ph 65 一縷の望み
phsae 65 一縷の望み
1
高校生の女の子が、暗い廊下を全力疾走していた。
教室の前で、高い位置の窓がすっと開き、
「見つけた。俺のだ」
ムカデのような影が、廊下の天井へ這い出した。
「いやだぁあっ!!」
女の子が絶叫し、手に持っていたスマホを落とした。
「俺にも分けてくれってー」
女の子の足元から、手が二本、にゅっと出てきた。
その手が、女の子の細い脚を掴む。
彼女は驚いて、飛び上がった。
「やめてよー!! 何なんだよー、こいつらー!!」
女の子が床から生えた手を踏んだ。
手は、女の子の影の中を泳ぎ回り、急に上へズルズルッと飛び出した。
「君の血が欲しいんだよ…」
長い長い手は、教頭の両肩から生えていた。
「きょ、教頭先生…、キモいんだよ!!」
女の子が妖怪教頭を蹴飛ばした。
女の子の前に、ムカデと人が合体したみたいな節足動物が、天井から逆さにぶら下がった。
「いい匂いだね。どこから食べようかな」
ムカデ人間は女の子の首に巻き付き、カサカサ音を立てて天井へ引っぱり上げた。
女の子は首を締められ、もがき苦しむ。
彼女の脚は、影から出た教頭の上半身から離れた。
「うぐぐっ…」
女の子が泡を噴く。
ムカデ人間が女の子の首に酸を吐いた。
「あんまりだー。俺にも少しーくれー」
教頭の頭がバリバリ割れた。
中から、脱皮するように新しい教頭が出て来た。
女の子のスマホの着信音が、暗い廊下に流れ続けた。
「緊急UME警報です…」
受信したメールが言う。
「あなたのすぐ側に、正体不明の危険な生物が迫っています。安全なところに隠れて下さい。人間を襲って、食べる習性があります。蝶の黒い翅があるものと、始めは人間にしか見えないものがいます。警戒して下さい…」
「マジか? そんな怖いヤツ来たら、俺、泣いちゃうよ?」
教室から出て来た男が、ばかでかい黒い翅を引き摺って歩いた。
彼は女の子のスマホを踏み潰し、
「さあ、鬼ごっこの続きをしようー。いちねんせーは、あと何人ー?」
と、指を折って数えた。
2
ステンドグラスから月明かりが射している。
扉口に立つ、背の高い大祐。
ヨッシーは大祐に胸ぐらを締め上げられ、宙に持ち上げてられている。
彼は足をだらんと伸ばし、眸をきつく閉じている。
大祐は口を斜めに歪め、震えるヨッシーを嘲笑った。
「安心しろよ。すぐ死なせてやる…。人間噴水が見てみたいな。おまえの首をもぎ取って、赤い血がヒガンバナみたいに咲くとこを見たい」
ベロニカはクロスのペンダントを握り締め、神に祈っている。
影法師のような吸血鬼達は、苦手な銀の十字架を見て、数歩の距離を置いている。
「ぐぅぅ…」
サリムは悔しがった。
ヴァンパイヤ・ナイトの映像の思い出した。
「おい、そこの女。俺はそんなもの、怖くないからな。俺はおまえらの神が言う、光ってやつが嫌いなんだよ…」
大祐がベロニカを睨み付けた。
「じゃ、美しく咲いてみようか。店長さん…」
大祐が両手でヨッシーの肩を摘み上げ、左右に引き裂こうとした。
「ま、待って…!!」
ヨッシーが引きつり、声が裏返った。
「せめて、理由を言ってくれよ…。俺はなんで、ジークさんの為に死ななきゃいけないのか…?」
大祐が舌打ちした。
「チッ、面倒臭ぇー。おまえは知る必要なんかないよ。あの世で、ジークから聞くんだな」
大祐が指に力を込めた。
「ジークさん、死んだの!?」
ヨッシーは言いかけて、激痛に、
「ぐはぁ!!」
と、息を吐いた。
「待ちなよ! こんなとこで、何の儀式!?」
ヨッシーは聞き覚えのある声を耳にした。
大祐は片方の眉を上げ、声のした方を振り返った。
