表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/187

第五話 ラカの想い

 ラカ……というか、無霊戦士のスペックは、魔獣(初期段階)を上回ります。

 だからジェイド(魔族)は、前話の魔獣とは比べ物にならないくらい強かったんです。






 魔族が出た。

 封魔の里は、その話題で持ち切りになっていた。


 魔族。より細かく分類すると、今回出没したのは魔獣だ。

 野犬が魔族化したものらしい。


 魔族。

 それは瘴気によって変質した存在のことを言い、大まかに三種存在する。


 生物が魔族化したものを、魔獣。

 魔力に宿った思念が瘴気に侵され、変容して発生するものを、魔物。


 それら、魔獣と魔物を統合したもの、あるいは人間が魔族化したものを、一括りに魔族と呼ぶ。


 姿や性格もバラバラ。唯一の共通点と言えば、赤眼ということくらいか。


 封魔の里には、これまで魔族が現れたことなどなかった。

 アルフェリア王国全体の話でさえ、魔族の侵攻があったのは千年近く昔の話だ。

 中央大陸で魔族が現れるのは、最も魔大陸のそばにある、シェダル帝国だけのはずなのだ。


 封魔の里の者たちは、宴会を行った広場に集まり、会議を開いていた。

 その場には里の出であるサーシャとレイラ、魔獣を発見したラカはもちろん、余所者であるミコトたちの姿があった。


 広場のそばには、ラカが討ち取った魔獣の亡骸がある。

 人々は魔獣の死骸を、恐る恐るといった様子で観察していた。


「ほかにも魔族がいたというのは、本当なのか!?」


「ああ、間違いねーよ」


 住人の一人が発した言葉に、ラカはハッキリと頷いた。

 ざわざわと住人たちが騒ぐ。その表情や声音には、不安や焦燥があった。


 封魔の里の者たちは、総勢で三〇人足らず。まともな実戦経験がある者はいない。

 魔術戦闘が可能な人数で見ると一〇人程度だ。


 もともと封魔の里は、外敵のいない平穏な地である。

 いくら《封魔》の魔力資質が優れていようが、努力がなければ実力は身に付かず、そういった環境がなければ努力もしない。


「そんなに強くなかったけどな、魔族」


 ラカの言葉に、レイラは五カ月前のことを思い出していた。

 ジェイドという、《無霊の民》がいた。その男が魔族化したときは、サーシャが危うく殺されそうになったのだ。


 サーシャが苦手な近距離戦闘で、相性が悪かったというのもあるが、魔族が弱いとはとても考えられない。

 不安そうな表情を浮かべるレイラを見兼ねて、グランが怠い体に鞭打って助言する。


「……魔族の強弱は、個体によって様々だ。それに、魔族化の初期段階なら、そう強くはない。だが、瘴気に慣れた中期以降は、凄まじい力を得る」


「詳しいわね」


「実戦経験があるからな」


 グランの言葉に、不安に揺れていた住人たちが視線を向ける。

 無責任だとわかっていたが、魔族との実戦経験があると聞いて、希望を向けてしまったのだ。


 しかしグランの顔色を見て、彼らはそんな自分の考えを戒める。

 今にも倒れそうな、血の気の引いた顔。そんな人物を戦いに向かわせる非情な者は、封魔の里にはいなかった。

 体調の悪い体に鞭打って、この会議に参加してくれるだけでも、ありがたいというものだった。


 ともあれ、グランの助言があっても、会議は進展しない。

 会議は三つの意見に割れていた。


 様子を見る、という意見。

 しかしこれは、放っておくとさらに厄介になる、というグランの言葉に却下された。

 それに、魔族から襲ってくる可能性もある。事実、ラカが打ち倒した魔獣は、里に侵入するところだったらしい。


 助けを求める、という意見。たとえば、王国の騎士団に魔族出現の報告をする、などだ。

