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ph 97 永遠に続く血の物語

phase 97 永遠に続く血の物語


 1


 眸を()く閃光が消えた。

 深淵に再び、暗闇が戻った。


 互いの死力を尽くした戦いが終わった。

 最後のチカラがぶつかり合い、そこにあった全ての形あるものが壊れた。


 ただ、沈黙があった。


 生も死も、遠くに流れた。


 ジークが気付いた時には、先刻までと違う空間に浮かんでいた。

 彼等は全身傷だらけで、銀河を流されていた。


「何の感覚もねぇ…」

 ジークは自分の体の傷を確認し、(うめ)き声を上げた。

「憂!!」

 彼が隣りを流れていく憂に呼びかけた。



 返事はなかった。

 憂の体は穴だらけだ。

 手足の肉がちぎれ、体の形を一部欠損した状態だ。


 ジークが見渡す限り、星が(きら)めく藍色の海だ。

 このまま流されては、二度と戻れなくなる。

 

「憂ちゃん、ゆっくり休みなよ…」

 ジークが憂に言った。

 憂は長い(まつげ)を伏せたまま。

 顔だけは綺麗な死に顔だった。


「こいつは返してもらうぜ」

 ジークが憂の指を解き、黒飛龍剣をもぎ取った。


 憂とジークの距離が遠く開いていく。

 憂の姿が見えなくなった。




 2


 銀河の中心から、黒いガス雲が湧き出てきた。

 積乱雲が広がって嵐が来るみたいに、異様な速さで巨大化してきた。


 ジークは闇が広がるのを見て、舌打ちをした。

「とうとう出て来やがった! 黒瀧のジイサン…!!」


 闇の深淵に混沌が生まれ、存在していた怨霊達のエネルギーも食われていく。

 ジークは星々がブラックホールに飲み込まれ、世界が闇に覆われていく様を眺めた。


 彼の背筋がゾクゾク寒くなった。

「早く来いよ、ジイサン」

 彼は逃げずに、闇が押し寄せるのを待った。


 ジークに敗れ、黒い霧となって深淵から物質界へと流れ出したはずの黒瀧。



 ジークに闇が絡み付く。

 風のように彼を追い越して、視界を黒く遮っていった。

 ジークは息苦しくなり、全身にぴりぴりと痛みを感じた。


 彼の周囲で、闇が無数の(アリ)に変わっている。

 蟻がびっしりと彼の顔や髪に付き、動き回った。

 手を噛み、服の中に入り込んだ。

 彼は咄嗟に振り払った。

 顔から蟻を払い落した。


 蟻の大群が彼の足をよじ登り、傷口から体内に潜ろうとした。

 小さな噛み傷が、やたら痛かった。

 蟻が耳の中に入り、舌に噛みつき、爪の間を這い回った。

 鼻の奥まで蟻が入り込み、鼻血が流れた。


「ジイサン、やめろよ…!!」

 ジークが自分のカラダに微量の雷を発生させ、蟻を焼き尽くした。


 蟻が燃えた煙を吸い込み、ジークがむせた。

 やがて、

「ジ…ク……。ジーク……」

 頭の中で直接、黒瀧秀郷の声がした。

 強烈な頭痛で吐き気を伴った。


「ジーク! ジーク! ジーク!」

 黒瀧が徐々に声を強め、早口に叫んだ。


「ジーク!! わかっているんだろう!? 私は、おまえの中に居る!!」

 黒瀧がジークの脳内で、龍の二股の舌を揺らしながら叫んだ。

 ジークの頭が、芯からズキズキ痛む。

 彼は頭を抱えた。


 黒瀧の声はスピーカーから流れ出すように響いた。

 その話す姿も、鮮明に脳内で視覚化された。

「ジーク!! 既に、おまえの血の百パーセントが私の血なのだ!! おまえの肉体は、私の血と闇によって再生された。深淵から蘇る度に、おまえの中で私の濃度が高くなり、遂におまえは百パーセント、黒瀧秀郷で出来ているのだ!!」



