ph 66 闇の降誕祭
phase 66 闇の降誕祭
1
ディーヴァの背後の窓から、突然、強烈な閃光が射し込んだ。
彼女は東京へ向かう新幹線の中で、事件に遭遇した。
光をもろに見てしまった乗客は、眸を灼かれ、顔を手で覆って倒れた。
「何だ、これ!? 目が見えない!!」
目を開けたまま、叫ぶ乗客達。
朝日が苦手なディーヴァは、帽子を被り、サングラス、マスク、手袋をしている。
彼女は車両の連結部に近い、一番薄暗い席に座っている。
車両全体に大きな揺れが走った。
蛇行するようにくねったと思った途端、脱線し、ひねり回転しながら世界が傾いた。
「地震!?」
誰もがそう思った。
再び、窓の外が稲光のように、連続して光った。
衝撃とともに、あの安全性の高い新幹線の車両が傾いて滑っていく。
けたたましい音が鼓膜を破ろうとする。
空中を荷物が舞い、人が後ろに飛んだ。
「うおお!!」
「ひああ!!」
言葉にならない悲鳴が口から洩れる。
「何か起きた!!」
最初、椅子にしがみついたディーヴァも、椅子から後方天井に摺り落ちた。
悲鳴がこだまし、車内灯が消え、パニックが起きている。
「今の揺れと、光の正体は…?」
ディーヴァが状況を冷静に把握しようとする。
新幹線が停止した時、完全に車両が逆さまになっていた。
子供達は声も出せず、大人が呻き、泣き喚いている。
即死した者もいるが、生き残った大勢が、他人や荷物の下敷きになった。
「大丈夫!?」
ディーヴァが大人を退かし、下に挟まっていた子供を引っ張り出した。
大惨事が始まった。
頑丈なはずの窓ガラスが割れ、荷物が散乱している。
人々は血だらけになっている。
やがて、煙が流れてくる。
「何が起こったの!?」
ディーヴァが非常口を押し開けた。
トンネルに前方が入ったまま横転し、既に出火している。
「と、通してくれぇっ!!」
「押さないでー!!」
我先に、生き残った乗客が非常口へ殺到した。
「早く避難して下さい。早く…」
ディーヴァは足を怪我した女性に肩を貸し、車両から降りた。
他の車両からも、乗客が自力で脱出していた。
ディーヴァは光った方向の気配を追った。
東から黒い雲が押し寄せ、空を覆っている。
強い魔物の気配を感じた。
闇の渦巻く空から、火の玉が地上に降り注ぎ始めた。
「…あれがそうなの!? …あれって、かなりヤバくない!?」
ディーヴァはマスクやサングラスを取り、見たこともない光景に立ち尽くした。
東京が爆撃されている。
「ミサイルだ!! どこかが攻撃してきたんだ!!」
何も情報がない中で、人々は勘違いした。
「ミサイルじゃないよ。あれは超高温の波が目に見える物理現象になって、大型レーザーみたいに地上を焼いてる」
ディーヴァが小声で言った。
「誰があんなことをする? 黒蝶や吸血鬼に可能だっけ!? 黒瀧朔夜が少し似た技を使ってたけど、規模が全然違う……」
このままでは、東京が焼け野原になる。
ディーヴァは避難した人々と別れ、A中学の制服のまま、柵をよじ登った。
「如月くん、東京に転校したんだよね。大丈夫かな。…たぶん父さんも、東京にいると思うんだけど…」
彼女は少し迷ったけれど、蛾の翅を背中から生やした。
後は空を飛んでいくしかない。
日の差さない、夕方のように薄暗い空に、時折爆撃の閃光が走る。
彼女には、空の彼方から微妙な波動が伝わってきた。
「気持ち悪い…。吐きそう。世界が丸ごと揺れてるんだ。この世界が破られて、異界が流れ込んでくる感じ…」
生き残った僅かな人々が、スマホの電波が入らないことに愕然とした。
「東京が燃えてるー!! テレビ全然映らねーし、ネットニュースも見れね!!」
「家族とメールが繋がらないよー。どうしちゃったのー!?」
「北朝鮮のミサイルが落ちたらしいよー!!」
デマがまた飛び交う。
「だったら、会社なんか行ってる場合じゃないでしょー。戦争でしょー?」
誰かが吐き捨てる。
「子供が怪我してるのー。救急車呼んでー!!」
「病院が燃えてるよ!! 道路もね!!」
誰かがヤケクソで答える。
ディーヴァは、火災の中を逃げ惑う人間達を見下ろした。
「こんな時、私は何をしたらいいの!? 一人で何が出来るか、わかんない。ヘルも、スカルもポイズンもいなくて、誰にも相談出来なくて…。私に何が出来るんだろう…!?」
