夏の終わりの感情は?
今年の夏も去年と同じだ。
なんらかわりはない。
厳密に言えば八月の三十一日、十一時五十九分までは夏という四季なのだが。
まあ、今日のこの祭りが終わってしまえば夏らしい行事もない。
十六回目の夏もそろそろ終わりだ。
俺がいるこの祭りはここら辺では少し有名だがここら辺意外ではとてつもなく知名度の低い祭り、だからこの祭りにいるのはここの地域の人だけだろう。
なんでこんなことを考えているのかというと一言で暇なのである。
神社の賽銭箱に腰をかけながらこの祭りの雑踏を眺めているのもそろそろ飽きた。
「それにしてもあいつ遅いなあ」
腕時計を見てきずく、あいつがかき氷を買いに行ってもう三十分。
遅すぎる。
また女の人にナンパでもしているのだろうか?
女好きにも程がある。
「ナンパやめろよ!」
暇なので声に出して言ってみた。
まわりには誰もいないのでいきなり声をだしても大丈夫ではあるが反応が無いのでなんか空しい。
「賽銭箱、今、俺の声を吸い込んだだろ!」
・・・・
もっと空しくなってしまった。
このまま賽銭箱としゃべっていられるほど物好きではないので賽銭箱に別れを告げ祭りの雑踏のに向かって歩みを進めた。
いかにも転んだら痛そうな石製の階段を半ばくらいまできた時、高校生くらいの女の人が人混みをぬけてこちらに歩いてくる。
凛然とした顔だちに長い黒髪、柔らかそうで綺麗な肌・・・・まったく俺は知らない人をなに分析してんだ。
十六の俺にとって普段見る女子高校生の服装といえば学生服だが、なんといったって今日は祭りの日、浴衣で着飾った乙女達がたくさんいる。
その女子高校生も、もちろん浴衣を着ているが普通の雰囲気では無い・・・・ような気がする。
うまく言葉にできない。
目を操られているかのように目線がその人にいってしまう。
あと二段ですれちがう。
あと一段。
すれちがう瞬間ふわっといい香りがした。
香水のようなきつめの香りがではなく肌の香りというかなんというか、自然な香りだ・・・・また何考えてんだよ俺は、女子高校生の香りのことなんか考えて、まったく変態かよ。
JKは有名ファンタジー小説の作者で十分だ。
心の中で自分に言い聞かせ一歩足を出そうとした。
「好きです!」
後ろから大声がした。
もしここで振り返って俺に言ってなかったら尋常じゃなく恥ずかしいので特に反応せずもう一歩足をだした。
「ま、待ってください!」
強く呼び止めるような声を発した。
俺は期待して振り返ったが顔ではまるで期待してないように無表情で振り返り何でしょうかといいたげな顔を作った。(無表情をしたつもりだが口角が少し上がっていたかもしれない)
「あ・・・・あの、付き合って・・・・くれませんか・・・・」
恥ずかしいのか、まあ、それは恥ずかしいとは思うが。
言葉の最後が緊張なのか、不安なのか、わからないが小さくなって声が聞き取りずらい。
階段で立ち話もなんなので、神社の横にあった長いイスに座ろうと俺は提案した。
「で・・・・どうしたんだ」
イスに座って少し時間をおいてから話をきりだした。
「すいません・・・・いきなりで」
イスから立ち上がって深く頭を下げた。
丁寧な人だ。
「座って、座って」
「失礼します」
と小声で言い一人分開けて隣に座った。
ここであいつが帰ってきてこの間に入ったら最悪だなと一瞬思う。
「俺、初対面の人に告白されるの初めてだからビックリしたよ」
「本当にすいません・・・・でも初対面では・・・・ないです・・・・」
まだ恥ずかしいのか言葉がとぎれとぎれで聞き取りづらいがそんなことより驚いた、初対面じゃないのか。
「どかであったっけ」
一瞬表情が翳り
「覚えていらっしゃらないですよ・・・・ね」
と言い、目を合わせずに下を向いていた顔が、さらに下を向いた。
「ごめん、ごめん、どこで会ったんだっけ」
「あの・・・・彼女とか・・・・いますか」
質問には答えず逆に質問された。
「別にいないけど」
俺は現状を素直に言ったというか過去にもできたことはないけど
この言葉を返した瞬間から少しの沈黙がおとずれた。
