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ph 8 闇の掟

 phase 8 闇の掟


 1


 愛理はてっきり、ジークが蝶人の方へ向かう選択をすると思った。


 ジークは全く迷わずに、ただ苛々と、

「深由ちゃんを助けに行く。蝶人のジジィは、また今度にするか」

 と、愛理に告げた。

「…わかった」

 彼女は何だか意外そうな顔をした。


 ジークは深由のアパートの前に車を駐車し、さっさと降りた。

「どうだよ?」

 ジークが愛理を急かした。

 愛理は小鼻をぴくぴく動かし、

「この場に残存する気配で言えば、朔夜が深由ちゃんを車で連れ去った感じだな。まだ十分か、十五分ぐらい前かな」

 と、(パルス)を辿った。


 ジークは涼しい夜気の中で、周囲を見回した。

 この時間、誰も通りを歩いてない。

 周辺の住宅の明かりが消え、街はひっそりと眠っている。


 彼は車に戻った。

「おい、朔夜の家を知ってるんだろ?」

 いつになく、慌てている様子のジークに、愛理は面食らう。

「朔夜は何軒も自宅を持ってるよー」

「じゃ、ローラー作戦だな」

 ジークは勝手に決めた。


「ジーク、そんなに深由ちゃんを気に入ってるの? 仲間に入れるんだったら、この地区のリーダーの許可が必要だよ」

 愛理が、闇の掟を説明した。

「地区のリーダー? 朔夜か。深由ちゃんを仲間に入れる気なんかねーし。別に気に入ってねーし。電車でバァサンに席を譲る程度の、小さな親切心だよ」

 ジークは狭い道で、車を荒っぽくUターンした。

 ミッドタウンにある、朔夜の自宅マンションへ向かう。


「この地区で、朔夜は最強だよ。蝶人なんかより、きっとレベル上だよ!」

 愛理は無茶なジークを心配した。

「俺はもう、誰かが吸血鬼(ダーク)に襲われて、死ぬのが嫌なんだ」

 前を見据え、ジークはハンドルを握り締める。

 無意識にポケットからタバコを一本取り出し、口の端にくわえた。


「蝶人が、近くでお食事中だよ。そっちはいいの!?」

 愛理は不思議そうに聞く。

「おまえ、食事をしなかったらどうなるんだ?」

 ジークがタバコをスパスパ吸って、煙を窓の外に吐いた。


「血を吸わない純血の吸血鬼(ダーク)は、短命なんだ。この特殊な能力と再生力の代償に、血を吸わないと寿命を縮めてしまう。三十過ぎたら突然、干からびたミイラになって死んじゃうんだって」