空気砲かと思うような大きな音が響き、ステンドグラスと正面の壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。
ガラス片と粉が舞い、後は一瞬で崩れ落ちた。
「誰だ!?」
大祐はヨッシーから手を放さず、粉塵に向かって叫んだ。
崩れた壁の向こうから、誰かが指をポキポキ鳴らしながら入ってきた。
「ヨッシーさん!! 大丈夫!?」
「愛理ちゃん!!」
ヨッシーは霞む眸で、愛理を見た。
ベロニカが叫んだ。
「愛理ちゃん、その人、吸血鬼だよ!! 来ちゃダメぇー!!」
愛理が大祐を見上げた。
「あんたが…大祐さんでしょ? 私はずっと、あんたを探してた」
愛理は大祐を見て、悪戯な猫がネズミを見つけたみたいな顔をした。
大祐はつまらなさそうに、小柄な愛理を見下ろした。
「なんだ、おまえか。…確か、視力がいいんだってな…。その眸で俺を見つけた? で、どうするつもりだよ? おまえって、まだ一度も血を吸ったことがない半人前吸血鬼だったよな…」
大祐が馬鹿にした。
「ひゃはは、半人前ー! 半人前が何しに来たー?」
大祐の仲間の吸血鬼が大笑いした。
「黒瀧の溺愛する孫娘、愛理かぁ。黒瀧教授と俺にとって、すげー邪魔な存在なんだよ。今、ここで死んでもらおうかな?」
大祐がヨッシーを、脇に投げ出した。
「愛理ちゃ…、逃げ……」
ヨッシーはひどい痛みで倒れた。
「愛理、お気の毒だな。ついさっき、おまえの大事なジークが死んだんだよ。深淵の王・ケイシーに魂を食われてね」
大祐が挑発的に話した。
「は? 何言ってんの? ジークはちゃんと、ケイシーを説得するよ。彼は弱虫だけど、医者だから。ケイシーをそんな化け物にしないもんね」
愛理は受けて立つ。
大祐には、彼女の生意気さが癪に障った。
ヨッシーは床に転がり、荒い息に腹部を揺らした。
「ゼェ、ハァ……、ゼェ、ハァ……」
すぐにでも病院に運ばなければ、命にかかわる危険があった。
ヨッシーは薄れゆく意識の片隅で、
「ジークさんが…食われた…。死んだ…?」
と、考えた。
死を前にヨッシーに湧き起こる感情、自分でも不思議なぐらい、静かな気持ち。
「死ぬ時って…、自分でわかるもんなんだね。ジークさん…、あの時、ちゃんと確かめればよかった…。それで、俺の話も聞いてもらえばよかった…」
ヨッシーの涙が一粒、床に落ちた。
それは後悔の涙だった。
ジークが本当に吸血鬼なのか、何故ヨッシーを殺そうとしたのか、聞けばよかった。
深由を死なせて悲しんでいることも、伝えきれてない。
「死ぬ前に、もう一度会いたかった…」
ヨッシーは意識を失った。
3
大祐は目の前の敵に、意識を集中した。
彼の眸が、白っぽく光り始めた。
「バカだな、おまえ。ケイシーは黒滝教授の造り出した最強兵器だ。ジークが適うわけないだろ」
「へぇー。じゃ、弥一郎おじさんは一族を二分するつもりなんだ!?」
愛理も身構える。
大祐は指先にチカラを込め、ぼんやりと光を発した。
彼の波が高まっていく。
「弥一郎おじさん、何が不満なわけ?」
「黒瀧のジジィの顔見てるだけで、反吐が出そうになるらしいぜ!!」
大祐が叫び、光の先を長く伸ばした。
攻撃の緊迫感から、ベロニカとサリムは反射的に、ドアを盾にして屈んだ。
他の吸血鬼は、手出しせずに見ている。
光が目に留まらない速度で、愛理に斬りかかった。
彼女は動物的な本能で躱し、ヨッシーの側に駆け寄ろうとする。
それを邪魔する為に、大祐の光の刃が旋回した。
大祐は両手に、光のソードをまとって戦う。
「愛理、おまえも異界までは見えないだろーけどな! あの世じゃ、ジークはケイシーにドロドロに溶かされたのさ!! ざまぁみろ、ジーク!」