 ジークは(あえ)ぎ、頭痛から来る吐き気を堪え続けた。

「ああ、知ってるさ。憂に食われて死んだ時、闇の契約書に言われたよ。ジイサンの血で蘇る以外に、復活の道はないって。それでも、俺には蘇る必要があったんだ。あんたと今後、永遠に、一つの肉体に同居することになっても…」


「そんな同居、あるわけないだろう?」

 黒瀧がジークを嘲笑った。


 ジークの右手がぶるぶる痙攣し、ぐにゃぐにゃ動いた。

 熱い何かが、右手の内側へ流れ込んでいく。

 右手首から先が一つの生き物になったみたいに、皮膚が痙攣し、変形していく。

 不気味でグロテスクな人面瘡(じんめんそう)が、右手に現れた。



 人面瘡は皺の寄った口を開き、黒瀧の声で話し始めた。

「ジーク、わかってないようだな。私は新しい肉体を得たんだよ。おまえの魂が養分だ。おまえの自我はいずれ消えゆく。私はこうして、(あらが)う相手から全てを乗っ取って、二千年生き長らえて来たんだ」


 ジークが人面瘡ごと、黒飛龍剣で右手を串刺した。

「うるせぇ!! まだどうなるか、わかりゃーしねぇー。俺の自我が勝つかも知れねぇ。その時こそ、ジイサンは死ぬんだ!!」


 人面瘡が燃え上がった。

 ジークの右手にダメージが残った。



「私が死ぬと思うか? やれるものなら、やってみろ。おまえがルビーと心中したところで、私は次に血を濃く受け継ぐ者に憑りついて蘇るだけ。おまえは滅びるが、私は不死だよ。闇の意志によって永遠に生かされている、深淵の王なのだ!」

 再び、脳内で黒瀧の声が響いた。


 ジークは咄嗟(とっさ)に、自分の頭を剣で割りたい衝動に駆られた。

 しかし、黒瀧の言う通り、ジークに黒瀧を殺すことは不可能になってしまった。



「ジイサン。長かったよなぁ…。初めて会ってから、今日この日まで。俺はもう、何もかも知ってしまった。あんたが言った嘘も真実も…」

 ジークは過去を振り返った。

 洒落たスーツにハットを被り、杖を持った、紳士のイメージの黒瀧博士。

 昼の二時頃に濃い日陰で、渋い笑みを浮かべて立っていた。


 今も目の前に、あの頃の黒瀧が立っているような気がした。



「ジイサン。あんたを抑えてみせる。これから一生…」

 ジークが言うと、黒瀧は首を傾げた。

「どうやって? 私はおまえの理性を()いでいく。おまえの一番大切なものを汚し、破壊していく。それでもおまえは、我を失わずにいられるか!?」


 黒瀧はジークを動揺させる話、すなわち、ルビーが死んだことを告げた。

「ルビーはアジトで死んだ。朝日に焼かれてな。あの女は裏切り者だ。おまえを食い殺したのは、愛しいフィアンセだよ。おまえが殺し損ねたから、私がハンターをアジトにおびき寄せてあげたよ。礼を言いなさい…」

