ph 63 破滅の空間
phase 63 破滅の空間
1
ユウキは長椅子の列へ倒れ込み、血を噴き上げた。
「痛ぇー!! うああー!!」
彼の片耳がちぎれて飛び、左手首から先を斬り飛ばされた。
ユウキが激痛に悲鳴を上げ、のたうった。
「アアアアアッ!! 死んでしまうー!!」
彼の手首から、鮮血が噴き上がっていた。
「俺はシルバーが好きじゃないんだ」
大祐が言った。
床に落ちたユウキの耳たぶには、シルバーのピアス。
左手首には、シルバーと革のブレスレットが付いていた。
大祐は軽く風を払っただけだ。
「ひゃああ…!! 助けて…!!」
ハルが転びそうになりながら、結婚式場の扉から走り出た。
「俺は俺の神に祈ってた。深淵の王に…。俺はこの地区の新しい地区代表、黒瀧大祐」
大祐が祭壇から十字架を払い落した。
ベロニカは失神寸前で祈った。
「神よ…。ああ、私達を守りたまえ…」
大祐は、
「チッ。本物のクリスチャンか? 面倒臭いな」
と、舌打ちした。
ユウキは周囲の長椅子に掴まり、何とか起き上がった。
「なんで俺が殺されなきゃなんねーんだ? 俺は何もしてねーだろ…!?」
出血を止めようと、右手で手首を押さえる。
血はその手の指の間から溢れ、床に血溜まりを作った。
ユウキは納得出来なかった。
彼の理屈では、吸血鬼は虫けらで、人間が正義だったから。
「くそ…!! アキト、しっかり動画撮ってろよ…!! 俺がヒーローだ…!!」
ユウキは目の色を変え、狂ったように、右手で鉄パイプを握り直した。
「ユ…ユウキぃ…!! もう止めようよ…。おまえ、病院行かなきゃ…」
気の弱いアキトは小便をちびり、声も掠れた。
「退けよ。おまえらみたいな、マズそうなガキはいらない。俺が血を飲みたいのは、そこのクリスチャン女の方だ…」
大祐が呟いた途端、ユウキのシャツと胸の皮膚が左右に滅多斬りに斬り裂かれた。
ユウキは血飛沫を上げてのけ反り、脚を上げて頭から落ちた。
大祐が鉄パイプの先を素手で摘んだ。
ユウキは鉄パイプを取られないように、力を入れて握った。
大祐が鉄パイプを捻ったら、ユウキの右手も一回転捩じり上がった。
「あうっ!!」
ユウキの右腕が有り得ない角度に曲がり、骨が皮膚を突き破って出た。
大祐が鉄パイプを捻じって押し込み、ユウキの右胸を突き刺した。
鉄パイプは胸から斜め下へ貫通し、腎臓を突き破って背中から出た。
「痛ぇー!! い、痛ぇーよー!!」
ユウキは声もはっきり出せずに、苦しみもがいた。
鉄パイプが刺さったままなので、うまく身動き出来ない。
凄まじい激痛に、勝手に涙が流れ、痙攣が起きた。
ユウキは自分が打ちのめした深由が、力なく沈んでいった瞬間を思い出した。
自分も、地面に引き込まれるように沈んでいく。
「イヤだ…!! 死にたくね…」
ユウキは力尽き、やがて床に伏した。
「ユウキー!!」
サリムが通路を走った。
ベロニカが青くなって、絶叫した。
「サリム、やめてー!!」
パイプオルガンの音色がよく響くように設計された場所で、甲高い悲鳴が響き渡る。
「サリムさん、戻ってー!!」
ヨッシーが追いつき、サリムのシャツを背後から引っ張った。
その間、アキトはハルを追って、その場から逃げた。
恐ろし過ぎて、アキトはユウキがどうなったか、最後まで見れなかった。
大祐が、
「おまえら、全員の命をもらう」
と、死の宣告をした。
「俺は、達紙ジークへの報復を生き甲斐にしてる…」