・・・・
・・・・
「付き合ってもらえませんか!」
恥ずかしいのはわかるがこの沈黙状態の時に大きな声を出されると少しビクッとする。
「え、えっと・・・・」
曖昧な意思表示をしてしまう。
この状況でごまかしてしまうのは相手に不快感を与えるとは分かってはいるが言葉が出てこない。
「あの・・・・私なんかでは・・・・ダメですか・・・・」
さらに表情が翳った。
決断しなくては。
「まあ、少し土手でも歩かないか」
俺にできる精一杯の答えは結局ただのごまかしでしかないようだ。
祭りが行われるこの神社の横には川が流れている。
いつもそこの川周辺でこの祭りのしめである花火が上がる。
俺はその川の土手を歩いていた・・・・ぎこちなく。
さすがに緊張する。
告白してきた相手と一緒に歩いている状況だ。
なにか話そうと思いながらも声が出てこない。
それに一人分の間はまだ縮まっていない。
もう少し近ずいてもいいのだろうか。
なに俺が緊張してんだ、告白してきたのはあっちなんだから俺はもっと冷静でなくては。
「あの・・・・手をつないでなんていったら・・・・ダメですよね・・・・」
「いや、まあ、いいよ」
普通にいいよといえばいいのに何で俺は今いや、まあ、がついたんだ?
なんか自分を少し嫌いになった。
小さな手をさし出してくる。
怖いわけではないが俺は手を恐る恐る出した。
肌の感覚、こんな温もりは初めてかもしれない。
癒されるというかほっとするというかなんか落ち着く。
「私・・・・好きな人と手をつなぐのが・・・・夢だったんです。今、叶いました」
「あ、ああ・・・・」
鼓動が早い、この状況で冷静になれなんて皆無だ。
「私、今が嘘みたいです。去年まで一人でいたお祭りが今は私の好きな人が隣にいる・・・・このまま時間が止まってほしいくらいです」
優しい人なのに友達とかいないのだろうか。
どっちでもいいか。
「俺だって嘘みたいだ、まさか夏にこんな優しい人に知り合えるなんて」
そのとき空に大きな光が破裂した。
その光は綺麗に暗い夜空を飾り儚く散る。
何発も続けて空に上がる。
思はず感嘆してしまう。
「毎年綺麗な花火ですよね」
彼女が初めて顔をあげた。
微笑んでいる、とても無邪気に。
「本当に毎年綺麗だよな」
その後会話は止まり花火に釘付けになった。
俺はドキっとした。
俺の頬に何かがそっと触れた感じがする。
それは柔らかく若干暖かさを感じる。
しかしそれはすぐに俺から頬から離れた。
花火を見るために上げていた視線を横にやる。
横ではなぜか花火が上がっているにもかかわらず視線を下に下げている。
「どうした、だいじょぶか」
「いえ、別になんでも・・・・」
目線をさらに下に下げ早口で返答した。
何か戸惑っているようにも見える。
・・・・気のせいだろう。
「おまえ、ここにいたのか、探したぞ」
肩をたたかれる。
この声は!
忘れていた俺は神社で待っていたんじゃないか!
こいつに女子高校生といるところなんて見られたら冷やかされるに決まってる。
どうごまかせばいいんだ。
苦悩する。
この状況でうまくやり過ごすには・・・・・・・・・・・・・無理だ。
どんなに嘘がうまかったとしても手をつないでいる状況だ、やり過ごすことなんて出来ない。
まずはつないだ手をはなす。
何か言いだされる前に言葉を発した。
「あ、ごめん、ごめん、あまりにも来るのが遅かったからちょっと散歩してたんだよ」
自分の顔が引きつっているのがわかる。
かなり苦しい嘘だ。
「おい、おい、具合でも悪いのか」
ばれてない、嘘が成功したのか。
いや、ばれない訳がない。
もしかしてこいつは俺が思う以上に大人であえてふれてないということか。
「具合悪くない、全然平気だ」
「そうか、ならいい、それにしてもさみしいなあ、男二人で花火を見るなんて、来年こそ彼女つくろうぜ」
この反応はどういうことだ?
やっぱり冷やかしてるのかそれとも俺が手をつないでたところを見てないのか。
どちらだ・・・・
考えながら俺は、一瞬隣を見た。
隣に誰もいない。
嘘だろ!
