表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/97

ph 14 屍

phase 14 屍


 1


 ルビーが黒瀧教授と一緒だと知り、ジークは心配でたまらなかった。


 大祐も、ジークと同じ気持ちだった。

 彼は大慌てで、

「ルビーさん! 黒瀧教授を信用したらダメだ!」

 と言った。


 ジークはスマホを大祐から遠ざけ、なるべく平静を装いながら、

「ルビーさん、気を付けて帰って。何だったら、黒瀧教授に送ってもらって。俺達も、もう帰るから。明日になっても細井先生が戻らなかったら、警察に捜索願を出そうかと思ってます」

 胸の早鐘が打ち鳴らされているのを隠した。


 ルビーは飾らない笑い方で応え、

「そうですか? それがいいかも知れませんね。わかりました。…ああ、教授が送って下さるって」

 と、通話を切った。


「ふぅー…」

 ジークが長い息を吐き出した。


 怒ったように、大祐がジークの肩を揺さぶった。

「おい…! ジーク! 黒瀧教授に送ってもらえって、なんで無責任なこと言ってるんだよ! ルビーさんが危ないじゃないか!?」

「いーや、教授もルビーさんを気に入ってんだ。怪我させるようなことはしねーだろ?」

 ジークは大祐を落ち着かせようとした。

 しかし、自分も震えていた。


 二人は暗い病棟を抜け、夜道を歩きながらタクシーが通るのを待った。

 タクシーは拾えそうになかった。


「何が起きてるんだろう?」

 大祐が頭を抱えて唸った。

「とんでもねー副作用のある薬で、教授はそのことを承知してそうだな」

 ジークは薄寒い街頭で、ポケットに両手を入れ、ぼんやり街の明かりを眺めた。

 地方都市なので、繁華街は小さく、夜空に星が見えた。


「確かに内臓は復活するが、異常な食欲と興奮状態を生み出す…。どこか、ゾンビみたいだ」

 大祐は悩んだ。

「何かトリックがあるんだよ。興奮状態については、違法なドラッグかも…」

 ジークは理性的に話しながら、自分でも、別の恐怖に捕らわれていた。


 田村に生えていた、あの長い犬歯。

 狼みたいだった…。




 2


 ルビーは黒滝教授の車の助手席に座り、流し目をするように、教授を隣りから見詰めた。

「黒瀧教授。あの奇跡のような、患者達の復活はどんな魔法なんですか?」

 彼女は楽しそうに、尊敬する教授に話しかけた。

 とても単刀直入だった。


 黒瀧教授はふっと微笑み、ハンドルを握り、前を見据えたまま答えた。

「ルビーさん。君にだけ、話そうかな。実はね、そんな難しい治療は行ってないんだよ。彼等の新陳代謝を高める栄養を補い、老化を食い止める。尚()つ、彼等を若返らせる。そうすると、自然に臓器や細胞が復活を遂げるんだ。この方法なら、どんな病気も治せるようになるだろう。ただ…」

 教授は溜息をついた。


「深刻な副作用があってねぇ…。効果の持続に問題がある。特殊な方法で栄養を補給し続けないと、細胞は元通り朽ちていく。若返った彼等を退院させると、彼等は元の年寄りに戻り、元の病気で死んでしまうんだ。しかも、…薬に適合する人と、しない人がいる」