ディーヴァは一生懸命考えた。
火災から昇る煙に、ディーヴァは咳込んだ。
厚い雲の下、雨が降り始める。
景色が薄色に霞んでいく。
彼女の翅が濡れて、重くなる。
「いる。異界から来たヤツが…。すごく強い…」
ディーヴァが地上に降り立った。
気配に引かれるように、その場所へ向かう。
その場所は、特に燃え盛っている。
何かがガサガサ音を立てた。
「誰っ!?」
ディーヴァが眉のような触角を立て、物音の方向を振り返った。
2
深淵の王が降臨する前夜。
ジュンはユウキやヨッシー達と、吸血鬼狩りに行かなかった。
途中で車を降り、自宅へ帰った。
「ジュン、遅かったね。大丈夫? 飲み屋通り自警団なんてやめたら?」
母親が出迎えた。
ジュンは何も聞こえてないみたいにキッチンに入り、冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出した。
「ジュン、就活の説明会、いつ? お母さん、パート休むから」
「ついて来なくていいって」
ジュンが菓子を棚から出し、ジュースを持ってリビングに移動した。
母親はずっと後ろをついて歩く。
「まさか、あのカフェでずっとバイトするつもりじゃないでしょ? せっかくいい大学入ったんだから、ちゃんとしたとこ就職してよね」
「うるせー」
ジュンはゲームをしながら、ポテトチップスを頬張り始めた。
「何のゲーム? 一日中、ゲームばっかり!」
母親は溜息をつき、諦めたようにソファーに座った。
「吸血鬼を見つけて殺すゲーム」
ジュンは答えてから、
「なんだ。僕、さっきの続きしてるんだ」
と、呟いた。
「SNSで、みんな同じ話をしてるんだ。吸血鬼はいるか、いないか? 僕はいないと思ってた。でも、狩りにいこうって誘われたら、何だか怖くなっちゃって。それって、僕は吸血鬼がいるって信じてるってことだよねー」
自分でも意外そうに言う。
「そんなの、いるわけないじゃないー。お母さんは伝染病だと思うけど。突然血が失くなって死ぬ病気とか」
「母さん、疲れた顔してるね」
ジュンが気付いた。
「ああ、なんかだるくて。目眩がするの」
母の顔色が悪かった。
「母さん、熱は?」
ジュンが体温計を引き出しから出し、母親に渡した。
母が襟を引っ張って、脇に体温計を差し込んだ。
「たぶん、平熱と思うけど」
「母さ…」
ジュンの声が掠れた。
母の首筋に、赤い傷跡が見えた。
ジュンはまじまじと凝視した。
犬に噛まれた跡に似ている。
四つの牙の食い込んだ跡だけが、はっきり見て取れる。
「母さん…、今日、何かあった?」
聞きながら、ジュンは少しずつ母親から離れた。
「何もないけど? 今日はパートの帰りに買い物して、帰ってから洗濯物たたんで、夕飯一人で食べて、テレビ見てたかな。父さんは名古屋に出張だし。ジュンはどうせ、カフェで賄い食べてくるし。明日はパート休みだから、エアコンの掃除して洗濯して、町内会が七時から…」
母がぺらぺら喋り続けた。
ジュンはそっと後ろ向きに下がり続け、リビングから出た。
「ジュン。大学のレポートあるんでしょー? 早くやっときなさいよ」
「うるさいよ」
ジュンは靴を半分履いて、踵を踏んだまま、慌てて家を出た。
ジュンは早足で歩き続けた。
「家に帰っても、同じことだったんだ。母さんはきっと、吸血鬼に襲われた。吸血鬼が、まだ近くにいるかも知れない」
彼は周囲を見回した。
「…僕は大丈夫だよ。死んだのは殆ど、女の人だから」
彼は自分に言い聞かせた。
彼は人がいない歩道を歩いた。
車も走ってない。
外出禁止令が出ているから。
ジュンは友達に電話をかけた。
「あ、矢部くん? あのさ、今夜泊めてくれない…?」
相手は大学の友人だ。
「ジュン!? ジュン!! 助けてっ!!」
矢部が切羽詰った悲鳴を上げた。
「えっ!? 矢部くん、どうしたの!?」
「アグッ!!」
喉が潰れるような、変な音がした。
そして、突然、電話が切れた。
「矢部くん!!」
ジュンが電話をかけ直した。
電話は、不通になっている。
ジュンは冷や汗を垂らした。
「どうしたらいい?」
矢部を助けるべきか?