「マジかよ」

 ジークは少し、愛理に同情した。


「ここだよ、朔夜のマンション。大抵、ここにいるはずだけど…」

 走る車のウィンドー越しに、マンションを愛理が見上げた。


 シックな高級ホテルのような外観。

 マンションは敷地にドーナツ型に配置されている。

 中央に広い公園があり、多種の植栽、ローズガーデンと噴水がある。

 上層のフロアからは、ミッドタウンの夜景を堪能できるだろう。


「俺にあんなボロいマンション紹介しといて。自分はこんな贅沢なとこに住んでんのかよー」

 ジークもマンションを仰ぎ見た。

 夜風がジークのジャケットを揺らし、ケヤキ並木の葉を鳴らした。

 凝った西欧風の石畳が、並木の大通りからマンションの中庭へ続く。


 愛理はマンションのエントランスを指差し、

「セキュリティが厳しくて、玄関から先に入るには、暗証番号が必要なんだって。どうする!? 朔夜の部屋は十三階だよ」

 と、言った。




 2


 暗がりに、二人分の呼吸の音だけが続いていた。

 音楽もなく、テレビもない。


 二十畳ぐらいの広さがある寝室で、夜景を切り抜き、額縁に納めるように、半円形の大きな窓がある。

 窓の外で、円に近い月が冴え冴えと光っていた。

 部屋の中央には天蓋(てんがい)付きのクィーンサイズのベッドがあるが、他にインテリアはない。


 天蓋から垂れた(とばり)の影に、朔夜がいる。

 彼は寛いだ姿勢で、窓辺に立たされた深由を眺める。


 深由は全身に月明かりを受け、呆然としていた。

 意識がないのか、現在の彼女は朔夜の支配下にある。


「深由、服を脱げ」

 朔夜が命じた。

「俺が脱げと言ったら、女はみんな、脱ぐことになってる」

 朔夜はこの部屋でのルールに、深由を従わせようとした。


 深由は無表情に、さらさらした長い髪を揺らし、従順に脱ぎ始めた。

 何かの催眠術にかけられているみたいに、逆らおうとしない。


 深由はジャケットとシャツとスカートを脱ぎ、動きを停めた。

「全部だ」

 朔夜が静かな、抑揚のない声で言う。

 深由は淡い花柄のブラを外し、標準的な大きさのバストを月明かりの下に(さら)した。

 痩せて、顔が小さく、脚がすらっと細く伸びた、今時のモデル体型の娘だ。


 彼女の指がショーツに掛かった時、朔夜が、

「血を捧げたいなら、ジークじゃなくて、俺に捧げろ。俺が全部、飲み干してやる」

 と囁いた。


 深由は意識のはっきりしないまま、突然口を開いた。

「私は…ジークさんに…頼んだ。吸血鬼になりたい…と…」

 朔夜が立ち上がり、天蓋の下へ、深由の手を引いた。

「続きはベッドで聞いてやる。来い」

 しかし、深由は手を引かれても、その場に立っていた。

 急に涙をぽろぽろ落とし、泣き始めた。

「ダメ…って。ジークさんが…。吸血鬼になっても…いいことはない…って…」


 朔夜は頷き、

「そうだな。それは諦めた方がいい。おまえは俺の一回分の食事にしかならない。おまえが俺達の家族になるのは、所詮無理な相談だよ」

 と、深由を抱き上げた。

 深由は朔夜の腕の中で激しく泣き、

「ジークさんが…迷惑そうな顔をした…。バカ、って…。私、嫌われちゃった……」

 と、グズグズ鼻を鳴らした。

 朔夜が彼女をベッドに降ろし、指を絡ませて、手を繋いだ。

「あいつは雑魚(ザコ)だ。悲しまなくていい。俺が可愛がって、最後に痛くないように死なせてやる。眠るように死ねるんだ。楽な死に方だぞ」

 愛しい恋人に囁くように、彼は獲物の耳元に囁いた。


 深由はしばらく、沈黙していた。

 彼女の膝の上に、涙の(しずく)がぽたぽたと散った。

 無表情だった彼女の眸に、生気が戻ってきた。

 涙が彼女の魂を、身に呼び戻した。


