ph 31 黒飛龍剣
phase 31 黒飛龍剣
1
ジークは朔夜に切っ先を止められ、つんのめった。
刃を朔夜に向け、彼の腕を押し斬ろうとした。
が、びくともしなかった。
朔夜は指二本で完全に剣を封じ、残る左手を掲げ、何か呟いた。
ジークは渦巻く風の中で、枯葉が刃物のように鋭く肌にぶつかってくるのを両手で庇った。
彼が視線を下げた。
ジークは初めて、朔夜の足元に星型のようなものが描かれているのを見た。
闇の紋章と言う。
彼は後に知ることになる。
ジークは舞う風に切り刻まれ、あちこちに裂傷を作って流血した。
この異界では、朔夜の仕組むトリックがよく見えた。
彼は蛇のような、龍のような邪悪な幻影を身に纏いながら、その場で日本刀を構えていた。
古い時代の太刀ではなく、江戸時代以降の反りの少ない打刀だ。
刃を上にして鞘を腰に差し、鍔を親指で押して鯉口を切り、左手で鞘を引きながら抜刀する。
その後は、一筆書きで筆をさばくように滑らかに弧を描き、刀を回転させる。
朔夜が刀を振り回すと、空気が裂けて飛んだ。
朔夜が力を貯めてから薙ぐように刀を払うと、空気に大きな波が起こった。
刀の切っ先をぴんと弾くと、空気がいくつもの刃となって、ジークを襲った。
ジークは必死で剣を振り回し、空気の裂け目を受け流した。
ジークが深淵で拾い上げた黒い剣は、朔夜の生み出す空気の裂け目を受けることが出来た。
「ジーク…。そんな剣、どこで見つけてきた…!?」
朔夜が珍しく舌打ちした。
「…わかんねーよ」
ジークは戸惑いつつ、剣の感触に痺れた。
受けることが出来たのは、爽快な気分にさせた。
「そんなぐらいで調子に乗るなよ。これなら、どうだ?」
朔夜が下から斜め上に向けて、空気をざっと斬り上げた。
空気の先は幾股にも分かれ、流星のように光の尾を引く。
そして、瞬く間の速さでジークに撃ち込まれた。
ジークは宙に跳び上がっていた。
どうやって避けたか、自分でもわからない。
だが、ジークの逃げた方向へ追尾する空気の切れ目の弾丸を、いつの間にか避けていた。
カマイタチはターゲットを見失い、互いにぶつかって自滅し合った。
「あれっ、なんで? 俺、今、どうやったっけ…」
ジークは空から見下ろし、首を傾げた。
朔夜も首を傾げていた。
「…何をやったんだ? 今のおまえの動き、速過ぎて見えなかったぞ…」
彼が悔しそうに言う。
「そうか…。その剣…、異空間を跳ぶのか…」
朔夜は恨めしそうに、黒い剣を睨んだ。
「深淵から…黒飛龍剣を持ち出したのか…。つくづく、呪われた男だな。馬鹿め…」
朔夜は呆れて言った。
「ジーク。そいつは持ち主を呪う剣だぞ。なんで深淵に沈められたか、知らないな!?」
「知るわけねーだろーが!!」
ジークが攻める側に戻った。
ジークは朔夜の真似をして、波を剣先に込めながら、空間を斬り裂いた。
空間ごと、朔夜が裂けた。
朔夜は呻き声を上げた。
「ジーク…。その剣は…闇を掻き集める剣だぞ…」
「闇を散らしてくれる!! こいつで闇を斬れるんだ!!」
ジークが言い返した。
朔夜は空間の裂け目に消えていった。
2
ジークはまた、あの街に戻っていた。
吸血鬼の気配が押し寄せ、ジークは息を殺して、民家に潜んでいた。
縦に上げ下げする窓から、吸血鬼のジークが侵入してきた。
「そろそろ、理解しただろ? 闇というものを…」
ジークは黒飛龍剣を構え、そいつと再び向かい合った。
「おいおい…。俺も同じ剣を持ってるんだぜ…。おまえがその刀を深淵より引き抜いた瞬間から…、同時に俺の所有物になった」
相手も同じ剣を出し、斜めに構えた。
「呪われた剣なのか…?」
「今更、気にしてんのか? その剣は、深淵を封印し安定させる為に、あそこに打ちこまれていた楔だよ。そいつを持ち歩くってことはだ、常に深淵を背負って歩くってことだよな…」
相手は面白そうに喋った。
「マジで!?」
ジークは慌てて剣を投げ出した。
そんな縁起の悪い剣は、有り難くない。
「拾えよ。これから俺と打ち合うんだ。後にも先にもない。前代未聞のことが起きる。マイナスとマイナス。世界の闇側と闇側。一方だけがぶつかり合うんだ。世界の均衡を崩すみたいに」
