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ph 24 ラボ

phase 24 ラボ


 1


 ジークが三浦邸の廊下を曲がろうとした時、急いで走ってきた誰かとぶつかりかけた。


「おじいちゃん!?」

 ぶつかりかけた相手が、咄嗟に声を発した。


 ジークは相手の声に驚いた。

「あれっ、深由(みゆ)ちゃん!?」

「ジークさん!! なんで、ここに!?」

 深由も驚いて、ジークを見上げた。

 彼女は両手にスーパーの買い物袋を抱え、袋からネギがはみ出している。


「それはこっちが聞きたいな。深由ちゃん、三浦先生の知り合いなの?」

「孫です」

 深由は思わず、笑い出した。

 こんなところで会うなんて、不思議な縁だと思った。


「えー、マジで?」

「おじいちゃん、怪我して診療所を休んでるから。お見舞いに。ジークさんこそ、おじいちゃんの知り合い?」

「まぁ、ね…。じゃ、お大事に…」

 ジークは早々に立ち去ろうと、玄関に出た。


「あっ、ジークさん。今から、すき焼き作るんですけど。よかったら、一緒に…」

 深由は何とか、ジークを引き留めようとした。

「…作れるの? 深由ちゃんに…?」

 疑い深い、ジークの眼差し。


 深由は照れながら、

「…母が来ますから。私は料理苦手だけど。今から、兄貴も来ます…」

 と、家族団欒の中へジークを誘おうとした。


 ジークにしたら、深由は何でも知っている存在だ。

 彼が吸血鬼(ダーク)であることも。

 彼女は、ジークに血を吸われた記憶を持つ。

 ジークが闇に堕ちかけて、狂った時も知っている。

 彼の悲しい過去も。


 彼女は吸血鬼になりたがった。

 強くて自信溢れる、今の自分とは別の存在に。


 ジークはすぐに(ブーツ)を履き、戸を引いた。

「写真の勉強、頑張れよな。深由ちゃん」

 ジークは彼女の気持ちを知っているけど、何も触れずに外に出た。


「あ、ジークさん…!」

 深由がジークを追おうとした。

 ジークは雨の中に消えていた。




 2


 愛理はジークの見張り役だったが、他に気になることもあった。

 彼女は朔夜を探していた。


 ベイカフェに現れた、彼女と同じ一族の一人は、

「朔夜さんは眠ったんじゃないかと思う。冬眠みたいなもんだけど、一年や二年は起きやしない。蟒蛇(うわばみ)みたいなもんさ。呑んで寝てるところを起こしたら、(たた)りに遭っちまう」

