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五十一丁目 女たちの悩み

暗い部屋で目を覚ました。


カーテンの隙間からわずかに光が差し込み、部屋の様子を少しだけ自分に教えてくれる。目をしょぼしょぼさせながら慣れない暗闇を探ると、まず自分がかなり上質なベッドに寝ていることに気付いた。ふかふかの羽毛布団にビロード張りのベッド。


はて? 何故わたしはこんなとこで寝ているのだろう?


記憶をたぐるまでも無い。半身を起き上がらせようとすると腹部がズキズキと痛んだ。



そうか、あの女盗賊に一発喰らって……



さすってそれを確認したあと、ふと、自分のお腹に違和感を感じる。さらさらとした手触り、まるで風が実体を持って体を纏ったような、得も言われぬ心地良さがそこにはあった。


「…ドレス?」



誰にともなく呟く。シンプルではあるが、余計な装飾を一切必要としない淡いエメラルド色のワンピースを着用に及んでいる。暗闇の中でもその色は目立った。洞窟の中で光る宝石を見ているみたいだ。


そんな感想を頭の中に浮かべると、ガチャリと戸が開く音がした。


「誰!?」



言うのと同時に闇の中を手探りする。が、しまった。パラソルが無い。



「お目覚めですかな?」



戸から溢れんばかりに差し込む光に、慣れない目をすぼめながらその声の主を見極める。逆光で浮かび上がったシルエットは、長身で姿勢の整った人間を、声の調子からは決して若くない熟年の男を神海に想像させた。



「あんたは誰なの? で、ここはどこ? あいつらは?」



たたみかけるようにまくし立てる神海を見て、嫌な顔ひとつせず、男は答えた。



「申し遅れました。わたくしの名はセドリック、この館の執事長を務めさせていただいています。そしてここはサウザンの町、ラシャス様の館。あいつら、というのはわかりませんが、お連れの女性なら隣の部屋に」



「……ラシャス」



神海はシーツのはしをぎゅっと掴んだ。

なるほど自分はあの女盗賊のいう、ラシャスに献上される女、愛人の一人になったわけだ。だとすれば結構やばい。パラソルは館の人間に奪られているか、もしくはあの村に置いてきてしまったのだろう。どちらにせよ、そうそう自分の手に返ってくることはあるまい。ラシャスとやらも、長と名のつくくらいだからきっと凄い魔法を使うはずである。

あー、もうっ! とっとと助けに来なさいよあのバカッ!



と、なんともはや理不尽な怒りでぼすぼすと枕を殴る神海。そんな神海を見てセドリックは眉をひそめながらも



「少々お疲れのようですな、こちらにどうぞ」



と丁寧な仕草で神海を扉の向こう側へと促した。


今暴れたってきっと意味は無いだろう。ましてやこの男だって魔法を使うはずだ。


そう考えた神海はベッドから下り、ひたひたと裸足のままひんやり冷たい床を歩いた。ドレスは足首まで丈が伸びており、少しばかり歩きにくい。


「こちらへ」



セドリックは平坦な口調で言うと、すたすたと廊下を歩いていってしまった。どうも慣れたようすだ。やはり自分みたいな女をさんざんこうやって扱ってきたのだろうか。そう思いながらも扉の外に出ると、神海は面食らった。


「朝日香!?」



「神海さん!」



ぱたぱたと朝日香が神海に駆け寄り、息を切らしながら神海の手を握った。


「無事ですか!?」



「なんとかね、ってやっぱ朝日香もか。いや、まあ話の流れからしてわかってたけどさ…」



神海が、はぁ、と深いため息をついた。そのため息には二つの意味があった。


一つ目は、自分を含めて二人ともとりあえず無事なことを確認できた安堵感。

二つ目は、朝日香のドレスの神々しさに感動してもれたため息である。さっきまで着ていた純白のローブも見事なものだったが、今目の前にいる朝日香は一言で言えば、天使である。まあ翼も生えているわけだし、あながち比喩で終わることは無いだろうが、それは女の神海が見て嫉妬してしまうくらいの美しさであった。その上色は違えど神海と同じタイプのワンピースを着ているのだ。こっちが恥ずかしくなってくる。



「……こりゃあいつにはもったいないわ」



「え?」



「え? あ、ああ、なんでもないわよ? それよりあのおっさん追わないと」


苦笑しながら手を目の前で振ると、神海はととと、とセドリックの後ろを追い掛けた。




――――――


―――




「……う〜ん、なんとも奇妙な話ですが…あなたは本当に三丁目さんでいいんです、ね…?」



自信無さ気に赤坂さんが三丁目を見下ろした。三丁目(♀)と言えば、先程まで泉にカップやら石ころをやっきになって放り投げていた。が、それになんの反応も見られないことを悟ると、今度はいきなり湯を沸かしはじめ、何故だか頭から被り始めた。



