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ph 22 画策

phase 22 画策


 1


 ジークと愛理はベイカフェの暗いカウンターで、黙り合った。


 リズムの激しい音楽が流れていたが、二人の心臓はそれに煽られることもなかった。


 カウンター以外には、テーブル席に数人の客がいるぐらい。

 店長は自分の選ぶ音楽に酔い、バイトの女の子が忙しそうに、テーブル席にカクテルやフードを運んでいた。


「何があったの? その親友と」

 愛理が聞いても、ジークははぐらかせた。

「ケイシーはあの街ごと破壊して、結局逃亡したんだよな」

 思い出したように呟く、ジーク。


「そうそう、ケイシーはね。やってくれたよ。…よくあんなのと、生身の人間だったジークが戦えたね? ケイシーは今も、うちの一族には属さない。完全に行方不明。彼は典型的な、はぐれ狼だよ」

 愛理は溜息をついて、俯いたままのジークを眺めた。


 ジークは記憶を辿り続け、タバコをふかした。

「治験でゾンビが生まれることを知った俺と大祐は、黒瀧教授に治験の中止を求めた…。でも、気付いたら、催眠術にかけられたみたいに、俺達のそんな抵抗はなかったことになってた。大祐は黒滝教授の屋敷に泊まり込み、研究に加わった。俺の彼女も、ゾンビの…というより、不老不死の研究に興味を示し、のめり込んで行った。彼女には病気の弟がいたからね…」

 と話し、蒼褪めた唇を歪めて自嘲した。

「そして、俺も抵抗出来ずに、また研究を手伝わされ…」


 愛理はよくわかっているように、深く頷いた。

「当たり前だよ。強い吸血鬼(ダーク)は相手を操れる。弥一郎おじさんはハンパないんだよねー」


「俺は彼女を守る為に必死で…、片時も目を離さず側にいて、がむしゃらに働き続けた。最初の約束の期間なんて、とっくに過ぎてたんだ。彼女の側に居る為に、ゾンビ製造室に残ったようなもんだった。…最初のゾンビ達の共食いの時、生き残った強い奴等をケイシーが殺して、たまたま生き残れた弱いゾンビの方は数日後、茶色く変色して、干からびたゴム人形みたいになって死んでいった」

 彼は脳裏に、過去を映像として映し出していた。

 彼の目の前にある厨房は、彼の視界から消え失せていた。


「そういうのが不適合なんだよ、ジーク。ゾンビは失敗作。本来はちゃんと吸血鬼(ダーク)にならなきゃいけないの。そいつらは闇の血に敗けてしまったんだ」

 愛理が舌をぺろっと出し、悪戯っ子のような表情を見せた。

 ジークは不機嫌になった。

「はぁ!? 何の研究だよ? 黒瀧の血でクローン吸血鬼でも作ろうとしてたのか? どんくらいの確率で、本物の吸血鬼(ダーク)が生まれるんだよ!?」


「怒鳴らないでよ。おじさんの研究の目的なんか、私が知るわけないじゃない」

 愛理は、すっとぼけた。


「愛理。なんでケイシーは、実体から幻に変化するんだ? 固体が気体になるみたいに、触れない存在になる。それなのに、実体があるみたいに攻撃してくる。朔夜も同じだ」

 ジークは疑問を口にした。

 自分で、これは科学的でも医学的でもないと思い、多少馬鹿馬鹿しかった。


「私達の視覚でそうなるだけで、実体なき存在になるわけじゃない。変化する骨や筋肉や、外見は、より忠実に私達の内面を具象化してるんだ。精神の強さと性質が、私達の吸血鬼(ダーク)としての外見になっていくの。最近の吸血鬼(ダーク)はどんどん進化してる。私達は新たな能力を得る段階まで来た」

