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ph 74 死が咲くガーデン

phase 74 死が咲くガーデン


 1


 翌日、ジーク達はB市の公立中学の旧校舎にやって来た。


 取り壊されることが決定している校舎は、どことなく陰気臭い。

 茂り過ぎた樹木の向こうで、ひび割れが目立つ外壁が全体に黒ずんでいる。

 平凡な三階建てで、壁には緑の蔓が伸び、割れている窓ガラスもあった。

 不気味なのは、教室の窓全部、カーテンが閉め切られていること。


 犬の散歩で外側の道路を通る人が、犬が執拗に吠えるので、困った顔をしている。



 ジークと圭太が旧校舎の屋上に降りた。

「圭太。今日のガーデンは、卵がたくさんありそうだな…」

「目玉焼きにする?」

「虫の? やめてくれよ」

 彼は黒蝶の、オレンジ色の真珠のような卵を思い、ゾッとした。



 旧校舎の三階は、元は理科室と音楽室だと言う。

 しかし、現在は結界が張られているようだ。

 中まで見通せない。


 香とナオが部隊を連れ、一階の昇降口へ向かう。

 朔夜は裏門の近く、車の中で待っている。

 クレイと鷹詩、鳴海が教室の窓へ回った。



「こういうの、苦手だな。お化け出そうじゃん」

 ジークが夜の学校を見渡した。

「俺達以上にヤバいヤツいるの?」

 圭太が言う。


「じゃ、入ろうか…」

 圭太が異空間のファスナーを開く。

 前触れもなく、結界が破られていく。

 ジークは息を飲んで、圭太の指先を見詰めている。

 閉じられていた世界が開く。


「先、入って」

 圭太がジークを蹴った。

 ジークはL字に開いたファスナーの、空間の裂け目に転がり込んだ。


 そこは理科室の資料室だった。

 室内は獣の悪臭がした。

 壁両側の棚に、ガラス容器がびっしり並んでいた。


「ギャー!! キモいー!!」

 ジークが黒い幼虫を見て、女みたいな悲鳴を上げた。

 棚のガラス容器とガラス容器の間に、突然、本物の人間の死体が置かれていた。

 死体のギョロッとした目玉がジークの方を向いていたが、その目玉の上を大き過ぎる幼虫が這い回っている。

 黒に赤い斑点がある、毒々しい幼虫だ。


 ガラス容器の中には、孵化して間もない毛虫がいる。

 毛虫は人間の内臓や指を餌に与えられている。

 ものすごい食欲だ。


「でかい声出さないで、ジーク。ねぇ、ラボみたいに本格的に飼育してるよ。やっぱり、本家は違うねぇー」

 圭太がガラス容器を払い落とし、次々に割った。

「うああ、圭太ぁー!! 毛虫が出て来たよ!!」

 ジークが鳥肌立って、戻りかけた。


「あれ? どうかしたの? まさか、こんな小さい毛虫が怖いの?」

 圭太は何も感情が湧かないみたいに、ブーツで毛虫を踏み潰していった。


「お、俺は蛹を斬る方が合ってるみたいだから…こっち探すよ」

 ジークが吐き気を我慢し、廊下に出た。

 その途端、廊下に異変が起き、ぐにゃぐにゃ曲がり始めた。



 ジークが揺れによろめいた。

 学校のありふれた廊下が、横長に変形する。

 ひゅうっと、窓枠のシルエットが左右に逃げていく。

 足元はタールのように黒々と、天井は井戸の底から見上げるように遠くなった。


 ジークは自分の体の重みを感じた。

 その場の重力が増し、足が重く、動きが鈍くなった。

 タールの滲み出した床が、靴底にベタベタと粘着する。

「来る…」

 息が苦しくなった。


 廊下の曲がった先から、気配がじわじわ近付いて来る。

 軽い羽音が聞こえて来る。

 ジークの背後の窓から、月明かりが射し込んでいる。


 二匹の黒蝶が並んで飛んできた。

 翅を広げた黒蝶は、童話の妖精のようだった。

