六丁目 少年の決意
結構詰め込み過ぎた感がありますね…、平に(略
グランドが戦場と化す中、それを屋上から見下ろす男女がいた。
「昨今の若者は元気が良いですね…」
「おっしゃるとおりですプリンシプル」
オペラ座の怪人みたいなマスク、ファントムマスクと言うのだろうか、をつけ、長く黒いマントを風になびかせる、まるで漫画や小説から抜け出してきたような姿で、男は感慨にふける
「しかしこのままでは校舎がもちません」
そこから三歩ほど下がったところに、背筋を伸ばして毅然と立つ女性がいた。楕円形の眼鏡の位置を指ですっと直す
「そうですね…ミス・ティーチングヘッド。」
「はい、プリンシプル」
ぴっちりとしたスーツ姿のミス・ティーチングヘッドは、あでやかなプラチナブロンドをかきあげ、無表情のまま呟いた
「…それでは行きましょうか…」
「了解しました。プリンシプル」
二人は屋上のフェンスを有り得ない跳躍力で飛び越え、そのままグランド目掛けて落下していった
――――――
―――
「きゃあっ」
穂村さんの体が宙を舞い、そのあとを追うように計量スプーンが放たれる
「なんの!」
体をひねりながらマトリックスばりの動きでそれをかわすと、見事にグランドに着地した。満点をもらえるくらいの鮮やかな着地である
「私を甘く見ないことねおばさん?」
「そんなこと言ってさっきから避けてるだけじゃない」
「う、うるさい!」
穂村さんは顔を真っ赤にさせて反論するが、もろに図星だったのでそれしか言えなかった。そんな穂村さんを見てため息を漏らす小春
「悪いけどこれから夕飯の支度があるの、タイムサービスが終わっちゃうわ」
これだけ聞いたら平凡な昼下がりの主婦どうしの井戸端会議だが、残念ながらここは井戸端などという安全な場所ではない、デッドオアアライブ、まさに戦場だ
「というわけでトドメね、大丈夫、人間おそかれはやかれ死んじゃうんだから」
「うっ…」
童顔と毒舌の織り成すハーモニーに、ギャラリーもたじたじだ!
「ふ…ふふ…師父…約束、破ります!」
「?」
「安心しろ、殺しはしない…」
「どこのヒットマンよあなたは…」
小春のツッコミを気にもとめず、穂村さんは眼鏡に手をかけた
「コォォォォォ!」
『おぉっとぉ!穂村選手の霊気が上がってゆく!腕から黒い龍が出そうだァ!』
『姉さま、やめてください』
穂村さんが眼鏡を外した。ちなみに彼女、お風呂に入るときにはちゃんと眼鏡を外している
「ふふふ…」
「!」
「ハーッハッハッハッ!ゲフッ!!!」
なにがおこったかはわからなかった。ただ黒いマントと、スーツの女が直立不動で空から降ってきたのだけ見えた
穂村さんの上に…
――――――
―――
「君には失望させられたよ〜♪」
「ち、ちくしょう…」
三丁目の伸ばした手はあと一歩のところで届かなかった。ビーチフラッグを見事征した神海杏奈は、会心の笑みを浮かべてさも勝ち誇ったようにカードを弄ぶのであった
…しかし神海杏奈は気付いていなかった。カードに書かれている数字が100ではないことを。そう、別に逃げるためならカードを投げるなり渡すなりしておけば良かったのだ。では三丁目は何故そうせずにわざわざ破る真似などしたのか?
答えは簡単、プライドの問題である。さすがの常識人、浅岡三丁目だとしても、常識人である前に男なのである。か弱いかどうかは別にして、一人の女子に散々追い回された揚句、敗北するという結果は思春期の少年には堪え難い屈辱なのだ。
そこで即座に逃げることから戦うことに決めた。まず相手の気を引くために兄から奪ったカードを掲げる。当初の予定では、それを破り捨て、舞い散るカードに気を取られているすきに捕らえるつもりだったが、しゃもじが飛んできたのはまったくの予想外だった。だが、ある意味ラッキーだった。そのおかげで無駄に痛め付けられることが無かったのだから。
「アハハハハ…って、え?2点!?」
「はっ!やっと気付いたか愚かもの!!!」
完全に油断した神海杏奈は、虚をつかれ、あっという間にはがいじめにされてしまう。こうされては持ち前の怪力も存分にふるえない。はたから見ると明らかに暴漢に襲われる少女の瞬間だったが、知略戦を征したのは三丁目の方だった…
『…というわけで、以上、中目黒桃江の独断と偏見によるわかりやすい解説でした』
「あんたがやってたのかよ!?」
とりあえずスピーカーに向かって二人仲良くツッコんだ
「まあいい…こりゃ俺の勝ちだな!はっはっは!」
「どうかしら?」
「あ?」
はがいじめにされた神海が不敵に微笑む。この状況で何ができると…あ゛
三丁目の額に冷汗が流れる
「気付いたようね」
「お、おい…それだけはやめてくれ……」
「どうしよっかなぁ〜」
「頼む!お願いだから!」
「カードくれたらやめてあげてもいいけどぉ〜?」