叫びそうになった。
いなくなる時になんの音もしなかった。
まさに無音。
いなくなったというより消えたというほうが正しいかもしれない。
べつに彼女じゃないんだからいいじゃないかなんて微塵も思わない。
考えるより先に足が動こうとする。
「やっぱ俺、具合悪い、トイレ行ってくる」
そう言って走った。
あてなんか無い、この辺りをくまなく探さなければならない。
骨がおれる作業なのは承知。
ちょっと待て本当にあてが無いのか。
例えば・・・・あの神社・・・・ありえるかもしれない。
彼氏になった覚えはないのになぜ俺は探しに行くのだろう。
わからない。
本当は自分に嘘をついているだけで好きなんじゃないのか。
いや、そんなこと、さっき初めて会って少し話しただけだぞ。
走って神社につくまでの自問自答。
考えても自分のことがわからない。
こんなの初めてだ。
自分に対して舌打ちがでる。
そんなことより早く神社につかないといけないな、俺の心情なんてどうでもいいよな。
自問自答の会話の中で無理やり考えをまとめた。
神社に着いた。
自分のかんを信じて神社まできたが誰もいない。
古い小さな神社に俺の声を吸い込む賽銭箱があるだけだ。
かんがはずれた。
走って体力を使ったのでもう探しに行く体力が残ってない。
また賽銭箱に腰をかけた。
この賽銭箱がしゃべればいいのに、けっこういい情報を持ってそうだし・・・・なわけないか。
激しかった息切れがだんだんと落ち着いてくる。
よかったまだ走れそうだ。
その時、背筋に寒気が走った。
後ろから女の人の泣き声がする。
祭はまだ少なからず活気づいているが神社は違う、薄暗くて孤立している。
神社の前、夜、後ろから女の人の泣き声、こんなに怖いシュチュエーションに直面したのはもちろん初めてだ。
足が動かない。
混乱する。
どうする、動かなければなにかされそう、でも動いたら後ろから襲ってくるかも・・・・動けない。
自分が臆病なことを痛感する。
でもこのままではまずい、なにか手をうたなければ。
勇気を持って後ろをちらりと見た。
神社の中は暗くてよく見えない。
こんなことしていては探しにいけないもうイチかバチかだ。
俺はボロボロになった神社の障子おもいっきりを開けた。
泣き声はまだしている。
このまま棒立ちしていると神社の暗闇の中からなにか出てきそうなので震える唇で声を出した。
「誰かいるのか」
すぐに返答があった。
「どこか行ってください」
泣いていたせいか声がかすれている。
しかしその声は紛れもなくさっき手をつなぎながら花火を見ていた女子高生の声だ。
恥ずかしそうに、でも嬉しいそうな声音をしていたさっきとは一変している。
でもよかった幽霊なんかじゃなくて。
体の力が抜ける。
「どうしたんだよ」
「あなたは・・・・私と違った」
悲しげな声である。
しかしその言葉の意味をさっすることができない。
「どういうことだ」
「お仲間がいる人にはわかりませんよね・・・・私の気持ちなんて・・・・裏切られた感じがします」
仲間ってどういうことだ、そういえば友達がいないようなことを言っていたような気がするが関係あるのか。
「ちゃんと話してくれよ、なにかあったのか?」
たんたんと語り始めた。
「あなたはいつも通学でこの神社の前の道を通って行きますよね・・・・そしてまれにテストのことをお願いする」
なぜ知っている、俺をストーキングしてるのか。
「私の日常はひとりぼっちの殺風景な世界です・・・・一人でこんな神社に来るあなたも私と同じだと思っていました・・・・そして今日、お賽銭箱の前で叫んでいるあなたを見て確信しました、やっぱりと・・・・」
俺が賽銭箱にしゃべりかけていたのがばれてる!