 と言った。


「そんなァ~!!」

 朔夜を兄のように慕う愛理は、泣きそうになった。


「そんな大怪我をした気配はなかったよ!」

気紛(きまぐ)れだろ。いつものやつ。だって、朔夜さんは気分次第でコロコロ変わる人だからな。ま、地区長代理の直樹さんが起きてるからいいんだよ」

 男は笑いながら財布を取り出し、店長に金を支払った。

「圭太さんとナオさんはどこに居るの?」

 愛理はニューエラのベースボールキャップのつばを上げ、男を上目に見た。


「直樹さんは自宅に戻ってるよ、愛理ちゃん」

 男が愛理の頭を撫でた。


 直樹は朔夜の右腕で、幕末・明治維新の頃からの付き合いだ。

 彼の得意の武器は、日本刀だ。


 女の子みたいな顔立ちの圭太は、実は戦国時代末期の生まれ。

 朔夜のお気に入りではあるが、部下ではない。



「ふぅん、そうなんだ。色々ありがとー」

 愛理はポケットに手を突っ込み、仲間を店の出口まで見送った。



 入れ替わりに、ジークがカフェに入ってきた。

「スパゲッティ・ボローニャ」

 ジークがカウンターに言い、

「たまには違うものを? 何か気分の変化っすか?」

 店長のヨッシーがニヤニヤした。


「すき焼き以外なら、何でもいいや。いや、すき焼き食いたかったかな」

「そんな和風のものは、この店にないっす」

 ジークと店長が言い合う。


「ジーク、(パルス)が変わったんじゃない? 何食べて来たの?」

 愛理が気付いた。

「年取った牛の筋を噛んで、うまくもねぇースープを啜って来たんだよっ」

 ジークが顔をしかめた。

 三浦を牛に例えたのだ。


「牛は仔牛がうまいに決まってますよ。どんな店行ってきたんですか?」

 店長が変な顔をした。


「ジーク、よっぽどのご馳走食べたんじゃない? 何か、かなり成長して(パルス)がデカくなってるよ!!」

 愛理は目を見張って言う。

「あんなのが、ご馳走なもんか。いっぱい説教食らうし、グダグダ未練たらしい過去のしみったれたことなんかを言われて…」

 ジークは肩を(すく)めて答えた。


「牛肉で腹がデカく成長したんすか? そりゃ、内臓脂肪にならないうちに、運動した方がいいな。メタボの元です」

 店長だけ、話が噛み合っていない。


「ねぇ、ジーク。朔夜を探しに行きたいんだけど、車出してくれない? どっか、自然のエネルギーの濃いところで眠ってると思うんだ」

 愛理が頼んだ。

「デートの誘いは、直接本人にしてくれよ。パワースポットめぐりかよ」

 ジークはあっさり断った。


「三角関係っすか…」

 店長はパスタを茹でつつ、そこから先は口を閉ざした。


「ジークのバカ。私一人で、朔夜を起こして来る!!」

 愛理がジークのジャケットのポケットに手を突っ込み、車のキーを強奪した。

「おい、俺も車要るんだよ!」

 パスタを待つジークを残し、愛理は店から飛び出していった。


「フラれちゃったね…」

 バイトの女の子の向日葵(ひまわり)が、ジークの前に生ビールのジョッキを置いた。

「そんなわけねーだろ。フラれる前提として、俺があいつを好きと思う?」

 ジークは生ビールをぐっと飲んだ。

「ぷはー。うめぇー。ビールが俺の血だって気がするよー!!」

 ジークはうまそうにビールを飲み続けた。





 3


 翌日、ジークは久し振りに昼間の電車に乗った。


 A中学は駅から十分ぐらいの場所にあった。


 A中学の正門を歩道橋から見下ろし、ジークは(パルス)を研ぎ澄ます。

 彼は、ある一つの気配を追った。


「憂ちゃん…。待たせたな…。やっと、おまえに追いついて来たよ…」

 ジークが独り言を漏らす。


「大体、変だと思ったんだよ…。半年前に知り合った頃は、学校も行けねーぐらいに弱ってたのに、あんな黒蝶の子供と組んで、空飛んだりして。おまえの心臓、そんなに強くなかったろ? おまえも、黒蝶になってんのか…」