相手が言い、床に投げられた剣を剣で示した。
拾え、と。
「さっきもやり合ったじゃねーか」
ジークは怖くなった。
「確かに。でも、俺、加減してたんだよ。だってさ、おまえにゆっくり、このダークランドの存在を見せてやりたかった。どうだ? 存分に楽しめたか? そろそろ本気出してこーぜ」
相手はニヤニヤ嗤った。
「打ち合うと、どうなる?」
ジークは背中に汗を感じた。
相手は片目を閉じて見せた。
「ふふん。負と負が引き合うんだ。俺達は初めて一つになる。おまえは遂に、完全な吸血鬼になる…」
彼は魅力たっぷりの表情で、やんちゃに舌を出した。
「断る!!」
間髪を入れずに拒否したジークに、相手は、
「俺だって、おまえと一つに戻りたかねーよ。おい、ジーク。おまえ、確か、吸血鬼を滅ぼしたいんだろ? だったら、自分も吸血鬼になるぐらいの覚悟をしろよ。ゾンビの分際で、勝てるとか思ってるんならナメ過ぎだよ」
と、言った。
ジークは蒼褪め、胸の内で計算を続けた。
吸血鬼ジークが剣を大きく振り被り、打ち込んできた。
ジークは咄嗟に剣を拾い上げ、低い位置から上に向かい、打ち上げた。
剣と剣が擦れ合い、刃をジャリジャリ鳴らした。
また決着の付けようがない、互角の戦いが始まった。
同じ人間同士の打ち合いだから、常に力も技も等しく、次の動きもダブる。
打ち合う度に、またも世界が収縮していく。
ジークの二本の剣は闇を吸い込むように、周囲を白く眩くぼかしていく。
二人の周辺から影が消え去り、光だけが残される。
「負けるか!!」
ジークは手首を柔らかく使い、相手の剣の側面を叩いた。
相手の剣を外側に打ち払いながら、一歩前に踏み込む。
「もらったぁー!!」
ジークが叫び、相手の喉元目がけて突きを繰り出した。
吸血鬼ジークは、その瞬間を待ち構えていたように笑んでいた。
双つの剣が重なり合う瞬間、その空間が裂け、中心から放射状に稲妻が走った。
二人は被雷し、光りながら消滅した!
3
ジークは新たな次元へ跳んでいた。
空から落下しながら、破れた翼で何とか空中に留まろうと羽ばたいた。
彼のカラスのような黒い翼の半分が欠け、片側に炎が燃え上がっていた。
彼は空から、暗い地面を見下ろした。
沢沿いの細い獣道と藪が見えた。
数カ所、火の手が上がっていた。
神社の脇には、人の手が入っていない森があった。
近くに滝があり、龍神を祀る祠があった。
ジークは最初、気付かなかった。
自分が物質の世界に戻ってきたことに。
自分が再び、肉体を得て蘇ったことに。
ジークは鼻をぴくぴく動かし、朔夜と愛理と、その他の吸血鬼の匂いを嗅いだ。
まるでゲームの続きみたいに、その場にはたくさんの吸血鬼の気配があった。
「うあっ!!」
ジークは翼を失い、うまくコントロール出来ずに墜落した。
藪の中に着地した彼は、体中が傷だらけだった。
朔夜の攻撃を幾度か食らい、四肢が揃っているのが不思議なほどの状態。
体中ズタズタに裂けていた。
「つぅ…」
ジークは激痛に顔をしかめた。
あちこち骨が折れているようで、立ってもいられない。
「ジーク!!」
どこからか、愛理の声がした。
森のどこからか、こちらを見ているようだ。
彼女はどこからでも、遮蔽物を透かして遠視することが出来る。
「あ、愛理…」
ジークは痛みを振り払い、周りを見回した。
火が間近に迫っている。
「野良犬、こっちだ。隠れろ!!」
朔夜の声がした。
ジークは藪に伏せ、腹這いで朔夜の声の方に寄った。
「ジーク。おまえが連れて来たのか!? あの蛾の虫けらどもを…」
異界の悪夢で二つに裂けた朔夜は、こちら側の世界ではまだ生きていた。
ジークは元の世界に戻ったことを知った。
「やった!! 戻って来たんだ、俺?」
ジークが喜ぶのを、朔夜が睨み付けた。
「随分長いこと、消えてたな? 俺の流星剣で死んでくれたかと思ったのに。おまえのその波、覚醒したようじゃないか?」
「覚醒? 知らねーよ」
ジークはぽかんとした。
「覚醒しなきゃ、普通、もう戻って来れないんだぞ」
二人は並んで藪に伏せ、ひそひそと話し合った。
「馬鹿め。闇の世界から何を持ち出して来た!?」
朔夜は表情を強張らせ、ジークを本気で罵った。
