ph 27 覚醒せよ!
phase 27 覚醒せよ!
1
夕闇迫る、のどかな山村。
ジークは集落から山の砂利道に入る入口で、自分の車を発見した。
「愛理のやつ、ガソリン満タンで返してくれるんだろーなぁー!?」
ジークはセコい一言を呟き、レンタカーで自分の車の横を通り抜けた。
レンタカーには、ジーク一人。
急な上り坂でカーブが連続し、切り返しもかなりの急角度に曲がる。
ジークは片手でハンドルを切っていたが、面倒臭くなり、両手で握り直した。
道の両側から草木が覆い被さるように枝を伸ばし、フロントガラスに当たって砕けた。
ジークは砂利を跳ねながら低速で進み、やがて、神社の駐車場に着いた。
「ふぅーん…。でかい神社だな…」
ジークが車を停め、砂利に降り立った。
島のように、こんもりと盛り上がる神社の大木群。
石の鳥居の向こうは神域で、何やら空気が違う。
どこかで鳥が鳴いている。
社務所はあるけれども、無人。
他に参拝する人影もない。
ひんやりとした風が、鳥居の下を吹き抜けてくる。
ジークはさっさと早足で鳥居を潜り、石畳を進んだ。
夜には境内に張られていた結界が、昼間は開け放たれていた。
彼は特に警戒することもなく、拝殿の脇に下る細い道に入った。
川のせせらぎが聞こえ、すぐに滝の音がした。
舞い上がる霧状の水滴、目にも爽やかな景色。
「こんなとこに、朔夜の…。ここが大地のエネルギーの噴き出すところ…」
ジークは圧倒されながら、滝を仰ぎ見た。
「愛理ー! いるんだろー!? わかってるんだ。出て来いよー」
ジークが叫びながら、岩場を伝って滝の裏側に向かった。
2
愛理は驚いた。
ここに来て、何時間が経過したのだろう。
泣き疲れて、少し寝たんだろうか。
夜明けとともに洞窟に入ったが、既に夕方であることは、スマホの時計を見てわかった。
それにしても、ジークがここに辿り着けたことが意外だった。
自分だって、何とか朔夜の薄い気配だけを頼りに、闇雲に車を走らせて来たのに。
ジークは自分よりずっと、波を読む力が劣っているのに。
「どうやって!? ううん、どうして!?」
愛理は驚きを言葉にした。
「ジーク。あんた、一体、何をしに来たの? 朔夜のことなんて、どうでもいいんでしょ?」
「おまえを尾行して、俺の居場所を突き止めたんだろう」
朔夜が愛理の心を読み、先に答えた。
彼は石段を降りてきた。
「朔夜…。ジークは朔夜に興味ないよ」
愛理は漸く引き籠り場所から出て来た朔夜を、寂しそうに眺めた。
彼女は自信を喪失し、気落ちしている。
「俺に興味はないんだろうな…。でも、あいつにとって、俺の存在自体が邪魔なんだろうよ」
朔夜は地底をさくさく歩き、地上へ向かった。
愛理も慌てて、後を追いかけた。
二人は懐中電灯も何も持たず、暗闇を吸血鬼独特の視力だけで歩いた。
「朔夜が邪魔? わけわかんないよ」
「邪魔なんだよ。あいつには、全ての吸血鬼が邪魔なんだなぁ…。あいつは今でも人間のつもりで、人間の味方のスーパーヒーローになりたがってんだよ。あいつは人間から見て、ただの吸血鬼でゾンビなんだけどな…」
朔夜はシャーシャー空気の漏れる音を出しながら喋り、薄気味悪い笑い声を立てた。
「朔夜、ジークにとっても、人間は餌だよ。一度となく、血を吸ってるんだから…」
愛理は話の途中で、朔夜の変化に気付いた。
朔夜の内に秘められていた波が増幅し、彼の中から溢れ出していく。
「さ…朔夜!! その力、今は解放しない方がいいんじゃない? ヒトのカタチを失いそうだよ!!」
愛理が焦って叫んだ。
「余計なお世話だよ」
朔夜の白銀の髪がなびき、赤い眼が斜め後ろの愛理を睨んだ。
彼の体から黒い霧が滲み出す。
足元に散らばっていた岩石のかけらが舞い上がり、空中を漂い始める。
朔夜の背中を見詰めていた愛理は、何となく、数歩下がった。
朔夜の放つ気の巨大さに、恐れを抱いた。
彼の後ろ姿は凛然として美しかった。
3
入口で、ジークは会心の笑みを浮かべた。
「探したよ、朔夜」
ジークも気を張り、波を高めた。
「俺も徐々に、この力の使い方がわかってきたぜぇー!!」
