
自分一人だけならば続行可能だが、ここにいるのは自分だけではない。
「帰ろう」
ミコトが言うと、ラカとテッドは頷いた。
森を当てなく進んでいた彼らだが、帰り道は把握している。迷うことなく封魔の里への帰還を始めた。
木々の隙間から、夕日の赤い光が、森の中を照らす。
長い探索で、ラカとテッドは疲労していた。集中力が切れ掛け、敵が出てこないということもあり、テッドはずっと疑問だったことを呟いた。
「なんでこんなところに、魔族なんか出てきたんだ?」
それはテッドだけの疑問ではない。
ミコトやラカだけでなく、里にいる者たち全員が感じていた疑問だった。
しかし、対処に思考を取られ、考える時間はなかった。
テッドの口から、改めて疑問を提示され、ミコトは足を止めた。
目を閉じ、思考停止していた脳の回路を起動する。
(――、……、――、……)
封魔の里が、地図に載っていたかったこと。
エインルードの立場として、《封魔》の所在を魔王教に知られてはならない。
何かしら処置を施していたはず。
ウラナ大森林に入ったときの違和感。
その違和感を突き詰める。気付かず、見失ってしまったものに、予想を立てる。
「魔力、か」
仮定。
実証のためには、普段の感知能力では足りない。
『最適化』による強化を受けた知覚力が、この森に漂う魔力に焦点を絞り――。
そして、《虚心》の一族が張った隠遁のベールを、突破して――、
――瘴気を、認識した。
結論を出し、知覚範囲を拡大する。
この森が浸食される原因を突き止めなければ、魔族は無尽蔵に湧き出てしまうだろう。
ラカとテッドの訝しがる視線を無視し、探知に集中する。
ウラナ大森林は平原と山岳に挟まれ、南北に細長い。日本における本州を、形そのままに面積を半分にしたようなものだ。
ミコトであっても、この範囲を探索するのは困難だ。
探索は一先ず中断し、一度帰還しよう。そこで二人と別れ、もう一度探索に出よう。
そう考えた、そのとき。
――その生命を、感知した。
◆
ウラナ大森林の山道を、二人の男女が歩いている。
一人は、茶色い短髪の男。
目付きの悪さと、ブラウンの三白眼が特徴的だった。
もう一人は、絶世の美女と呼ぶ相応しい容姿を持っていた。部位の一つ一つが、この世のものとは思えないほど美しい。
ウェーブ掛かった緑の髪と、青い瞳の女性だ。
容姿や顔付きは段違い。
この二人を傍から見た場合、良くて『お姫様と下男』、悪くて『お姫様と誘拐犯』と評されるだろう場違い感。
交し合う言葉はない。研ぎ澄ませた殺意は、彼らに極限の集中を与えていた。
だからこそ、豪速で飛来してくる『それ』に、反応することが叶った。
「ヘレン!」
「ラウス、屈みなさい!」
ヘレンとラウスを中心に、竜巻が吹き荒れる。
直後、風の壁に『それ』が激突した。
吹き荒れる暴風の中、その正体が露わになる。
第一印象は、化け物。
改めて観察しても、その認識は変わらなかった。
背中から突き出した、三対六羽の肉色の翼。
獣の足が膨張したかのような脚部。
これら二つが、豪速の移動を可能にしていたものだ。
さらに、風の壁に食い込む右腕。肥大した筋肉が脈動するたび、その威力は強まる。
人間らしい左腕が、ひどく不安定な印象を、見る者に与えた。
そして、顔。
「……ろ、す」
ケキ、と。
肌を破り、口が嗤いに裂ける。
「こ……すゥ」
砉ッ、と。
肉食動物のような牙が生えた口から、嗤い声が漏れ出る。
「コぉ・ロぉ・スぅぅぅゥゥゥウウウウ!!」
桃色以上に惨烈で、赤色以上に苛烈な色彩。
体の天秤や見栄えなど考えず、思い付いたままに、『強力な部位』を無理やり組み立てたような、気持ちの悪い姿。
悪魔のような嗤いと、殺意の塊のような呪詛が、叩き付けられる。
化け物はヘレンに注目していない。気にも留めていない。
血色の視線、その先にいるのは、
「ラぁウスぅぅぅ、エストック――――ァァァアアアア!!」
その姿に見覚えはなかった。
だが、その声に、聞き覚えがあった。
その顔に、微かな面影があった。
「まさかてめぇ、あのときのガキ……!?」
白髪混じりの黒髪。
ラウスに恨みを持っている男で、そんな珍しい髪を持っているのは、あの時の少年だけだ。
「殺すぅぅぅゥゥゥアアア!!」
絶叫とともに、竜巻の防壁が決壊する。
人間を超えた怪物の膂力に、耐え切れなかった……のではない。
先ほどの竜巻は、咄嗟の防御のために発動した、簡易的ものに過ぎない。
だが、怪物の勢いは衰えた。攻撃用の風を放つ余裕は、十分ある。
「――逝きなさい」
