ph 51 ヴァンパイヤ・ナイト
phase 51 ヴァンパイヤ・ナイト
1
「これ、着るのー!? 吸血鬼コスプレじゃなかったっけ!?」
朔夜がジークに渡したのは、クラブ側のセキュリティーの制服だった。
「客で入るんじゃないの。俺達は警備のヤツと入れ替わる」
朔夜がワゴン車の中で、制服に着替えた。
ナオと愛理がイベントスタッフの格好。
圭太が胸に大きなバッジを付けた、従業員の格好。
ジークは何だか、がっかりした。
「まさか、受付で待機じゃねーだろうな? ん? これ、ガラ悪くね?」
ジークも黒いシャツ、黒いパンツで白いネクタイを締め、革靴に履き替えた。
「海外アーティストのステージの下に立ちんぼだよ。ちゃんと音楽聞けるから、安心しろ」
朔夜が先に車を降りた。
「ジーク。波のチャンネルを変えろ。人間の出す波長を真似するんだ。出来るか?」
「こうかな?」
ジークが挑戦した。
余りの下手さに、朔夜は苛々した。
「こんな感じにするんだよ」
朔夜が主導し、ジークのチャンネルを切り替えた。
開場まで、まだ時間がある。
入り口の前に出来た長い行列、吸血鬼とは関係なしに、斬新過ぎるコスプレが目立つ。
完全にイカレタ感じの連中だ。
道路脇では市民グループの一団が、プラカードを持って大騒ぎしていた。
「吸血鬼を捕まえろー!! こんな不謹慎なイベントは中止しろー!!」
「何だ、あれ?」
ジーク達は横目で見ながら、従業員入口から入った。
「圭太、頑張って空きグラス下げたり、灰皿片付けたりしろよ」
ナオが圭太に言う。
「俺はサボるよー」
圭太はダラダラ歩いた。
「目立つなよ」
朔夜が注意した。
「何かあったら、すぐ知らせろよ」
ジークが愛理の額を叩いた。
「そっちこそ。失敗しないでね。敵さんはモニターで監視してるよ、きっと」
愛理が言い返し、ナオとステージの裏に回った。
「俺達は?」
「とりあえず、開演時間まで喫煙所行くか?」
朔夜がジークを誘った。
「朔夜。俺より、おまえはどうなんだよ? 体調の方は?」
ジークがタバコを取り出し、混み合う喫煙所の隅っこで、火を点けた。
「どうって? 腰痛の具合聞くみたいに、簡単に言うなよ。俺はもう、良くなることはないんだ。坂を下る一方さ」
朔夜は自販機で無糖ブラックのコーヒーを買い、ジークの側に立った。
喫煙所の席は埋まっている。
他のセキュリティースタッフは裏の格闘家みたいなのや、黒人のスキンヘッドのマッチョばかり。
まともな警備員は居ない。
「黒瀧のジイサンは四百歳越えてるんだろ?」
「バカ。そんな名前出すな…」
朔夜は黒瀧の名前が出て、ジークを窘めた。
彼等は黒瀧の一族と称している。
「俺達の他に、来てると思う?」
ジークは会場中を波で捕えようとした。
「何匹も居るぜ」
朔夜は余裕の表情で、四方を見回した。
「クソッ。何の為に集まるんだ? どうかしてるよな。わざわざ呼び出しに応じるようなもんだろ?」
「ジーク。黒飛龍剣は圭太が預かってる。おまえに持たせたかったけど、今、あの剣を扱うことは無理だろ。自分が撒いた闇に食われるのがオチだ」
朔夜は声に出さず、波でジークに話しかけた。
「わかってるよっ」
ジークはタバコを揉み消した。
「ジーク、時間だ。今から夜明け前まで、狂宴が繰り広げられる」
朔夜が腕時計を見た。
「ふぁーあ…」
ジークはもう眠そうに、大きな欠伸をした。
2
鮮やかな色の光が夜空を駆け上がり、花を咲かせる。
大太鼓を打ち鳴らすような音が、耳に響く。
火薬が匂う煙が流れ、アドレナリンが脳を刺激する。
「すげー金かかってるなぁー」
ジークは屋外の受付から、豪勢な花火を見上げた。
この会場はいくつかのステージに分かれていて、移動が自由だ。