彼の痩せた体躯に力が漲り、普段より一回り大きくなったように感じられた。
額の中央や頭の先、肌のすぐ上あたりに、ちりちりと炎がまとわりついて燃えるような、熱い感覚があった。
「朔夜…、てめぇーに簡単に勝てるとは、思っちゃいねー」
ジークは体の中の闇に力を送り込みながら、朔夜の名を大声で呼んだ。
「さぁーくやァー…!!」
「クソガキが……」
地底から応答があった。
ヒトの声とも思えない、空気の漏れる音。
「朔夜ァー…、会いたかったよォー…。心配しちまったよォー…」
ジークの声が重く低い音で空気を振動させ、洞窟中に響き渡った。
「おまえがあんな蛾にあっさり殺られちゃったら、面白くねーんだよ…」
ジークが一歩洞窟に踏み込み、ジャリッと小石を踏み砕いた。
「おまえが俺を殺るつもりだとでも言いたいか? ふざけたことを…」
遂に、ジークから朔夜の姿が見えた。
朔夜は洞窟の闇に溶け込み、変貌した顔だけがぼうっと浮かび上がっていた。
「出たっ!! おい、なんか、本当に黒い蛇みたいになってねーか!?」
ジークが驚いて跳ね、闇を見透かそうとした。
闇を覗き込めば、闇は更に黒々と深く奥へ沈み込んで、深淵の底を見せぬ。
更に覗き続ければ、その中に自分自身も捕らわれそうになる。
「朔夜…。おまえを見てると、黒瀧のジイサンを思い出す。おまえはあの人の眸の奥の深淵に、瓜二つだよ……」
ジークが呟いた。
「俺達の血の父親だからな…」
朔夜の周囲を石つぶてが乱れた風に乗って飛び回り、黒い霧を散らしていた。
「おまえも…黒瀧に…」
ジークは驚いたが、落ち着いて言った。
「おい、朔夜…。この血は随分自由が効く。欲しいチカラが得られるんだ。チカラが、カタチになるんだ」
ジークの背中がバリバリと音を立て、骨が曲がり、何かがシャツを突き破った。
黒い羽毛が飛び散った。
虹を投げて光るカラスのような黒い羽根が、ジークの背中に生えた。
左右の翼を大きく広げ、指のような風切り羽の先まで伸ばし、ジークの翼が羽ばたきを見せた。
思いがけない変化に、朔夜は目を見張った。
ジークの黒い翼は、魔界に堕ちた天使みたいだった。
ジークは得意がって、
「鳥みたいな翼になって空を飛んだり、蝙蝠のグライダーのような羽根になって滑空したり、このカタチは変幻自在だぞ? 吸血鬼の血の力、案外面白いな?」
翼を見せびらかした。
朔夜はくっくっと嫌な音を立てて嗤いを漏らした。
「いい気になってるようだな。そのチカラというのは、代償を求めてくる。おまえの場合、ちょっとの消耗で激しく腐乱するだろう…。ああ、面倒臭いクソガキだ。こんな狭い洞窟の中を飛び回るつもりか?」
朔夜が衝撃波を放った。
ジークは翼で自分を包み、衝撃から身を守ろうとした。
翼が威力に敗け、裂けて血が飛んだ。
黒い血だ。
「なぁ、ジーク。おまえは俺達吸血鬼を滅ぼしたいと考えてる、その思考が俺には見える。おまえの思考は防御ゼロだ。丸見えなんだよ。おまえの痛々しい記憶もな。おまえはな、自分を食い殺した相手にこそ、復讐するべきなんだ。俺に刃向って無駄死にするより、もう少しお利口な道を選べ!! 今なら間に合うぞ」
朔夜が細い指を振り上げ、次の衝撃波を放った。
洞窟の入り口が吹き飛び、岩場が轟音とともに崩落した。
ジークは石の下敷きになる寸前、石を微塵に砕いて避けた。
ジークの息はもう荒くなった。
朔夜が相手だと、腕力や武器の勝負にはならない。
空間に圧迫され押し潰されそうになったり、歪んだ空間に捩じ切られそうになったりする。
朔夜の周囲の空間は歪み、激しく風が吹き乱れている。
朔夜は息一つ乱さない。
先刻から同じ場所で、ジークの攻撃を待つ。
そこにむやみに突っ込んだら、ジークの命も終わる。
「今日は幻覚を見せないのか?」
ジークは強がりを言った。
「見せてやってもいいが。そこまでやる必要も、おまえには無いだろ?」
朔夜は次の構えを見せ、牙の生えた指先を翻そうとした。
「最後だ、ジーク。聞かせてやる。…おまえを食い殺した相手は、かなり下等なゾンビだな…。おまえの記憶をわざわざ消したのは、そんなゾンビじゃないんだ。ゾンビとは無関係…、そいつが…おまえの最愛の女の血を全部吸い尽くした吸血鬼なんだよ…!!」
