表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/97

ph 49 磔

phase 49 (はりつけ)


 1


 ドクン、ドクン。

 右手の先で、血が脈打つのがわかる。


 黒飛龍剣からジークの右腕に、闇が激しく流れ込もうとする。


 ジークが意識的に拒むと、闇が右腕の血管の中で、逆流して暴れる。

 この闇を受け入れてしまうと、彼の精神(こころ)がまた一段、闇に汚染されていく。



 ジークは地上から見つからないように、適度に高度を取る。

 彼はあえて、闇をまとい、黒い霧と共に空を流れていく。


 目指す山がまだ見えても来ないうちに、向うからも黒雲が押し寄せてきた。

 地獄の門が開き、無数の亡者が溢れ出すみたいに。

 不浄で禍々しい(パルス)が、夜空一帯に広がる。


「ひゃー、もう来たのかよ」

 ジークはげっそりした。

 生憎(あいにく)、今宵はフローラに襲われて、体調が最悪だ。

 毎晩、フローラの呪いで精気を奪われた為に、命を消耗しつつあった。



 暗雲が立ち込め、夜空の星を消していった。

 結界の中で、稲光が閃く。

 浮かび上がる魔族、黒蝶の巨大な翅と六肢を持った姿が、ジークの肉眼にも捕えられた。

 敵は五匹だ。


 ジークが黒飛龍剣を持ち直した。

 剣の柄に黒瑪瑙(オニキス)、両刃で刃渡り90センチ。

 彼は吸血鬼(ダーク)特有の怪力で、片手で振り回す。

 が、闇を大量に吸い込んだ黒飛龍剣の重さは、100キロを超えていた。


「くそー。この剣、ちょっと重過ぎだぁー」

 ジークが愚痴を言った。

 弱ってくると腐り始める彼の体は、腐乱死体を闇の血で繋ぎとめているだけだ。

 血を失い過ぎると、腕が腐って、ちぎれる恐れがある。



 先頭の黒蝶が、武器を携えて襲いかかってきた。

 そいつの武器は、四本の腕が変化した鎌だった。

 日本刀並みの切れ味を持つ鎌で、腕が人間の腕よりずっと長い。

 死神のように、そいつは鎌でジークの首を刈ろうとした。


「邪魔すんな、グロ蝶ども!!」

 ガン、ガン!!

 激しい音を立て、火花を散らして刃がぶつかり合った。


 黒蝶は刃を交えながら、同時に舌管をひゅるっと伸ばし、ジークの目を突こうとした。

 ジークは舌管を剣で刎ね、鎌を一本斬り落とした。


 しかし、黒蝶も鎌二本で黒飛龍剣を押さえ込んだ。

 腕が四本なので、攻撃が躱しきれない。

 黒蝶の残る一本の鎌が、ジークの首を刈り取るコースに入る。


「うあっ」

 ジークが海老反りした。

 間に合わない。

 彼の喉が鎌に裂かれ、血をぶわっと噴き上げた。


 黒飛龍剣を押さえ込んでいた鎌が、シューシューと音を立てて白煙を上げた。

 黒蝶は怯み、剣から鎌を引いた。

 