「これ…のこと?」
ジークは右手に掴んでいたものを持ち上げた。
薄気味悪い、黒い棒状のもの。
「あれ…? こんなカタチだったっけ…?」
きらきら光る黒瑪瑙を鏤めているように、異界では見えたのに。
この世で見たら、錆びた鉄の塊に黒いタールの泥状のものをぶっかけて固めたような、不細工な棒。
およそ、何かを斬る道具には見えない。
「…異界から戻れたのは、こいつのお蔭なんだ」
ジークは慌てて説明した。
朔夜が信じてくれるかどうか、不安だったが、
「黒飛龍剣か。黒瀧さんの刀だな。すごく錆びてやがる」
と、よく知っているみたいな返事が返ってきた。
「ジイサンの刀ー!!」
ジークが思わず大声で叫び、
「黙れ、裏切り者め!!」
朔夜が彼の頭を抑え込んだ。
「よくも、蛾の連中を俺の寝床に呼び集めてくれたな!!」
朔夜の蛇の鱗が浮き上がった顔は、半分焼け爛れ、血みどろだった。
彼は大事な右腕も負傷していた。
「俺達は囲まれてる。あいつらは俺達の波を読む。あいつらは本物の吸血鬼専門ハンターだ…。俺達の急所を知ってる…。おまえは、俺とあいつらの共倒れを目論んでるんだろう?」
「へへ、勝手にあっちが着いて来たんだよ。俺は知らねーよ」
ジークはとぼけるだけだ。
ジークはダメージがひどく、蛾人とやり合う体力も気力も残ってない。
荒い息をして、彼等を燻し出そうとする蛾人の火炎兵器の為に、大袈裟に咳き込む。
「なぁ、朔夜。なんでジイサンは、その刀を深淵に沈めたんだよ?」
ジークは朔夜の手を払い、話の続きを聞きたがった。
朔夜は渋い表情で、幕末の頃のことを思い出そうとした。
「…その剣は、この世に闇だけをもたらすから、深淵の封印にこそ相応しい。おまえ、考えもなしに封印を解いてくれたな? おまえほど、恩を仇で返す裏切り者もないな?」
朔夜は本気で呆れ返っている。
ジークも言われてみれば、肩の上に何か重いものを背負い込んだような感覚があった。
それと、視界が一段暗くなったような違和感。
その時、頭の中で誰かが、
「さっさと終わらせちまおーぜ。どうだっていいじゃねーか、こんなヤツ。早く黒飛龍剣で斬っちまえよ。異界に肉体ごと飛ばしてやりなよ。俺はここを片付けて、早く血が吸いたいー」
と、唸った。
ジークはドキッとした。
自分の中に、先刻まで対峙した相手が居る。
悪夢の中の、もう一人のジーク。
「ジイサンの刀だか何だか知らねーけど、今は俺が拾ったんだから、俺のもんだ。俺が好きなように使う。この世を闇一色にしてやる!!」
急に吸血鬼ジークがジークの口を乗っ取り、語った。
朔夜はびっくりした。
「おまえ、正気か? 今の発言を聞いたら、黒瀧さんも驚くだろうよ。異界から生還出来たのはほめてやるけどな、どうせ、あっという間に闇に支配されて、おまえは溶けて無くなるだろうな」
朔夜は冷静に応え、ジークから目を逸らした。
ジークは自分の言った言葉に驚いていた。
彼は数秒の間に、あれこれ悩んだ。
彼は悪夢の中で出会った、異界での朔夜を思い出した。
「朔夜…。おまえ、結構食われたんだろ? 深淵の一つ目の怪物に…」
ジークは遠慮がちに切り出した。
「話は後にしてくれ。俺は蛾を巻かなきゃならん。俺の体力は万全じゃない。消耗戦はきつい」
朔夜はジークから離れようとした。
「教えてくれ、朔夜。おまえ、今、どのくらい残ってる?」
ジークは消えつつある朔夜の自我を窺った。
「…半分ぐらいってとこか?」
朔夜は自嘲するように答えた。
「…半分で…それだけカタチを保ってるのか。おまえ、すごいな…」
ジークは妙なところで、朔夜を認めた。
「で、どうするんだ? 覚醒したジークは俺と今戦うのか、蛾と戦うのか?」
朔夜が決断をジークに促す。
ジークは黒い錆びの塊を握り締め、
「……朔夜…。今の瀕死のおまえを斬る気はしねーな…」
と、呟いた。
「おまえも焼けたら死ぬんだぞ、ジーク。俺達は火焔には勝てない。蛾が包囲網を狭めてきた。俺達はこのままだと、山火事に巻かれて死ぬ」
朔夜が血反吐を吐いた。
「そうだな。仕方ねーな」
ジークが力を振り絞って翼を広げたが、片翼は破れ、片翼は焼け焦げていた。