警察に110番するべきか?
ジュンは矢部と関わらないことを選択をした。
「何があったか知らないけど、僕は何も聞かなかったことにしよう」
スマホを持つ手が、小刻みに震えた。
ジュンは別の友人に電話した。
「詩帆ちゃん、あの、あの、今から会えない? あ、あ、会いたいんだけど」
ジュンの滑舌が悪くなった。
「今から? 外出禁止だし、警察に捕まるよ」
「僕が行くから」
「それなら、いいけど」
詩帆は嬉しそうに答えた。
告白されたみたいに、ちよっとドキドキしている。
ジュンは一度だけ寄ったことのある、詩帆の実家まで行った。
門のドアホンを押そうとした時、
「君。何時だと思ってるんだ?」
警官が懐中電灯の明かりを、ジュンに向けた。
ジュンは眩しさに目を細め、
「…ここが僕んちです。ちょっと自販機にジュース買いに出ただけ」
と、嘘を付いた。
「…違うだろ。ここは君の家じゃない。…君は自販機でジュースも買ってない。そうだろ?」
警官の声音が変わった。
「い、いや、本当ですよ。ここ、僕の家ですから」
「ここに住んでる人間が、ドアホンを押すかね? ジュース買いに行っただけなのに?」
警官がジュンを疑った。
警官はすぐに拳銃を抜き、構えた。
「怪しいな。手を挙げて、そこに膝を着いて座って」
ジュンは慌てた。
「ち、ち、違います。ぼ、僕は…」
「座れ!!」
警官が怒鳴った。
ジュンは委縮して硬くなった。
ぎこちない動作でよろめき、その場に膝を着いて両手を挙げた。
「そうだ。それでいい…。別に君が吸血鬼かどうか、疑ってるわけじゃない…。行動が不審だったから、ダメなんだ…。刃物や危険な武器は持ってないだろうね?」
「何も持ってません!」
ジュンは正直に、警官に応えた。
警官は、
「そう。それならよし…」
と、声に嗤いを含んだ。
「君、可愛い顔してるね…。うまそうじゃないか…?」
警官が懐中電灯を消した。
辺りが急に暗くなった。
「へ…?」
ジュンは意味がわからず、きょとんとした。
「俺達は自由になったんだ…」
警官が言った。
「今までは様々な制約があった。でも、もう自由なんだ。夜は俺達の世界だ。この世は俺達の手に戻った。好きな時に食事していい。躊躇する必要はない。もう隠れた存在じゃない。俺達は公になったんだよ」
警官が両手でジュンの首を締めた。
警官の両手に、四本ずつの牙があった。
二つの口が両側から首筋にかぶりつき、勢いよく血を飲んだ。
ジュンは口を大きく開け、戦慄して叫んだ。
「ふぁああああ!!」
痛みは全く無かった。
しかし、血をゴクゴクと飲む音がはっきり聞こえる。
ジュンの真ん前に、警官の顔がある。
街灯にぼんやり浮かび上がる、警官の顔。
「おお…。う…まい…」
恍惚として眸を閉じる警官。
ジュンは全身から力が抜けるのを感じた。
何もかもが首から吸い出され、自分の体がミイラのように乾いていく。
「やめて!! 僕は死にたくない…!!」
ジュンが泣いた。
息が苦しくなっていく。
「誰か助けて…。母さん…。父さ…ん…」
意識が失われるなら、とても楽なのに。
ジュンの頭はとても冴えている。
リアルに感じられる、迫りくる失血死。
彼は恐ろしさで失禁し、泣きながら命の終わりを待った。
その瞬間が来るまで、長く長く感じられた。
「ジュンくん!! ジュンくんなの!?」
詩帆が玄関扉を開け、ぱっと明るい電灯が辺りを照らした。
ジュンは見たくなかった、世にも恐ろしい吸血鬼の醜い顔を、鮮明に間近で見た!