 ジークはゴボゴボ、喉から血を噴いた。

 (むせ)て、血を吐き続ける。

 彼のシャツの前が、朱に染まった。


「その剣は何だ!?」

 黒蝶達が口々に言った。


 ジークは血を吐きながら、

「じぐぉくっ…の剣…どぁよっ!!」

 と、怒鳴った。



 彼の前に、不治の病から黒蝶へ、変わり果てた蝶人が並んでいた。

 空高く、何もないところで、ジークと黒蝶のどちらも、闇を足場にして浮かんでいる。


 彼は腹が痛むのを感じた。

 風船が(しぼ)むように、腹が腐って萎んだ。

 血を大量に流した為に、体が急激に腐っていく。



 ジークは黒蝶と打ち合いになった。

 黒蝶数匹が交互に、鎌と舌管で襲ってきた。


 ジークは重い黒飛龍剣で受け流し、そいつらの腕や頭部を斬った。

 斬れば斬るほど、黒飛龍剣は闇の血を吸い込み、重くなった。

 彼の腕は、重さでちぎれそうに痛んだ。


 ジークは二匹の黒蝶の攻撃を一本の剣で受け、空中で宙返りして、囲みを抜けた。

 斬撃の音が周囲に響いた。


 黒蝶は鎌が溶けないように、剣と触れる瞬間を一瞬に抑え、何度も引いては鎌を繰り出した。

 その攻撃の速さは、自動で回転する精密機械のようだ。


 ジークは少しずつ、手がもつれ、遅れを取っていく。

 傷が増え、黒い血飛沫が飛ぶ。



「くそぉぉぉー!! いい加減、通してくれよぉー!!」

 彼が焦り始めた。

 最初の五匹の他に黒蝶が集まり、敵の数が増えてきた。


 ジークは一瞬の隙を突き、黒飛龍剣で風を巻き上げた。

 異界へ、黒蝶をまとめて吹き飛ばすつもりだ。

 空間が大きく歪み、渦が生じる。


 けれど、予想に反して、ジークは黒飛龍剣を操り損なった。

 大量の濃い闇が、黒飛龍剣から放出された。


 ジークは弱り過ぎ、黒飛龍剣を支えきれなかったのだ。

 彼の力の限界を見て、黒飛龍剣は自由になろうとした。


 闇が黒蝶達を飲み込み、ジークをも飲み込んだ。

 意志の弱い者は、一瞬で闇に溶かされ、白骨になって墜落した。


 その場に地獄が出現した。

 黒い火焔が沸き立ち、黒蝶の翅に火を点けた。

 火だるまになって燃える黒蝶。


 サメの歯のような闇が食いかかり、バリバリ音を立てて食われる黒蝶。

 幻覚に襲われ、精神を狂わされて死ぬ黒蝶。


 ジークは暴れる黒飛龍剣を抑えようとしながら、洪水を止められないのと同じに、怒涛の闇の流出に成す術がなかった。

「待てよ、おい!!」

 彼は剣に向かって叫んだ。


 闇は地上に向かって垂れ、消防の放水のように勢いよく、街に降り注いだ。

 街を汚染する闇。

 あちこちに火の手が上がり、予定外の犯罪が起こり、殺人が殺人を呼ぶ。


「何やってんだよ、そっちじゃねーし!!」

 ジークは黒飛龍剣を扱い切れない。

 彼自身も闇に包まれ、自然に発火した。


「燃える!! 鵜野影馬の地獄火と同じだ!! 俺は骨まで焼き尽くされてしまう!!」

 ジークは黒い火焔の中で呼吸を停め、翼から服から、どんどん焼けていくのを感じた。


 火を(はた)こうとするのに、火は彼の手から逃げ、服に絡まり、全身に広がった。

 彼の手は、燃え盛る火の中で黒飛龍剣を放してしまい、炭のように黒くなっていく。


 ジークは焼けていく中で、

「ルビー。今から、君のとこへ行くよ…」

 と呟き、果てた。




 2


 真下に、二人の人影があった。


 一人は落ちてきた黒飛龍剣をしっかり受け止め、悪戯っ子のように笑い声を立てた。

 もう一人は、同情の声を上げた。

「あーあ、ジークのヤツ。死んじまったか」


 ナオの嘆きを、圭太が嘲笑った。

「馬鹿は死ななきゃ治らないんだから、どうでもいいよー。俺達に内緒で、黒蝶を一匹、助けに行こうとしたんだぜ? そんなジークが黒蝶七匹と相討ちしたー。ウケるー」


 ナオは圭太に憤慨した。

「よく笑ってられるな。あいつのお蔭で、朔夜さんは命拾いしたんだからな。鵜野影馬を仕留めたのはジークだって、忘れるなよ。圭太」


「どんだけ仁義に厚いんだよー。ナオ、そんなに甘っちょろいこと言ってたら、おまえも生き残れないと思うよ?」

 圭太は黒飛龍剣に薄手のコートを絡めて立ち上がり、車のキーを出した。

 ナオもゆっくり立ち、心配そうに空を見上げた。



「ナオってば、早く帰ろうよ。ジークには、この間、借りを返したよ。あいつと、あいつの女を助けてやった。もうチャラだろ? 俺達は黒蝶と蛾の巣、両方を始末しなきゃならないんだ。ああ、面倒臭い」