「待ってたよ、吸血鬼…」

 黒蝶の少年が囁く。



 出て来た守護蝶(ガーディアン)は、高校三年ぐらいか。

 ジークは未成年が相手と思うと、戦うモチベーションが下がった。

「わかってるだろ? ガーデンを破壊しに来たんだよ。ジャンジャン出て来いよ」

 仕方なく、彼は黒飛龍剣を右手に構えた。


 そこへ、毛虫を殺し終えた圭太が出て来た。

「へぇ、加藤の塾の生徒か? 東大受験やめて、黒蝶になっちゃった?」

「うるせぇっ!!」

 一匹が圭太に飛び掛かった。



 重力がおかしい。

 背景の校舎のカタチが、一気にグニャッと曲がった。

 空間の圧力が、圭太に向かっていった。

 黒蝶の一匹が圭太に伸し掛かった時、この空間の重さが圭太を潰しにかかった。


 圭太はがくっと片膝を着き、後ろに身を反った。


 でも、圭太の表情は薄ら笑いだった。

 彼は肩に掛けていた刀を抜き、エアギターを演奏するみたいに(しのぎ)の辺りを指で、びん、と(はじ)いた。


 すると、細かな青い光が、切っ先から飛んだ。

 青い光の粒が、黒蝶をバラバラに切り裂いた。

 翅が数枚に切れて飛び、三本の腕がすぱっと切れて、後方へ散った。


 黒蝶の顔半分と腕一本だけが圭太に届き、鋭い爪を振り下ろした。

 フレディーの付け爪みたいな五本の爪が、圭太の顔を裂いた。

 と思った瞬間、圭太は滑るように下がり、また刀を弾き鳴らした。


 黒蝶の五本の指がバラバラに飛んだ。

 圭太はすっと闇に隠れた。



「あっ、圭太!! おまえ、また戦闘になると隠れるのかよー!?」

 ジークが腹を立て、圭太の気配を探した。

「ジーク、それは気のせいだよ。俺、先に卵を処分して来るねー」

 圭太は卵の匂いを嗅ぎ、思念の声をジークに送った。

「ちょっ…!! 待てよ、圭太!!」

 ジークが慌てた。



 その間に、圭太にバラバラにされた黒蝶は、一つに集合して繋がっていった。

 継ぎ痕が残る顔が、ジークを振り返った…。


 更に、もう一匹の黒蝶がジークに迫った。

 彼は二匹に前後を挟まれた。


 空間の圧が高まっていき、建物のカタチがグニャリと曲がる。

 ジークにとてつもない重力が傾いていった…。




 2


 ジークは黒飛龍剣を振り回し、異空間へ逃れた。


 けれど、この結界からは出られなかった。

 ジークはいつの間にか、理科室へ飛ばされていた。

 昔見たような、班ごとの実験テーブルと椅子が並ぶ。

 そこもたちまち空間の圧が高まり、ジークは息苦しさを感じた。


 ジークはテーブルの上を飛び移り、

「ナオとクレイ達が下の階に入ったはずだ。俺は出来るだけたくさんの守護蝶を引き付けないと…」

 と、考えた。

 でも、教室の隅の実験テーブルに追い詰められ、再び世界が歪んでいく。

「うわぁぁ…」

 ジークは無意識に叫んでいた。



 ここは罠だ。

 待ち伏せされた。

 ジークは吸血鬼取りの網にかかっている。


 この空間はどこも、アリ地獄のように吸血鬼を飲み込む。

 砂はないけれど、濃い闇が高い圧になってジークを押し潰しにかかる。

 ジークは心臓が圧迫されて、死という言葉が脳裏を(よぎ)った。



 ジークは誰かの声が、彼の名前を口にするのを聞いた。

「あれが達紙ジーク?」

 子供の声だった。

 まだ声変わりもしていない、児童の声。



 ジークの頑丈な心臓が潰れる直前、何かが圧を破って結界を開いた。

 彼の左手首に巻かれていた、呪いの数珠。

 危機一髪で鬼女のチカラが、結界を解除したのだ。


 ジークは実験テーブルにめり込んでいたが、急にふわっと宙に浮いた。

 目眩と耳鳴りに見舞われ、息も絶え絶えの状態だったが、息を吹き返した。



 景色は本来の旧校舎に戻っている。

 蜘蛛の巣が垂れた理科室。