「ジュンくん!!」
詩帆は警官に首を締められている、ジュンを見つけた。
警官はびっくりして飛び上がり、ジュンを手放した。
警官は詩帆に襲いかかり、彼女に馬乗りになって首に噛みついた。
「し…詩帆ちゃん…」
ジュンは貧血でよろよろしながら、その場に立った。
「い、今のうちだ…。ごめん、詩帆ちゃん」
ジュンは大急ぎで、その場から逃げ去った。
無我夢中で、公園のゴミ捨て場に隠れた。
夜が明けた。
ジュンは空腹感で目を覚ました。
「こんな時に、お腹が空くなんて。僕って、すごく嫌なヤツだ」
彼は凹んだ。
ポケットに、二千円ぐらい入っていたので、コンビニに入った。
夜間禁止令の関係で、午前七時になってから、やっと店が開く。
彼はおにぎりを一つと、水を買った。
公園に戻って、ブランコに座って朝食を食べる。
「そうだ、店長は無事かな? メールしてみよう」
ジュンがメールを送信したが、ヨッシーはなかなか返事をくれなかった。
それに、メールも既読の表示にならなかった。
しかも、スマホで初めて見る、緊急UME警報をいつの間にか受信している。
余計に不安を煽られた。
空を見ると、俄かに掻き曇り、雨がぽつぽつ降り出す。
「ついてねー。最悪だよー」
ジュンが呟いた瞬間。
ヒューッと何かが流れ落ちる音がした。
空を横切る流星が見えた。
「え? 今の何?」
ジュンが立ち上がった。
彼の頭上を何かが超えて行った。
それが何だったのか、その時はわからなかった。
じわっと涙が湧き、ジュンは、
「東京に行かなきゃ…。誰かか僕を呼んでる…」
と、呟いた。
3
深夜。
ヘルは荷物のない、ガランとしたアパートの鍵を閉めた。
手には、大きなスポーツバッグ。
「じゃ、お願いします」
ヘルがトラックの助手席に乗り込んだ。
「行きましょうか。寝ててもらっていいですよ。パーキング着いたら、起こしたげますよ」
人の好さそうな運転手が言う。
ヘルは丁寧に頭を下げた。
「お客さん、方言ないですねぇー。どちらの人? 元々こっちの人?」
運転手が聞いた。
「あちこち渡り歩いてるうちに、訛りが抜けちまったんですよ」
ヘルは愛想よく答え、夜なのに眩しそうにサングラスを掛けた。
「お子さんは?」
「一人いますよ。死んだ女房より、口うるさい中学三年の娘です」
ヘルがスマホの待ち受けを見せた。
「ひぇー!! すごい美少女ですね!! 奥さんにそっくりだ!」
運転手はお世辞抜きで言った。
「朝までに羽田に着きますかね?」
ヘルは心配そうに言った。
「着きますよ。夜間外出禁止令ったってね、特急便は別だから。ちゃんと許可証あるからねー」
運転手はスピードを上げ、鼻歌を歌った。
その後、ヘルは羽田に着いた。
ぎりぎり夜明け前だった。
「嫌な空気だな。吸血鬼臭ぇー」
吸血鬼ハンターの血が騒ぎ、ヘルは空港の匂いを嗅いだ。
国際線の搭乗手続きを済ませ、大きな荷物をたくさん預けた。
今日は迷彩服でもなく、普通にビジネスマンの格好だ。
「飛行機は昼過ぎの便だ。さあ、どこの暗がりでひと眠りするかな…」
彼は欠伸をしてから、チケットを確認した。
