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ph 86 神話創生

ph 86 神話創生


 1


 ジークと忍人兄弟は死刑の執行を待ち、後ろ手で床に転がっていた。

 光と影の玉座に、影を裾引くマントの黒瀧がいた。


 星々の光が降り注いでいる。

 強烈な光で、影もとても濃かった。


 黒瀧が乾いた声で告げた。

「さぁ、どんな刑罰が相応(ふさわ)しかろうか。身の程知らずに私の命を狙う、おまえ達…。まずはおまえの罪から裁くとしよう、忍人」


 大きな圧迫を受け、忍人が床にメリメリと沈んでいく。

「あなたは神になったかのつもりでいる……。闇で覆い尽くす…というのは、全ての生けるものを死滅させることじゃないのか…?」

 忍人が息苦しい中で反論した。


 ジークも横から叫んだ。

「そうだ。ジイサンは…黒瀧の一族の繁栄なんて考えてねー…。人間も吸血鬼(ダーク)も、全ての命を絶やそうとしてる…。何故だ?」

 彼は酸欠で、何度も思考が停止しそうになった。



 黒瀧の代わりに、忍佐加が答えた。

「それが父上の目的なんですよ。それが闇の意志だから」

 忍佐加は肉体を持たない身で、酸素に関係なく、すらすら話した。


「忍佐加。何を言うんだ」

「父上。私達の魂は、いずれ闇に還る。私達は死までの数百年間を、家族や仲間と共に生きていきたい。愛や悲しみを分け合っていきたいんだ。それなのに…、父上は吸血鬼(ダーク)による殺戮で人間どもを駆除していき、いずれ世界を丸ごと闇に還そうとしてるんです…」

 忍佐加が憎しみと恨みを吐き出した。


「そうだ、忍佐加よ。ごらん、この美しい闇を…。穢れなき闇が地表を覆い、星が一つ消える。神は我々から、大事な光を奪った。それに対する闇の返事はこうだ。宇宙(そら)を闇の支配に戻す。宇宙(そら)が生まれる前の状態に…。おまえはこれを再びの神話創生だと感じないか?」

 黒瀧が忍佐加に囁いた。



「うぜぇー」

 ジークが血の混じった唾を吐き、下から黒瀧を睨み上げた。


「ジイサン…。俺は真っ平だぜ。俺は友達が料理した、ニンニクがきいたパスタを食いてーんだ。可愛い女の子にちょっと献血してもらったり、女の子のお尻を触ったり、クダラナイ動画を見たり、のんびり釣りがしたい。そういう日常。平和で平凡で気ままな時間…。…俺はどこにでもいる、つまんねー男さ。宇宙のことなんて、どーでもいい」

 ジークは震えながら、手の縛りを何とか外そうとした。


「…ジイサン。あんたはクソだ。一族始まって以来の、最低の吸血鬼(ダーク)…。あんたに比べりゃ、遺伝子研究で吸血鬼(ダーク)の再興に尽くした弥一郎教授の方がまだマシだ。…俺はあんたみたいなガラクタを、いつまでも夜道の真ん中に置いとかねぇー」



 黒瀧は細い指先で、髭を撫でた。

「ふーん、わかってないな。ジーク。おまえは今、どこにいる?」

 細い指先が、ジークに向けて据えられた。


「ジーク。ここは私の体内だ。この城全体が、私の本体だ。どうやって内側から私を殺すつもりか? 私がかつて、おまえに血を分け与えた理由が、何故だかわからないか? おまえの闇と対極にある優しい性分こそが、闇に対する耐性であるからだ…。おまえは私のカラダのスペア……」