怪物へ差し向けたヘレンの右腕に、風が纏わりつく。
それは瞬時に肥大し、怪物とヘレンの間に風の防壁を作り上げた。
だが、これの本領は防御ではない。
鋭い刃のような風が、一際膨れ上がる。次の瞬間、周囲の木々を一蹴する暴風が吹き荒れた。
それは、地を這うように突き進む、凶悪な竜巻だ。
巻き込んだ砂利が肌を剥き、折れた木々が肉に突き刺さり、風が内部まで打ちのめす。
自然の猛威。その全てを破壊へと転じ、敵一体へと集中させた、災害による攻撃。
肉色の化け物でさえ、これには逆らえない。竜巻の内へ巻き込まれ、木々を粉砕しながら吹き飛ばされる。
「ミコト!」
吹き飛ばされる怪物の背後から、少女の声。
少年と少女が、怪物の後ろにいた。このままでは、二人を巻き込んでしまう。
怪物の目が見開き、目玉が零れ落ちるほどに剥き、膨大な魔力が精製される。
直後、怪物の肉体が大爆発を起こした。肉と血を飛び散らせると共に、強大な熱量を孕む爆炎が発生する。
火属性の上級、火災魔術『イグニスリース』。
肉体を起点に、命を落として生み出した極熱が、竜巻と激突した。
拮抗。
炸裂。
大気が悲鳴を上げ、熱に木々が燃え盛り、吹き飛ぶ。
竜巻と爆熱が、同時に消滅した。
爆心地の地面は、大きく抉られていた。
怪物の姿はない。
肉片と化して、爆心地を中心に飛び散っていた。
唐突に現れて、唐突に死んだ。それも、最終的には自爆だ。
しかし、ラウスの感覚から、嫌な予感は離れなかった。
数秒後、ラウスは爆心地の中心で、何かが蠢いているのを目撃する。
それは肉の塊。急速に肥大していく肉塊が、徐々に人へと形を変えていく。
咄嗟の判断だった。
ラウスはレイピアに風を纏わせ、振り下ろすと共に射出する。
竜巻と比べると、か弱き風刃。それでも、首を刈り取るには十分な怜悧。
風刃が大気を裂き、肉塊へと迫り、
――黒衣に、遮られた。
漆黒の陽炎が衣服と化して、少年を覆い隠していた。
触れた風刃は、黒衣の一部をほんの一瞬掻き消しただけ。数秒後には周囲の影が脈動し、空いた穴は修復されていた。
完璧な防御ではない。集中砲火を浴びせれば突破できる、煙のごとき鎧。
だが、そんな数瞬であろうと、怪物にとっては十分だった。
――『再生』する。
安らかに閉じられた目蓋。
白髪混じりの黒い髪。
女のようにも見える、中性的な顔立ち。
やはりその容姿に、見覚えがある。
間違いない。ラウスの右腕を奪った自殺者で、王都で遭遇した男。
幽霊なんかじゃない。
悪霊なんてもんじゃない。
魔族だなんて枠組みにも収まらない。
これは――正真正銘の、化け物だ。
「あぁ……ァァ。結局は自殺、かぁ。条件達成には届かなかったなァ」
怪物の目が見開かれる。
血色の瞳が、爛々と輝きを放っていた。
「まァ、いィかァ。どォせヤるコトはカわらねェ」
怪物の顔が狂笑に歪む。
元通りになった口を再び裂き、凶悪な嗤いを見せる。
「オーデの右腕をォ……返してもラうぞ、悪人面ァ……」
怪物の呟きに、《無霊の民》二人がラウスを睨む。
困惑と警戒をしていた彼らが、明確にラウスたちの敵となる。
対峙する。
この時初めて、怪物とヘレンの視線が噛み合った。
緊迫した状況、油断が命取りとなる状況で、
「う、ぁ……!?」
「ガァ――ッ!?」
何が起きたのか。彼らは同時に、頭を押さえた。しかし、怪物の復帰はずっと早い。
ヘレンが頭痛に呻いている中、怪物が鋭い爪で頬を抉る。
「アタ、ま……が、ァ。いダィ――く ねェ!!」
一瞬で頭痛から脱した怪物が、咆哮を上げて突進する。
ヘレンには対処できない。ラウスを意を決して、怪物へと飛び掛かる。
「どこまでもしぶてぇクソ亡者がっ! どうすりゃ死ぬんだチクショウめぇ!!」
「奪い返してやるッ! その右腕引っこ抜いてェ、四肢をもぎ取って、シシ賜死シしてェ! 糞尿垂らして跪いて死んで殺させろォオオオ!!」
縮まる距離。
激突する――、
その直前。
延々と続く地響きが、ウラナ大森林を揺らす。
地震は徐々に強まる。否、近付いてくる!
ラウスは見た。
山を下って来る、黒い波を。
木々の隙間を縫い、時に激突して薙ぎ倒しながら、迫って来る波。
怨嗟の呻きを上げ、怒号と咆哮を上げるそれは、
――数えきれない数の、魔獣の群れ。
圧倒的な物量差は、ただの人間が太刀打ちするには無理がある。
ヘレンが風で対処し、ラカとテッドが木々の上に逃げる。
残されたミコトとラウスは、膨大な魔獣の大軍と、正面切って激突する。
『砉』
「皮と骨が離れる音」を表す擬声語。