神海が小悪魔的な笑みを浮かべる。
「だ、誰がやるか!」
「あらそう」
神海はぷいっと顔を反らすと目をつむり、すーっと息を吸い込んだ。そして女優顔負けの演技で目に涙を浮かべると、尋常じゃない声でわめいた。
「キャァァァ!!!変なトコ触らないでよーッ!!!」
ああ、終わった…
「コラァ浅岡ァ!貴様三丁目だけに地獄の一丁目くぐらせてやろうかァッ!」
ギャグなのか本気なのか、体育科の教師が竹刀を持って三丁目に襲いかかる
「浅岡三丁目ェッ!なんてうらやましいことをッ!!!」
男子生徒だ。気付けば一宮もいた
「浅岡君最ッ低ー!!!」
女子だ、これが一番痛かった。いやどこにって心に
短かったなァ…俺の人生…
竹刀が視界を支配した瞬間、三丁目の意識は遠い世界へと旅立った…
――――――
―――
「これはしばらく起きないわねぇ」
小春ママがしゃがみ込み、穂村さんの頬をぺしぺしとはたきながら呟く
「いやぁ面目ない…つい若い力に導かれてね…君もそうだろう?ミス・ティーチングヘッド」
「はい、プリンシプル」
どうやらこの二人、校長と教頭らしい、千軒町にはマトモな人間はいないのだろうか。というか生徒を足蹴にしておいていやに冷静だ
「どうしましょう、プリンシプル」
「とりあえず『千軒堂』まで運ぼうか…あそこの薬は良く効く」
「千軒堂、ですかぁ…」
小春ママが小首をかしげる
千軒町住民なら誰でも知っている『千軒堂』いろいろな意味でとても有名だ
「…それでは校長先生、私は主人を連れて先に帰りますわ」
小春ママの右手には哀れな落ち武者が握られていた。小春ママは軽く会釈をすると、それをずるずると引きずりながら、校門を右にまがった
「…パワフルな若奥様だねぇ…ミス・ティーチングヘッド」
「はい、プリンシプル」
感心やら同情やら、様々な感情を込めながら、二人は浅岡夫妻を見送った
――――――
―――
「…んうぉ!!!」
「ひゃぁッ!」
目覚めるとそこは自分の部屋だった。ん?俺の部屋?
「だ、大丈夫?お兄ちゃん?」
「ん、ああ、雨か?」
半身をやっとのことで起こすと、確かにそこは自分の部屋だった。うーん記憶が曖昧だ。
「お兄ちゃんサバイバルゲームでボコボコにされて帰ってくるからビックリしたよ…」
雨が安堵からか、ため息をついた。優しい妹だ
そうか…なんか思い出してきた…
……
「はは……ボロボロだなオレ、カッコ悪いったらありゃしねぇ…」
「…でも生きてる…」
「うん…」
―生きてる―
……
ちょっと待て
なんかおかしいぞ
俺は何を口走っている?いや俺はまだいい、雨まで禁忌を犯して…、いやネタにのっかってくるなんて……
「どうしたの?お兄ちゃん、恐い顔しちゃって」
「………」
「あ、そうそう神海さんが優勝おめでとうって」
兄に見つめられて居心地が悪くなったのか、雨は視線を反らし、机にあるトロフィーを指差した
「……待て、何故お前がスタープラ…いや神海の名を知っている…俺はお前に神海を紹介した覚えなどないぞ…」
ガバッとベッドから跳ね起きる
「つまりこれは夢ッ!」
視界が一変する。三丁目が起き上がると、そこはやはりグランドだった。自分はどうやら大の字で寝ていたらしい。夕焼けがオレンジ色に辺りを染め上げていた
「あ…ててて…なんか変な夢見てたような…」
体を摩りながらあることに気付いた。カードが無い
「ッあー、くそ、負けたかー」
少し悔しかった。でも負けたことより、みんな非常識だったが、久々に体を動かせて、心なしか頭がすっきりする……
「あんま常識常識言ってたら人生つまんないのかもな……」
ぽつりと呟きながら首を横に倒した。そういや向こうの方が騒がしい。あぁ、表彰式か…誰が勝ったんだろ…母さんか神海かな…
『えー、それではァ!表彰式を行いまーッす!』
はは…元気だなぁ青山さん…
『まず第三位ッ!ジャカジャカジャカ…ジャン!古賀くん!!!』
何だとーーーー!!!
なんで古賀ッ!誰もが忘れてるわッ!!!
表彰台では古賀が照れ臭そうに坊主頭を掻いている。良かったな、古賀…
『続いて二位…苦節四十余年……長かった下働き生活…!』
いいから早く言え
『ジャン!浅岡幹春!』
「……なんでいるんだ…さっき帰ったはずじゃ……あれ?俺何言ってんだろ…まだ寝ぼけてんのかな…」
「えー恥ずかしながらこの浅岡幹春、第二位という…」
『続いて第一位!!!ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカ…』
ゲシュタルト崩壊って言葉知ってるか?
『ジャカジャカジャカジャン!!!浅岡幹人!!!』
「はっはっは!さっきから女子が僕の顔を見て避けるのがわからないが、ありがとう!いやありがとう!!!」
「………」
やっぱり常識的に生きよう…