 黒瀧が言うと、忍人と忍佐加が驚愕し、ジークを振り返った。



 ジークは眉間に縦皺を刻み、野良犬のように吠えた。

「お断りだよ。黙れ、ジイサン。あんたが後継者にしようと思ってた朔夜は、さっき死んじまったよ。残念だったな!!」


 すると、黒瀧はむしろ高笑いした。

「ヒハハハ。朔夜を後継者に!? あんな嘘話、信じてたのか? そんなわけないだろう、私は忠犬を利用したに過ぎぬ」

 黒瀧が玉座から立ち、マントを翻した。


「なっ…。何言ってんだよ!! 朔夜はあんたを守る為に死んだんだぞ!?」

 ジークは悔しくて、歯軋りした。


「私の後を継ぐのは、私自身だよ。おまえのカラダを得て、後千年生きてみよう」

 黒瀧が階段を降り、ジークの肩を掴んだ。

 ジークの肩が砕け、血が飛び散った。




 2


「ジーク、見るがいい。別荘の一室を、ここに映し出す」

 黒瀧はドーム天井をスクリーンに、ある映像をジークに見せつけた。


 星々の光が輝く城と違い、映像の部屋は薄暗かった。

 魚眼レンズで見るように、映像は丸く歪んでいた。

 カメラ視点は天井からで、人物の頭頂部が大きく見えた。


 誰かの寝室だった。

 ベッドで眠る、青白い顔の病人と、付き添うような白い影。

 ジークが目を凝らす。


「愛理だよ、ジーク」

 黒瀧が自分でバラした。

「愛理!?」

 ジークはベッドの病人を、必死に見た。


 豪華な大型のベッドで、愛理は痩せ細り、やつれている。

 付き添う白い服の女が、青白い手で愛理の頬を撫でている。

 愛理は固く目を閉じ、最早、虫の息だ。

 死を迎えようとしている。


 白い服の女は、長い髪が腰まで垂れている。

 ちょうど、角度的に顔が見えない。

 女の年齢は不詳で、そもそも吸血鬼なのかどうか、不気味な(パルス)を発している。



「あの女、玖磨なのか!?」

 ジークは自分の目を疑った。

 古代の白い着物。

 女はジークの押しかけ嫁、怨霊の玖磨だった。


「おまえが悪いんだ、ジーク。おまえのせいで、私の可愛い孫の愛理が死にかけている」

 黒瀧がジークの顔色が変わるのを楽しみながら、低く囁く。

 ジークは動揺した。

「玖磨!! そこで何してるんだ!? 何か勘違いしてねーか? そいつは朔夜のフィアンセで、俺はそんなチビでブス、好みじゃねぇ!!」


 ジークの叫び声が、次元を超えて届いたのか。

 玖磨がカメラ視点を仰ぎ見た。

 玖磨は若く美しい女だが、目の下の黒く濁った肌から、死人らしさが拭えなかった。

 彼女はけらけら笑った。

「ジーク…。あなたの妻になる予定の女に憑りついて、ずっと生き血を飲み続けた。そして、私は実体化できた。この怨み、晴らす為に…」


 ジークはかなり慌てた。

「ざけんな、玖磨!! おまえは俺と結婚したんだ。もう満足だろうが!? そのブス、放してやれよ。俺はそいつと結婚しねーし」


「ブス…!?」

 愛理が目を覚まし、聞き耳を立てた。

 微かに身を震わせ、ジークの気配を読み取る。

「誰が…ブスって…、ちょっと、ジーク…」


「起きたのか、愛理。その悪霊ぶん殴って、早く逃げろ!!」

 ジークが促しても、愛理は起き上がれなかった。


 その時、黒瀧の声を聞き、玖磨が叫んだ。

「王よ! 私はここまで、あなたを追ってきた…!! 追い詰めて、あなたを地獄に落とす為に…」

 黒瀧は玖磨を睨み付けた。

「やってみるがいい、嫉妬深い最初の妻よ。おまえをもう一度、永遠に異界に封印してやる」

 黒瀧は床から黒飛龍剣を拾い上げ、言葉がただの脅しでないことを見せた。



「愛理ー!!」

 突然、ジークが叫んだ。

「ジ…、ジーク…。どこにいるの? …あんたの気配、すごく遠い…」

 愛理が呟き、シーツから腕を出した。

 彼女の痩せた腕が天井に向かって伸び、指が宙を掴む。


「愛理、必ず助けてやる!! そこで待ってろー!!」

 ジークが声の限り、怒鳴った。



 黒瀧が映像を消した。

「ジーク、おとなしく義兄どもの処刑を見ていることだな」

 黒瀧が卑怯にも、自分の孫の愛理を人質に取った。

 