各ホールの出演者と予定時刻は、通路に張り出されている。
だから、人の流れが常にあって、混み合っている。
フードやアルコールの場所も何カ所かあり、メニューが豊富だ。
ジークと朔夜は他のセキュリティーと一緒に、入場者のボディーチェックと手荷物チェックをやった。
「バッグの中を見せてー」
ジークが言ったら、七色の髪をした派手なメイクの女の子が、
「ここに貴重品を挟んでるけど?」
と、豊かな胸の谷間を開いた。
蝙蝠の羽根を付けたビキニの吸血鬼に、ジークもたじたじになる。
「うへぇー。どこが吸血鬼?」
ハロウィンよりルール無しで、みんな好きな格好をしていた。
悪魔もいる。天使もいる。死神もいる。
露出度の高い魔女達。
ゾンビの特殊メイクで、なりきってる人もいる。
「すげぇーー…」
ジークは呆気に取られる。
思い思いのモンスターが会場に入って行く。
「ここに紛れてきた本物の吸血鬼を殺すんだ」
血の気の多そうな兄ちゃんが、スタンガンやナイフを持ち込もうとしていた。
そういう輩は放り出す。
受付の混雑が減って来ると、ジークと朔夜はホールに回った。
屋内ホールのうち、一番大きいホールで客側を見渡す。
ホールに椅子はなく、緩いスロープになってステージを見下ろしている。
客はまずドリンクを飲み、徐々に入ってくる。
客の入りに関係なく、スピーカーが大音量で唸り始めた。
「こんなとこ、ベイカフェのヨッシー連れて来たら、すげぇー喜ぶのになぁー」
ジークが呟く。
ステージの照明が激しく回転し、レーザー光が駆け抜けて目がチカチカする。
音楽に合わせて照明が変わり、カメラのフラッシュのように眩しく点滅する。
何組かのアーティストがステージに飛び出し、どんどんステージは進行していく。
そして、司会進行役の黒アゲハ・れおなが登場した。
「吸血鬼のみんなーーっ!! 楽しんでますかぁーー!?」
れおなが客側中央から走り出てきてステージに飛び乗り、見えてもいいパンツをチラッと見せた。
彼女はミニスカ衣装で、ステージをジャンプして回った。
黒蝶そっくりの、巨大な翅を背負っている。
「ぶんぶんぶん、ぶーん。甘いお花の匂いに惹かれてー、黒アゲハのれおなちゃんの登場だよーーっ。ぶーん。今日は一匹だけどー、五匹ぶん頑張るにゃーーん!!」
黒い猫耳のれおなが、猫手ポーズを決めた。
「可愛いー!! れおなたーん!!」
客から歓声が上がった。
「なんだ、あの痛い女は? なんで蝶が、にゃーーんとか喋るんだ? 今、自分の名前をちゃん付けしたぞ?」
ジークがドン引きした。
れおなはステージの魔界の城セットを跳ね、
「ぶんぶんぶん、ぶーん。今夜はハッピーバースデー。黒アゲハに三匹のメンバーが加わりまーす!! 新メンバーを紹介するにゃん!! まだ蛹だけど、今から羽化が始まって、夜中の三時には新メンバー誕生にゃーーん!!」
と、右手でぱん、と銃の引き金を引くポーズをした。
その瞬間、魔界の城セットの後方から夕焼け色のライトが差し、ドライアイスのガスが噴き出した。
ガスがステージから垂れ、ジークの足元を流れる。
彼は寒気を感じた。
影絵みたいに浮かび上がる、三個の物体。
照明が青く切り替わり、蛹が姿を晒した。
グロテスクな、人間大の蛹。
魔界の城から砲台のように、客席に向かって迫り出している。
客にどよめきが起きた。
「うわっ!! あれ、マジかよ!?」
ジークは青くなって、慌てた。
「蝶人って、蛹から羽化すんの? 有り得ねー!! おい、朔夜。もしかして、羽化した成虫って、腹を減らしてる? 客を襲うんじゃねー!?」
彼は焦って、朔夜を振り返った。
「たぶん、そうなるな。何日も蛹になってたんだ。腹ペコだろ?」
朔夜は落ち着いて言った。
「今夜の客は、餌か!?」