「待ってろよ、黒瀧。おまえの居場所を遂に掴んだ。国内の俺達のラボは、全て処分した。余分な黒蝶の卵も、もうない。俺は単独で、おまえに挑む。俺の魂が成仏してしまう前に…」
黒瀧秀郷が日本に来ているとは知らないヘルだ。
ヘルは仮眠にちょうどいい休憩所を見つけ、リクライニングシートに身を投げ出した。
七時二十分。
ヘルが目を覚ました。
何か強烈な気配が迫るのを感じた。
続いて、地震のような揺れが起きた。
「何だ? 地獄の蓋が開いたか!? 俺はヘルと呼ばれてるんだが」
ヘルが外の景色が見えるゲートまで走った。
避難してくる人々と逆行し、肩がぶつかり合った。
悲鳴や怒鳴り声が溢れ、空港の係官が退避を促した。
「お客様!! 窓の方へ寄らないで下さい!! 危険です!!」
係官がヘルの逞しい腕を引っ張った。
ヘルは一振りで、係官を壁へ吹っ飛ばした。
ヘルの搭乗するゲートの前に停まっていたボーイング777が、火の鳥のように炎上していた。
揺れが続き、爆弾のようなものが落下して、ガラスが一斉に砕け飛んだ。
ヘルはロビーの椅子の影に、飛び込んで伏せた。
「…やってくれる。全く、やってくれるよ。吸血鬼。おまえらは…!!」
ヘルがにやりと笑い、さっき、武器を分解して入れたスーツケースやバッグをカウンターで預けたことを、深く後悔した。
4
愛理と黒瀧、SPは永田町の国会議事堂に到着した。
そこが暗雲の渦巻く中心だった。
愛理はテレビで見たことのある日本の国会議事堂を見上げ、緊張で震えた。
屋根が稲光に浮かび上がる。
ケイシーの攻撃は今途絶えているが、いつ再開されないとも知れない。
美しい石造の建物。
クラシックな姿。
雨がザアザア降りしきり、建物は水を高く跳ね、白く飛沫を上げている。
その周囲では、燃え尽きた建物から煙が未だ燻っている。
燃えなかった建物も、ガラスが割れ、衝撃でダメージを受けている。
車が横転して道を塞ぎ、警備員の姿もない。
首相官邸では、黒蝶に乗っ取られた総理と閣僚が対策を検討している。
それが都民の救いになるかどうか、微妙だ。
無人のはずの、国会議事堂。
その最上階の屋根。
何かが座っている。
燃え尽きた灰のような、白い何か。
愛理はごくっと唾を飲んだ。
「あれは…ジークじゃない?」
彼女の眸は、雨を蒸発させる高温の男を捉えた。
高温の男は裸で屋根に蹲り、手に黒飛龍剣を持っていた。
「ケイシーだ。見た目はジークであれ、自我の認識はケイシーだろう。爆撃でチカラを使い果たし、ケイシーの本来の自我が崩壊した。それで、形骸だけはジークになったが…、ジークの自我も残ってない」
黒瀧が苦々しく言った。
「さあ、行ってくれ。愛理。おまえが彼を倒すんだ…。ケイシーを殺して、ジークを楽にしてやってくれ!」
黒瀧が愛理の背中を押した。
愛理が一歩、脚を前に踏み出した。
「おじいちゃん。ジークを助けるって、言ったじゃない…。一縷の望みに賭けるんでしょ?」
ケイシーが彼女を見降ろした。
額に第三の眸が開き、瞳孔のあるべき場所に、ネガポジが逆転した銀河が見えた。
黒い銀河がゆっくりと回転し、彼女と視線を交えた。