 愛理の答えは、ジークを唸らせた。


「ケイシーは…龍だった。銀色の巨大な、角がある、西洋風のドラゴン。朔夜は黒い龍だ。東洋的な…。そう見えた。何故だ?」

 ジークは胸がどきどきして、胃袋がきゅっと固くなるのを感じた。


「ふふん、それは視覚が捕えたイメージでしょ。現実には、ケイシーも朔夜も、幻影のどこかに実体を隠している。その実体とは、あくまで人型の鬼なんだ」

 愛理は薄笑いした。

「実体を探して、ダメージを与えればいいんだな?」

 ジークが念を押した。


 愛理は不快そうに、ジークを振り向いた。

「ケイシーはともかく、朔夜とまだ揉めたいの?」

 そして、

「龍のイメージを与えるような特Aクラスの吸血鬼(ダーク)を、相手にしようなんて考えるもんじゃないよ。吸血鬼(ダーク)の中でも、百人に一人ぐらいしか生まれないクラス。三流で半分ゾンビのジークが戦おうと思うなら、レベルアップに数百年かけないとねー」

 と腹を抱えて笑った。


 ジークは悔しくて唸った。

「マジで、レベル上げる方法について詳しく教えてくれ…!!」

 彼は愛理に頼み込んだ。

 愛理は得意げに答えた。

「うーん、うちのおじいちゃんなら詳しく知ってるみたいだけど。会いに行く?」


 ジークは小声で、

「あのジイサンに聞きに行くわけねーだろ!?」

 と呟いた。

 そんな独り言も、耳のいい愛理に聞こえないはずはないのだが。


 愛理は今夜、機嫌よさそうに暴言を許した。

「ジークはね、うちの一族で一番強いおじいちゃんの血をもらったんだ。それは本来、弥一郎おじさんの血で生まれた者より、濃くて黒い血を受け継いだって事。ジークは強くなれる。もっといっぱい、血を吸ってればね」