ジークが客を見回した。
これは、時限爆弾。タイムリミットは午前三時だ。
蛹の鼓動が、ジークの耳にも聞こえる。
高まるエネルギー。
今にも、殻を破ろうとしている。
「蛹に手を出したら、こっちの正体バレるからな。ジーク、おとなしく見てろよ」
朔夜がジークに釘を刺した。
ジークは自分の膝が笑うのを見た。
「そんなの、ダメだって。こりゃ、本物の吸血鬼の集いじゃねーか。客は一般人なんだぞ。何も知らねー。わわわ、大変だ。新鮮な人間の血を、黒蝶三匹が吸い尽くす…!」
「ジーク、落ち着け。あのアイドル・れおなも黒蝶だ。あの娘の背中の翅は、本物。黒蝶は他に数匹来てる」
朔夜が波で答えた。
「ジーク。きっと、自分達の存在を明らかにする為のパーティーなんじゃないか? 存在を公にして、堂々と狩りを始める為に…。日本じゅうの人間が食い尽くされる…。だって、あいつらの繁殖力は、俺達の比じゃない…」
朔夜がステージの蛹を睨む。
「今後、爆発的に増えるかも知れねーよな。だったら、ここで暴露するってか!? パニックになるぞ!?」
ジークは全身に悪寒を感じた。
「朔夜、俺は殺る。あいつらを今のうちに根絶やしにしとかねーと…」
彼は圭太のところへ、黒飛龍剣を取りに行こうとした。
「本当におまえはバカだよな。ここにいる人間ごと、異界に吹き飛ばすつもりか!? 客の中には、黒蝶以外の異種吸血鬼も潜んでる。吸血鬼同士で殺し合いになる!!」
朔夜がジークの肩を捕まえた。
「はぁー!? じゃ、どうするんだ? 指くわえて見てろってかー?」
ジークと朔夜が睨み合った。
「こらぁー。喧嘩はダァ~メェ~!! 仲良くしてーぇ!!」
れおながふわふわっと、ステージから舞い降りた。
翅で飛んだので、客が大喜びして奇声を発した。
「あなたも、れおなちゃん達の仲間なんでしょー? 今夜はー、おこぼれ食べて行きなよー。ぶんぶーん!!」
れおながジークを抱え、ステージに舞い戻った。
華奢な体型のわりに、彼女は怪力だった。
ジークは魔界の城のセットに投下され、円柱の並ぶ大広間に落ちた。
テラスから夜風が吹き込み、正面に階段があって、中庭に噴水と大理石の悪魔像があった。
「ここは…?」
ジークは慌てて走った。
一瞬で、大ホール全体に、ステージのセットが広がっていた。
客は仕掛けに喜んだ。
中世の城と機械が混じり合うようなスモーク・パンクの景色。
生きた蛇が絡む鉄輪に、赤い蝋燭が並ぶシャンデリアが出現した。
「朔夜!!」
ジークは朔夜を見失った。
音楽は続いている。
次のアーティストをれおなが紹介し、客がダンスホールで踊り出した。
ドリンクに興奮剤が入っているみたいに、客は踊り狂った。
「踊りましょー、れおなちゃんの王子様ー」
れおながジークの手を取り、くるくる回った。
猫の肉球がぷにゅぷにゅと、感触も生々しい手だった。
「何がどうなってるんだ?」
ジークがれおなに振り回されながら、ホールを見回した。
柱の影から闇が侵入し、ホールをどんどん薄暗くする。
闇が客にまとわりつくが、当人には見えてないらしい。
闇にまとわりつかれた人間は、更に興奮状態になった。
鼻から脳へ、闇が入り込んでいく。
その精神へと。
「あなたはだーれ? ね、王子様。正体を白状しないと、絞め殺しちゃうよー」
れおなが甘ったれた声を出して、ジークの首を絞めた。
「畜生。言ったとこで、おまえは知らねーんだろ? 雑魚のアイドルがよー」
彼はれおなを突き飛ばした。
れおなは鼻血を垂らし、起き上がりながら、
「雑魚だってー? これでも数十人のファンの生き血を啜ってきた、一人前の黒蝶なんだけどなー!!」
と、豹変して言った。
「ファンの? 悪質だなー」
ジークは手加減するのをやめようと思った。