 3


「ジーク、退け…」

 忍人が呪縛を解き、床から立った。


 光と影の均衡が崩れ、周囲に薄暗い影が広がった。

 忍人の結界が立ち上がる。

 途端に息苦しさが薄れ、ジークは酸素を感じた。

 見えない鎖が切れるように、ジークは自由を取り戻した。



 忍人が最後の力を振り絞り、精一杯の抵抗を試みている。

 彼の足元に草が茂り、露が煌めいた。

 遠くから、アルプスの爽やかな風が吹いて来た。

 野に咲く花の、甘い蜜が香った。


「私のステージでおまえの結界など、何の意味もない。忍人」

 黒瀧は息子を小馬鹿にした。


 いつの間にか玉座と黒い星の壁が消え、黒瀧の背後に忍佐加が居た。

 忍佐加の手は、四百年前の日のように、鎖の付いた斧を振り上げていた。

「父上。筋は通さなくてはなりませぬ。闇と心臓を結ぶ糸を切られた者は全て、闇に還るのです」

 がっと斧が黒瀧の胸を割った。


 黒瀧の左胸が裂かれたと思われた。


 けれど、黒瀧は時間を戻すように、別の場所に移動していた。

 あれは忍人が龍の目玉の指輪のチカラで空間を縫うように移動する時と、そっくり同じ動きだ。


 忍人は黒瀧の動きを読んでいた。

 忍人は空間を裂いて、円形の真空を造り、人差し指の先で回転させた。

 両手に大小の真空の車輪を廻しながら、髪を燃え上がらせて進んだ。

 彼は鬼の形相で、三白眼を吊り上げて黒瀧を睨んでいる。


「この城全体が、私の本体と言ったはずだ」

 黒瀧は嗤い、飛び交う車輪を避けた。

 車輪は全てを切り裂く最強のブレードとして、黒瀧の心臓を狙った。


 黒瀧は身をのけ反らせることもしない。

 肩から胸にかけての細胞がぱっと空中分解し、ブレードを避けてから元の細胞の集合に戻った。


「グゥゥ…」

 忍人が唸った。

 風が乱れるように、複数の車輪が神速で飛び回った。

 黒瀧のマントを切り刻み、繊維が散った。


 黒瀧は無傷だった。

 黒瀧は死神の大きな鎌を構え、複数の影に分散した。

 複数の影が同時に忍人兄弟とジークに襲いかかった。


 忍佐加は鎖付きの二本の斧を使い、和太鼓を打つ人のように激しく鎌を連打した。

 ジークは指で摘んで、鎌を止めた。


 半覚醒のジークの手は、龍の前脚に変化していた。

 深く折れ曲がった指と長い爪が、鉄をも切り裂く大鎌を受け止めた。

 黒瀧は鋼の柄頭でジークの頭を割ろうとしたり、 鎌で彼の首を刈ろうとした。

 ジークはすばしっこく、爪だけで鎌の猛攻を防ぎ続けた。


「バカバカしいと思わないか、ジーク? この世を破滅させることの出来るチカラの持ち主同士で、こうして体力で競い合うなんて」

 黒瀧の分身の一つが言った。

「るせぇ!!」

 ジークの大鷲のような鉤爪の足が、黒瀧の腹を抉り、何度も蹴った。


 一つの黒瀧が消え、別の黒瀧が床から立ち上がった。

 黒瀧は無限に建物から発生した。

 建物の影をちぎって、黒瀧が湧き上がった。



「私達は黒瀧の体内にいる。そうだ。黒瀧の本体に迫る為に…危険を冒して入って来たんだ…!!」

 忍人が車輪の円形の刃を閃かせた。

 呪いの歌を歌いながら。


 忍人の呪術が、目の前にいる黒瀧の一人に対し、自由を奪う。

 黒瀧はその場に縫い付けられた。

 圭太がそうして呪殺されたように、黒瀧の全身がドロドロに溶かされ始めた。


 黒瀧は端麗な顔を引き攣らせ、やがて醜悪な老人に老けていく。

 その背は丸くなり、髪が薄くなり、顔が弛んで波打った。

「忍人…」

 黒瀧がぶるぶる震える。


 忍人は死力を尽くして、黒瀧を呪縛し続けた。

 床から湧き上がる黒瀧を、次々と溶かしていく。

 闇の深淵を根源とする、無限大のエネルギーが、忍人に向かってきた。


 忍人は深淵のチカラを抑え切れず、鼻血を出してぶるぶる震えた。

 彼のこめかみに静脈が浮き立つ。

 チカラの増幅で、全身の筋肉が更に隆起する。

 忍人の口の端から泡が出て、血を流し始めた。


