ph 47 呪い
phase 47 呪い
1
深夜、人通りのない道で、車が静かに停止した。
冴え冴えと照る月が、竹林の上から彼等を見守っている。
愛理が毛布で深由を包み、三浦邸へ運び込んだ。
「愛理さん…。カレー、中辛でもいいですか…?」
「深由ちゃん、このタイミングでカレーの話か?」
愛理は可笑しくなった。
「でも、深由ちゃんはこれ以上、私達と関わらない方がいいね。また人質にされる」
愛理が和室に、深由を寝かした。
「私のせいで…、ジークさんが怪我をしたんですね…」
「深由ちゃんのせいじゃねーよ。逆だよ。俺のせいで、いつも深由ちゃんが怪我をする。ゴメンな」
ジークが枕元に座り、謝った。
深由は頭の上まで、布団を被った。
「私が弱いから…迷惑かけちゃう。…私も吸血鬼になりたい。強くなりたい…!!」
「深由ちゃんは性格が優しいから、吸血鬼に向いてねーよ。深由ちゃんは優しいまんまでいいんだよ」
ジークが励まそうとした。
深由は布団の中で、涙を零した。
2
愛理が和室の戸を、後ろ手に閉めた。
「圭太さんに聞いて来たよ。大祐さんの話」
「どうだった?」
ジークはタバコをくわえ、百円ライターで火を点けた。
「大祐さん、弥一郎おじさんの紹介状を持って、朔夜のとこに来たらしいんだ。ジークは不二富町のポロマンションで、大祐さんは朔夜と同じ高級マンションに居たわけ。大祐さんには、おじさんが高額の仕送りしてたんだってー」
「えー!! 何、その待遇の差は!?」
ジークが軽くショックを受け、聞き返した。
「そうだねー。でも、大祐さんは、弥一郎おじさんの依頼の仕事をしてたらしいからね。あちこちのドクターや医療関係者を、おじさんに紹介してたみたい。ジークは売れない風俗カメラマン? 笑っちゃうねー」
愛理の嫌味が炸裂した。
「うるせー。…で、大祐の現在地はどこ?」
「朔夜は体調が悪くなって、大祐さんを保護出来なくなった。大祐さんは鵜野事件以来、マンションに帰ってない。…だって、私達、死体は残らないもんね…」
愛理は大祐が死んだと考えている。
ジークは考え込んだ。
「…あいつ、俺より世渡りがうまいんだよなー。吸血鬼になったらなったで、ちゃっかり黒瀧教授の派閥に食い込んで、幹部候補とかになってそうなんだー。完璧主義者でさー」
「印象は悪くないよね。几帳面で、頭が良くて行動的で…、女の子にモテそうな顔だね」
愛理が大祐について話す時、少し顔を赤らめる。
「あっ、ムカつく。最後の一つが、マジでムカつくー」
ジークはタバコをめちゃくちゃに、灰皿に押し付けた。
「愛理、もう一回、大祐の気配を追ってくれよー! おまえ、県外まででも、朔夜の微弱な波を追いかけてったじゃねーか。頼むよ!」
彼がいくら拝み倒しても、
「もう気配ないってー。死んだんじゃないのー?」
愛理は冷たい返事を寄越した。
ジークは肩を落とした。
彼は話している最中、胸にちくんと痛みを感じた。
「痛っ…」
「ジーク、どうかした?」
「今、何かがチクッと…」
ジーク自身、よくわからない。
針で突かれたような、瞬間的な痛み方だった。
「別に、何もねぇよ」
彼は不気味な悪寒を振り払った。
3
ジークはおかしな夢を見た。
夜中に目覚めたら、薄暗い部屋の中、彼の足元に誰か居る。
それが夢なのか、本当に自分が起きているのか、彼は一瞬考えた。
夢独特の辻褄の合わない非現実感と、脈絡のない展開が続いていく。
どこかに旅行に来て、温泉旅館に泊まっている。
昔の友人達が酔い潰れ、彼の周囲でざこ寝している。
昔好きだった女の子もいる。