 天板が剥がれかれのテーブルや、埃が積もった椅子が、さっきより古びて見える。

 色の剥げたドア、落書きの残る黒板、ありのままの教室の姿だ。

 歪みもない。



 ジークの背後では、空間が裂けて渦巻いている。

 闇の深淵から、怨みの風が漏れ出ていた。

 彼は驚いて振り向いたけれども、鬼女の姿はない。

 足元に、数珠の玉が散らばっているだけ。



 ふと気付くと、ジークを小柄な黒蝶が見詰めていた。

「君、憂ちゃんと一緒にいた黒蝶か……」

 ジークが思い出し、声が驚きに掠れた。


「ジーク。俺のこと、憶えてた? 憂ちゃんに頼まれて、殺しに来たよ」

 翔が言う。

「憂ちゃんが?」

 ジークは心臓を押さえて、壁に寄りかかって立ち上がった。


 翔は腰に手を当て、ジークをじろじろ観察した。

「ジーク。感謝してよ。一瞬で、痛いの終わるから。俺でよかったと思うよ、小暮くんの方は嬲り殺しが趣味だから」


 子供は残酷だ。

 子供は幼い頃、命の尊さもわからずに、虫を殺して遊んだりする。

 この子は、相手の痛みがわからずに、人間を殺して遊ぶようになってしまったんだ。



「哲さんって、ジジィが居ただろ…。知ってるよな?」

 ジークは最初に会った黒蝶の老人のことを尋ねた。

 哲は黒蝶になった悲劇を呪っていた。


「…居たね、そんなヤツ。鎖で縛って、朝日で焼き殺してやったけどね。だって、哲さんは俺達に逆らったから…」

 忌々しそうに、翔が答えた。


「憂ちゃんと哲さんが入院してた病院に、君もいたんだろ? 今も、死因になった部分が痛むんじゃねーの? 血を吸わなきゃ、そこから腐ってくるだろ?」

 ジークが話しかけると、翔は少し苛ついた表情を見せた。


「憂ちゃんと同じ病院にいたよ。めちゃくちゃ痛くて苦しくて、寂しかった。俺はママに会いたかった。ママは天国に行ってしまって…、俺ももう死ぬんだと思ってた。俺もママのところに行くんだなって…。俺は黒蝶の命をもらった。憂ちゃんが新しいママを連れて来てくれた。美咲さんていう、綺麗なママ…」

 翔は暗幕を破り、月明かりを理科室全体に招き入れた。

 翔の眸が潤んでいた。



「美咲さんも子供が死んだとこで、悲しんでた。ママを失くした俺の為に、憂ちゃんが美咲さんを無理やり黒蝶にした。…美咲さんは黒蝶になるのを嫌がって…、餌を運んできても、血を吸おうとしなかった。美咲さんは…餓死しちゃった。一度も黒蝶に覚醒しないで、飲まず食わずで死んじゃった…。そしたら、哲さんが怒って出て行った。俺達の家から…」

 翔はその時の寂しさを思い出した。

 寂しさの最高潮に達し、涙を零した。



 ジークは今になって、哲が出て行った経緯を知った。

「憂ちゃんは…家族を作ろうとしてたのか。ママと…おじいちゃんと…弟を作って…」

 ジークの胸が痛んだ。


「憂ちゃんは…今、どこでどうしてる?」

 ジークが翔に聞いた。

 翔は唾を吐いた。


「知らなくていいよ、ジーク。もう死ぬんだから」

「最初の卵は五つあったんだろ? 哲さん、君、美咲さん…。あと二つは!?」

「最初の世代は、俺と小暮くん、哲さん、美咲さん。俺達はガーデンを作って、第二世代の卵を孵化させた」

 翔は両手の手を組み合わせ、指をポキポキ鳴らした。


「今は第四、第五世代。数え切れないぐらい、子孫が増えたよ…」

 翔の話は、ジークに絶望をもたらした。



 二匹の黒蝶が、後ろから急かした。

「翔くん、話はそれぐらいにして、さっさと殺っちゃってよ。そいつは俺達の子供を殺したんだ」

 翔は頷き、ジークに、

「ジーク。俺達は哲さんと違うんだよ。哲さん、永遠は苦痛とか言ってなかった? そんなことはないよ。俺達は自由に楽しく生きてく。腹が減ったら血を飲んで、体が痛んできたら血を飲む…」

