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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第一章 異世会来 - 前編 カムオン・パンピー -
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プロローグ First Dead End

第一章『異世会来』は短い導入部です。


誤字・脱字などがあれば、教えてくれると助かります。

辛口指摘も大歓迎。感想はいっぱいほしいです。


では、どうぞ。

 ――寒い。


 ざらざらしたコンクリートの上で、一人の少年が仰向けに倒れていた。

 黒宮尊くろみやみこと。若白髪が生えた黒髪が特徴的な、一六歳の少年だ。


 尊が浅い呼吸するたびに冷たい空気が肺を出入りし、体温が失われていく。

 体温、それだけではない。もっと大事なモノも抜け落ちていく。


 クリスマスなのに、と思いながら、辛うじて動く左手を頭上に掲げた。

 ひどい有り様だった。

 人差し指と小指があらぬ方向に曲がり、爪と肌は剥がれて、血がべっとりと付いていた。おそらく体中が見るに堪えない状態になっているのだろう。

 猛スピードの車に轢かれたのだ。当然と言えば当然か。


 不思議と痛みは感じなかった。ただ、体の芯が冷えていくのだけがわかった。


 左手の血が垂れて、左目に入った。曇天の空が赤く染まる。そこでようやく、空が曇っていたのだと気付いた。と、空から何かが降ってきた。――あ、雪だ。

 こんなときにも関わらず、クリスマスというのに干したままにしていた洗濯物が気になってしまう。いや、こんなときだからこそ、だろうか。こんなどうでもいいことを考えてしまうのは。


 そう、どうでもいい。

 掲げていた左手から力が抜け、地面に落ちた。


 尊は自分がもうすぐ死ぬのだと、なんとなくわかっていた。

 死にたくない、とは思う。

 けれど、生きていたい、とも思えなかった。


 どうしてだろう。まだ、やるべきことがたくさんあるのに。

 考えて、すぐにわかった。尊は、逃げたいのだ。つらい現実から、目を逸らしたいのだ。

 クソ野郎だな、と内心で自嘲した。


「み、尊! 大丈夫、尊!」


 声が聞こえた。少女の声だ。尊のよく知っている声だ。

 明るい茶髪の少女が、尊と空の間を遮った。


 伊月玲貴いづきれき

 幼稚園から、尊が高校を中退するまでずっと一緒だった、幼馴染。

 尊が身を挺して交通事故から守った少女。


(守った……?)


 尊は自分を窘めた。違うだろ、と。

 確かに、自分は彼女を守ったかもしれない。だが、そういう事態を作った要因は、自分にあるのだ。


 玲貴の気持ちを、受け入れるでも拒むでもなく、逃げた。逃げてしまった。そうやって玲貴を悲しませたから。


 走り出した玲貴。かける言葉も思い付かなかった尊は躊躇して、道路に飛び出してしまった玲貴を止められなかった。

 視界に映る、玲貴に迫る車。


 信号が青だったか赤だったか、尊にはわからない。確かめる暇もなかったし、そんなこと気にもならなかったから。

 ただわかっていたことは、尊の手は玲貴を助けるには短すぎて、安全なところからではどうしても届かないということ。

 だから、尊はさらに一歩踏み込んで、


 ――衝撃。


 尊は思い出して浅いため息を吐き、玲貴の無事を確認して安堵した。

 正直、助けられた自信はなかった。

 タイミングはギリギリだった。一緒に轢かれていて、すぐ横に倒れ伏す玲貴がいたらと思うとゾッとした。


 玲貴が、手が血に汚れるのも厭わず、尊の左手を握った。彼女の手は温かいはずなのに、今は何も感じない。

 それがとても悲しいはずなのに、その感情さえもこぼれ落ちていく。


(――ああ、これが死ぬってことか)


 命がこぼれ落ちていく感覚。思考が鈍り、感情が薄くなり、感覚が消えていく。

 寝不足のときのようだ。目蓋が重く、気を抜けば眠ってしまいそうになる。


「待ってて、すぐに救急車を呼ぶから!」


 切羽詰まった、悲痛な声。それはもはや、悲鳴と言っても過言ではない。

 止めようと口を開いた。無駄だと告げようとした。

 だが、漏れたのは掠れた吐息だけだった。


 玲貴がいくら頑張ろうが、自分はきっと助からない。

 申し訳なさでいっぱいになった。

 せめて一言だけでも、声をかけたかった。


「れ、き……」


 必死に出した声は、とても弱々しかった。

 体の内側から、何かがこみ上げてくる。耐え切れずに口から溢れたそれは、真っ赤な血液だった。

 経験がないからわからないが、内臓でも潰れたのだろうか。


「喋っちゃ駄目!」


 玲貴の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。可愛い顔がもったいない。

 けれど、そんな光景も消えていく。

 視界が暗くなっていく。


 まだだ。まだ、何も告げていない。すべてが消えてしまう前に、何か。

 最後の力を振り絞って、口を開く。

 感覚の通っていない左手で、玲貴の手を握り返す。


 何を言えばいい。

 何を言うべきだ。

 何を言わなければならない。


「ごめん、な……」


 必死に絞り出したのは、謝罪の言葉だった。

 ぼやけた視界の中で、玲貴の顔が悲痛に歪んだ。

 尊はそれを見て後悔した。


 謝罪。確かに言わなければならない。

 だが他にも何か、あったはずだ。

 もっと言わなければいけないことが、あったはずだ。

 伝えなければならないことが、あったはずだ。


 なのに。


 誰かの絶叫が聞こえた。誰かの名を呼ぶ声がした。

 それでも、体はもう、尊の制御から離れる。


 思考が。

 感情が。

 心が。

 命が。


 消える。消えていく。


 最後に残った意識は、ただ落ちる。

 先の見えない闇の中へ。

 落ちて、

 落ちて、

 落ちて、

 落ちて――、


 ――――黒宮尊は、死んだ。

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