 黒瀧はジークに、ルビーが死ぬ映像を見せた。



「ぎゃあああ…!!」

 ジークの脳内で、生きながら溶けていくルビーの絶叫が聴こえた。

 ほんの三十秒ほどで、どろどろに溶けていくルビー。

 その凄惨さが、ジークの胸を締め付けた。



「やめろよー!! クソジジィー!!」

 ジークが叫んで、目の前にいる黒瀧の幻に掴みかかり、胸ぐらを掴んだ。

 そのまま首を絞め上げたが、息苦しくなったのは自分自身だ。

 黒瀧はジークの中に居る。



 ジークは(うつむ)き、激しい鼓動を落ち着かせようとした。

「ジイサン…。俺にはやらなくちゃならねーことがあるんだ。今から元の世界に帰って、まだまだやり残したことをやるんだ。日常ってやつを」


 彼は周囲を見渡した。

 どろっとした、黒いタールの海がどこまでも続く。


 ジークは声を絞り出して言った。

「ジイサン。俺は死にゆく者達に寄り添いたいんだ。永遠を生きる者にも、短い命を生きる者にも、残り僅かな者にも寄り添って、単なる延命治療じゃねーことをしてあげたいんだ。憂が孤独じゃなかったら、病気に負けたりしなかっただろ? あいつを黒蝶にしてしまったのは、医者の責任でもあるはずだ」


 黒瀧は黙っている。

 ジークは言葉を続けた。


「なぁ、ジイサン。この世界に何が必要か? んなことは、俺にはわかんねー。愛か、平和か? でも、誰かが最後に手を握って、安らかに逝かせてあげることは必要だ。永遠の命なんて、苦しいだけだ。だから、朔夜みたいに壊れていく。哲さんみたいに、運命を呪うことになる。本当は短い命でいいんだよ。俺は誰もが精一杯生きたことを、自分で誇ってもらいたいんだ…」

 ジークの力が抜けてきて、ふらふら揺れた。



 彼は手に力を込め、右手を串刺した黒飛龍剣を、この暗黒の海に射し込んだ。

 海が割れる。


 渦を巻き、どろどろの大波が高く立ち上がる。

 タールの海が逆巻き、竜巻が昇る。

 竜巻の先端、渦の中心に微かな光が灯る。


 周囲の闇が黒飛龍剣に吸い寄せられ、集合して幾つもの竜巻となる。



「ジイサン。俺達の戦いはずっと、精神の強靭さの戦いだったね。吸血鬼(ダーク)の強さとは…、意志の強さによって決まった気がする。俺はこの剣をここに残す。闇の深淵を、元通りに封印する…」

 ジークが呟くと、黒飛龍剣がカタチを変えていき、黒い錠と鍵に変わった。


 黒瀧が呻いた。

「ジーク…。立派な心がけだな…。あっぱれだよ。しかし、理想がこの世を支配したことはない。この世は理不尽なことが多く(まか)り通り、正論は封殺される。物質界は憎しみと妬みと欲望が支配する、下等な世界さ!」

