ph 71 血の記憶
phase 71 血の記憶
1
ジークが腐敗した胃の粘膜や、腸の一部を吐き出した。
生ゴミを発酵させたような、ひどい悪臭がする。
ぶちまけられたハンターが、一瞬で冷静さを失った。
「てめー、何してくれてんだよっ!! うわぁぁ、キッタネー…」
手で触ったら、ネバネバして糸を引いた。
ハンターは完全にキレた。
「ハンターってやっぱり、黒蝶じゃねーか」
ジークがシャツの袖口で、口元をゴシゴシ拭いた。
「るせぇ!! 死ねよ!!」
ハンターが着ていたシャツを捲った。
ハンターのくっきり割れた腹筋が十字に開き、ジェットバーナーの噴出孔が前へ突き出た。
彼の体はバーナーと一体になっている。
青い輪郭の白銀の炎が、目を灼くほど眩しい火柱となってジークを攻撃した。
一瞬速く、ジークが床に低く伏せて避け、…また吐き続けた。
「ウゲェー。今、戦うとか余裕ねぇ…」
火炎放射が背後の壁を焼く。
「俺は…おまえと…、何の為に戦うんだろう…?」
突然、ジークが呑気なことを言い出した。
ハンターは目を丸くした。
「はぁ!? 何言って…」
火の海に囲まれたジークを、両手が刃物と化したハンターが襲う。
いや、腕は四本あり、刃物も四本ある。
刃物がピュンピュンと高い音で風を切った。
ジークは無意識にかわした。
ケースのファスナーから居合い抜きするように、黒飛龍剣を引き抜く。
彼が直剣で受けたのは、刃が四十センチ弱ぐらいのショートソードみたいな手だ。
ハンターは二本の刃を合わせて、ジークの剣の動きを押さえ、残る二本で刺しに来る。
重い黒飛龍剣が、ハンターの刃を弾いて金属音を立てた。
ジークは肩や腕に、浅からぬ傷を負う。
しかし、ハンターの刃もダメージを受け、じわじわ腐るように変色して崩れていった。
「あ!? どうなってんの!?」
ハンターは自分の血が磁石に引き寄せられるように、黒飛龍剣に引かれるのを感じた。
何か危険な波動が、黒飛龍剣から流れ出ている。
「くそー。戦う理由がないなら、さっさと死ね!!」
ハンターがボロボロになった手から血を流し、再び、火焔を噴き出した。
玄関にいたハンターが、
「おい、先に行くぞ。他にもいそうだし」
と、戦う二人を飛び越え、奥へ向かう。
そして、何人かが続く。
「ああ。行ってくれ。こいつは俺が殺す」
ジークに汚物を浴びせられたハンターは、身を捩り、口からも火焔弾を噴き出した。
煙が濛々と立ち込め、視界を覆う。
「別に、おまえに恨みもねーのに、俺は殺さなきゃなんねーのか…?」
ジークが炎に炎を重ねるように、剣先から黒い地獄火を噴き返した。
ジェットバーナーの炎よりも高温の、深淵から湧き出ずる地獄火が、火の海を押し返す。
ハンターは慌てて引き下がった。
「ダメだ。俺の火力じゃ勝てねー。こんなの、ありかよー!?」
ジークがハンターに疑問を投げ掛けた。
「おまえは何の為に、俺を殺そうとしてんの?」
ハンターは苛つきながら、
「吸血鬼一匹見つけて一万円、一匹殺したら十万円だ。でも、金の為じゃないね。俺は暴れたいだけ暴れるんだ。本能のままに」
と、答えた。
「吸血鬼になると、凶暴な欲求でいっぱいになるからな。おまえは金で人間に雇われてるのか。自由に飛ぶ為の翅を、無駄なことに使ってるんだな」
ジークはつまらなく思った。
「金なんか、おまえら吸血鬼を殺して、現金を奪えばいい。もし生け捕りに出来たら、百万で売れるらしい。もう、金の為にあくせく働く時代じゃなくなった。強い者だけが生き残る。俺達は殺したいだけ殺すんだ。殺すことが楽しいから!!」
ハンターが興奮し、にやにや笑いを浮かべた。
しかし、彼の身は地獄火に包まれていく。
痛みもなく、ハンターの体が熱で溶けていく。
彼は地獄火に溶け込み、闇に分解されていく。
元の宇宙に帰する為に、彼の細胞が見えなくなるまで細かくなった。
「欲望のままに生きて、塵になって死にたいのか…。わかんねーな…。それは、俺も同じか…」
