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七丁目 母と父

前回テンション全開だったため、今回は少しアレです

すべてはあのサバゲーが終了したあと、次の日曜日の朝の食卓で、雨が何気なく発した言葉だった。



「ねぇ、お父さんとお母さんはなんで結婚したの?」



よくある無邪気で平和な質問だろう、少女というものはそういうことを気にしたがるものだ。兄貴はよくわからないが、少なくとも俺は興味がなかった。特に気にもせず卵焼きに箸を伸ばす。そこで異変に気がついた



「ママ、今日は遅くなるから」


「ええ、いってらっしゃいパパ」


普段なら母さんの鉄拳やら親父の病的発言が飛び交うのだが、その日は違った。

二人の声は無機質、というより感情をひた隠しにするような、そんな感じだったのだ。

今まで見たこともないリアクションに、俺と雨は大いに戸惑った。隣にいる兄貴は知らん。万年ニヤケ面の変態だけに、何を考えているかわからない。…さて、兄貴の悪口は置いておいて、二人は朝食のあとかたづけもままならぬまま、バラバラな時間に家を出ていってしまった。さて、今日もまた大変そうだ……



――――――


―――


「ねぇ、お父さんとお母さんって仲悪いのかな?」


俺の部屋のベッドのうえにちょこんと膝を抱えて座る雨が事もなげに呟いた


「何をいまさら…」


週間雑誌を手に取りながら鼻で笑う俺、こと浅岡三丁目。こともあろうに三丁目である。名前は母の発案だ


「う〜ん、だってさぁ…」


釈然としない様子で体を前後に揺らしながら口を尖らすと、それに合わせて安物のベッドがギシギシ鳴った


「やっぱり私はお母さんとお父さんには仲良くしてて欲しいよ…」


「……今朝のこと気にしてんだったらあんま深入りすんなよ?あれらにいちいち構ってたらキリがない」


「うん…」


よくもまああの変態夫婦からこんな出来た娘が生まれたものだ。顔の方は母さんに似たようだが、中身は一体誰に似たのだろう。まあ……サバゲーのときは多少驚かされたが……


「はっはっは!何を気にしているのだマイブラザー&シスター!!!」


扉を勢い良く開け、両親の遺伝子を忠実に受け継いだ男が入ってきた


「うん…幹人お兄ちゃん何か知ってる?」


「やめとけ、サバゲーの二の舞になるぞ」


「う……」


よほどのトラウマだったのか、雨は身をよじらせた。無理もないか…よりによってニャ◯スだからな…


「はっはっは!安心したまえマイシスター!あれは僕とあの場にいた人間とその他焼き増しした500枚の写真に収められているのみさ」


「!」


「それマジか?」


「マジもなにも今ここにあるぞ!ほれッ!」


どこから出したのか、兄貴が腕を振り上げるとバラバラと数多のカードが部屋を埋め尽くした。例外なく軒並ニャー◯姿の雨が写されている


「だ、だめぇ〜!!」


雨が写真を一生懸命拾い集める


「おいお前…いい加減にしとけよ…次は死ぬぞ」


「大丈夫さ!ここにある核を壊されなければ僕は死なない!!!」


と頭を指でトントンと指すのだが、その頭を雨の剛拳が炸裂するのを、俺は黙って見ていた。うん、同情の余地なし。次はスーパーの名のつくやつを入れてもらえ




「なんで結婚したのか、か……」


雨と兄貴の兄弟ゲンカ

と言うには激し過ぎるやりとりを眺めながらふと考えた



俺も人の息子だ。両親には仲睦まじく……言い過ぎか、まあ少なくとも子に迷惑かけないくらいには普通に仲良くして欲しい


「知ってそうな人に聞いてみるか…、気は進まんけど…」



――――――


―――


「それでここかい?」


「ああ、てかほかに知らんし、ついでだ」


「きーらーらーちゃーん」


雨がウキウキしながら自分の背より少し高いインターホンを押した。軽快な音とともにかわいらしい声が答える


『雨ちゃん?おっはよーう!』


「おはよぅ」


『今日はどうしたの、またガラス?』


「えと、うん…それもあるけど…」


割れたのは俺の部屋のガラスだ。


「孝太郎さんいるかな?」


『え?おじいちゃん?いるよー、ちょっと待ってね、今門開けるから』


けたたましい機械音とともに門が自動で開いた。金持ちはかけるとこに金をかけてるな、ふとそんなことを思ったが、現れた光景にその考えは吹き飛んだ


「なんじゃコリャァ!!」


「おっきいね…」


「ほう…」


兄貴だけが顎を指で押さえ、違った意味で感心している。建造物とも芸術品ともわからぬ物質がそこにあった


「ちょっと、危ないからどけてって言ったじゃない!聞いてるの!?おじいちゃん!!!」


その物質の影から姿を現したきららちゃんが腰に手を当て、作業する老人に戟を飛ばす


「やかましぃ!!!もうすぐ完成なんだ!!!」


老人、もとい孝太郎氏も負けていない。額を汗で拭いながら唾を飛ばして怒鳴り散らした


「…日、改める?きららちゃん…」


「え?いいですよぅ三丁目のお兄さん、おじいちゃん、食べられるガラスの完成に向けてちょっとピリピリしてるだけだから」


結局作ったんだ…試食にはあまり招かれたくないな…


「…こ、孝太郎氏!このわたくしめ!生涯に渡りこれほど深く感動したことはありません!!このツヤ!色!質感といい!すばらしすぎる!いや、この作品に形容すべき言葉が見つかりませんッ!!!」