彼は旅館の浴衣を着ている。
彼の足元で、空気が黒く濃く澱み、そこだけ何も見えない。
人影が動く姿が、側の障子に映っている。
髪が膨らみ、背を丸め、小柄な感じ。
女だ。
亡霊というより、生霊だと思った。
人影は布団を持ち上げずに、物質を突き抜けるように直接、ジークの脚に触れてきた。
冷た過ぎる指先が触れ、彼は飛び上がった。
「誰だ!? 何してんだ!?」
ジークが鋭く問う。
人影はもそもそと動いているようだが、暗闇と一塊になる。
「いっ…つぅ…」
突如、彼は痛みを感じた。
思わず、呻き声を漏らす。
彼の脛に縫い針らしきものが、一度に二本突き刺さった。
生温かい血が垂れていく。
「やめろ!!」
ジークが怒鳴った。
相手は無言で、次の針を、また二本同時に脛に刺した。
「痛ぇっ…!!」
彼は身を捩じった。
人影は呪いの縫い針を、二本ずつ脛に突き立てていく。
彼からは見えないけれど、膝から下が地獄の針山と化す感覚。
彼は脚を動かそうとして、もがく。
何故か、布団が脚を押さえ付けるみたいに重い。
ジークの上の空気が重さを増していく。
胸に伸し掛かる空気でプレスされ、平たく潰れそうな感じだ。
全く動くことが出来ない。
首さえ、横を向けない。
金縛りだ。
長い時間がそのまま経過する。
数十本の針が両脚に立っただろうか。
ジークはぼんやりと、闇に浮かぶ、白い顔を見た。
封印のフローラが、ニタニタ笑いながら針を刺していた。
フローラの手がすーっと、ジークの胸の上に伸びて来る。
「うわ、来るな!!」
幽霊の手が小指を立てて、特別長い針を摘むように持っている。
彼はいきなり、心臓に激痛を感じた。
「うう……!!」
今度こそ、ジークが夢から飛び起きた。
ジークが上半身を起こし、周囲を見回した。
三浦邸の一室。
足元にフローラは…いない。
彼の脚に、縫い針もない。
部屋中に澱んだ闇が重苦しく、ジークは部屋の電気を点けた。
「ふはぁ…、はぁ…」
彼は痛む胸を押さえ、部屋を換気した。
月明かりが窓から奥まで射し込み、部屋が清浄になっていく。
「何だ? 今の夢…」
彼は汗をびっしょりかいていた。
布団の横のギターケースには、闇を集める黒飛龍剣が入っている。
黒飛龍剣が闇を吸い寄せ、ケースの中から強い波を発している。
黒いケースの表面に、ゆらゆらとフローラの顔が浮かび上がった。
「ゲゲッ!! また出やがった!!」
ジークが後ろに飛び退いた。
フローラは眼鏡を外し、顎にガーゼを当てている。
眸は薄いブルーで、髪は真っ黒。
化粧はせず、眉だけ不自然に細い。
「てめー、出て来るんなら、ちゃんと実体伴って来い!! 完璧に生霊じゃねーかよ!?」
ジークの声が掠れた。
フローラは何も言わない。
彼と視線が合うこともない。
ゆらゆら、薄い影となってゆらめき続ける。
次は、背中に視線を感じた。
ジークが振り向いたら、部屋の天井辺りに異空間があり、巨大な目玉が一つ浮かんでいた。
水晶球を通して覗くみたいに、異空間のレンズを通したフローラが、ジークを盗み見ている。
「人の寝てるとこ、こっそり覗いてんじゃねーよ。気味悪ィんだよ!!」
ジークはシルバーのピアスを取り出し、天井に浮かぶ目玉に投げ付けた。
「あっ……」
エコーのように声を震わせ、フローラが悲鳴を上げた。
天井に開いていた異空間が閉じられた。
すると、部屋の中に薄明るさが増した。
ギターケースに浮かぶ生霊の姿も、いつの間にか消えた。
4
ジークの心臓の痛みは、時々、発作のように始まった。
それが何日も続いた。