恥ずかしいというよりショックだ。
立ち直れそうにない。
俺はここで誓った、もう迂闊に大声を出さないと。
「そして今日・・・・思いきって話してみたのです・・・・階段で会ったとき・・・・切り出す話題が思いつかず思わず好きとか言ってしまいました」
話がいまいちつかめないというかまったくつかめない。
正直言って意味不明だ。
「もう、いいんです・・・・私は一人で・・・・あなたにはお仲間がいる・・・・私のお仲間は孤独で十分です・・・・」
こんなに泣いている人の前でただ立っているのも気まずい、何か言葉を出さなければ。
よし、冷静にいこう
「えーと、その話はまあまあ理解した・・・・かな、でもその話に疑問が二つある、一つ、なぜ俺がこの神社にたまに来ることを知ってるのか。二つ、これは重要だ。俺を好きなのか、好きじゃないのか」
「・・・・」
答えないとか、どうすりゃいいんだよ。
それに誰かがもし来たら俺が神社を荒らしてるみたいじゃないか。
早く話のけりをつけなきゃまずいかもしれない。
かといってこの状況をどう対処すればいいのかわからない。
「そろそろ、泣きやめよ、外に嗚咽がもれてるぞ」
「・・・・聞こえません、ほとんどの人にはもと人間の嗚咽なんて」
ん? どういう意味だ。
やっとしゃべったと思ったら意味不明な回答。
本当に困る。
「もと人間なら今は人間じゃないのか」
「どうでしょうか・・・・幽霊かもしれませんね」
「そんなことあるわけ」
「もう帰ってくれますか、あなたは私と違う、もういいです」
このまま帰っていいのか、そりゃ回れ右をして帰れば楽ではあるだろう、でも帰りたいというのが本心なのか、そんなことはないはずだ、自分に嘘はつけないぞ、本当は好きなんじゃないのか、だったらなぐさめなきゃダメだろ。
そりゃそうだとは思うが人をなぐさめるなんてこと俺にできるのか。
「もう帰ってください!」
せまい空間に叫びにも似た声が響きわたる。
このまま棒立ちで怒鳴られるなんてごめんだ。
「孤独か、俺がいても孤独なのか、孤独なんじゃない孤独だったんだろ、俺はおまえが言う友達の孤独ってやつよりも親密な関係だ、彼氏だからな!」
なに言ってんだよ、俺は!
さっき好きじゃないようななことを言われたばっかりなのに言ってしまった。
こんなセリフを言ったのは初めてだ。
かなり恥ずかしい、顔から火が出るとはまさにこのことだろう。
穴があったら全速力で走って行ってダイブする。
その時、闇が少しだけ動いた。
泣き止んで立ち上がったのだろうか。
「そんな恥ずかしい言葉初めて聞きました」
言うな! かなり恥ずかしいんだよ!
自分でも恥ずかしいとわかっているがなぜ言ってしまったのかわからないしかし後悔はしていない・・・・たぶん。
「あの・・・・二つだけ聞いてほしいことがあります」
「聞こう」
「この神社は学問には関係が無いのでテストのことを拝まれましても・・・・御利益は期待できないと思います・・・・ここは安産祈願の神社です。もう一つ、これは重要です。明日は休日なので自由に過ごされたいと思うのですが・・・・この神社に午後一時に来てもらえますか。一応・・・・デ、デートということで・・・・」
「は~今年の夏も彼女できなかったな~」
「べつに、いいだろ、そんなこと」
「よくねぇよっ! 花の高校生で彼女ができないなんてありえないだろ!」
「そんなに力を込めて言わなくても」
「おまえそれでも男か、もっと本能に従えよ、人生、楽しめねーぞ」
「心配ご無用、十分楽しんでる、じゃ、この辺で」
「ああ、また」
帰り道だ。
来るときと同じ道を通っている。
でも違う、なにかが違う。
胸の高揚がおさまらず心臓が不可解な脈拍をくりかえす。
まだ自分の感情にはっきりと気が付いていなのかもしれない・・・・いや、俺ってそこまで鈍感か?
まあ、どうでもいいか。
一息吐き出す。
この一息にはなんとも言えないこの感情がつまっているのだろう。
そして自分の中にもこの感情で満ちている。
とにかくこの浮き立つ気分は変わらない。
それで十分だ。
この感情を声に出してみたい、ひょっとしたら言葉ではなくたんなる奇声になるかもしれない。
さっきから口がむずむずしてしょうがないのだ。
さっき迂闊に声をださないと誓ったがそんなことどうでもいい。
さてなんと言おうか。
まあ、いい言葉もかっこいい言葉も思い付かないのでふつうなことを言うとしよう。
「十六回目の夏もそろそろ終わりだ」
読んでいただきありがとうございました。
言葉使いなどをどんどん指摘、罵倒してくだい。
よろしくお願いします。