嗤う大祐の口元から、獣の牙が覗く。
体格のいいサリムは戦うつもりだったが、ヨッシーが引き摺り戻した。
「サリムー!!」
ベロニカが泣き喚き、サリムに抱きついた。
ヨッシーが二人を引っ張り、
「ベロニカさん、こっちです!! 逃げますよ!!」
と、通路を逆に引き返した。
「逃げてみろよ。どうせ、ムダだけど」
ユウキを殺した大祐が、どんどん歩を進めて来る。
ヨッシーが出口の扉を押したら、何かに引っ掛かった。
ドアの外に、全身の血を失ったアキトとハルの遺体があった。
「アキトー!! ハルー!!」
ヨッシーが元同級生の側にしゃがんだ。
でも、迫る大祐を振り返り、慌てて立ち上がった。
「ヨッシー。ユウキは…アキト達は…」
ベロニカはパニックになって、涙で頬を濡らしていた。
「後で来ますから」
ヨッシーはベロニカとサリムを強く引っ張った。
三人は廊下の途中で、カツヤ達と鉢合わせた。
「裏口には、別の吸血鬼がいたんだよー。ヒヒヒー」
カツヤが揺れながら喋った。
いや、黒子のように、誰かがカツヤの首を手で握り、宙ぶらりんの脚を揺すって動かしていた。
カツヤは恐怖に表情を固めたまま、口から血を垂らしていた。
彼の自慢のナイフが、喉仏に突き立っている。
「カツヤ…!! おまえも…?」
ヨッシーは荒い息で、突き付けられた現実を見詰めていた。
生き残ったのは、ヨッシーとベロニカとサリムだけだ。
目の前の吸血鬼はガリガリに痩せて細長く、黒ずくめの服を着て、異次元から出た影絵みたいだった。
数人の吸血鬼に押し戻されるように、ヨッシー達が後退した。
結婚式場の長椅子の間を通り、大祐が扉まで到着する。
「ほら。もう逃げられない。言っとくけど、誰も助けに来ないよ」
大祐が囁き、ヨッシーの襟を掴んだ。
ヨッシーは宙吊りに持ち上げられ、鵜野影馬にやられた時のトラウマが蘇った。
「俺は…ここで死ぬのか…?」
ヨッシーがガクガク震え、恐怖で眸を閉じた。
2
圭太は異界縮図を通り、物質界に帰ってきた。
彼は服を着るように、自分の肉体を着た。
部屋で寝ていた圭太の眸がぱっちり開き、起き上がった。
側では、ナオの肉体が呼吸を小さく弱めている。
死んでるか、生きてるかもわからないほど。
ジークに至っては腐乱が進み、腹が溶け、顔が茶色く変色していた。
「ジーク…。こりゃダメだな」
圭太はジークの様子を見て、無邪気に笑った。
圭太はドアを叩く音に気付いた。
「朔夜?」
圭太がドアを開けると、朔夜が香を連れ、部屋に入ってきた。
「圭太! 無事か?」
朔夜が聞いた。
「ご覧の通りだよ」
圭太が指を差し、朔夜は二人の肉体の異変を見た。
「おまえがついてたのに、なんでこうなる? なんで先に戻ってきた!?」
朔夜が圭太を問い詰めた。
圭太は不満そうに答えた。
「そんな言い方しないでよー。俺も異界縮図は初めてなんだから、よくわかんないんだってばー。ま、何となく、縮図の装置は理解出来たけどねー」
朔夜はナオの側に自分の刀を置き、武士が袴で座るように座った。
「圭太。異界縮図をナオの現在地に繋いでくれ。急いで」
朔夜の指示を聞いた香が、焦って詰め寄った。
「ええっ!? 朔夜さん、行くんですか!? 危ないでしょ? ジークさんはもう腐ってるじゃないですか。今更、助けに行く意味ないですよね…!?」
「ジークが一緒じゃないと、ナオも戻ろうとしないだろ。あいつはそういう性格だし」