今度の攻撃は、細かな衝撃が積もった岩を粉々に変えた。
砕いたのではなく、切り刻んだのだ。
剃刀のように鋭い切れ味の突風が、千も万も瞬時に吹き抜けて、一帯がクラスター爆弾を食らったようにズタズタに切り裂かれた。
間一髪、ジークは空高くに避難していた。
ジークはあちこちを切り裂かれ、黒い傷口から黒い血をポタポタ垂らしていた。
「ルビーを殺した相手が、誰だかわかるのか!?」
ジークは朔夜の術中にはまってはならないと思いながら、動揺を誘う策に引っ掛かってしまう。
「見えるよ、おまえの記憶が。まぁ、それだけじゃない。俺は黒瀧から、聞いたことがある…。おまえが誰に殺され、誰に記憶を封じられたのか…」
朔夜は二つに割れた、長い舌を出した。
「ジイサンから!?」
ジークは空中で羽ばたくのを忘れるほど驚き、思わず問い返した。
「そうさ。黒瀧の長老さ。俺を吸血鬼にした男。おぬしが維新の為に必要だとか口説かれてさ、へぇ、俺は何の役に立ったんだい? ただの吸血鬼、不死身の殺し屋になっただけだ…。俺は疲労困憊し、鬼としても狂い始めた…。俺は時々、こうして地底に籠って眠らねばならなくなった…。俺の身に闇が蓄積していく…。わかるか、ジーク?」
朔夜が双頭の蛇に変化した指を構えた。
最後の攻撃が始まろうとしている。
「朔夜はどこから腐るんだ? おまえは何が死因なんだ? 生きたまま、吸血鬼になったのか? 悪い女に騙されて、そんなに歪んだ性格になったのかよ?」
ジークは慌てて周囲を見回した。
空中には、身を隠すような場所も遮蔽物もない。
朔夜は狂ったように嗤った。
「悪い女? 俺はおまえみたいな馬鹿じゃないからな! どんな女を食っても、騙されたことなんかないさ! そうさ、俺は生きたまま…と言っても瀕死の状態で、選択の余地もない状況だったけどな…、黒瀧の血を飲んだんだよ。お蔭で、おまえみたいに腐りゃしない。俺の性格は生まれつきだよ」
朔夜はゆらゆらと、蛇が鎌首を持ち上げるように上体を闇からもたげ、両手の指を構えた。
「ジーク。復讐を諦めて、俺に殺られることを選んだみたいだな。ほんっとに馬鹿なヤツ…!! 黒瀧はおまえを買い被り過ぎた。ケイシーとかっていう暴れん坊のガキと一度やり合った人間というだけで…、黒瀧はおまえに変に期待していた…。そんなの、ただのまぐれだったんだろ? さあ、ジーク。最後の刃はおまえを追尾する。どこに飛んで逃げようとも、追いかけて切り刻む。…それだけじゃ面白くないよな? 背後から壁を当ててやろう。前回、味見しただろう? 結界の一面をおまえの背中に当ててやる。おまえは後ろから圧迫され、逃げられない。そこに前、左右、上下から矢のように刃が降り注ぐ。カタチなき刃、カマイタチというやつだ」
朔夜がご丁寧に説明を付けた。
ジークは蒼褪め、荒い息をもっと速めた。
4
ジークは死が迫るのを感じた。
「何だって、今、ケイシーの話なんか…」
ジークはぶつぶつ言い返しながら、自分の声が次第に、弱気な小声になるのを聞いた。
「朔夜、頼むから冥土の土産に聞かせてくれよ。ルビーを殺したのは、誰だ!?」
この期に及んで、彼はそんなことが気になって仕方なかった。
「おまえのよーく知ってる男だよ!! じゃあな、ジーク!!」
朔夜の囁きが聞こえ、ジークの背中に何かがぶつかった。
「うっ」
ジークは背中の方から急激に、非常な重さを伴った圧迫がかかるのを、反射的に堪えた。
このまま押されたら、ジークは墜落して地面に激突する。
その時、前下方から新たな衝撃波が届く。
朔夜の言う、カタチなき刃だ。
衝撃波が、ジークを取り囲むようにぶわっと広がった。
「ジーク!!」
愛理が突如、叫んだ。
「今すぐ覚醒して!!」
大声を咄嗟に張り上げたので、愛理の声の語尾が掠れた。
しかし、覚醒という言葉はジークの耳に届いた。
「どうやって!?」
急速に空から墜落していく中で、ジークは懸命に翼を羽ばたかせて方向転換を図る。
けれど、彼に向かっていく刃は、彼の行く方向へ向きを変えて襲いかかってきた!
「ジーク!!」
愛理が金切り声を上げた。