両刀を使うような動きの大祐。
愛理は視野を三百六十度に開き、大祐の攻撃のリズムを読み、防御する。
「あんたはねぇー、みみっちい男なんだよね!!」
彼女がステンドグラスの欠片を蹴り上げ、命中した大祐の頬が抉れた。
小さな欠片なのに、彼の奥歯が左半分砕け、口や傷から飛び出した。
「女の取り合いで、ジークの友達を殺すって? 情けないよねー。ジーク本人を殺したらどうなの? てか、所詮、女を取られた怨みなんだよね!?」
愛理が罵った。
大祐は俯いて、血の塊を吐き捨てた。
「…ジークに聞いたのか。ああ、だけど、ただの女じゃない。ルビーには最高の価値があった!」
大祐はプライドを傷付けられ、恨めしそうに愛理を見た。
大祐の顔が黒く変わっていき、骨がピキピキ鳴った。
大祐の覚醒が始まる。
愛理は緊張した。
彼女は未だ、覚醒したことがない。
変貌は彼の内面の、卑怯で逆恨みに満ちた世界を表現する。
彼は自分を嘘で納得させていた。
ルビーはジークではなく、大祐を愛していたんだと。
作り変えられた記憶が、彼に復讐の思いを育てた。
「大祐さん!! 誰か来ます!!」
見張りをしていた吸血鬼が連絡した。
「誰!?」
大祐は自己を解放していく過程で、外の気配に気付いた。
「あ…」
大祐は半覚醒の状態で、建物の外を鮮明に視た。
建物に近付く、九人の波。
その中で一人、故意に気配を消しているのに、尋常でない濃い闇をまとった人物がいる。
闇の深淵を引き連れているような男。
高級スーツにネクタイで、ハットを被った老人。
「く…、黒瀧博士……!?」
大祐の動きが止まった。
眸が大きく見開かれ、血の気が引く。
吸血鬼達がざわついた。
黒瀧の一族を統べる長が、無敵の親衛隊を八人連れてやって来る。
「おじいちゃん…」
愛理は先刻のことを思い出した。
4
愛理がTシャツに短パンでうたた寝してたら、誰かがノックした。
ホテルのドア越しに、祖父が、
「愛理、ジークを助けに行くぞ」
と、言った。
愛理はベッドに起き直った。
「ジーク? ケイシーと話し合いに行ったんだっけ…」
彼女は大きな欠伸をした。
「そうだ。話し合いは決裂し、ジークは死んだ。朔夜が応戦していたが、異界縮図を使っても、ケイシーの封印に失敗した。もう、私達が出る他ない」
黒瀧がドアを開け、入ってきた。
彼は出掛ける支度を済ませ、クールなスーツに着替えている。
黒瀧は下腹も出てないし、背筋がしゃんとして、体が引き締まっている。
とても若々しく見える。
愛理は猫のように伸びをした。
「ふぁーあーあー…。眠いよう。朔夜に任せといて大丈夫だよー。圭太さんとナオさんも一緒でしょ?」
黒瀧は腕時計を見た。
「ああ。あいつらも時刻に合わせて、帰還するだろう。問題はケイシーだ。それと、ジーク」
「ジークはゴキブリなみの生命力だもん。殺したって死なないから」
愛理は顔を洗って、洗面所で着替えてきた。
「そんな簡単じゃない。一度死んだ魂を復活させた例は、私も未だ聞いたことがない…」
「一縷の望みにかけるってこと?」
愛理はベッドの下から、編み上げのミリタリーブーツを取り出す。
そして、リュックを背負う。
「そんなところだ。とても僅かな可能性だ。おまえにしか、ジークを救えない。覚悟してほしい」
黒瀧が愛理の肩を叩いた。
「ま、彼には借りがあるからね。いいよ、別にー」
愛理はナイフホルダーを、長めのシャツの下に隠した。
愛理と黒瀧は、SPの運転する車に乗った。
「どこに行くの?」
愛理が尋ねた。
「首相官邸だ。この国の総理に会わなくてはならない」
黒瀧は杖の先に手を掛け、後部シートで目を閉じている。