 と、子供らしく無邪気に話した。


「人間の血は、ミネラルウォーターみたいなもんだよ」

 翔には、葛藤なんて微塵もない。

「俺達は黒蝶。死の恐怖から解放されて、新しい家族を得た。何も後悔なんかしてないさ」


 ジークは無言で聞いていた。


「小暮くんは朔夜と遊んでる頃かな。ジーク、俺達も遊ぼうよ。何して遊ぶ? ジークはどんなゲーム好き?」

 翔が宙に浮いた。


 後ろの二匹が連携を取り、ジークを囲む。

 ジークはいつになく緊張した。

 今まで会った中で一番強力な(パルス)を持つ黒蝶、それが翔だった。




 3


 ジークは翔の世界に捕まった。


 場所は、学校。

 でも、実在しない小学校だ。

 半透明の児童の幻影がジークに近付いてきて、カラダを通過していく。


 児童の幻影はいろんな方角から来る。

 そして、ジークを無視して通り過ぎる。

 寂しく感じるほど、児童は楽しそうに笑いながら、喋り続け遠ざかる。

 ジークは幻影に惑わされ、翔と黒蝶の気配を見失う。



 ここは翔の記憶の内部だ。

 生前の翔は病弱で、同級生と余り遊べなかった。

 友達はいたけれど、遊んでるとすぐに息が苦しくなった。


 ジークは翔と同じように、息が詰まる。

 寂しくて泣きたくなる。


 彼は翔と思しき子供を見つけ、後ろから叩き斬った。

 子供の半身が一撃で斬り飛ばされ、一瞬、その虚ろな眼差しがジークを見る。

 翔ではなくて、別の子供の幻影だ。



 その時、ピタリと背後に誰かが引っ付く。

「後ろを取られた。遅いね」

 本物の翔が耳元で呟く。

 次の瞬間には、ジークが教室の壁まで吹っ飛んでいる。

 衝撃が彼の腹部全体に響く。


 ジークには翔の動きが全く見えなかった。

 速過ぎて、何をされたのかわからない。


「ジーク、ゲームしよう。生きてる俺達の体を思いきり使って、リアルなゲームだよ」

 翔はゲームの感覚で、ジークの攻撃を誘った。

「くそっ」

 ジークは舌打ちしながら、剣を振り被った。


 翔が床を軽く叩いた。

 衝撃が床をめぐり、絨毯が浮き上がるように床が波打った。

 床の波がジークを巻き込み、回転した。


 巻かれたジークは解ける際に、ぐるぐる回転して飛ばされた。

 子供達の笑い声が聞こえた。



 翔が短い口笛を吹いた。

 ジークの身近で、風を斬る音がした。

 突風で、ジークの黒飛龍剣が強くはたかれた。


 黒飛龍剣がはたかれた直後、翔の四つの拳が順にジークの顔面にヒットした。

 ジークが鼻血を噴いた。

 彼は翔の口笛一つで、バネ仕込みのように強く叩き付けられ、ボールのように飛んだ。

 窓にぶつけられた彼は体でガラスを粉砕し、天井の蛍光灯を割り、実験テーブルに埋まった。


「はぁ、意味わかんね…。これは幻覚? こいつの結界の中じゃ、俺が不利だ…」

 ジークは次々に逆方向へと吹き飛ばされ、弄ばれた。

「あはは…。腕と足を抜いちゃおうか。それから、首も抜いちゃう…」

 翔が遊び方を考えた。



 ジークは実験テーブルに抱きつかれた。

 テーブルから手足が生え、彼を背中から羽交い絞めにした。

 メキメキ音を鳴らして、木製の実験テーブルに取り込まれる。

 付属のガスコンロの火が点いて、テーブルが燃え出した。


「熱っ…! これって火炙りって言うんじゃねーの!?」

 ジークがもがいた。

 翔がテーブルに割り込み、

「まず一本…」

 ジークの左腕を引っ張った。


 左腕の骨がバリバリ鳴って、抜けた。

「あぅ…!!」

 ジークが痛みで意識を失った。

 翔はジークの右腕も()いだ。


 翔は勝利を確信した。

 その口から舌管が吐き出され、ゆっくり内側に巻かれた。

「おまえも哲さんみたいに、朝日に(さら)してやる…」

 翔がジークの首を両手で絞め、その両手の下に生えた一対の手をジークに向けた。