 ジークは校門から出てくる、制服の少年少女達の顔に目を走らせた。

 何故だか、憂の気配は見当たらなかった。


「あれ、エロ吸血鬼?」

 誰かがジークの背中に問い掛けた。


「はぁ!? 誰が……」

 ジークがびっくりして振り向いたら、どこかで見たような美少女が、A中学の制服姿で立っている。


 普通の美少女じゃない。

 滅多に見ないほどの、可憐な美少女。

 芸能プロにスカウトされまくってそうな。


 右サイドの髪を派手に部分編みにして、長い髪にエクステンションを混ぜながら盛り上げて垂らした変形ポニーテール。

 リボンを結んだ制服の、ブラウスの胸元が膨らみ過ぎて、ボタンが弾け飛ぶ寸前だ。


「ディーヴァ…」

 ジークは呆然としていた。

「その髪型…。A中学って、そんなに校則緩いの? てか、…その胸、中学生なのに反則だろ!?」

 ジークの視線が、彼女の胸元で止まる。


「やめてよ、エロ吸血鬼。こんなとこで、変質者丸出しで中学覗いてたら、警察に掴まるよ!!」

 ディーヴァが鞄をぶらぶらさせ、鞄の角をジークの鳩尾(みぞおち)にぶつけた。

「痛っ。何すんだよ。俺はもう、ディーヴァちゃんとはこの前、決着ついてるし。君、A中学だったの?」

 ジークは歩道橋からよろめいて落ちかけ、手摺に掴まった。


「リベンジしたいんだけど? 決着はこれからだよ」

 ディーヴァは腰に手を当て、ジークを睨みつけた。


「まぁ、そう言うなよ。君の学校の三年に、如月憂っているよね?」

 ジークが尋ねた。

 そう言えば、迷彩服の男達が憂を追い掛けていた時、ディーヴァはその場に居なかった。


「いるけど? 隣のクラスかな。如月くんがどうかした?」

 ディーヴァは意味ありげに言った。

 一応、事情は知っているようだ。

 黒蝶の卵を持つ少年、如月憂のことを知っているに違いない。


「卵は回収出来たの?」

「エロ吸血鬼には関係ないでしょ。卵はもう無い。孵化しちゃったから。見たんでしょう、成虫を?」

 ディーヴァは黒蝶のことを、成虫と言った。


「ちょっと、お茶しよーぜ」

 ジークがディーヴァの手を掴んだ。

「えー、何なの!? エロ吸血鬼は出会い系でも使えば!? 私は読者モデルのバイトがあるんだけど!!」

 ディーヴァが再び鞄を振り回したが、最終的に、ジークについて来た。




 4


 ディーヴァが周囲を眺め回した。


 港を見下ろすカフェ。

 地元オリジナルのハンバーガーが売りだ。


 明るいカフェの壁に、絵の具で描かれた海と、色とりどりの魚達。

 空からアホウドリが、彼女を見ている。


 瑠璃色や空色のガラスから光が射し込み、世界を万華鏡のように色付ける。

 海側から、本物の潮風が流れ込む。


 ジークはすまして、アイスラテを飲む。

 ディーヴァは赤いハーブのアイスティーを、ストローでぐるぐる掻き混ぜている。


「でさ、前に誘っただろ。一緒に組もうぜって」

 ジークが言った。

 店にまったりと流れる、どこかレトロで懐かしいリズムと歌声。


「あんたと組むわけがないでしょ、エロ吸血鬼。あんた、私の敵じゃない」

 ディーヴァが脚を組み、ジークを睨んだ。

「俺はジークって言うんだ。その呼び方はやめて。…確かに、俺の相方は、異なる一族の吸血鬼を皆殺しにする習慣を持ってるみたいだな。でも、俺はあいにく、あいつの一族に籍を置いてるつもりはねぇー」