「ここは…どこですか…?」

 深由が正気を取り戻した。


 深由は記憶が消えないばかりか、催眠暗示にもかかりにくいと見える。

「わ、私、なんで裸なの!?」

 深由は慌てて、手で胸を隠し、自分の服を探した。

 服は窓際に脱ぎ捨ててあった。

 深由は急いで、服を取りに行こうとした。


 後ろから、朔夜が深由の腕を掴んだ。

「待て!」

 その刹那。


 夜景を額の中の絵画のように嵌めこんでいた窓ガラスが砕け、きらきら光る(みぞれ)みたいに、部屋の内側に向かって降り注ごうとした。

「誰だ!?」

 朔夜が叫ぶ。

 飛び散ろうとしていたガラスの破片のうち、朔夜の正面に飛来したものが、空中で停止した。

 時間が停止したように、ガラス片がそのまま宙で静止する。


 窓辺のガラスを踏みしだき、じゃりじゃりと音が鳴った。

「ちょっと、お邪魔するぜ」

 ジークが窓から侵入した。


「邪魔なんだよ、ジーク! 今、いいとこなんだ。気を遣え!」

 朔夜が憎々しげに呟いた後で、空中に浮かんでいたガラス片が、一斉にフロアに落ちた。


「ジークさん!?」

 深由が驚いて、ジークを見た。

 ジークはジャケットを脱ぎ、深由の肩に掛けた。


 ジークは朔夜に唸るように言った。

「俺が先に血を吸ったコだ。俺に優先権があるはずだろ!?」

「闇の掟が知りたいなら、教えてやる。まず、俺の前に(ひざまず)け!!」

 朔夜がベッドの上に立ち上がり、かっと牙を剥いた。


 その瞬間、それまで朔夜が抑えていた気が一気に解放され、爆発的な力の波がジークに押し寄せた。

 ジークは朔夜の(パルス)に、弾き飛ばされた。


 ジークが後方の壁に接触した。

 彼は衝撃の大きさにびっくりした。

 びりびり肌が痺れるほど、朔夜の気がジークを圧迫した。

「これが、本当の朔夜の(パルス)…」

 ジークは足を踏ん張って堪えた。


 突然、ガラスの失せた窓から、

「お邪魔しまーす」

 と、愛理が覗いた。

「愛理さん!?」

 朔夜が窓を振り返った。

「どういうことなんだよ、愛理さん。なんで、こんなヤツを連れてきた!?」

 愛理は問われて、苦笑いした。

「そういうことだよ。先着順はうちの一族の掟。深由ちゃんは本来、ジークの獲物だもん」


 深由は震えながら、ジークのジャケットに手を通し、彼等の会話に耳を傾けていた。


「一族に加わったつもりになるのは、まだ早いんじゃねーか。ジークは正式に認められたわけじゃねぇ」

 牙を露出したまま、朔夜がジークと愛理に指摘した。

「ジーク。おまえが俺に楯突こうなんて、百年早いんだ。俺はな、おまえより百年以上長く生きてる。吸ってきた血と魂の量が違う」

 朔夜が獣のように吠えた。


 ジークは前に歩を進めた。

「はぁ!? 人殺し自慢かよ。俺は生憎(あいにく)、おまえらの仲間に入ったつもりなんかねーんだ。深由ちゃんはもらってく」

 彼も全身の力をたぎらせ、その(パルス)を放出した。

 ジークの全身に青い電気が走り、火花を散らした。

 火花がぱちぱちと弾け、彼の力が炎のように燃え上がり、更に大きく膨らもうとした。


 その時、

雑魚(ザコ)が。俺に力で押せるとでも思ってんのか!? この女を助けたところで、ジーク、おまえの恋人が戻ってくるわけじゃねーんだぞ!!」

 朔夜が怒鳴った。


 すると、ジークの表情が引き攣った。

 朔夜は調子付き、

「おまえの恋人はこうやって殺されたんじゃねーか? 再現して見せてやる。そこで鑑賞してるといい!!」

 深由の手を取り、ベッドに引き倒した。


 同時に、ジークは真正面から衝撃を食らい、宙に浮いて、空気に押し付けられた。

 朔夜の圧倒的な(パルス)が、自在に力そのものとなって、ジークを攻撃する。