 これは、距離が問題となる。ウラナ大森林から王都は、往復すると一カ月以上は確実。魔族がその間、大人しくしていてくれるとは限らない。


 魔獣が現れたとなれば、騎士団も辺境だろうと無視できないだろうが……嘘だと思われ、タチの悪い悪戯だと一蹴される可能性もある。

 それに、レイラたちが滞在できる期間も、そう長くはない。ゆっくりしていたら、エインルードが来る。


 戦おう、という意見。

 だが、戦える者がいない。魔族化の進行状態も、数も未知数なのだ。


「どーすっかなぁ、これは」


 進展しない会議の中、ラカは溜め息をこぼした。

 一対一なら勝てる自信はある。しかし、ラカが討ち取った魔獣は、グラン曰く初期段階のものらしい。


 これが中期、後期ともなれば、どうなるだろう。

 そもそも、よく考えてみる。初期とは言え、二体、三体と襲い掛かられれば、さすがに対処できない。


 こちらの勢力は、余所者であるラカたちを含めて、一〇人足らず。

 これで討伐隊を出すのは無謀だ。


 不安が絶望に変わりゆく。

 彼が立ち上がったのは、そんなときだった。


 会議参加者の注目が、一点に集まる。

 なぜならその少年は、この場の誰よりも自己を出していないにも関わらず、誰よりも存在感を放っていたからだ。


 少年――クロミヤミコトが、言う。


「俺が殺してくる」


 気負いのない言葉に、誰もが本能的に恐怖を覚えた。それは死から遠ざかろうという、生存欲求だ。

 少年は、こちらを見てもいないというのに。


「ま、待てよ! お前が行くなら、オレも行くぞ!」


 ラカがそう言ったのは、ほとんど反射的な行動だった。

 当然、反対する者がいる。


「ちょ、おいバカラカ!」


「来るな」


 引き止めるテッドと、突き放すミコト。

 二人の反対を押し切り、ラカは一歩踏み出した。


 久しぶりにミコトと、目を合わせた気がする。

 虚ろな目からは、何を考えているのか、さっぱりわからないが。おそらく、死の恐怖を感じることもなく、魔族を虐殺してくるのだろうが。


 だが、ここでミコトを見離して。

 アイツが戦ってるから、オレたちは安全地帯にいればいい……などと、言えるはずがない。


 足を引っ張るかもしれない。邪魔だと言われるかもしれない。

 けれど、何もしないなんてこと、絶対に許さない。


「オレは行くぜ。勝手にやってやる」


「……わかった。ラカの意志を尊重する」


 ラカの決意に、ミコトはほんの少し目を伏せて、最後にそう言った。

 慌てたのは、納得できないテッドだ。


「待てってラカ! お前が行く必要なんか、どこにもないだろう!」


「オレの必要、必要じゃないを、テメーが決めんじゃねーよ。別にこの若白髪馬鹿のために付いて行くっつってんじゃねー。オレが、オレのために戦うんだ」


 封魔の里の住人が見ている中、ラカは勇ましく啖呵を切った。

 まさに戦士。住人たちの不安を薙ぎ払う、勇敢なる気迫である。


 ミコトによる、畏怖ゆえの安心ではなく。

 ラカによる、勇気ゆえの希望だ。


「これが無霊の戦士、か。……わかったよ、そうまで言うならわかった! だけどな、僕も付いていくからな! こんな若白髪野郎と一緒だなんて、絶対に認めないからな!」


「なんで張り合ってんだ? いや、お前がいれば頼もしいけど」


 テッドの不安を、いまいち理解できないラカであった。

 ともかく、これで三人の討伐隊が集った。ミコト一人の戦力を考慮すれば、これで十二分だ。


「わたしもミコトについてくぅ!」


「待て待て待ちなさいサーシャ、アンタじゃ相性が悪いでしょうが!」


 サーシャが挙手しようとするのを、レイラは押し止めた。

 射線を確保できない森の中では、サーシャは全力を発揮できないのだ。


 それに、


「念のため、防衛のための要員だって必要でしょ」


 サーシャは固定砲台に徹した時こそ、最も強い。

 レイラの設置魔術にしても、逃走や防衛に真価を発揮するのだ。