「結界を解けよ。一般人を解放するんだ。俺達の勝負に邪魔だろ?」
ジークがれおなに命令した。
れおなは猫語アイドルに戻った。
「ふん、誰が、そんなことぉー。勝負には巻き添えがあったっていいにゃー。れおなちゃんは構わないにゃーーん!」
「まだ、にゃんとか言ってるの!? 引くわー」
ジークはれおなの翅を掴み、ひきちぎろうとした。
「いやん!!」
れおなは痛みに悲鳴を上げた。
「あっ!! れおなたんがー!!」
れおなの熱狂的ファンが駆け付けた。
リアルなゾンビメイクの男が、ペンライトでジークに殴りかかってくる。
「ひゃー、面倒臭ぇー!」
ジークはれおなのファンを掻き分けた。
彼はセットを垂直に登った。
れおなが追いかけた。
「待ちなよぉー。れおなちゃんの攻撃、ちゃんと食らえー」
れおなは黒猫の長い尻尾をしならせ、ジークを叩いた。
「ゲッ。何、そのアイドル攻撃!? ちっとも痛くねぇー」
ジークが驚いて言う。
れおなは憤慨し、猫爪を立てた。
「にゃんだってー。こいつ、ムカつくーー!!」
ジークは彼女の雑な攻撃を、たやすく避けた。
れおなは急に、後方に跳んで、広間の中二階の手摺に乗った。
ジークの前に、知らない男が立っていた。
「こんばんは、完全体さん。サンプルにおあつらえ向きだねぇー」
短髪の眼鏡男が笑う。
ひょろひょろして、細い顔に尖った顎、魚眼レンズのような円眼鏡。
魔王をイメージした衣装。
「加藤か!?」
ジークが問い掛けた。
加藤は彼に返事せず、喉から声を張り上げた。
「レディース・アンッ・ジェントルメァァーンンッ!! ここからが第二楽章だぁー!!」
3
加藤がマイクを握り、怒鳴り始めた。
「闇の囁きに耳を傾けろ! 心地よい誘惑に身を任せろ! おまえらは元々、ただの獣なんだー!! 理性なんか捨てちまえー。隣りのヤツとヤッてくれー。俺達の音楽だけを聞いてくれー。本日のシークレット・ゲストォォォー!! ダァーク・ヒステリィィィークッーー!!」
ギターを掻き鳴らし、誰かがジークの頭を飛び越えた。
聞いたこともない名のバンドのメンバーが、中二階のドアから飛び出してきた。
「うおおおー!!」
客の盛り上がりが最高潮に達した。
「よ、ジーク。おまえも楽しんでくれてるか?」
長髪で髭を生やしたロッカーが、ギター片手に叫んだ。
「ヘル!?」
ジークは、男のサングラス越しの眸を覗き込んだ。
加藤はホールをせっせと走り回り、
「殺せ、殺せー。共食いしろー。悪魔からもらった、不死身のカラダ~」
と、歌った。
音程もなく、ただ叫んでいるだけみたいな歌い方だった。
それと掛け合うように、バンドのヴォーカルが高いキーで絶叫した。
客は目を血走らせ、喉が嗄れるまで叫び返した。
頭を振り、振り、貧血を起こすほど振りまくった。
ジークはれおなの衣装を掴み、振り回した。
「朔夜はどこだ? こんな茶番はもう、うんざりだ!!」
れおなは逆ギレした。
「うるさいなー。まだ始まったばっかりにゃーん。おまえも加藤さんの歌を聞けぇー」
ジークは蛹を振り返った。
三体の蛹に亀裂が入り、頭部が見えてきた。
「クソッ!!」
ジークが蛹の側へ走った。
ヘルが遮り、真紅のギターを彼の顔面の手前で、寸止めした。
「面白いショーなんだ。おまえも最後まで見ろ。如月憂の増やした黒蝶とはまた別の、俺達がラボで羽化させた実験体が見られるぞ!」
ジークはギターの弦を指で弾き、
「おまえらのクソまずい歌を聞いてられるか。ヘル!!」
と、吠えた。
「封印のフローラの呪いはどうだった? おまえの命を今夜まで持たしてやったのは、俺の情けだ。さぁ、最後の花びらを散らしてみろよ!」
ヘルがギターを頭の上に持ち上げて速弾きを披露し、覆面なしの素顔で答えた。