 教授は悲しそうに言った。


 ルビーは面白そうに話を聞いていた。

「初期の治験においては、そんなものだと思いますわ」

「君は最後まで協力してくれるかね? 私のアシスタントとして」

 教授は美しいルビーの黒目がちの眸を見詰めた。

 ルビーは純真無垢な眸で、教授を見詰め返した。


「勿論です、黒瀧教授。この研究の行く先を、見てみたいと思います」

 ルビーは医者として、熱意を持って、返事をした。



「ほら、達紙くんだ。あいつら、いつも一緒だな…」

 黒瀧教授が車内から、ジークと大祐の後ろ姿を見つけた。

 二人はタクシーを拾えずに、病院からホテルまで、トボトボと歩いて帰るところだった。


「彼等と一緒に帰るかい? ここから歩くと、ホテルまで二十分ぐらいかな」

 教授が尋ねた。

 車の速度が落ちた。


 ルビーは首を振った。

「いいえ。まだ、お話が終わってませんから」

「君は野心家だね? ルビーさん」

 教授はルビーの心を押し測れず、ごまかすように笑った。




 3


 翌朝五時、ジークは驚くべきニュースで起こされた。


 ホテルの部屋のドアをノックしたのは、愛想のいい渡辺医師だった。

 もっとも、その朝の渡辺に笑顔なんてなかった。


「達紙先生ー! 大変ですよぉー!」

 かなり長い時間、ドアを叩き続け、ようやくジークが鍵を開けた。


「何すか、朝っぱらから…」

 ジークは寝癖で爆発した髪を掻きながら、顔だけ廊下に出した。

「細井先生が森で野犬に襲われて…死んだらしいんですよ!!」

「えっ!?」

 ジークもつられて叫んだ。


「森で?」

 ジークは自分の耳を疑った。


 手術台に血(まみ)れで横たわっていた細井。

 腹を食い荒らされ、肉を(えぐ)られていた。


 その光景がまざまざと蘇ったのに、ジークは渡辺の話す内容に納得もする。

 つまり、黒瀧教授は堂々と、ジーク達が目撃したことを無視してきたのだ、と。


「今、このホテルに警察が来てました。達紙先生…、ぼ、僕はですねー。ここに残りたいんですけど、妻がうるさくてですねー。ま、どうしようかなー、なんて…」

 渡辺は周囲を見回しながら、ジークに相談した。


「いいんじゃないですか? 俺達が残りますから。渡辺先生はまず、奥さんを安心させてあげて下さい」

 ジークは適当に言い、渡辺が作り笑いでなく、初めて本心から嬉しそうに笑うのを見た。

「そ、そうですね。そうしちゃおっかなー、なんてねー。達紙先生はどうなさる気ですかねー?」

 新婚の渡辺は跳ねながら、自分の部屋へ帰った。

 渡辺はすぐにでも、帰り支度を始めそうだった。


 渡辺の後ろ姿を見送り、ジークは床に唾を吐いた。

「帰れっかよ。大祐が余計なことに首突っ込んで、ルビーさんが奇跡とやら、嘘臭い幻に目が眩んでるんだ…」

 と、心の内で呟いた。


 彼はスリッパで部屋から飛び出した。

 元々癖のある髪は更にひどい寝癖で、しかも、よれよれのTシャツで、冴えない格好だ。

 いつもは、シルバーのアクセサリーをチャラチャラ付け、服装や髪にはこだわりを持っていて、お堅い医者には見られないぐらいだ。

 しかし、今日ばかりは、それどころじゃない。



 ジークが、ルビーの部屋のドアを強く叩き、

「ルビーさん、起きて下さいー。もう帰ってるんでしょー?」

 と、呼びかけた。


 彼はドアを、何度も速いリズムで叩き続けた。

 ルビーの部屋を訪ねるのも、初めて。

 誰かの為にこんなことをするのは、ここに来てから初めてだ。


「達紙先生…?」

 ルビーがスッピンで出て来た。

 帰宅してから、まだ二時間。

 彼女は寝始めたばかり。

 まだ、眠そうに瞼を擦っている。


 化粧をしてない彼女は、高校生と言っても通じそうなぐらい、肌が綺麗で若く見えた。

 化粧がないと、あどけなく、可愛らしかった。


「細井先生が死にました」

 ジークはルビーの部屋のドアに、がっと手を差し込んで、強引に部屋に入った。

「ルビーさん、ちよっと聞いて下さい。細井先生は森で野犬に襲われたことになってるけど、事実は違う。誰かに襲われて、食い殺されたんだ」

 ルビーはぽかんとした。


「達紙先生…、その頭…。マンガみたい」

 ルビーは吹き出し、笑い出した。

「いや、ルビーさん。俺は今、すげぇマジな話してるんだから…」

 ジークは続きを話そうとした。

 ルビーの無邪気な笑いは止まらなかった。


「聞いてくれよ、ルビー!」

 ジークはルビーを呼び捨てにし、彼女の肩を両手で掴んだ。

 彼は素の自分を(さら)け出し、ルビーに何とか伝えようと必死だった。


「ヤバい話なんだよ! ちゃんと聞いて! 細井サンが殺されたんだから! 俺達も殺されねぇとは限らねーんだ。この件には、黒瀧が一枚噛んでる…」

「黒瀧教授がー?」

 ルビーはびっくりした。

「達紙先生、待って…。細井先生が食われた…!? 何かの間違いじゃないですか? 交通事故とかじゃなくて?」

 彼女はまるきり、本気にしなかった。


「信じられねーのは仕方ねぇと思う。でも、そうなんだよ。俺と大祐は死体を見た。…そうだな、ハイエナかライオンに襲われたみたいに、腹が食い破られてたよ…」

 ジークは彼女を押さえ、その眸を覗き込んだ。


 ルビーは面白がった。

「夢でも見てたんじゃないですか? 誰かが虎をペットにしてたとでも? 食われたなんて…、達紙先生ってば、面白ーい!」

 彼女は鈴を転がすような、澄みきって可憐な声で笑った。


 そして、彼女は反論してきた。

「達紙先生。黒瀧教授は立派な方ですよ。私、尊敬してます。黒瀧教授に限って、そんな殺人事件に関わったりするわけないんですよ。…でも…、私、達紙先生も好き! なんか、カワイイ。いつも飄々(ひょうひょう)として、変わってて、見てて面白いもん」