 ジークは身震いした。

「俺は医者だ。他人を自分のエゴで殺すわけに行かない」

「生きる為に血を吸うんだ。食物連鎖の一つじゃない?」

 愛理が眉間を寄せ、言い返した。


「何とかしてみる」

 ジークが椅子から立ち上がった。



「ヨッシー、月末に出版社から給料出たら、ちゃんと払うから」

 ジークが店長にツケを頼む。

「いいっすけど、カメラの仕事してるんですか? 無理しなくても、来月でもいいですけど」

 お人好し過ぎる店長が言う。


 ジークが店を出た後、愛理が、

「ヨッシーさん。これ、私とジークの分」

 と一万円札を数枚渡した。

 店長は目を白黒させた。

「ええ、こんなにいっぺんに? 今、ツケてる分を計算しますからー」


 愛理は手を振った。

「いいんだ。彼の面倒は、うちのおじいちゃんが責任を負う。いつだって、うちのおじいちゃんが彼を()てる…」

「え…どこから!?」

 店長が聞き返した。


 愛理が早足で店の出口から去った。




 2


 夕刻、ジークは浜辺に来ていた。


 潮風に吹かれるままに髪を流し、その場の石にでもなったみたいに、ただひたすらずっと立ち尽くして、海を眺めていた。


 波打ち際で、真っ白な飛沫を上げて彼の足先が海水に浸る。

 砂は柔らかく滑らかで、足の裏の感触が心地よい。


 恋人と、湖畔に立って小波(さざなみ)を眺めた思い出が甦った。

 思い出は、打ち寄せる波のように儚く、白く砕け散った。


 彼女は血塗れになって死んでいた。

 その苦痛に歪んだ表情を思い出した時、抑え切れない衝動がジークの全身を駆け巡った。

「クソッ!!」

 ジークが波を蹴った。


 ジークは何とか記憶を思い出そうとした。

 最愛の女性・ルビーを殺した犯人は…。

 曖昧な影が何度も目の前を横切るのに、その顔を捕え切れない。

「誰だかわからないって言うなら、全員殺してやる…。どうせ、一度死んだ奴等なんだ…。異界から闇の力を借りて蘇った悪霊…」

 ジークはぶつぶつと話した。


「いや、俺も同じ悪霊なんだ…」

 ジークは可笑しくなり、笑いが込み上がった。


「黒瀧の一族を全員滅ぼす時は、その時は愛理も……」

 ジークは呟きかけ、口を閉ざした。


 彼はゆっくりと砂浜に足跡を残し、海に背を向けていった。





 3


 ジークが夜に紛れ、黒いシャツと帽子で影法師のようになってビルの非常階段を昇って行く。


 月の赤い夜だ。

 空気が蒸して、肌がじっとり汗ばむ日だ。


 裏口から回り、ジークが開けっ放しのドアの内側をノックした。

 老人がうちわで自分を扇ぎながら、デスクトップから裏口へ視線を上げた。

「…誰だ?」

 老人は初め、面変わりしたジークを誰だかわからなかった。


「…お久し振りです、三浦先生」

 ジークは図々しく上り込んだ。


「その声は…」

 老人は頭を振った。

 眼鏡を掛け直し、老眼でじっとジークを見詰めた。


「達紙ジークです、三浦先生の教え子の。何年ぶりかな」

 ジークは笑い、診療所の裏の部屋で、かつての恩師と対面した。

 冷房が嫌いな老人は、扇風機にうちわという、旧式の世界にぴったりはまっていた。


「達紙…くんは確か、半年前に外国で死んだと聞いたが?」

 三浦医師は驚き、ジークの顔を何度も見直した。

 ジークは以前より痩せて、眼の下が黒く隈になり、眸がやや白みがかって見える。


「色々事情がありまして…。実は生きてるんです、こうやって…。いや、一回死んだと言った方が正しいんですけど」

 ジークは狭いデスクと書棚の隙間を擦り抜け、窓際の壁に凭れて立った。

 彼は月を背負い、顔には影を落とした。


「いや、構わんよ。誤報なら。儂は君が死んだと聞いて、残念に思ってたんだ。去年亡くなられた達紙先生の後を継ぐのは、やはり君でなきゃいかんと思ってる。世襲という意味じゃないぞ。君は達紙先生の意志と才能を受け継いでいる。将来有望な原石なんだよ…」