「こんな時間に行って、会ってくれるの? おじいちゃん、よっぽどVIPなんだねー」
愛理はびっくりした。
途中、愛理はウィンドーの外の景色を夢中で眺めた。
「ちょっと、おじいちゃん。停めてくれないー?」
「どうした? 雑魚の吸血鬼なら、放っておきなさい」
「違うの。友達が襲われてる!!」
愛理は車を停め、ドアを開けて降りた。
「友達? まさか、人間のことを言ってるんじゃないだろうね?」
黒瀧は嫌悪を込めた。
「いいじゃない、人間だけど友達なの。いい人達なんだよ。それに襲ってる側も、私とジークがずっと探してた人みたい。ちょっと行ってくる」
愛理が早足で、結婚式場の敷地に入って行く。
「総理に会ってから、こっちに車を戻すよ。愛理、気を付けて。その男は狡賢い」
黒瀧が警告した。
「どんなヤツだろうと、私は正面から行くよ」
愛理がステンドグラスに、正拳を打ち込んだ。
5
愛理はあれから十分ぐらいしか経ってないので、心配になった。
「おじいちゃん、総理に会えなかったのかな?」
彼女の前で、大祐は明らかに狼狽えていた。
「せっかく、面白いとこだったのに。あの世に堕ちたジークの泣き面が見たかったよ。クソッ」
大祐はベロニカとサリムの前を素通りし、仲間の側へ寄った。
「愛理、黒瀧博士に伝えてくれ。俺達は今日より、一族から独立する。そのわけは、夜が明ければわかるだろう。深淵の王が降臨するからな」
大祐の姿が薄くなった。
「何よ。女に背を向けて逃げるの? あんた、恥ずかしくない?」
愛理はムカついて、長椅子を蹴った。
「恥ずかしくなんかあるもんか。最後に勝てばいい。以上」
大祐と吸血鬼達が消えていく。
「待って!! 聞きたいことがあるの!!」
愛理が走り寄った。
「大祐さん、知ってるでしょ? ルビーさんを殺した真犯人は誰なの?」
消える間際、大祐がニヤリと嗤った。
「黒瀧忍人のことか…」
大祐が消えた。
愛理は思いもかけない、知った名前が出て愕然とした。
何度も、確認するように口の中で名前を繰り返した。
「黒瀧忍人。忍人。忍人…って、…あの男が、ルビーさんを…!!」
彼女の心の奥底で、赤い炎がメラメラ燃え立った。
「愛理ちゃんー。無事でよかったー」
ベロニカが泣きながら、愛理に抱きついて来た。
愛理も我に返った。
「私が人間かどうか、聞かないの?」
愛理は戸惑いつつ、ハグと頬のキスを受けた。
「愛理ちゃんは愛理ちゃんよ。もう、何でもイイ。私達を助けてくれた…」
ベロニカがわんわん泣いた。
死ぬほど怖い思いをした。
「車でおじいちゃんと来てるから、その車で、ヨッシーさんを病院へ連れて行こう」
愛理がヨッシーを軽々と抱き上げた。
「愛理ちゃん…。小さくて細いのに、力すごく強いね!」
サリムとベロニカが驚いた。
「ヨッシーさん! しっかりしてー。今から病院行くね!」
愛理が呼びかけたけれど、ヨッシーは深手の傷を負い、息も絶え絶えだった。
「間に合うかな?」
彼女はヨッシーの真っ青な顔を眺め、心配になった。
6
黒瀧は人間を救急病院に運ぶと聞き、嫌そうな顔をした。
しかし、孫娘の頼みを受け入れた。
愛理とベロニカとサリムは、地下の手術室の前で、椅子に座っていた。
ヨッシーの手術は何時間もかかりそうだった。
まだ助かるかどうか、わからない。
愛理は黒瀧に聞いた。
「総理と会えた?」
黒瀧は残念そうに言った。
「ダメだ。遅かった。総理の中身は、黒蝶になってしまった」
「黒蝶に…」
愛理は背筋が凍るのを感じた。
黒瀧が愛理の横に並んで座った。
「聞かせてくれ、愛理。おまえは朔夜とジーク、どっちを好きなんだ?」