 漸く、忍人が結界に湧いた数十人の黒瀧を抑え込んだ。


 そのチャンスに、ジークが黒瀧の手から黒飛龍剣を奪い、切っ先で黒瀧の胸を切り裂いた。

 同時に、背後から忍佐加が斧を振り回し、再び黒瀧の左胸を裂いた。


 黒瀧の心臓のラインを切断できると、誰もが思った。



 黒飛龍剣はジークの意に反し、彼を振り回した。

 ジークは結界の端まで飛ばされ、黒飛龍剣が勝手に忍佐加を斬った。


 黒飛龍剣は主人(あるじ)である黒瀧を避けて、忍佐加を空間ごと切り裂いた。

「ギャアッ!! 兄上ぇー!!」

 忍佐加の魂が真っ二つになり、胴体の上が暗黒の異界に飲み込まれた。


 ジークは草むらに転がった。

「忍佐加ー!!」

 胴体を失った忍佐加の脚も、暗黒の異界に堕ちていく。


「忍佐加ー!!」

 一瞬、忍人が呪いの歌をやめた。

 忍人の唯一の弱点である、弟。

 兄は弟の身を案じ、一瞬の隙が生じた。



 黒瀧が薄く笑む。

 忍人の結界はガラスが割れるような崩壊を起こした。

 視界はまた、目をチカチカさせる光と影へ戻る。

 黒瀧の影は流れる水のように引いた。



 ジークは黒飛龍剣の柄に飛びつき、剣を押さえ込もうとした。

 黒飛龍剣は磁石が引き合うように、黒瀧の手まで飛んだ。

 そして、ジークを投げ飛ばして、黒瀧の手にピタリと収まった。


 黒瀧が地面を黒飛龍剣で割った。

 空間的に、ジークと黒瀧が隔てられた。


「ジイサン!!」

 ジークが黒瀧を見詰めた。

 黒瀧がジークを見返し、にやにや笑った。

「ジーク、これが判決だ。見ていろ」


 黒瀧が黒飛龍剣を軽く一振りした。




 4


 星と星がぶつかり合い、飲み込まれ、或いは自ら爆発し、飛び散った。

 宇宙に塵が広がった。

 多くの星々が滅んだが、宇宙的規模で見れば、影響は皆無だった。



 城が消えた。

 忍人は足場である空間を失い、渦巻く銀河に放り出された。


 忍人は鼻血を噴き、目と口と耳から血を噴き出し、手足の指を飛び散らせた。

 額が割れ、血が流れ出た。

 眼球がなくなり、彼は両方の暗い孔を手で覆った。

「うあああ…!!」



「忍人、自我を失うな!! そしたら、本当に終わってしまう!!」

 ジークが忍人に向かって言った。

 彼も銀河を流れていた。


 ここは死に至る道だ。

 朔夜もこの道を流れていった。



 忍人は凄まじい激痛を感じた。

 それに、弟をまたも救えなかった後悔でいっぱいだった。

 憎しみが心の中で最大に達し、心が真っ黒になった時、ほぼ闇に等しくなった。


「ジーク、助けてくれ。私の心はどこまでも救われない…。こんなにチカラを使い果たしても、何も報われなかった。何も得られなかった…」

 忍人は苦しさの余り、正体を現していった。

 半人半蛇となり、その姿はナーガ堂の神像を思い出させた。


「ジーク、許してくれ。私は黒瀧が憎くて、君のフィアンセを殺した。弟を復活させたくて、君のカラダを弟に与えようとしていた…。私は余りにも薄汚い男だ…」

 忍人が悲しみに打ちひしがれ、泣いていた。


「忍人…」

 ジークは悲しい気持ちになった。


 黒瀧が迫ってきた。

 黒瀧は大鎌の刃先を、忍人の喉元へ滑り込ませた。

「ぐがっ!!」

 忍人が二股の舌を吐き出した。


「永久に苦しみ続けるとよい、忍人よ。おまえは天の川の(はりつけ)台で、この世を恨めしく見下ろしながら、永久に激痛に苛まれ続けるのだ。昼も夜も絶え間なく」

 黒瀧が判決を言い渡し、去った。


 忍人は足元から腐り始め、背も腹も、闇に食われ始めた。

 意識はあるが、何も言うことが出来ない。

「………!! ………!!」

 忍人がジークに、何かを訴えかけている。



 ジークは闇の中に手を入れ、流れていた鬼美津を拾い上げた。

「忍人…。俺がずっと待っていた時が来たよ。俺はこの一瞬の為に…、最愛のルビーの為に…」