ジークは深淵と同化していく男を眺めた。
黒飛龍剣から手の中へ流れ込む、闇の感触がある。
闇は静脈を通り、ジークの心臓へ流れ込む。
闇の血がドクン、ドクン、音を立てて全身をめぐる。
彼の中で混ざり合わず、暴れている血をもっと闇が掻き回す。
「うあ、ああ…。なんか来た…」
ジークは黒飛龍剣を落とし、頭を抱えて倒れた。
「頭が割れる……」
ジークの中で血が暴れ、鼻血が出た。
2
先に行ったハンター達は、炎に炙られて正体を現している。
眉上から生えた触角、黒いゴーグルを嵌め込んだような、奇妙な複眼。
腕は四本。
狭い場所では、あの大きな四枚の翅を小さくすぼめている。
ハンター達は景色の変化にざわめいた。
「このマンションの中、どうなってる? 俺達、どこに来たんだよ!?」
いつの間にか、マンションの間取りが変わっている。
鬱蒼とした熱帯雨林。
茶色く濁った河が豊かな水を湛え、水蒸気のような湿気を吐き出している。
河岸では、じめじめした落ち葉が腐り、独特の匂いがする。
獣道の左右から覆い被さるシダ。
ハンター達はぬかるみに足を取られ、浮き上がる木の根に躓いた。
ここは、クレイの結界の中。
侵入者は思うように進むことが出来ない。
「幻術を使うヤツが、結界の奥に隠れてるんだ。外に瞬間移動したわけじゃない」
ハンターが囁いた。
そうは言っても、現実に彼等は、足が泥に沈み込むように感じた。
蛇が木から落ちて来て、別のハンターの肩に乗った。
「ひゃっ!!」
彼はぬかるみに尻餅をつき、必死に蛇を払った。
「おい、それは幻覚だ。蛇なんていないんだ。落ち着けよ!!」
リーダーのハンターが、若いハンターを叱った。
「見えてるのに、いないなんて思えないよ!!」
「俺達はきっと、濡れたバスマットを踏んでるだけだ。妖怪に化かされるみたいに、吸血鬼に馬鹿にされてんだよ」
リーダーが顔をしかめて言った。
「それはきっと、洗濯機のホースだぜ」
仲間が若いハンターをからかった。
笑われた男は頬を膨らまし、口を尖らせた。
急に、足元が地面にめり込み始めた。
「わっ!! 今度は何だよ!?」
「大丈夫?」
仲間が手を貸そうとして、若い男に引っ張られ、二人で深みにはまった。
「な、なんか、底なし沼みたいだ…。これ、幻覚なんだよな!? おい!?」
若い男が仲間に問い掛けた。
一緒に落ちた男はバランスを失い、溺れるようにもがいた。
「はぁっ、あっ…。何かおかしいって…!?」
彼等はどんどん沈んでいく。
と、また泥が盛り上がって、波となって二人に伸し掛かってきた。
その土の波が人型になり、埴輪みたいになった。
「ふふぅ…ごごご…」
泥人形が何か喋り、二人に息を吐き掛けた。
「やめろよ!! 気持ち悪ぃーんだよ!!」
泥人形を殴ったら、脆く潰れた。
崩れた横から、また泥人形が盛り上がってきて、彼等を沼に沈めようとする。
「おまえら、しっかりしろよ!! 幻術に負けたら食われるんだよ!! わかってんだろ? 目に見えてるものを疑うんだ!!」
リーダーがアドバイスするのに、二人は頭で理屈を理解しても、どうしても恐怖が拭えない。
恐怖に食われていく。
仲間が見守る中で、二人は泥人形に抱きつかれ、沈められていった。
後から後から、何体もの泥人形が湧き出して、二人の上に積み重なった。
その重みで、二人は宙を掴むように手を振り回しながら、沼に沈んだ。
「嘘だろ…?」
仲間が愕然して、立ち尽くす。
一人がリーダーを引っ張った。
「早く、幻術を仕掛けてるヤツを殺そう」
「ああ」
リーダーは仲間とともに、翅を広げた。
黒いベルベットのような美しい翅を。
数匹の巨大な黒蝶が舞い上がった。
彼等は空から、結界の終わりを探した。
3
ジークの身に変化が起き始めた。
これまでにも何度か、変化はあった。
今度はまた少し違う。
ジークは古い血の記憶に揺さぶられる。
DNAの持つ記憶。
彼の意識が時間を遡っていく。
あれはどのぐらい前?