「は? い、いや、やめてよ。おじいちゃん。こんな時に何言ってんの? なんで、イケメンの朔夜とジークのバカを比べるの?」
愛理は真っ赤になり、照れまくった。
「じゃ、本当に朔夜でいいんだな? 朔夜をおまえの婿に迎えるぞ?」
黒瀧が決意を込めて言った。
「おじいちゃん…。それ、一族の後継者指名の話? やっぱり、弥一郎おじさん、裏切るんだ…?」
愛理が呟くと、黒瀧は何故か、愉しそうに微笑んでいた。
「そうだ。弥一郎は去る。今日がその日なのさ。でも、私も手を打った。異界縮図…」
黒瀧がブツブツ言った。
その時、地面が揺れた。
「うわっ、おじいちゃん!! 地震だよ!! これはデカいよ!!」
愛理は壁にくっついて、慣れない地震に慌てた。
ベロニカとサリムも手を取り合う。
揺れはすぐに収まったが、停電になった。
「こんな時にー。ヨッシーさんの手術は大丈夫なの!?」
「落ち着きなさい。愛理。手術は非常用電源があるはずだから。ここは地下だから安全だ。防空壕みたいなもんさ」
黒瀧が愛理を座らせた。
暗闇が訪れた。
外で爆撃のように、凄まじい音が轟いているのがわかった。
「何が起きてるの!?」
愛理は視力を凝らし、外を見た。
白銀の龍が翼を羽ばたかせ、空を飛んでいた。
その尾や翼が切れ、傷から闇が溢れ出す。
龍は閃光のように眩く燃えたぎり、火の玉を降らせた。
「三十分経った。そろそろ、外へ出てみよう」
黒瀧がその場の全員を誘った。
「朝だよ、おじいちゃん!! 朝七時五十分だよ!!」
愛理はブルブル震えた。
「大丈夫。朝日なんて出てない。外は闇だ」
黒瀧が呟いた。
都心部は正体不明の攻撃を受けた。
およそ三十分の攻撃で、噴き上がる黒煙が空を黒く染めた。
スカイツリーも東京タワーも、半分の高さになった。
摩天楼は半壊し、地上の交通網がストップした。
「こんなことが…」
愛理は呆然と、病院の玄関から焼け野原を眺めた。
自衛隊と米軍のヘリの音が、上空から響き渡った。
装甲車が出動していた。
愛理の耳に、フル稼働中の救急車のサイレンが聞こえた。
まるで関東大震災がきたとでも言うように、人々はパニックになった。
歩道に落ちている、溶けたガラスが曲がっている。
高温の火の球が降り注いだ街。
愛理は黒い空を眺めた。
「おじいちゃん、あの空は何? 吸い込まれそうだよ」
「あれは闇の深淵が口を開いているんだ」
黒瀧が答えた。
愛理は祖父の背中を追って、歩いた。
「なんで深淵が?」
「ケイシーが深淵を連れて、日本にやって来たんだ」
黒瀧は杖を鳴らし、せかせか歩いた。
黒瀧が車に乗り込み、SPがハンドルを握った。
愛理はベロニカとサリムに、ヨッシーのことを頼んだ。
「ヨッシーさんが目覚めたら、伝えて。ジークは弱虫で、人間を殺すほど血を飲んだこともない。お人好しなんだって。連続殺人事件や、誘拐事件も無関係。前にヨッシーさんを襲ったのも、顔が似た別人なんだよ」
ベロニカは事実を受け入れ難く、表情を曇らせた。
「伝える。別人ね。OK。…でも、やっぱりジークは吸血鬼なんだね…。愛理ちゃんも…」
愛理は頷いた。
「愛理、早く乗りなさい」
黒瀧が呼んだ。
「ケイシーの攻撃が止んだ。一時休止だ。この間に、あいつに接触する」
「わかった」
愛理が車の後部に乗り込んだ。
「愛理ちゃん。気を付けて下さい。私はあなたを応援してます。あなたは命の恩人です」
サリムが手を振った。
「愛理ちゃん…。ヨッシーと待ってるから…。いつか、ベイカフェに帰ってきて…」
ベロニカが嗚咽しながら言った。
「パスタの大盛り食べにね。その時は、ジークも一緒に行くわ」
愛理がウィンドーから手を振り返した。