 空気と空気の壁に押し潰されるような圧迫感が、ジークを襲った。


「うぁっ…。こりゃ何だよ…!?」

 ジークは肺が締まり、骨がミシミシ鳴るのを感じた。


「ジーク。私達は…血を通じた契約で、魔界の闇と結合した存在なの。それを理解しない限り、あんたは……」

 愛理が首を左右に振った。


「もしかして…、ジークさん。私を助けに来てくれたの!?」

 深由が叫ぼうとした。

 朔夜はジークに見せつけるように、深由の上に馬乗りになり、彼女の自由を奪った。

 彼女の唇を奪い、無理やり乱暴しようとした。


 宙でもがき苦しみながら、ジークが逆上した。

 息苦しさと痺れ。

 全ての血管が圧迫され、頭の芯まできりきりと痛む。

「さ…くや…!」

 ジークは必死に叫んだ。

「てめぇ…、許さねぇ…」

 彼の顔色が変わった。




 3


 ドクン。

 ジークの心臓が大きく鳴った。


 ドクン。

 ジークの心臓が、最早止まりそうだった。


 ジークは思いもしなかった異変に見舞われた。


 ジークの両腕が、痙攣を起こしたように揺れ始めた。

 そのまま、何かを掴もうとするみたいに上に伸び、指先を開いていく。

 彼は指の先に、渦巻く虹色の光を見た。


 ジークの見詰める空間の一部が、穴が開いて空気が漏れるチューブのように、皺を刻んで(しぼ)んでいく。

 空間が萎んでいくうちに、その穴はどんどん裂けていき、暗黒の(うず)が見える。

 その渦が何なのか、ジークにはわからない。

 彼の目の前で、虹色の光が、暗黒の渦に吸収された。

 まるで、宇宙の縮図を見ているようだ。


 暗黒の渦は領域を広げ、ガスを取り込むブラックホールのように自転しながら、光を食っていく。

 やがて、暗黒の渦は太陽をネガポジ反転させたかのごとく降臨し、放射状に注ぐ陽光と真逆に、放射状に光を吸い込んでいった。


 ジークの震える指先が、暗黒の渦に向かって引っ張られる。

 巨大な重力が発生したように、ジークがじわじわ引き込まれていく。

「腕が…吸い込まれる…!!」

 ジークは必死に手を引き戻そうとするが、腕は揺れながら渦へ入っていく。


 愛理が見えない異変に気付き、ジークの側に駆け寄って、彼の肩を叩いた。

「ジーク! 朔夜と和解して! 私達、同じ一族なんだ。もめる必要なんかないよ!」

 ジークが愛理を振り返り、愕然とした。

 肩を叩いている愛理が、とても遠くに見える。

 肩を叩かれている感触があるのに、彼の視点だけが、自身の肩からずっと離れてしまっていた。


 どういうことだ!?

 ジークは状況を冷静に把握しようと努めた。

「そうか…。体が異空間に引っ張られてるんじゃない。…魂だけが…引っ張られてる…!!」

 ジークは奇妙な感覚を理解した。

 肉体から魂が剥がされかけ、首の辺りからすぽっと、魂がはみ出てしまっているのだ。


 ジークは何か既視感(デジャヴー)に気付いた。

 黒瀧の眸の深淵だ。

 それと同じ質の闇が、彼を食らおうとしていた。


「うわっ、なんかヤベーことになってきた…!!」

 ジークは焦ったが、どうにもならない。


 彼の気持ちの中でも、変化が起こり始めた。

「どうせ、どうなるもんでもないや」

 自棄(やけ)になっているような、客観的過ぎる自分がいる。

 客観的な自分はこの状況を受け入れ、むしろ、楽しんでいる。


 闇が脳を蝕んでいく。

 大祐が吸血鬼(ダーク)になってしまった時に言っていた言葉。

 それが、今のジークにも当てはまる気がする。


 何かがジークを黒く染めていく。

 誰が死のうと構わない。

 誰かを引き裂き、内臓にむしゃぶりつき、生温かい血を啜ることは、罪でも何でもない。

 ごく普通の食物連鎖じゃないだろうか?