 掌から鎖が、ガラガラ鳴りながら走り出た。


 鎖は蛇のように、ジークの身に勝手に巻きついていく。

「七重に縛ってあげるよ、ジーク。腕がないから、解けないね…」



 しかし、翔は何かに目を留めた。

 ジークの頬に、タトゥーのような模様が浮き出ていた。

 額にも首にも、黒い波模様が浮かんでいる。

「何だ、コレ!?」


 ジークの髪が真っ白になり、全身に奇妙な記号のような、幾何学文様のような黒線が出来た。

 その途端、彼の(パルス)が高まり始めた。


「こいつ、覚醒する…!?」

 翔が警戒し、鎖を出しながら一歩下がった。




 4


 ジークの意識は肉体を離れ、背後で渦巻いていた深淵に吸い込まれた。


 真っ黒のトンネルを垂直に堕ちていく。

 彼は凄まじい速度でドロドロした液体に沈み、更に深層へ一気に沈んだ。

 闇が彼から気力を奪っていった。

 彼から自我を削ぎ落とそうとして、魂の深部へ侵入した。


 ジークは闇に拒否反応を示した。

 食われるのは絶対嫌だった。

 闇が魂に食い込み、肉体がなくても痛みが起きる。


 ジークは強制される妄想を払い除け、必死に意識を保った。

 彼は粘つく海を泳いだ。

 波が荒れて、口の中へ流れ込み、思考を毒そうとした。

 海が生き物のように襲いかかる。


 ジークは黒い浜辺に泳ぎ着いた。

 そこで、何者かが彼を待っていた。



 戦国乱世の鎧武者だ。

 角みたいな前立ての兜に、黒一色の具足、黒い熊毛の付いた面頬をしている。

 具足は歪み、胸元が開いている。

 首と左胸から血を流し、充血した眸でジークを睨んでいる。

「お…忍佐加!?」


 忍佐加は口をパクパク動かしただけで、何も話せなかった。

 圭太が行方不明なので、その隙に忍佐加が現れたのだろう。


「忍佐加。話せよ。ここで声や言葉が必要か? 直接、俺の耳に伝えろよ」

 ジークは意識を集中し、耳を澄ませた。


「ジーク…。ジーク…。おまえも、黒瀧の一族も、みんな死んでしまえ…。燃えて灰になればいい…」

 忍佐加が唸った。

 怨みだけで心がいっぱいになっている。


「殺したい…。誰でもいい。出会う奴を片っ端から殺したい…。この世に(むくろ)を山をのように積み上げたい…」

 忍佐加が口から泡を噴いた。

 彼の自我はなくなり、狂気だけがカタチを残している。


「忍佐加…。おまえ…」

「ジーク…。俺を地獄から呼び戻せ…。吸血鬼(ダーク)を全て消し去ろう。それはおまえの望みでもある。おまえの憎しみの血が、俺を呼び寄せた。さぁ、この世が灰になるまで、共に全てを焼き尽くそう……」

 忍佐加が声を振り絞った。


「やらねぇよ。俺はケイシーを救えなくて、後悔してるんだ」

 ジークは即、断った。


「…父上は……おまえに嘘を付いている…」

「あ? 何だって!? …そりゃ、どーゆー意味だよ!?」

 ジークが忍佐加の胸ぐらを掴み、揺すった。

 すると、忍佐加の兜が落ちた。


 忍佐加の崩れた頭部が露わになった。

 怨霊の血塗れの頭部、ぱっくり裂けた傷口から、頭蓋骨と脳味噌が覗いている。


「父上は…おまえに同情して…血を分けたんじゃない………」

 忍佐加の顔の皮膚がずるずる捲れ、崩れ落ちた。

 眼球が溶け出し、ジークの頬に落ちてきた。


「ジーク…。おまえは黒瀧を滅ぼす為に選ばれたんだ…。俺の末裔(まつえい)…」

 忍佐加がジークの胸に両手を突き刺した。

「やめろ!!」

 ジークが抵抗するのに、忍佐加の怨霊が彼の中へずるずる入っていく。



 ジークの中で、とても複雑な感情が生まれた。

 洗濯機の中で揉まれるみたいに、二つの心が魂の中で混ざり合った。



 

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