と、朔夜は落ち着いて答えた。
「よくおわかりでー。ナオがそう言ってたよ。はい、伝言終わりー」
圭太はベッドに寝転び、疲れたように伸びをした。
「朔夜、ジークは今頃ケイシーの中でドロドロだよー。もういいんじゃない? 結局、あいつ、黒瀧の一族になりきれなかったね。あっはっはー」
圭太は楽しそうに笑い、朔夜の神経を逆撫でた。
「圭太。鵜野影馬事件の時、ジークが来なかったら、俺は死んでいた」
朔夜は圭太がびっくりするようなことを言った。
「は? マジ? 朔夜? ジークに何か義理でも感じてんの?」
圭太は信じられなくて、ベッドから跳び起きた。
「圭太、異界縮図にはもう一つ、別の使い方があるはずだな?」
「え…。ああ、あるよ。でも…、それは…、黒瀧さんがやってるのを見たことあるけど、かなり危ないやり方だよ…」
香が直感で質問した。
「もしかして、物質界と異界を直接重ねる方法ですか!?」
「出来なくはないけど、…死ぬリスクも高くなるよ?」
圭太が珍しく、額にうっすら汗を滲ませた。
「どうってことはない。この百五十年、いつだって死と隣り合わせだったんだから」
朔夜は言い放ち、眸を閉じた。
「うわー。本当に、朔夜と一緒だと退屈しない。人生が刺激的で面白いよ!」
圭太は浮かれ、はしゃいだ。
「私も行きます。ナオさんが心配ですから」
香が魔法陣の中央に入った。
3
ナオは、第四の門の礎石にぶらさがっていた。
ナオは雲の切れ間から、龍となったケイシーを探した。
ジークの気配は、完全に消えている。
ナオはとりあえず、門の礎石から手を放し、雲の海に降り立った。
魂なので、雲の上に立つことに違和感もない。
その時、急に異界の門が開き、何者か出て来た。
「門番か!?」
ナオが身構えた。
相手は何故か、中世イタリア風の衣装を着ている。
「おー、すげぇなー。時空を越えて繋がってるんだもんな」
ナオは腰に差した刀に手を掛けた。
ナオの魂は髪を一つに束ね、袴と下駄を履いている。
西洋風の剣士と、東洋の侍。
かなり違和感のある出会いだった。
「おい、貴様。何をしに侵略してきた…?」
男達の一人が、細身の剣を抜いた。
問いかけに、ナオは唾を吐いた。
「おまえら、魔族か。俺は侵略なんか興味ない…」
ナオも刀・鬼美津を抜き、最初の一撃を払い落した。
「全ての侵入を、侵略とみなす。第四の世界は勝利によって、我等の領域だ…。知ってるな、吸血鬼?」
「ああ。一応な。何百年か前、吸血鬼と魔族で戦争したらしいな…」
ナオが相手の全身の動きを見ながら、一歩ずつ横に歩む。
「第四の門を開き、おまえを追放する。…空間がどこに繋がるかはわからない。逆らうなら、殺す…」
この剣士、赤い髪が炎のようで、顔立ちはイタリアの宗教画のように美しい。
剣士もナオと同じように歩を進め、いきなりのタイミングで撃ち込んできた。
ナオと剣士が撃ち合った。
不規則なリズムを刻んで撃ち合って、二人は同時に離れ、距離を取った。
「それは困る。少し待ってくれ。俺の仲間がもう一度門を開けに来るから、その時に帰るよ。俺は、はぐれた仲間を探してるんだ」
ナオが頼んだけれど、剣士は断った。
「何の話だろう? 貴様の他に、侵入者はない!!」
剣士は今度は本気で、撃ち込んできた。
「おいおい、ケイシーの侵入に気付かなかったのかよ!?」
ナオは剣士の斬撃を鎬で流し、前に斬り込もうとした。