 圭太が車に乗り込んだ。

 ナオはまだ空を見上げていた。


「ああ、おまえはそれ持って、朔夜さんのとこ帰れよ。俺はちょっと、様子を見てくる」

 ナオが覚醒し、空へ跳び上がった。

「わっ、待てよ、ナオ!! あの闇回収しないと、ジークはまだ地獄火の中なんだぞっ!!」

 圭太も跳び上がった。




 圭太とナオが空の上に着いた時、まだ黒い火が燃え盛っていた。

 地獄火はこの二人も食らおうと、激しく火柱を立ち上げ、火の粉を飛ばして迫ってくる。


「こいつが消火栓だよ、ナオ」

 圭太が鼻歌を歌いながら、闇を黒飛龍剣に吸い込んだ。

 闇は大気中に拡散し、かなり薄まって少量になっていた。


 燃え滓が落ちていないか、ナオが視線を走らせた。


 夜空に星が戻ってくる。

 微風が吹き、月明かりが照らす。

 星の海原に、ナオと圭太が静止している。


「ジークー。死んじゃったのかぁー!?」

 ナオが呼びかけた。



 ナオはジークの(パルス)を、微かに感じた。

 ドクン、ドクン、微かに脈打つ、心臓の音が聞こえる。

 ナオは透明になったジークの魂を感じた。

「例え肉体の殆どを失っても、心臓さえ無事なら、再生出来る…!?」

 ナオはジークの肉片を探した。


「これか!?」

 ナオは香ばしく焼けた一塊の中に、少しばかりの半生肉を見つけた。

 その肉は腐りかけで、酸っぱい悪臭を放ちながらも、心臓が鼓動していた。


「心臓だけで生きてるって、どういうことなんだ?」

 圭太も驚き過ぎて、ジークの心臓から目が離せなかった。

 彼の心臓は、執念を感じさせた。

 ナオが周囲の炭を拾い集めていく。


「ジークがジャーキーになっちゃったよ!!」

 圭太が笑い転げた。


「チッ。こいつ、また助かりやがって…」

 ナオはジークの心臓を懐にしまい込み、空を降った。



「どうすんの、ナオ?」

「血の井戸にしばらく浸けてみよう」

 ナオは急いで助手席に乗り込み、無免許の圭太を運転席に座らせた。


「じゃ、ひとまず、朔夜のとこだな」

 圭太がハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。

 車はジークが目指した山とは反対方向へ、走り始めた。




 3


 封印のフローラは電気を消した部屋で、一本の蝋燭の炎と向かい合っていた。


 彼女は蝋燭の火の揺れるのを眺め、微笑んで言った。

「見える…。あの男の命の尽きるのが。さあ、ヘル様…。最後の花びらです」


 フローラが手の中に持っていたピンクの薔薇が、花びら一枚のところまで萎れていた。

 彼女が囁くと、最後の花びらがすうっと消滅していった。


「ジーク…。あの男はこれで、今宵死にます…」

 フローラは満足そうに、花びらの無くなった茎を眺めた。




 4


 ジークは暗室で起き上がった。


 彼は何かヌルヌルした液体に浸されていた。

 鼻を突く匂いに、吐き気が込み上げた。

 死の匂いがする。


 体が重くて、死にそうなほどだるかった。

 余り新鮮でない血の匂いが、全身に染みついていた。


 何だか、体がバラバラに崩れそうな、不思議な不安でいっぱいだった。

 ジークは吐き気を堪え、池から這い上がった。

 中の島のようなところに上がり、暗闇の中、眸を凝らした。


 方形の石壁、積み重ねた石で囲われた浅い池があり、天井が筒状になっていた。

 窓はなく、洞窟みたいにひんやりとしている。


 ジークは中の島に立ち上がろうとして、何かにぶつかった。

 天井から何かが吊るされていた。

 屠られた牛の肉の塊ように、人間が逆さに吊られていた。

 それも、首筋を斬られて。


 ジークが寝ていた池は、人間の生き血を絞った池だったのだ。


「うわぁぁぁっ!!」

 未だ人間の正常な感覚で、吸血鬼(ダーク)に馴染めていないジークは慌てふためいた。


「ジーク。そいつを食って、上がって来いよ。おまえ、まだ腹が腐ってるだろ?」

 天井の板蓋が開き、圭太が顔を覗かせた。

「こ、ここは?」

 ジークは呆然としていた。


「あ? びっくりした? 俺達、全部見てたんだよ。おまえが黒飛龍剣で、黒蝶の温室を破壊した瞬間からね。おまえが地獄火に巻かれて、ジャーキーになってたのを拾い集めて、血の井戸に浸けてやったんだ。助けてやったんだよ。礼はいいから、そいつ、食って。ナオが狩って、運んできた」