「俺、あの封印屋の女の子に、呪われてんじゃねぇかなー?」
ジークが少しずつ、やつれてきた。
「まさかー。呪う相手が違うでしょ。あの女の子を蹴ったの、圭太さんじゃん」
愛理は公園に向かって歩きながら、喋った。
彼女は呪いを否定しつつ、ジークの波に異変を感じている。
「何か、ジークの周りにグレーの霞がかかってるよ…。いいものじゃないみたい。ジーク、何かに憑れた? すっごく重たい念が絡み付いてるよー」
「毎晩、夢でうなされるんだよ。胸がちくちく痛いし…」
ジークは闇の深淵に堕ちた時のように、悪夢を見ながら精気を奪われている。
目が虚ろだ。
「おじいちゃんが来月、日本に来るってさ。黒飛龍剣、渡せるね!」
愛理が明るい声で言う。
黒瀧博士に会うことを楽しみにしているのが、ジークにも伝わってくる。
「さすがに、ジイサンも放置できねーか。この異常事態を見て、やっと日本に来る気になったんだな」
「んー、私の顔が見たくなったんだってー」
愛理は人工の小川の遊歩道を歩き、飛び石を渡った。
「うひゃー、孫バカ? 吸血鬼の長のくせして…。ま、いいけどさ。俺としては、ジイサンに何とかしてもらいたいもんだね。俺だって、狩りに困るんだよ。殺すほど飲まないのにさ。さすがのジイサンも、今回はどう動くのかな。最近の吸血鬼騒ぎ、どんどん広がってるしな。何人目か、もう数えられなくなった。血を吸い尽くされた死体の数が多過ぎて」
ジークは静かになった都会の夜を、寂しく思う。
「黒蝶の数が増えてるんだろうね。被害者が全国的に広がってるということは…」
「憂ちゃんに会わないと…。あいつが黒蝶の卵を孵化させたんだ。全ての真相を握ってる」
ジークは苦々しく呟く。
「大体さ、どうやって、彼は黒蝶の卵を入手したのかなぁー?」
愛理はずっと、疑問に思っていた。
小川の向こうから手を振り、ジークを呼ぶ。
ジークは犬の散歩に来ている人と、遊歩道で擦れ違う。
柴犬がジークを見て、激しく吠えた。
彼は小川の飛び石を伝い、愛理を追った。
「ジーク、憂の住所、調べた?」
「ああ。現在、父親と義理の母親、母親の連れ子で異母弟、四人家族で住んでるよ。ちょっと複雑な家庭だね」
「じゃ、家族全員、黒蝶?」
愛理が思い込みに走る。
「どうかな。憂ちゃんがまだ黒蝶になってなかった」
公園から見える山の向こうに、日が落ちていく。
前回会った時、憂は小学校高学年ぐらいの子供の黒蝶と行動していた。
「あいつ、俺の釣り用ボートに細工して、湖に沈むように仕組んだんだよ。嫌がらせどころか、殺人未遂に問われるレベルだよ。お姉ちゃんを好き過ぎて、本気で俺を殺そうとした」
「それ、殺人未遂じゃなくて、殺人でしょ? 実際に沈んで、溺れたんじゃない。ジークは吸血鬼の誰かに襲われて、瀕死の重傷だった! うちのおじいちゃんから、血をもらったけど。ボートに細工なんて、憂は卑怯だよ!!」
愛理が本気で腹を立てる。
「子供過ぎて、恨めねぇー。あいつなりの事情もあるんだろーから」
「そう? 私は許せないな! 湖の真ん中でボートが沈んだら、私はダメ!!」
「俺は岸まで泳げるよ。泳ごうと思えば、泳げた」
ジークは思い出して答える。
あの時、ジークが自分から助かろうとしなかったのは、もう死にたかったからだ。
「どっちみち、死んでるよ! 出血多量で。先に言っとくけど、私は泳げないから。空は少し飛べるけど、全く泳げない。私が海に落ちたら、助からないからね!」
愛理が唯一の弱点を、彼に教えた。
「わかったよ。海に落ちんじゃねーぞ。面倒臭ぇー」
彼はその時、笑って話した。