「ふ…当たり前よ!この作品、世界の芸術を変えるぜ…」


もはや俺達が入り込む余地はない。子どものように目を輝かす二人を邪魔するだけ野暮ってもんだ


「それで、ガラス以外でおじいちゃんに聞きたいことって何?」


「えーっと、お母さんのことなんだけど…」


「小春おばさ…お姉さんの?」


気を使わせて悪いね、きららちゃん…


「それなら渋谷さんに聞いたらいいんじゃないかな?」


「ああ〜」


俺と雨の二人はどっちつかずの曖昧な返事を返した。渋谷さんは知っている。紫雲寺メイドさんの一人だ。ただ…どうもあの人は苦手だ…


「まあ…ほかにあてもない…しな…」


「そだね…」


「私も付き合いますよ〜」


芸術について熱く語らう二人を放置し、三人は紫雲寺邸へ向かった


――――――


―――




「なにやってんの桃江さん…」


「調教です」


「調教って…」


「あはは、やりすぎだよぅ桃江さ〜ん」


「きららちゃん…、いつもこうなの…?」


「やーめーてー!桃江ェ!死んじゃう死んじゃう死んじゃうよーッ!!!」


何故か青山さんは中庭に宙吊りにされていた。桃江さんはその青山さん(的)に向かって手裏剣を投げている


「こんなことなら縄抜けの練習サボるんじゃ無かったーー!!!」


「安心してください姉さま、選ばれるのは隣の金髪さんです」


兄貴が聞いたら飛び付きそうなネタだな…


「で、青山さんは何やったんです?」


26個目の手裏剣を取り出したところで桃江さんに尋ねた


「影でネコや弱いものを虐めていました。イジメるとスカッとするそうです」


「……冗談…ですよね?」


「冗談です」


無表情なので本気なのか冗談なのか皆目わからない。26個目を投げつけたところで満足したらしく、青山さんを縛るロープをほどきはじめた


「ふぇーん!死んじゃうかと思ったよぅ!お嬢様ぁ!!!」


「よしよし」


きららちゃんに泣き付く青山さん、なんとも情けない姿だ。


「用件はなんですか?浅岡三丁目さん」


「浅岡でいいです…」


「浅岡さん」


「渋谷さんいますか?」


「ええ、今は裏庭でしょうか、何か?」


「いえ、いいんです。ありがとうございました」


軽く頭を下げ、三人は裏庭に向かった。渋谷さんかぁ…



――――――


―――



「あらぁ?さんちゃんあめちゃん、お久しぶりぃ〜」


フリフリのレースのメイド服を揺らし、ウェーブがかった茶髪をなびかす、そう、渋谷橙子さんが蜜柑畑を手入れしていた。どんだけ広いんだこの家は…


「ど、どうも…」


「こ、こんにちわ…」


渋谷さんはぎこちなく挨拶する兄妹にためらい無く詰め寄ってきた


「なぁにぃ?わたしにごようぅ〜?」


間延びした声をさらにのんびりさせながら微笑む渋谷さん、確かになんとなく近寄り難いが、この人の怖いところはここではない


「聞いたわよぉあめちゃぁん」