 圭太が井戸の底に、声を響かせた。


「ナオが!?」

 ジークはナオに感謝した。

 罪悪感がないわけではなかったけれど、せっかくの差し入れということで、美味しく頂くことにした。

 人間の腹を食うことは、夢にまで見た。


 死んで数時間ぐらいか、その臭い肉を食うことが、ジークに満腹感と幸福感をもたらした。

 がつがつ貪りつつ、死体の顔はなるべく、見ないようにした。

 でも、食うことで自分がゾンビであることを自覚し、切なくなった。



 肉を補充し、腹部を回復させたジークは、軽く二、三歩で井戸を駆け上がった。

 井戸の板蓋を開けると、どこかの屋敷の裏庭に出た。


 圭太とナオが近くの縁側に座り、月を見ながら何か話していた。

「ナオ…」

 ジークがナオに抱きつこうとした。

 ナオは血濡れのジークから逃げ、鼻を摘んだ。


「そこに綺麗な水が湧いてるから、ちょっと体を濯げよ」

 ナオは小川を指差した。


「今、何時だ? 俺、復活するまで、何時間かかった?」

 ジークが詰め寄った。

 ナオは苦い表情で、

「七時間ぐらいかかったな。やめとけよ、もうすぐ夜明けだ。山なんて、朝日から隠れる場所がない。危ないから、もう行くなよ」

 と、引き留めた。


 ジークはぶるっと震えた。

「そんなに経ってるの? マジで、のんびりしてられねー…」

 ナオはムカついて、刀を左手に持ち、縁側に立った。

「おまえな、心臓だけに近かったんだぞ。我ながら、よく再生出来たなーと思うよ! でも、体力的に回復出来たとは言い難い。命あっただけ感謝しろよ。今日はもう何も出来ないんだ。安静にしてろよ!!」


 ジークは悩んだ。

「わかってんのさ。大体、あの黒蝶のジジィは俺を殺そうとした敵だしな。助けてやる理由なんか、一つもねーんだよ。完璧な仲間割れなんだ。勝手に死ねばいい…。でも」

 ジークの心に、哲の涙の顔が思い浮かぶ。

 脳腫瘍で苦しみ、憂に騙されて黒蝶になってしまった哲。


「わかってないじゃないか。今から飛んでったって、山小屋跡に着く頃には夜が明ける。もう間に合わないからな!!」

 ナオが縁側から飛び降りて、ジークの前に立った。

 ナオはジークより、少し背が低い。江戸時代末に生きた人間の成れの果てだ。


「ジーク。おまえの立ち位置は、俺達の側しかないんだよ。同じ黒瀧の一族だ。他におまえを保護してくれる団体はないし、俺達以外の誰から見ても、おまえは敵だ。黒蝶の年寄りと少しばかり心を通じ合ったって、そいつは異種の吸血鬼(ダーク)なんだ。俺達はどのみち、そいつらと全面戦争するしかない……」

 ナオとジークが向き合った。

「ジーク、おまえは人間じゃない。吸血鬼(ダーク)なんだ…」


 ジークは眸を潤ませ、後ろに一歩下がった。

 受け入れ難い現実。

 未練ばかりの、女々しい心。


「今、人間の(はらわた)を食ったんだろ? それが本当のおまえ…」

「うるせぇ!!」

 ジークがぱっと、夜空に跳び上がった。


 カラスのような翼を広げ、ジークは山へ飛び立った。




 5


 ジークは藍色が薄くなって抜けていく、東の空に向かって飛んでいた。


 夜明けの時刻が迫り、彼は内心後悔した。

 確かに、夜が明けたらどこに隠れたらいいんだろう。


 ジークは山の尾根に辿り着いた


 哲は文字通りの磔にされていた。

 翅の上から、杭を地面に打ち込まれ、両手、両足にも杭を打ち込まれ、首と胴を鎖で縛り付けられていた。


「…あんまりだ…。なんてひどいことを…」

 ジークが哲の側に降りようとした。


「来るな!! 野良犬!!」

 哲が突然、叫んだ。

 血だらけ、土だらけの顔を凄まじい激痛に歪め、半日にも及ぶ磔で衰弱した体を、ぎりぎりまで起こした。


「来るんじゃない、野良犬!! (わし)に構うな!! これは罠だ!!」

 哲が掠れた声を張り上げた。

「え…!?」

 ジークは表情を凍りつかせた。


 以前、愛理を生け捕りにした蛾人の網が、地中から跳ね上がって、ジークを捕まえた!


 ジークは蜘蛛の巣にかかる蝶のように呆気なく、網にかかった。


 彼の前に、懐かしい人物が歩み出た。

 長身で、ジークと似た痩せ型の背格好で、顔立ちが端正で、知的でクールな物腰の…。


「だ…大祐……!!」

 ジークは網の中から、手を伸ばした。











 



 










 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