 ジークは忍人の方へ近寄った。


 ジークはナオの鬼美津を右肩の上に片手で担ぎ、

「忍人、俺はこの機会を待ってた…。おまえだけが俺を利用したんじゃない。俺はずっと、おまえの命を狙ってた。知ってたんだろう、忍人…?」

 と、忍人に囁いた。


 忍人は両目のない顔で、殆ど腐りながら、許しを乞うているようだった。

「忍人…、おまえは気付かなかったのか? 最後におまえの動きを封じたのは、圭太が死ぬ間際におまえの背中に描いた、六芒星だよ。おまえが死ぬのは、圭太の呪いだ」

 ジークが鬼美津を振り下ろした。


 忍人の頸椎の関節が切り離され、首がかくんと前に倒れた。


「圭太。俺、ルビーの仇を討ったよ…」

 ジークは忍人にぶつかるように、鬼美津を相手の心臓に突き立てた。

 ラインが切断され、忍人が泡立って溶けていく。

 忍人も永遠の責め苦から解放され、魂が深淵に還っていった。



「ジーク。やったじゃん」

 圭太が笑ったような気がした。

「ジーク。おめでとう」

 ナオが鬼美津から笑いかけているように思った。

 ジークは刀を引き抜き、何だか泣けてきて、涙を拭った。


「ジイサン、出て来いよ。てか、ジイサンの自我さえない、哀れな抜け殻…」

 ジークは鬼美津の刃を、自分の首筋に当てた。




 5


「どうするつもりだ?」

 黒瀧が現れ、ジークに尋ねた。


「俺は選ぶことが出来る。未来を乗っ取られるくらいなら、サムライみたいに潔く自刃してやる」

 ジークが脅した。


「おまえの代わりなら、いくらでもいる」

 黒瀧は交渉を拒否し、ジークの肩に手を伸ばしていった。


 ジークは下がって、間合いを切った。

「そうかな? ケイシーも朔夜もダメだった。深淵の番犬は七匹とも、大したことなかったな。忍佐加はおまえに逆らい続けた。…そんなに代わりはいねーんじゃねーかな?」


「自惚れるな。私から逃げられると思ってるのか? 考えてみろ、この世に闇が無い場所があるか!?」

 黒瀧が一瞬で距離を詰め、ジークの肩を掴んだ。


 黒瀧の爪が肩に食い込んだ。

 そこから、黒瀧の身に巣食う闇が流れ込んできた。


 ジークの体が震動し、激しく歪み始めた。

 彼の体が膨らみ、覚醒の続きが始まった。

 彼は痛みに悲鳴を上げた。

「やめろ!! ジイサン、やめろって!!」


 彼の体に銀色の鱗が浮き上がった。

 ビキビキと骨が鳴った。

 彼の髪が白いたてがみになって、ライオンのように盛り上がっていく。


 ジークは覚醒することで、黒瀧を拒もうとしている。

 けれど、もっと強い激流で、黒瀧の中身がジークに移動していく。



 突然、ジークは何か地響きのような音を聞いた。

「何の音だろう…?」

 ジークはぼんやりとした意識の間で、音のする方向を仰いだ。


 ジークは巨大な門が天空に出現するのを見た。

 その門が次第に降りて来て、瑠璃色の大扉が開く。


「…ヘル…!?」

 ジークは無意識に呟いた。



 大宇宙の光景が掻き乱される。

 この世界の多層が統合されていく。


 残るのは、奇岩の島だ。

 藍色の宇宙がなくなって、巨大な門が奇岩の島に突き刺さっていく。


 奇岩を削り、轟音とともに大扉が開いた。

 扉の内側は、全く異なる景色があった。

 澄んだ青空、薄茶けた砂漠。

 切り立った崖と岩場がある。


 門の内側の空から、長い石段がずるずる伸びてきた。

 そして、階段の最下段が、奇岩の島の浜辺に着いた。



 ジークは呆気に取られて見ていた。


 果てしなく長い階段から、ヘルが一人で降りてきた。

 ヘルが黒いタキシードを脱ぎ捨てた。

 下には、迷彩の戦闘服を着ている。


「よう、黒瀧。パーティーの招待を受けて、深淵まで堕ちて来てやったぜ。地獄を連れてな」

 ヘルがニヤッと嗤い、サングラスを額まで上げた。





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