剣士は素早く体をさばき、突きを繰り出した。
ナオは相手の突きを鎬で張って、また互いに撃ち合った。
「貴様、いい腕をしてる。波を抑えて、その腕か?」
剣士は、 ナオが本気を出したら波だけで鋼でも切断しそうだと思った。
「協力してくれたら、俺はすぐにでも出て行く。なぁ、感じなかったか? 一匹の銀の龍が燃えながら、この世界から物質界へ向かうのを」
ナオは覚醒せず、剣術の技術だけでその場を凌いだ。
「ケイシー? それも吸血鬼か? 門を通らずに、物質界とこの世を繋ぐのは難しいぞ。そんなことは、この四百年行われていない。実際、ほぼ不可能と言える」
剣士がナオを嘲笑った。
空間に激しい振動が起こった。
大地にひび割れて地割れが起きるのは地震だが、空間にひび割れて割れるのを何と呼べばいいのか。
そんなことが、ナオと剣士の周囲に起きた。
第四の異界の、灰色の雲が湧き立つ空に、ひび割れが生じた。
空に地割れが起きるように、暗黒が覗いた。
空気が振動して、耳が痛いほどの雷鳴が轟いた。
無数の閃光が鉤状に空を切り裂いた。
「うわっ!!」
ナオが雲からズボッと落ちた。
魔族の剣士は中世風の衣装を突風に靡かせ、宙に躍り上がった。
「何が起きたんだ!?」
肌を刺すような冷気が熱風と絡み合い、辺りがガスに霞んでいく。
電気がパチパチ爆ぜる。
急激な空気の圧縮を感じる。
轟轟と空気が唸った。
龍の嘶きのようにも聞こえた。
ナオは天空の振動の中、光の玉が回転するのを見た。
回転する光が暗黒の筋を吐き出し、白いガスを吸い込んでいく。
その光が突然透明の玉になって、中に朔夜が見えた。
「朔夜さん!!」
ナオは竜巻の中を舞い上がりながら、朔夜の方へ手を伸ばした。
「ナオー!!」
朔夜が叫んでいる。
ナオはその周囲を、竜巻に乗ってぐるぐる回りながら、視線で朔夜を追い続けた。
「な、何がどうなって…?」
剣士は暗黒の中、目を凝らした。
「まさか、これは…、四百年前と同じことが…!?」
剣士の仲間の老人が、恐ろしそうに呟く。
ナオが朔夜と圭太の結界へ滑り落ちていく。
落ちてきたと思った刹那、ナオが消えた。
香の抱えていたナオの肉体が、
「ゴフッ!!」
と、ヨダレを吐き飛ばした。
圭太の部屋で、瀕死の状態だったナオが、
「はぁーっ…、はぁーっ…」
荒い息をして蘇った。
「あ、ナオ。お帰りー。早速だけど、出番だよん。覚醒して、魔族の門番どもを蹴散らしてきて。ほら、ジークと融合したケイシーが来た…」
圭太が寝起きのナオに言った。
ナオが起きると、隣りで、ジークの肉体がドロドロに溶けて泡立っているところだった。
「ナオさん、私も行きますから」
香がナオを立たせた。
「俺と圭太で、ケイシーを第四の異界に封印する。残念だけど、ジークは死んでしまった」
朔夜がナオに語った。
多次元の異界と物質界・圭太の部屋が重なり、空間は滅茶苦茶に壊れている。
空間のひび割れから、暗黒の闇が浸食し、この世界を粉々に砕いていく。
この世界の空気が砕かれていく。
一匹の美しいドラゴンが翼を広げ、長い長い尻尾をくねらせ、暗黒の空を泳いでいた。
「ケイシーが空間の割れ目を渡ろうとしている。割れた空間を閉じろ、圭太!」
朔夜が結界から眺めた。
結界の外、ケイシーが泳いでいる空間は物質界でも第四の異界でもない。
地獄、そのものだ。
「あははー。俺、こんな難しい命令、受けるの初めてー」
圭太が笑って立ち上がった。