いつの時代?
ジークは、髪が癖っ毛で長く、眸の色が濃く、鼻筋が整った男を見た。
その男の中へ、ジークの意識が取り込まれていった。
彼は膝丈の着物を前で合わせて、帯を締め、革製のサンダルを履いていた。
あれはどこ?
欧州? 日本?
景色は現代と変わらない、緑濃い野山。
山の稜線は急傾斜でなく、空は青いが、霞がかかっている。
ジークは黒髪を中央で分け、飾りの付いた布を頭に巻いている。
顔や体には、「波」をイメージした墨色のタトゥーが彫られている。
彼は淡いライムグリーンの天然石を磨いて作った首飾りや、腕輪を付けている。
全部の指に、銀の指輪を嵌めている。
古代。
歴史に残らないほど、古い時代。
彼は小高い丘陵に立ち、村の向こうの紺色の沖を見詰めている。
潮風を受け、着物が広がる。
彼の腰には、鉄製の直剣。
剣のレングスは同じぐらいだが、黒飛龍剣じゃない。
墳丘の上には、祭器が並ぶ。
彼はこれから、祭りを執り行うことになっている。
死者の魂が不滅なることを祈願する、弔いの儀式だ。
思えば、遠くまで逃げて来たものだと思う。
迫害から逃れる為、海も山も越えてきた。
鐘が鳴り始めた。
金色の鐘の神聖な音が、丘から村へ響いていく。
「長…」
誰かが呼んだ。
彼は声の主を振り返った。
長い衣装を引き、下腹部で帯を締めた娘。
どうやら、とても美しいらしい。
ジークには、相手の顔がぼんやりとしか見えない。
彼女は髪を満月のように丸く結い上げ、ガラス製ビーズの垂れ飾りが付いた、凝ったカチューシャをしている。
数珠状のネックレスを何重にも巻き、贅沢な装いから、高貴な生まれとわかる。
彼女は日神に仕える巫女だ。
壺を持って、彼に近寄ってきた。
壺には赤い顔料が入っている。
毒でもあり、不死の薬でもある。
「長、こちらにいらっしゃいましたか。今から、先代の棺に朱を撒きます」
確か、そんなことを言われた気がする。
ジークの意識は男の口を借りて、巫女と喋った。
「死んでから不死になっても、仕方なくね?」
「今は仮の世。未来、この世に戻って来て、永劫の存在になる為に遺体を残すんです」
巫女がジークの疑問に答えた。
水銀を含む朱には、防腐剤の効果がある。
「それって、何の信仰?」
「この朱は、血と同じ色。元々不死だった私達が、限りある命になったのは、忌まわしき呪いのせい。私達の血はチカラを失ってしまいました」
巫女は残念そうだった。
「でも、いつか、私達の末裔から先祖返りする者が生まれます。私達全員を完全なる存在に戻してくれる者です」
「完全なる存在って、何?」
ジークに疑問が湧き続ける。
「決まってるじゃないですか。私達が何の一族か、よくおわかりのはずです。私達は太陽と月が一つだと知ってる。海と山が、元は同じであったと知ってる。人間が稲穂を刈り取るように、私達は人間から血を刈り取る…」
巫女が笑いながら言い、ジークは言葉に詰まる。
「人間を支配し、奴等がみな息絶えるまで血を吸い続けて、その時を待ちましょう。いつか、龍族の子孫が私達を救いに来る。待ち遠しい、その時を…」
微笑む彼女に、長い牙がある。
彼女はやけに生々しかった。
ただの記憶とは思えないほどの存在感で。
空全体が掻き曇り、海が荒れ始めた。
強風に吹かれて木がしなり、葉を散らした。
彼は時の経過を思い出した。
「君は死んだんだよ…。ずっと前に。…さぁ、死者の国へ帰れよ」
ジークが亡霊を、日陰へ押し戻した。