 ジークは椅子に凭れ返り、退屈そうに欠伸をした。


「私達は、あんたみたいな吸血鬼を殺すことを仕事にしてる。ね、狩る者と狩られる者。そういう関係なの。理解出来た?」

 ディーヴァが冷たく突き放す。


「誰に雇われてんの? 人間に?」

 ジークは不思議だった。

 人間は、ディーヴァ達より弱い。

 そして、人間はディーヴァ達の餌じゃないのか。


「…ヘル達は、ある研究機関の職員なの。ヘル、わかる? あの特殊なチームのリーダー。私達は人間。だから、人間に雇われてる」

 ディーヴァは声を潜め、年齢に似合わない落ち着きを見せた。

「どうして? 君も血を吸うんだろ? あの長い舌で」

 ジークの質問に応え、ディーヴァは鞄から保冷ケースを取り出した。

 その中に入っていたのは、輸血用の血液パックだった。


「私達の食事は、これ。ラボから毎日、支給されるんだ」

 ディーヴァはアイスティーを脇に押しやり、血液パックのストローをくわえた。


「飼われてんのかよ!!」

 ジークが小声で叫んだ。

「何だよ、そりゃ。吸血鬼(ダーク)をほめるわけじゃねーけど、何だかなぁー!」

 彼はがっかりして、ディーヴァを見た。


 人を殺して平気な吸血鬼達を、おぞましく思う。

 でも、人に命じられて他の吸血鬼を狩り、人に媚びへつらうような吸血鬼を、憐れに思う。

 ジークはそんな自分自身に出会い、面食らう。


 ディーヴァは鼻で笑った。

「何よ。人間を襲って、食い殺すゾンビさんの台詞とも思えないわー。そんなのがカッコいいとでも思ってる? 私達は鬼であるあんた達を狩り、人間を殺さないことで、正気を保って生きていく。あんた達はいずれ、闇に堕ちて腐って磨滅する。同じレベルの吸血鬼扱いにされたくないんだわぁー」

 彼女は吸血鬼を侮蔑していた。


「その特殊な能力は、どう言い訳するんだ? その舌や翅で、まだ人間のつもりなのか?」

 ジークは苛立ちを覚えた。

「うふふ、私達の商売にはかかせないものよ。この不死に近い体力や、生命力、回復力も含めてね!」

「はぁー。君ね、利用されてるだけじゃん。それでいいの?」

 と、ジークは同情的に言った。


 勿論、ディーヴァはすぐに言い返した。

「人間を食い散らかすあんた達が、正しいとでも?」

「そうは言ってねぇ。…君らが俺達を狩って、誰が得をするんだ? そのラボは、なんで黒蝶なんて実験動物を作り出したんだ?」

 ジークは医者の気持ちに戻っていた。

 ゾンビを作っていた、黒瀧教授の例の治験を思い出していた。


「…知らない。私はねぇ、普通の中学生なんだ。親が実験体だっただけでね。…私はヘルの娘なの。蛾人と人間の女を結婚させたら、蛾人の特殊な性質は遺伝するのか? そんな実験の為に、私は生まれたの」

 ディーヴァの眸が潤み、きらりと光った。


「私は幸い、普通の人間の女の子として生まれた。ところが、ラボが私に、呪われた遺伝子を注入した。次は私と蛾人を結婚させて、今度こそ、この特質が遺伝するか、実験するんだって…! 私、来年にはスカルと結婚させられちゃうの!!」

 ディーヴァが頭を抱え、悲鳴みたいに呟いた。


「スカルね…」

 ジークは三浦医師の診療所に現れた、若い蛾人を思い返した。

 逞しく引き締まった体格だが、覆面の下の顔は、異様な昆虫じみた顔で…。


「スカルは私のフィアンセ気取りよ。彼が嫌いってワケじゃない。私は自由に恋愛したいの。結婚相手ぐらい、自分で選びたい…」

「そうしなよ。そんな組織、抜けちゃいなよ。馬鹿馬鹿しい。自分で血を吸えばいいんだ。飼われるのは、もうやめちゃえ」

 ジークが髭をボリボリ掻きながら言う。

 ディーヴァの眸が見開かれた。


 彼女の眸に、溢れそうに涙が盛り上がってきた。

「……うん。それも、いいかも…」

 彼女は独り言のように、そっと呟いた。

 組織を抜けるなんて、今まで考えたこともなかった。



「ジーク…、あんたと私なら、どんな子供が生まれるのかな」

 ディーヴァが笑い出した。


「俺みたいなオッサンとつきあうと、ボロボロにされるぞー」

 ジークが慌てて警告した。

 ジークにとって、ディーヴァの外見は本当に好みそのものだった。

「危ねぇ、危ねぇ」

 ジークは自分に言い聞かせた。

「こんな面倒臭い話はねーな…」


 ジークは何となく、話を戻した。

「…で、ラボは吸血の蛾や黒蝶を作り出して、何の研究してるの?」

 ディーヴァはジークに気を許したのか、

「…私達は…あんた達、吸血鬼の遺伝子を元に…作り出された生き物なんだよ…」

 と、口を滑らせた。


「何だって!?」

 急にジークの声が尖り、表情が険しくなった。



 













 





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