「な、なにをですか…」


いよいよ渋谷さんは、緊張する雨の頬を人指し指でなぞり出した。とても危ない表情だ


「これよぅ、これ」


「!!!」


渋谷さんが紙きれを雨に見せた瞬間、雨の髪がネコの尻尾のように逆立つ


「なに見せられたんだ?」


「教えてよ!雨ちゃん!」


「………!!!」


顔を真っ赤にしたままぶんぶん首を振る雨、よほど恥ずかしかったんだろう、このままでは首が取れてしまいそうだ



「ほらこれよぅお兄ちゃん?」



渋谷さんはなまめかしい声とともに、俺ときららちゃんに紙きれを見せてくれた。渋谷さんの腰には、必死で阻止しようとする雨がぶらさがっている


「きゃあッかーわいい!」


「………」


絶句である。てかどう見ても合成だろコレ…なんか◯ャースの衣裳がグレードアップしてる…あれだけでも刺激的だったのに…体を覆う生地が明らかに減っている。実の兄として非常にいたたまれない…


「本当はこれくらいにするつもりだったんだけどぉ、幹人さんに止められてねぇ、あなたの命までは危険にさらせません、って」


とても残念そうに頬に手を当てため息を漏らす渋谷さん、なるほど…この人の差し金か……てかわかってんならやめろアホ兄貴


「そうそうさんちゃぁん」


「?」


「引きだしの三番目、気をつけた方がいいわよぉ」


―!


「な、ななんで知っ…いや何言ってんですかッ!?」


馬鹿な…!あれはきっちりと…いやその前になんでわかるんだ!?


「…お兄ちゃん?」


「…お兄さん?」


やめてくれ!そんな白い目で見ないでくれ…!


「あははは、それでごようはなぁに?」


渋谷さんは満足げにコロコロと笑い、また思い出しては笑っている

腹が立つがあとが怖い


「……母さんの…ことなんですが…」


俺のげんなりとした表情に、渋谷さんはいつもと変わらぬ様子で答える


「小春ちゃんがどうかしたのぉ?」


「ええ…親父と母さんの結婚とかの話って知ってます?」


「そうねぇ…私が知ってるのは恋愛結婚だったってことかしらぁ、お見合いとかじゃ無かったみたいよぉ?」


「ふーん…」


あの夫婦がねぇ…


「ほかに何か知りません?」


「う〜ん、二人のエピソードは20年前の結婚式で聞いたんだけどぉ…」


一体何歳なんだよあんたは…


「大分昔だからねぇ、あまり…あ、そうだわっ!」


渋谷さんが思い出したように手をパンと叩いた


「千軒神社に行ってみたらぁ?あそこがプロポーズされた場所だったって聞いたわよぅ?」


なんか親父と母さんのエピソードを知るのも気恥ずかしいな……でもまあ妹の不安要素排除のためだ、がんばりますかね…


「おーい雨ー行くぞー!」


写真の取り合いをしている少女二人に呼びかける。実に微笑ましい光景……ハハ、オイ雨、手加減しろ、きららちゃんは兄貴のように丈夫じゃないんだから。あ!いいの入ったぞ今!