「死なないわ。あなたを待ってた。あなたが生まれる日を…、ずっと深淵で…。二千年も待ったわ…」
巫女がジークの首の後ろに、両手を回した。
彼女の肌が崩れ、白骨が見えてきた。
蛆がわき、目玉が溶け、歯が抜けて、髪がバサバサになって解けた。
巫女は醜く変わり果てていく。
時間の経過とともに、彼女の着物に染みが広がった。
亡霊の顔がジークに迫り、白骨の指が絡み付かせ、キスを求めてきた。
「…あなたの誕生を、ずっと夢にまで見たわ…」
彼女の耳元で、コバルトブルーのガラス製ピアスが揺れた。
古代では、玻璃は貴重品だった。
装飾品は色褪せないのに、彼女の美しさは色褪せ、鬼女となった。
ジークは思わず、彼女のキスを拒んだ。
「何故だかわかんねーけど、知ってる。君は…長…の妻だった……」
ジークが入り込んでいた男の記憶から、離脱しようとする。
巫女の手が、彼に手を伸ばした。
「待って…。離さないわ…」
一段声が低くなり、彼女の尖った爪がジークの皮膚に食い込んだ。
ジークは青々とした葛の葉をむしって、巫女に投げつけた。
「長と君は、死に別れた。君は過去の幻影だ」
巫女に当たった葛の葉が、みるみる萎れた。
葛の紫色の花房が枯れた。
「酷い。私はあなたを待ってたのに。これからも、私はあなたを追い続けるでしょう。あなたにつきまとって、永遠に離れない。あなたを手に入れる為なら、何千人でも殺す…!!」
啜り泣く亡霊の、恨み言が聞こえる。
ジークは彼女が恐ろしくなった。
「それって、ストーカーじゃん…。俺が君の待ってた子孫かどうか、まだわからないよ。俺はすげぇー弱いんだよ」
亡霊は首を振り、
「あなたの血はとても濃い。何種類もの一族の血が混じり合ってることを感じる」
と、食い下がった。
「君は可愛い女に生まれ変わって、誰かと幸せになってくれ…」
ジークは彼女を突き放して、逃げ帰った。
長い長い坂道を下り、時間の経過に身を委ねながら。
彼は異時空を彷徨い、色々な地域・色々な時代を生き抜いた闇の子らを視た。
勇敢な者、人間に惨殺された者、富と女に執着した者。
人間を虐殺し続け、遂に火刑に処せられた者…。
その中で、大蛇がのたうち回るのを視た。
九つ頭がある大蛇が暴れ、一つずつ首を斬られていく。
首は九人の龍族の長となり、各地に散らばった。
一人は天竺で、蛇の一族を生んだ。
一人は大和の国で、龍神族を生んだ。
遠くまで海を渡った者もいた。
ジークは夢遊病のように歩いた。
記憶と過去のはざまで。
4
ハンター達は天と地が、瞬時に入れ替わるのを体験した。
ハンター達は黒蝶の翅で飛んでいたはずなのに、気が付いたら、また泥に塗れて地を這っている。
湿地がハンター達の足を捕え、靴をもぎ取った。
歩く途中で、ハンターは前にのめり、或いは尻餅を着いてコケた。
泥はハンター達を腰まで飲み込み、動きを封じにかかる。
「ふふ。いいざまですね…」
誰かが笑っている。
沼地を見下ろし、樹上に誰かが脚を組んで座っている。
「香。聞こえちゃうだろ。失礼じゃないか…」
「ナオさんこそ、声が大きいじゃないですか?」
香とナオが、樹上で囁き合う。
「俺達が殺るんで、お客さんは見てて下さいよー」
鷹詩と鳴海が、ナオ達に声を掛けた。
二人の刺客が、ふわっと地上数センチの高さに舞い降りた。
鷹詩と鳴海は泥に触れずに、空中に立った。
二人は空中で靴底を鳴らして、キュッキュッと音を立てた。
「ハンターさん…。気に入りましたか? うちの泥風呂」
鷹詩がハンターのリーダーに聞いた。