 黒瀧が勝利宣言をした。


 黒瀧のチカラが、荒れ狂う暗黒の海を沸騰(ふっとう)させた。

 煮えたぎる闇で、世界が泡立つ。



 ジークの中で、黒瀧の存在感が増す。

 ネガとポジ。

 闇と光。

 後もう少しで、脳内で人格が交替しようとしている。



「ルビー、ごめん…。君を救ってやれなくて…」

 ジークの眸から涙が溢れた。

「君を絞め殺して、一緒に死にたかった。それが一番、俺には幸せなことだったよ。生まれ変わって、今度こそ君を幸せにしたいけど…」

 ジークは意識を集中した。


 彼のルビーを思う気持ちが、黒瀧の(よこし)まなチカラに(まさ)った。

 ジークは心の中に黒いパネルを思い描き、パネルを組み合わせて出来た黒い箱に、黒瀧を封印していった。


 黒飛龍剣が突き刺していた彼の右手首から先は、空間のひずみに巻き込まれた。

 彼の右手は永久に失われた。

 彼は右手と引き換えに、強い意志で以って、黒い箱に錠を掛け、黒飛龍剣で出来た鍵を閉めた。



「いつか出てやる。いつか、おまえは心を失う…!! ジーク…!!」

 叫びながら黒瀧は箱に閉じ込められ、箱を内から叩くのだった。



「ルビー。俺はひとまず、物質界に戻るよ。いつか君の側に逝く。君の魂が、深淵で静かに眠りますように…」

 ジークが大波を蹴り、一番巨大な竜巻と、荒れ狂う海の中心へ向かった。


 彼は迷わず、渦の中へ飛び込んだ。


 中心にある、微かな光の点。

 その光の粒が大きく見えてくるまで、意識を集中する。


 小さいけれど眩しい、その一点を目指すことが、深淵から脱出する唯一の道だった。




 3


 物質界は荒れ果てて、深淵と変わらないほど黒々とした景色になっていた。


 文明は猜疑心によって、人類自らに破壊されていった。

 殺し合い、奪い合い、与え合うものは無くなった。


 街は丸ごと廃墟になり、あちこちに死体が転がっている。

 野犬化したペットの犬が、死体を食っている。

 悪臭が漂い、害虫がカサカサ這い回っていた。



 ジークは傾いたオーシャンズ・タワーを見上げた。

 悲惨な貧民街が生まれ、目を疑うような光景が通りにあった。

 人間は弱肉強食のルールに晒された。

 ゾンビが人間を襲って食い、人間はグループごとにゾンビを襲って焼いた。


 ジークは一人、そんな暗い路地を歩いている。

 この街は、深淵で見た幻や精神を食らう鬼達と、どう違うと言えるだろう?



 彼はオーシャンズ・タワーの瓦礫の上に、知り合いを見かけた。

 恋人の亡骸にすがって泣く、ディーヴァの姿だった。

 ディーヴァは憂の顔だけが残った亡骸を抱きしめ、しゃくりあげて嗚咽していた。


「なんで、死体の一部が溶けずに残ったんだよ?」

 ジークは不思議に思った。


 ディーヴァが振り向き、彼を殺意の籠った眸で睨んだ。

「ジーク!! 私を笑いに来たの!? あんたの大事な愛理の首を刈ったから、私の大事な如月くんを殺して、私を笑いに来たんだね?」

 途中から涙が溢れて、彼女は言葉が不明瞭になった。


「んな悪趣味じゃねーよ」

 ジークが瓦礫をよじ登ってきた。

 彼が隣りに屈むと、ディーヴァは泣き崩れた。

「ああ。ああ。もう如月くんは帰って来ない。お腹の卵の父親が、もういないよ…」


 ジークがディーヴァの背に、左手でそっと触れた。

「まぁな、こうして一部でも死体が残ったって言うのも、あいつなりに、この世に何かを残したかったんだろ。最後まで、この世に執着あったのかな。それとも、ディーヴァちゃんの為に…」


 ディーヴァは体を震わせて、ジークの優しさを拒んだ。

「殺しなさいよ。もう生きてなんかいけない。最愛の人を失って…、何の喜びも無い人生をどうしろと? どんな悪い人でもよかった。彼が大好きだった。あんたが奪ったんだよ、ジーク。私の一番大事な人を…。ああ」