「あらあら大変大変」


「なんか幸せそうですね」


「そう見える?うふふ…」


「……我が家の外にも変人か…」


「なにか言った?そういえばベッドの下に……」


「すいませんでしたァ!」




三丁目は見事に謝った。何も悪くないのに謝った


たぶん生まれてはじめて心から謝った瞬間だった


――――――


―――




「ふんだ!もうきららちゃんなんか知らない!」


「まあまあ…悪気は…あったんだろうけど…悪意は……あったのかな…?」


「あたしに聞かないでよ!」


そうとう頭にきてるらしい、さっきから口をヘの字にしながら路上を闊歩している。釣り上がった目で方々を睨むと、塀の上から猫が消えた


「千軒神社ってどこだっけか?」


「………」


とうとうだんまりである。こういう自分の非を断固として認めないところは母さん似みたいだな、そもそもこいつに非があるかどうかは別にして


「はぁ……、ん?」


ため息を漏らしながらどんよりとした空気で歩いていると、向かい側から見慣れた人間が歩いてきた


「よう天草」


私服の天草は、スーパーの袋を持っている。気になったので中をちらと覗くと……なべつかみがいっぱい入っていた…


「三丁目、おはよう」


「もう昼下がりなんだが…」


「私にとってはこの時間もおはようだ」


「そうかい」


ああ、不毛な会話だったかな…ごめん


「援交か」


天草が雨と俺を見比べながら呟く


「んなわけねーだろッ!!!」


こればっかりはツッコまないと気が済まん!


「そうか、そういえば三丁目は年上好きだったな、この前もいかがわしい本を……」


「ヨッシャァァァァ!!!」


「ひっ!」



おばさんがはねのき、郵便屋さんの原チャが壁に激突した


「すいませんすいませんすいません!あははははははは……」


うう…もういやだ…


「三丁目……笑っているのか?」


「泣いてんだよッ!!!」


「いかがわしい本を…?どうしたの…?お兄ちゃん…」


雨が俺をじとっと見つめている。あと一歩進んだらそれが軽蔑へ変わるだろう


「ははは、そういや雨は天草とははじめてだろ?挨拶…とかしちゃったり…しませんか?」


「………そうですね」



雨の冷視線が解けると、今度は営業スマイルになった


「挨拶が遅れました。私、浅岡雨っていいます、変な名前…ってよく言われるんですが…兄がいつもお世話になっております」


日本語を喋れ、雨よ


「天草華子、いつも三丁目をお世話している」


「誰がだッ!」


「違うのか!?」


「何ビックリしてんだ!俺がビックリだわッ!!」


膝に手をあてて呼吸を整える。ツッコミって損だなぁ……すげぇよ…お笑い芸人…


「いやぁ…それにしても大きいですねぇ…」


雨が天草をまじまじと

見つめながら呟いた。


コラコラ、どこを見て言っている


「三丁目、お前何やっているんだ?」


「ここにきてようやくそれか」


まあ減るもんじゃないから手短に説明した。するとついてこいというので、ついていくと…


「ここって…」


「ああ…」


天草の家だった。普通の一戸建てだ。


「私の家だ」


「で?」


「送り迎えありがとう」


「……」


バタン


「……」


「あ、今日はミスターパワフル5時にしまるから夕飯の準備なら今のうちにしておけ」


ミスターパワフルとは千軒町住民御用達のスーパーのことだ


「……」

再度扉が閉まり、あとに残されたのは…


……


「……この大空に翼を広げ〜飛んでいきたいよ〜♪」


「やめてお兄ちゃんッ!そんなとこに登ったら落ちちゃうよッ!!!」


「悲しみの無い、自由な空へ〜翼はため〜か〜せ〜」


「お兄ちゃんッ!!!」


「逝きたい〜♪」


「キャァァァ!!!」


いざ行かん…常識が通用する世界へ……

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