リーダーは泥に埋まったまま、唾を吐いた。
彼の口の中に、火焔弾の発射口が見えた。
鷹詩はさっと火焔弾を手で掬い、ボールを取るように手の内側に巻き込んだ。
火の球を風圧で丸め、ボール状にして、人差し指の上でクルクル回す。
「ハンターさん…。体にそんなもの埋め込んで、燃料切れたらどうするの?」
鷹詩が火の球を浮かし、鳴海がスパイクを決めるように打ち下ろした。
火の球はハンター達に当たる直前で、膜のように広がった。
ハンターのうち二人は横に跳んだが、残り数人の翅に火が付き、全身燃え上がった。
「吸血鬼、力技がご自慢かよ!?」
生き残ったリーダーが言い、空中に飛び上がって、火焔弾を連射した。
鷹詩が挑発に乗った。
「黒蝶はスピードを特化した攻撃がメインだ。体に武器を取り込んで、変幻自在。でも、そこまで。俺達吸血鬼で言うなら、最下級のゾンビレベルってことだよな」
「何だと!?」
リーダーが殺気立った。
「所詮、おまえらはラボで造られた実験動物。本物の吸血鬼にはなれないのさ」
鷹詩が黒蝶を馬鹿にした。
「俺達はラボとは関係ない。俺達は自由な黒蝶だ」
ハンター二人が翅を広げ、泥を飛ばした。
鷹詩と鳴海を前後から挟んで、火焔弾を撃ちまくった。
鷹詩と鳴海は数発の火焔弾を食らい、燃え上がった。
でも、燃えながら笑っている。
「黒蝶って、こんなもんか…。痛くも痒くもねーや」
曇天から、激しいスコールが降った。
そのうち、炎が収縮していき、消えてしまった。
鷹詩達には火傷もなかった。
黒蝶の翅はスコールでずぶ濡れになった。
翅から鱗粉が剥がれ、黒々とした艶を失った。
空を飛べなくなったハンターが、地上に降りた。
沼から泥人形が立ち上がった。
簡単に潰せる泥人形だが、圧倒的に数が多い。
伸し掛かられると倒される。
ハンター達は泥人形を片っ端から粉砕したが、崩れると泥になって、ハンターに重く被さってきた。
「くそぉっ…」
猛烈な雨の中、ハンターが泥人形と格闘する。
「次は雷の矢が降って来るよ、ハンターさん…」
鷹詩が予告した。
予告通り、鳴海が両手に雷を持っていた。
蒼い光の、鉤状に曲がった矢を数百、地上に落とす。
沼地に雷地獄が出現する。
ハンターは黒い煙を上げ、横に伏した。
「あっはっは…」
鷹詩と鳴海が笑う。
「なかなか面白かったよ」
ナオと香が拍手を送った。
雨の中、黒い何かが飛来した。
ジークだ。
何となく、波がいつもと違う。
ジークの耳から白い骨が突き出し、象牙の精緻な透かし彫り装飾品みたいになっている。
彼の頬と胸と、腕から肘にかけて、単色のタトゥーが浮き出ている。
遠い古代の長の体に彫られていた、墨色の「波」模様と何故か、同じ。
「ジーク?」
ナオはジークに違和感を感じた。
「ナオ、頭痛薬持ってねぇ?」
ジークが聞いた。
クレイの結界の中で、熱帯雨林の景色が消え、その場がリビングに戻っていく。
朔夜とクレイが、ソファーでコーヒーを飲んでいた。
ジークはリビングのラグに膝を着き、
「さっきから、おかしいんだ。目の前に、変な幻影がチラついてる…」
と、訴えた。
「どんな幻影ですかね?」
クレイが尋ねた。
「黒瀧のジイサンが見える…」
ジークが唸った。
「て言うか、おまえ、誰だ?」
朔夜がジークに言った。
「黒瀧忍佐加…」
ジークがさらっと、別人の名前を名乗った。
「オサカー!? とうに死んだよ、そんなヤツ!!」
リビングの隅にいた圭太が、驚いて叫び返した。