 彼女はしゃくりあげ、恨み言を言った。


「殺して、ジーク。私はもう死んでしまいたい。とても生きていけないから…」

 ディーヴァが涙に潤む赤い眸で、ジークに訴えた。


「ディーヴァちゃん…」

 ジークは湖に沈みゆくボートで、黒瀧に死なせてくれと哀願した時の自分を思い出した。

 彼女の気持ちが、痛いぐらいによくわかった。



 ジークは後ろに一歩下がり、立ち上がった。

「ディーヴァちゃん、生きろよ。俺を殺す為に生きろ」

 彼はとても意外なことを言った。


「生きて報復してくれ。たくさん卵を産んでくれ。可愛い黒蝶の息子達を連れて、俺を殺しに来いよ。待ってる」

 ジークが背中を向けた。


「うっ、うっ……」

 ディーヴァの眸から、枯れることを知らないように涙が溢れた。

 涙が憂の死に顔に落ちた。

 青白い憂の顔は、安らかな表情をしていた。


「殺してやるー! 誓って殺してやる!! 待ってなさいよ、あんたは私が絶対殺すから。ジーク!!」

 ディーヴァが泣きじゃくり、彼の後ろ姿に石ころを投げた。




 4


 ジークは不二富町の飲み屋通りに帰ってきた。


 辺りは焼けたビルばかり。

 ぱっと見て、ここがあのガラの悪い飲み屋通りだとは、住んでいた人でもなければわからない。



 今宵は満月。

 月明かりが路地を照らしている。


 どこかでサイレンが鳴り、銃声が響く。

 悲鳴が聞こえる。

 ジークは気にせず、ボロボロの建物がある敷地に入って行く。


 傾いた民家。

 黒い煤だらけの壁。

 三階と二階は崩壊。

 窓ガラスは全て割られ、リビングのめぼしいものは全て盗み出された。


 ジークは裏に回る。

 細い私有道路に面し、まだ使えそうな車と車庫がある。

 わかりにくいけれど、車庫と建物の間が半地下の庭になっている。


 ジークが半地下の庭に降り、地下室の雨戸をドンドンと叩いた。

 内部に、人の気配はない。

 彼は繰り返し、雨戸を叩いた。


「俺だよ。ジークだよ。なんでわかんねーの!?」

 ジークが苛立ち、雨戸を乱暴に叩いた。

 途中で、彼はくすくす笑い出した。


「思い出すよ。おまえが初めてやって来て、この街で、俺の部屋のドアを叩いた日のことを…」

 ジークは雨戸が開くのを待った。



 カチャン。


 ガラス戸の鍵が回る音。

 そして、軋みながら雨戸が20センチほど開いた。

 寝ぼけ眼を擦り、小柄な女の子が顔を出す。

 短い髪に寝癖がついている。


「あれ、ジーク…!? 嘘っ…!? これ、夢!?」

「おぅ、愛理。俺だよ。右手は失くしたけど、また生き返ったんだよ。言っとくけど、怨霊じゃねーからな!」

 ジークが室内に、靴を履いた足で一歩踏み込んだ。


「ジーク!! 本当!? 生きてたの!! なんで!?」

 愛理が高い声で叫んだ。

「私、ジークがあの黒蝶に食われるのを、確かに遠くから見てたのに!!」

 愛理は夢を見ている気分になって、自分のほっぺたをつねってみた。


「ディーヴァちゃんに感謝するよ。あの愛理の生首は、ニセモノだったんだな」

 ジークは大きく手を広げ、愛理を迎えた。

「ただいま、愛理!!」

「ジーク!!」

 愛理は思わず飛び込んで、しがみついた。

「ジーク!! 独りぼっちになったと思った!! 怖くはなかったけど、寂しかった…!!」


 ジークは愛理の顔をよく確認しようと、月明かりで見た。

「間違いねぇ。チビで巨乳で、顔はあんまり可愛くないけど、気が強くてしっかりしてる。愛理だ!!」

「失礼なんだよ!」

 愛理がジークの腕の中で暴れた。



「ああ、愛理。安心したら、力抜けたよ…」

 ジークは部屋の床に転がり込み、倒れてしまった。

「安心した? 私が無事で?」

 愛理が嬉しそうに尋ねた。


「そうさ。生きる目的が具体的に一つだけ出来たからな。おまえの行方不明の両親を探すという…」

 ジークは目を閉じた。

 とてつもない疲労感で、立てなかった。


 目を閉じた彼の顔に、誰かの涙がポタポタ散った。

「やっぱり、あんたがいなくちゃ始まらないの。ジーク…」

 愛理の声が鼻詰まって、変だった。