 どうせ、もう手を朱に染めてしまった今となっては。


 ジークの魂が、すっぽりと暗黒の渦に飲み込まれていく。

 異界の霊気が満ちた渦だ。

 黒瀧の眸の奥にあったのと同じ、汚れた闇がジークの魂にへばり付いていく。


 暗黒のトンネルを抜け、ジークの魂はどこかに降り立ったような気がした。

 ここから先は実体じゃなく、認識だけの空間だ。

 ここで感じる手や足は、彼の意識から生まれたカタチだ。

 彼の魂にカタチはない。

 潜在的に彼が捕えているカタチに、全てが彩られ、彼の受け止め方で脳内で映像化される。


 彼は闇の深淵に立っていた。

 どろつく暗黒の波が、彼の心に(じか)に打ち寄せる。

「う…、うぉー…」

 ジークは生まれたての獣のように吠えた。


 心臓を直接叩かれるみたいに、ジークはびりびりと強い刺激を感じた。

「俺は神になったのか…? これは何だ…?」

 痺れ震えながら、ジークは魂で叫んだ。



「朔夜、ジークが死にかけてる!! ちょっと、気を緩めてよ。ジークの中の闇の血が刺激されて、目覚めようとしてる!!」

 愛理が朔夜を促した。

 朔夜は含み笑いを漏らし、

「そう来ないと。闇の洗礼なくして、俺達と同族とは言えないよな? 血を飲んだから、異変が起きたんだ」

 と、平然と言ってのけた。

 愛理は焦り、

「失敗して飲み込まれたら、彼の魂がこちら側に帰って来れなくなるんだよ!?」

 と、朔夜に(すが)った。


 朔夜は愛理の頼みを、聞くつもりがなさそうだった。

「そういうもんだ。誰でも吸血鬼(ダーク)になれるわけじゃない。適性のないヤツは死ぬ。それだけだろ?」

 朔夜は愛理を突き放し、彼女を気の力で弾き飛ばした。

 気で張り込めた結界で、彼は愛理を遠避けた。




 5


 汚れ、錆びた邪悪な霊気が、ジークの脳内を支配しようとした。

「俺は不死身になるのか?」

 ジークは力が満ち満ちるのを感じた。


 闇が彼を塗り潰すほど、彼の内側で、負の感情が膨らんでいく。

 憤り、嘆き、自己嫌悪、劣等感、嫉妬、侮蔑、傲慢さが膨らみ、貪欲に血を欲した。

「血だ!! 血だ!! 血が欲しい!!」

 ジークが闇に塗れ、呻いた。


 ジークは奥歯を強く噛みしめ、ぶるぶる震えて叫んだ。

「ああ、血が欲しい!!」

 ジークは狂いそうなほど、激しく渇望した。

「誰かを切り刻み、殺しまくりたい!! 贅沢に血を撒き散らし、血のプールで全身を浸したい。犯し、引き裂き、悲鳴を聞きながら、生き血を貪りたい…!!」

 残酷なことを想像するほど興奮し、愉快で堪らなくなった。



 ジークの魂が、魔界から肉体へと戻った。


 ジークは稲妻のような青白い閃光とともに、火花を撒き散らして、この世に復帰した。

 彼は(りん)のように暗く燃え、ドライアイスが白煙を噴くように、白煙を噴き出した。

 それは(パルス)なのに、肉眼ではっきりと見えるほど、濃い白煙だった。


 ジークの容貌が、別人のように変化していた。

 特に、目つき。

 眼の下が刺青のように黒ずみ、目尻が吊り上っていた。

 うねり立つ妖気とでも言うべきものに、髪が逆巻き、何匹もの生き物のようにうねっている。

 

 激しい代謝のせいで、頬がやつれて、どこか骸骨じみてきた。

 顔色も青白く、眸が白に近いほど色褪せた。

 魔性のものが、誕生した。


 ジークは首に下げていたクロスのチョーカーを引きちぎった。

 シルバーの十字架に触れた指先が、じゅうじゅうと焦げるように煙を噴き上げた。


 ジークは自分の肉体を縛り付けていた、朔夜が拵えた空気の壁を、内側から粉々に砕いた。

 その衝撃は、ジークを圧迫していた朔夜自身に撥ね返った。

「うっ…!?」

 朔夜は心臓に痛みを感じ、ベッドにばったりと倒れた。


 ジークが鼻に皺を寄せ、牙を剥き出した。

「キシャアア……!!」

 彼は翼竜のように()き、ベッドに舞い降りた。

 そして、朔夜を爪の一撃で掻き飛ばした。

 一瞬の出来事だった。


 朔夜は即座に立ち上がり、

「ジーク!! こいつ…、こっちを向け!!」

 と、先刻以上に(パルス)を膨らませ、ジークに対抗しようとした。


 だが、ジークはお構いなしに深由に襲いかかった。

「獲物だ!!」

 正気を失ったジークが、涎を垂らして奇声を上げた。

「キィィィ!!」

 竜の咆哮のような奇声が、部屋に響く。


 彼には、深由がうまそうな餌にしか見えなかった。

「やだ、ジークさん!! どうしちゃったの!?」

 深由が蒼褪めた。


 ジークの牙が、深由の首筋に深く食い込んだ。









 


 

 





 


 

 







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