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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

集会所シリーズ

生きていない

作者: 分からない

「君は今幸せ?」


電動ノコギリを装備した少年は、身長の割に幼さを残したその顔を笑顔にして囁いた。



―さあ、どうだろうな。


ただ、母には「お前ほどの幸せ者はいない」と何度も諭されたな。


まあ、その通りなんじゃないのか。


何一つ不自由なく、皆から羨ましがれ育ってきた俺が幸せでないというのなら、この世に幸せなど在ったもんじゃないだろう。





「君は今の日々に満足している?」


ワクワクしているかのような明るい笑顔を一切崩さず、さぞ興味ありげに少年は質問を続ける。



―さあ、どうだろうな。


ただ、自分が望むものが何も思いつかない。


どれもこれも考えついた夢は、少し考え直せばやっぱりどうでもいいなと思えてきてしまう。


将来に何も欲しいものがないということは、現状に十分満足しているということなんじゃないのか。





「なら、今死んでも構わないんだね」


口だけを笑顔にした少年は、手にする電動ノコギリに目を向けながら語りかける。



―確かに人の求める幸せを生まれながら手にし、将来に望むものもない自分はいつ死のうが同じだろう。


そんなこと、とうの昔から気づいていた。


気づいてすぐ死のうとしたが失敗した。


それからも失敗が恐いのか、俺は生きることをやめられずにいる。





「僕なら失敗はありえないよ」


両脇に跳ねた栗色の髪がどこか可愛らしい少年は、笑顔のまま自信ありげに言葉をふりかける。



―別に失敗したのは、方法が悪かったせいじゃない。


結局はきっと俺の心にもためらう気持ちはあったってことだろう。


自分の存在が誰かに望まれている限り、それが確かなものだと実感している限り、人は死ねないじゃないかな。





「母親……だね」


笑顔以外の面を持ち合わせていないかのような少年は、ここで初めて微少ではあるがその表情を曇らせる。



―確かに俺の母親は過剰なまでに愛が強い。


過保護…いや過干渉ってやつだ。俺の幸せのことばかり気にしてくる。


行き過ぎたお節介がうっとうしいくらいだが、すべて愛あっての行為であることは理解している。


我が子の幸せのために我が身を省みない親の想いに応えて、精一杯幸せに生きるのが子としての務めなんじゃないのかな。





「…もし、その母親がいなくなったら?」


この世の闇を知らないかのような純粋そうなその目を、今度はさっきまでとは異なる笑みへと変えて問いかける。



―そしたら、もう俺の心を縛るものは何もない。


消えることに何のためらいも感じないだろう。


ただ、自分で死ぬのはいざ実行しようとしてみると想像以上にも面倒だったりするものなんだ。


だから、その時はお前がやってくれても構わない。





「流石はホンモノだね」


表情と同じに明るい声でしゃべる少年は、相変わらずハキハキした口調で話す。



―ホンモノの「死にたがり」…か。懐かしいな。


初めてそれを言われたときは、バカにされているようで気に入らなかった。


しかし、今となってはむしろ誇りにさえ思える。


ニセモノが沢山いることを知ったからだろうか。





「そうだね」


……





「じゃ、さっそく殺してあげるよ」


肩に袋をしょった少年は、その袋から何かを取り出しこちらへ放り投げた。



黒色の何か。

ボール状の何か。

凹凸がある何か。

よく見る何か。

赤色の何か。

あまり転がらない何か。

毛むくじゃらの何か。

肌色の何か。


不快な何か。


足元に転がった何かの方へ目を向けると、


見なれた母親の顔があった。



ウィンウィウィンウィィンウィンウィンウィウィンウィンウィンウィウィンウィンウィィウィンウウィンウィィンウィンウィィンウィィンウィン




ウィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン



顔を上げるとすぐ目の前には高速で回転する刃物が、


―そして、その後ろに少年の笑顔が見えた。



「大丈夫、楽にしていいんだよ」


かつて親友だった少年は、笑顔のまま囁いた。





ここでゆめは終わった。





「おはよう」


先に起きてリビングにいた母親に、いつも通りに挨拶をして、今日も日常が始まった。

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