「帰ってきてくれてよかった。あんたみたいなバカでも、心強い。ジーク…」

 愛理がジークの手を取り、手を繋いだ。




 翌日の夕方、二人は荷物をまとめて、壊れた民家から出た。

 愛理はリュックを背負い、キャップを被り、男の子のような格好。

 ジークは闇に紛れるように、黒ずくめの服を着た。


 二人は愛理の車で、街と港を見下ろす山の上まで走り、車から降りた。

 ここには、ヨッシーの墓がある。

 この街に別れを告げる為に来た。



「ジーク、いろんな事があったね…。吸血鬼(ダーク)は結局、人間より少数だから滅びると思う。きっと、人間が生き残るよ。あいつら、残虐だもん」

 愛理が街を見下ろして言った。

 街の方々で、火事の煙が昇っていた。


 水平線に日が落ちていく。

 空は薄紅と紫を混ぜ合わせた色合いで、さっと塗った水彩画のようである。

 夕焼けは灰色の雲と縞になった。

 黄昏色に輝いたのは束の間で、後は一気に薄暗くなっていった。


「俺達吸血鬼(ダーク)がひっそり暮らさねー限り、共存はならねーのかな。今後、別の答えも見つかるかも知れねーな…」

 ジークが愛理の側に、寄り添うように立った。


「私もわからなくなった。人間の中には、ヨッシーみたいな人もいたし。だから人間を信じたいけど、騙されて殺されるのはイヤ…」

 愛理の横顔を、ジークが凝視した。


「愛理…。闇の血の契約書が言ってたんだ。俺が死ぬと、黒瀧秀郷はおまえの血の中から再生される…。黒瀧の一族の中で、俺の次におまえが、あいつの濃い血を受け継いでいる…」

 ジークは言葉を出さず、喉の奥に飲み込んだ。

「そうはさせねぇ」



「どうしたの、ジーク?」

 愛理がジークの視線に気付き、振り返った。


「愛理。俺は新たな一族を作る。黒瀧じゃねぇ。達紙(たつがみ)…でもねぇ。俺は今日から、竜神(たつがみ)ジークだ。仲間を集めて、新しい世の中を目指す」

 ジークが急に話を変えた。


「へぇ、いいんじゃない?」

「その為には、一人じゃダメなんだ。心が折れてしまわねーように、俺の自我が失われてしまわねーように、誰かが必要なんだ」

 ジークが愛理の眸を覗き込んだ。


 愛理は赤くなって、言葉を詰まらせた。

「ふ、ふぅん」


「一緒に行くだろ? おまえ、暇なんだから」

 ジークが車に戻る。

「ひ、暇だよ!? 竜神の一族? いいんじゃない。私、ナンバー2になったげるよー」

 愛理が追いかけ、助手席に座った。



 線香花火の先が落ちてしまうように、日が呆気なく海に沈んだ。

 街は夜に飲まれた。 

 ボロい車が峠道を走り出し、行くあてもなく旅立った。




 それから数年かけて、人間達は平和を取り戻した。

 街は夜でも明るくなり、かつての恐ろしい襲撃を忘れてしまったように見える。


 吸血鬼(ダーク)はどこにも見られなくなった。


 しかし、人間達は時折、夜の暗がりに黒い翼を見たような気がして、震えることがある。

 吸血鬼(ダーク)が真に滅びてしまったとは、思われないからだ。


 きっと吸血鬼(ダーク)は身近にいる。

 すぐ側で息を潜め、血を吸う機会を窺っている。

 職場の同僚か、学校の先生かも知れないし、たまたま乗った電車で本を読んでいる隣りの誰かが、もしかしたらそうかも知れない。




 拙い話を最後まで読んで下さり、どうもありがとうございました。

 二年前から連載を開始し、途中、よくわからない道に迷い込みながら、遂に二年と四カ月かけて完結致しました。

 誤字脱字だらけ、くどくなった部分、意味不明な部分もあるかと思いますが、とにかく二年頑張って来ました。

 うちの父の死と自分の病気の手術があり、自分なりのメッセージを物語の中に描きたかったです。

 病気の描写、残酷なシーンなど色々ありますが、病気と頑張っておられる方々が不愉快な思いをなさることがないことと、快癒を心より祈っています。

 応援して下さった皆様、ブックマーク付けて下さった方、感謝しています。

 本当にありがとうございました。


 次回の作品も、どうぞよろしくお願いします m(_ _)m

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