 適材適所というものだ。


「い、いいんでしょうか、本当に……」


 住人の一人がそう言った。

 討伐も防衛も、ほとんど任せきりになってしまう。そのことに罪悪感を覚えているようだった。


「なぁに言ってんのよ。アタシだって、この里の仲間なんだから」


 この里に、危機がやってきている。

 今度こそ守ってみせると、レイラは決意した。


「オレは戦士だからな。最前線で戦うのが、性に合ってんだよ」


 ラカはニヤリと、笑わなくなった誰かに代わるように、不敵な笑みを浮かべたのであった。



     ◆



 薄暗い森の中。

 三人の人影が、森の奥へと進む。


 クロミヤミコト。

 ラカ・ルカ・ムレイ。

 テッド・エイド・ムレイ。


 この三名である。

 今日だけで魔族すべてを討伐できるとは、全員が考えていない。

 魔族の数は未知数。どこに、どれだけ潜んでいるかもわからない。全滅させるには、何日も掛かることは間違いない。


 正直に言うと、討伐隊には三人も必要ない。効率だけを考えるなら、ミコト一人で十分だ。

 ミコトは朝も昼も晩も夜も、晴れも曇りも雨も、何があろうと不眠不休で戦い続けられるのだから。


 そして、魔族との実力差という点でも、凄まじく掛け離れていた。


 ミコトの生命探知が、魔族の瘴気を感知した。

 水属性の身体強化が脳のリミッターを破壊し、さらに『変異』が脚部を異常に強化する。


 下半身が不自然に膨張した直後、ドン! とその場の地面が抉れた。

 風の速度を超え、遮る木々に足を緩めることなく、魔族へと接近する。


《無霊の民》であっても、追いつけない速さ。

 その場に辿り着いたときには、すでに戦い……否、虐殺は終わっていた。


 尋常でない膂力により、胴体と首を引き千切られた、野犬が魔族化したのであろう魔獣。

 その生首を、魔族以上の怪物が咀嚼していた。


 顔を魔獣の血で汚し、遅れて追いついてきたラカとテッドに、血色の視線が向けられる。


 仲間のはずなのに、敵よりも恐ろしい。

 テッドは思わず後退り、警戒する。その横で、


「怖くねーよ、若白髪」


 広がっていく血溜まりに、ラカは踏み出した。

 ラカの足が血で濡れる。ミコトは何を思ったか、目を細めた。


 ――けど、こいつが何を考えているかなど、関係ない。


「次はオレにやらせろ。せっかく立候補したってーのに、テメーの戦果が上がるばっかりじゃ、オレの立つ瀬がねーだろうがよ」


「……けど」


「いいな!」


 ラカは反論も効かず、強引に押し切る。

 数秒後、血色の瞳が黒に戻った。


「……わかった」


 ミコトが久しぶりに見せた、逡巡と躊躇。

 仲間の言葉なら、なんだって頷いた人形からは、逸脱した感情。


 それを見て、ラカはこんな状況だというのに、嬉しくなる。


 こんな行動で、ほんの少しだけでも、この馬鹿が変わってくれるなら。

 自分はきっと、まだまだ頑張れるから。




 それ以降、ミコトは生命探知以上のことをしなかった。

 魔族を感知し、ラカとテッドに居場所を教える。ラカたちは接近し、魔族を討ち取る。


 魔獣討伐など、ミコトだけで事足りる。

 しかし、それを他人がすることに意味があるのだと、ラカは信じていた。


 魔獣の首の骨を砕きながら、ラカは方針を決めた。

 今のミコトには、許しも罰も意味がない。だから、いつか言葉が届くようになるまで、自分の想いは後回しだ。


 許すか、許さないか。

 そんな悩みは、とんでもない馬鹿が、少しマシな馬鹿になった時に、答えを出せばいい。


 ラカの中で燻っていたものは、いつの間にか感じなくなっていた。





やっぱりラカが主人公でいいんじゃないかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