 カワイイとか言われ、ジークは顔から湯気を出しそうなぐらいに、真っ赤になった。


 彼は照れつつ、腹を立てた。

「俺の言うこと、信じられねぇ? 出来たら、今すぐにでも日本へ帰ってもらいたいんだ。それが一番安全な方法だから」

 ジークは困り果てた。


 ワンピース型の部屋着だったルビーは、今更恥じらうように、ジークの背中へ回った。

「達紙先生、後でお話伺いますからー。よかったら、朝食をご一緒しましょうー。とにかく、髪を…直して来て下さい!」

 また吹き出しながら、ルビーがジークの背中を押した。


「ルビー! お願いだ。かなりヤバいことが起きてる気がする。とにかく、一旦、帰国してくれねーか?」

 抵抗するジークが部屋の入口から、ルビーに押し出されていく。

「私、まだ帰りません」

 ルビーはジークの背中に言った。


「すげぇヤバいんだって。…ルビー!」

 ジークが振り返り、叫んだ。

 ドアが、彼の目の前で閉められた。




 4


 ルビーは昼頃、起きた。

 その日は土曜で、彼女は休みだった。

 花柄のワンピースに着替えながら、テレビのローカルニュースを聞き、細井の死を確認した。


 ルビーがジークに電話を掛け、二人はホテルの近くのカフェに出掛けた。

 快晴のテラス席の、遅い朝食だった。


「細井先生、何に食われたのかな。ニュースじゃ、野犬って言ってたけど」

 ルビーは香ばしいパンを割り、半分をジークに渡した。

 ジークは、パンを一口で頬張った。

 彼は寝癖の直らない髪を、黒い帽子でごまかしている。


「ニュースは嘘。俺は病院の手術室で、細井サンの死体を見た。歯形の付いた腸が、(えぐ)れた腹からぶら下がってた」

「やだー」

 ルビーはパンに、赤いラズベリージャムをドロドロと掛けた。


 ジークはラズベリージャムを食い入るように見詰めた。

 果肉と赤い汁の混じり合うジャムが、血だらけの手術室を思い起こさせた。


 ルビーはテーブルに頬杖を着き、下からジークを見上げた。

「じゃ、達紙先生。説明して下さいよ。どうして病院で死んだ細井先生が、森で発見されたんですか?」


「そうだな。例えば、ルビーを送った黒瀧の車のトランクに、細井サンの死体が入ってたんじゃねーの? 君を送った後、黒瀧が帰る途中の森に、細井サンを捨てていく……」

 ジークは推測を言ったが、大体当たっているはずだ。


 ルビーはカフェラテを飲み、

「…気持ち悪いけど、もし、事実だとしても、黒瀧教授の研究に対する私の興味は尽きないわ」

 と、あっさり決断した。

 ジークは驚き、

「へっ!? 怖くねーの? 俺ははっきり言って、怖かったよ」

 と、あの時の恐怖を自分でも認めた。


 細井の死体を見た時も。

 手術室に黒瀧教授が現れた時も、怖かった。


「私、どんな方法でもいいの。悪魔に魂を売り渡してもいい。私は子供達を、残酷な病気から救いたいの。その為なら、何だって出来る」

 ルビーはジークを睨み返してきた。

 ジークはちょっと感動した。

 こんな女には、出会ったことがなかった。


「だけど、ルビー。もし、黒瀧の研究がとても卑怯でデタラメなものだったら? 子供達の為に、何も役に立たないような嘘だったら?」

 ジークが尋ねると、

「そんなことない。治験を受けた患者が回復したのは、本当の出来事。多少酷い内容の研究だとしても、あの奇跡の回復について掴むまで、私は黒瀧教授から離れない。例え、研修の期間が終わったとしても、謎が解けるまで教授につきまとってやる」

 と、ルビーは見た目の儚さ(はかな)と食い違うギャップ、激しい気性を見せ、彼を戸惑わせた。


「黒瀧が間接的に、細井サンを殺したんだとしても?」

「細井先生を殺した存在に、心当たりが?」

 ルビーは好奇心の塊で、ジークの話に乗ってきた。

「患者の一人じゃねーかと思う」

 ジークは田村を思い浮かべた。


「何故?」

「歯形を見たからさ。細井の腸を食いちぎった歯形と、そいつの歯形が似てたんだ」

 ジークはゾッとしながら答えた。


 ルビーはしばらく黙り込んだ。

 彼女が一体何を考えているのか、ジークには全くわからなかった。



 そのうち、大祐から電話が掛かってきた。

「大祐? 俺、今さ、ルビーと一緒なんだー。近くで、朝飯食ってる。ちょうど、例の件の話をしてたとこ…」

 ジークは自慢をするように、ルビーと一緒だというところを強調した。


 大祐は嫉妬を感じたが、別の用事を口にした。

 暗い声で、静かな話し方だった。

「ジーク。317号室の田村さんを発見したよ。…病院の裏手で、死んでたんだ…。田村さんの遺体は……、干からびて…半分溶けてる……」


「はぁ…!?」

 ジークは唖然として、返事出来なくなった。









 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