 三浦が口から唾を飛ばし、

「いや、俺は上のウケがよくねーからダメなんです。いつも、よそに飛ばされる。可愛がってもらえないタイプなんで。俺を可愛がって下さったのは、三浦先生ぐらいでしたよ」

 ジークはしんみりと答えた。


「みんな、親の七光りと誤解してるな。でも、君は優秀な医師になれる。…で、今はどこの病院に?」

 三浦が尋ねた。

 ジークはくっ、と笑った。


「三浦先生、例の…失血死の事件で、警察から助言を求められているそうですね」

 ジークが本題に入った。


「どこでその話を聞いた? 儂は誰にも言ってない」

「警察に聞いたんですよ。…三浦先生は変死体を直接ご覧になりましたか?」

 ジークが影の中で、にやにや笑っている気配が伝わった。

 三浦は少し青くなった。


「いや、見てないね。資料を見ただけだよ。確かに血を抜き取られたことが原因で死んでるね。巨大な蚊に首を刺されたみたいな感じだったね」

 三浦の話に、ジークは大いに頷いた。

「蚊か…。似たようなものですよ、きっと。俺の仮説と殆ど同じです。さて…」

 ジークが舌舐めずりした。


「俺は今、その連続殺人事件の犯人を追ってるんですよ。犯人の名前も知ってる。哲という、七十代の老人です。三浦先生と同じぐらいの年代の…」

「どうやって犯人を見つけたんだ!? 警察には言ったのか?」

 三浦が慌て始めた。


「そいつは吸血鬼だったんです、三浦先生。俺はそいつを倒して、もう被害者が出ねーようにしたいんです…」

 ジークは三浦に向かって左手を突き出し、指を開いた。

 三浦は真っ青になって、ジークを仰ぎ見た。


「な、なんだ? それは!?」

 三浦はガタンと椅子を後ろに倒し、慌てて立ち上がった。

 手で顔を庇うように立つ、三浦。


「力を貸していただけませんか? 何も、大恩ある三浦先生を殺そうとか言うんじゃないんですよ。ちょっとばかりね、分けていただきたい。先生の血を。俺は先生以上に徳のある、立派な医者を知らねーし。聖職者か医者の血を飲めば、俺の力が増すそうです。俺は吸血鬼の一族と戦わなきゃならねーんだ。どうか、お願いします!!」

 ジークが早口に話した。


 三浦はガタガタ震え、言葉を詰まらせた。

「た、達紙くんは…、きゅ、きゅ、吸血鬼なんて迷信、信じてるの?」


 ジークは声に出して笑った。

「確かに。そんな非科学的なものが、この世に存在するわけないでしょー。ちょっとした遺伝子の違いかも知れません。早く検証してみるべきですよね」

 ジークの左手に白く長い牙が四本、上下に噛み合うように生えてきた。

 よく見ると、粒みたいに奥歯がたくさん並んでいた。


 手首の中に暗黒の穴が開き、そこから先は次元が違うような、異質な恐ろしさがあった。


「直接噛まれるのは怖いでしょ? だから、指先から採血するみたいに、何百ccか頂きます。先生、大丈夫です。痛い思いは絶対にさせません!」

 ジークが左手で、三浦の肘の辺りを掴んだ。

 三浦は慌てふためき、必死に抵抗した。


「うわわぁっ!! やめろぉー!!」

 三浦が叫び、両手を振り回して後ろにのけ反った。


 何かが、三浦の肘の内側にチクッと刺さった。

 しかし、痛みはなかった。


「ひぃ、なんてことをするんだ…。おい…、儂はどうなるんだ…?」

 焦り出し、涙を流す三浦に、ジークは高笑いした。

「三浦先生、やだなぁー。泣かないで下さいよー」

 ジークは血を飲むと、毎回、気分が高揚した。


「死にゃしませんから。三浦先生が吸血鬼になることもないし。この恐ろしい記憶も残らない。俺は三浦先生が大好きなんですからー」

 ジークの笑い声が狭い部屋に響いた。


「儂はこの記憶を憶えていられないのか。なら、先に言うしかあるまい。達紙くん、こんなことをしても滅びるのは、君も同じだ」

 三浦は薄れていく意識の中で、かろうじて口を動かし、ジークに言った。


 ジークははっと冷静に戻り、謝った。

「三浦先生、恩知らずな教え子で申し訳ありません。先生のご期待に添うような医者になれなくて…、俺も辛いです。俺が滅びるのは…、覚悟の上です!!」

 ジークは床に倒れた三浦を、隣りの診察室のベッドに抱き上げ、寝かせようとした。


「や、やめろ…。達紙くん…、お父さんが悲しむぞ…。一つだけ、儂の願いを聞いてくれ…」

 三浦は恐怖を堪え、何とか意識を保とうとした。


「聞いてくれ…。君の為だ…」

 薄れていく意識を感じながら、三浦は歯を食いしばった。


「血なんか、いくらでもくれてやる。それで君が長らえるなら、儂は悔やむこともない…。全部くれてやってもいいぐらいだ。…しかし…、例の連続殺人事件の犯人を追ってるとなると、話は別なんだ…。た、達紙くん…、すぐに手を引いた方がいい。儂の記憶を消すな。話をさせてくれ。儂は、君を警察に売ったりなんかしない…。あの事件には……」

 三浦は荒い息で、はぁはぁと喘いだ。


 ジークはゆっくりと、左手の牙を引き抜いた。


 














 





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