「憂ちゃん…。心臓よくなったのかなぁー。心臓移植の手術、受けたのかなぁー」
ジークは夕焼け空を見上げ、呟いた。
散歩の帰り道、愛理のスマホの着信音が鳴った。
「あれ、圭太さん?」
彼女のスマホの会話に、ジークは聞き耳を立てた。
「…わかった。聞いてみる。…ジーク、圭太さんが来月、東京のイベントに一緒に行こうって…」
「はぁ? なんでだよ?」
ジークの機嫌が悪くなった。
「東京で音楽の大型イベントがあるらしいの。皆で行くって」
「ライブ? 誰が出るの? 朔夜が音楽なんか聴くの?」
「…超有名なシークレットゲスト出るらしいよ! 海外から有名アーティストの参加もあるって。…ヤバいね!!」
音楽大好きな愛理が、はしゃぎ始めた。
ジークが愛理のスマホを取り、圭太と直接話した。
「何考えてんだよ。朔夜はもう調子いいの?」
「ジーク? ノーは聞かないよ。朔夜さんの決定だから。朔夜さんは回復してきた。皆で東京行くんだよ」
圭太が答えた。
「あ? 朔夜、誰のファンよ? まさか、アイドルオタなんて言うなよ。あいつのイメージに合わねー」
ジークが言うと、圭太はいつものへらへら笑いをした。
「確かに。まあ、聞いてよ。ジーク。イベント名が、ヴァンパイヤ・ナイト、って言う。来場は吸血鬼コスプレで。何だか、マジでヤバそうだろ?」
「ヴァンパイヤ・ナイト!?」
ジークは唖然とした。
次の言葉が、しばらく頭に浮かばなかった。
「そいつは、完璧イカレてるな…」
ジークは自分が吸血鬼なのも忘れ、イベントを批判した。
5
ディーヴァは中学の修学旅行に行った為に、黒蝶のラボ急襲に巻き込まれずに済んだ。
ディーヴァは修学旅行先の京都で、悲報を聞いた。
仲間が何人も殺されたことを知った。
ディーヴァ達は班に分かれ、二条城や清水寺を回り、祇園四条で土産物を買った。
途中、同じ学校の制服を着た、如月憂とも擦れ違った。
憂はディーヴァの隣りのクラスだ。
ディーヴァが土産物を見ている時、憂が真後ろを通った。
「助かったね、鬼姫ちゃん」
憂が周囲に聞かれないように、こっそり小声で囁いた。
ディーヴァは振り向かず、言い返した。
「待ってなよ。もうすぐ皆殺しにしてやるから!」
憂は土産物を手に取りながら、
「鬼姫ちゃん、東京で来月、ヴァンパイヤ・ナイトってイベントあるの、知ってる? 人気アーティストが出演するイベント」
と、聞いた。
「如月くん、何が言いたいの? 私、そういうの興味ないんだ。悪趣味な、吸血鬼なんかのコスプレで行くやつだよね?」
ディーヴァが表情を険しくした。
憂は店内の鏡を覗き、自分の前髪をいじった。
「鬼姫ちゃんはクールだねぇー。オレも興味ない。あんなの、行かない方がいいよ。友達だから、教えたよ。鬼姫ちゃん」
言い終わると、憂は早足で店から出た。
憂の班のメンバーが、急いで彼を追った。
「誰が友達だ、バーカ!」
ディーヴァが憂の去りゆく背中に、舌を出した。
「如月くん、カワイイよねー」
ディーヴァの友達が寄ってきた。
「はぁ、どこがー!? あんな前髪いじってばっかりのチャラいヤツ、嫌い!!」
ディーヴァは憂を嫌悪している。
彼が黒蝶の卵を勝手に孵化させ、全ての混乱が始まったのだ。
「如月くん、カワイイじゃないー。何コソコソ喋ってたの、姫ちゃんー?」
友達がディーヴァの腕を揺さぶった。
年齢より冷めているディーヴァは、面倒臭そうに黙っていた。
「あいつ、私がラボの関係者だって、知ってたんだ。何かあるのかな? ヴァンパイヤ・ナイト…」
ディーヴァも内心、気になってきた。