「…戻れ…戻れ…戻れ…」



ぶつぶつと危なげに呟きながら三丁目は尚も湯をかけ続ける。もはや冷静を保つような余裕は無かった。



「三丁目さん、落ち着いてください……」



「はは…、だいじょうぶですよあかさかさん、ら◯まくんはこれでもどったんですから」



抑揚のまったくない声で三丁目はせせら笑った。瞳はにごり、現在三丁目の意識ははるか空の上にある。

赤坂さんは小さくため息を漏らし、そして大きく息を吸い込んだ。そして……



「@●Ω★ЙЖξБ&!!!」




…………




――――――


―――




「…気分はいかがですか?」


「……すいません、少し取り乱しました……」



「いえ、無理ないですよ…。常人だったら自殺レベルですから……」



どよ〜ん、と暗くなる女二人。三丁目は身の上、赤坂さんは歌声について、激しく頭を抱えていた。



「はぁっ、悩んでても仕方ない、とりあえず前向きに前向きに……」



そう言って三丁目はとことこと息まで歩いていき、再び水面を眺めてみた。ふっくらとした唇、アーモンド型にぱっちりと開いた目、小さく、形の良い鼻、さらにゆるい逆三角形を描くような輪郭がそこにはある。なるほどよく見れば母さんや雨に似通った点が見られた。男の自分から見ても水面に映った女バージョンの自分の顔は美人だ。


「さすがは嵯峨野神、不老女クオリティ、ってか?」



頬をさすりながら渇ききった苦笑をしてみる。その顔があまりに滑稽だったので、試しに、いーっ、と頬を引っ張ってみたり、口を、うー、とすぼめてみたりした。紛れもなく自顔で、何かを張り付けられたりしたような違和感はどこにも無い。



「おーい、もーどーせー」



ぱしゃぱしゃと水面を叩くが、なんの反応も無かった。むかっ、ときたので好き放題言ってみる。


「筋肉ダルマ! キショ男! なんちゃってギャル男! ハゲ!」



しーん、と静まりかえる泉。

返事は一切無い。


三丁目はため息をひとつついた。それが、はふぅ、といかにもかわいらしくなってしまったので、一瞬自分に対して殺意が湧く。



「ダメです。行きましょう」



「へ? いいんですか?」



「考えたらそこで試合終了です。とりあえず今は朝日香と神海が心配ですから」



「た、たくましいですね…」



赤坂さんが感心するのをよそに、三丁目は自分の体をもう一度確認してみた。

普段女性はこんな風に世界を見ているのか…、と妙な感慨にふけり、ぺたぺたと体を触ってみる。丸みを帯びた体つきに、ふっくらと膨らんだ胸、最も重要なのはアレが無いことだ。17年間苦楽を共にしてきた相棒がそこにはいない。


……触ってみてふと気付いたのだが、どうやら今の自分には女性に対して湧く男としての感覚は失われているみたいだ。別に興奮もしないし。

それをちょっと悲しく思いつつ、三丁目はこのままこの体に慣れてしまわないよう努めることを誓うのであった。


「ではこれを」


「はい?」


「さすがに『女の子』にツナギはまずいと思うので」


赤坂さんがおもむろにガサゴソと荷物をあさり、三丁目の前にピラッとなにやら薄地の布を取り出した。


「それは……まさか…」


ひくひくと口元を引きつらせる三丁目。


フリフリしたプリーツスカートに、割と上品なブラウス。なめらかな手触りをした肩掛け。


「これから杏奈さんと朝日香さんを助けに行くわけですから、『女性』として恥ずかしくないような格好を…」


赤坂さんがふふふ、と不気味な笑いを浮かべながら、ブラウスの肩を掴んで三丁目ににじり寄る。

目が明らかに常軌を逸していた。


「ほ、本当に気の毒に思っていますか?」


一歩ずつあとじさりながら三丁目が呟くと


「思ってますよぉ? ですからほら、ねぇ?」


なにが『ねぇ?』だ。と泣きそうになりながら後ろに下がりつづけると、ついに泉の縁まで来てしまった。


「ひっ…!」


万事休す、というやつだ。三丁目は短く悲鳴を上げた。


「はい。どうぞ?」


にっこぉ、と身の毛のよだつような笑みを浮かべ、小首を傾げる赤坂さん。


「や、やめっ! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


やわらかで、暖かな風とともに、三丁目の貞操は吹き去った……。





――――――


―――






「うぇ……」



それは眉をひそめずにはいられない光景だった。

馬鹿みたいに豪勢で巨大な部屋。

加えて正面に備うるは金ぴかの玉座。

玉座に座っている男はすらっと伸びた脚を色っぽく組みあわせ、そしてまるでサファイアのようにブルーに染まった、腰までは届こう髪をさらさらとたなびかせている。さらには胸の大きく開いた艶かしいスーツに身を包んでいた。

そのドがつくほど派手な若い男は、現在神海と朝日香の目の前、実際には段差一段ばかり高い位置だが、そこから肘掛に頬杖をつく形でこちらを見下すように眺めている。


……それだけなら神海もここまで嫌悪感を覚えずにはいられなかっただろう。神海の嫌悪感の主たる理由は、なにより男が周りにはべらせている女の量なのだ。

ざっと見てだいたい10人くらいはいるだろう。

果たしてその女達は、今しがた入室してきた朝日香と神海にはまるで気づいていないかのように男に愛の詞を囁いている。

しかし男の反応は乏しいものである。ハーレムな空間に身を置いているというのに、さっきから切なげにため息などついているではないか。しかしその仕草に女達は狂ったように中てられ、うっとりとしている。


嫌な悪循環だな…、と神海が吐き気を覚えていると、男はため息とともに口を開いた。


「やぁ……」


そして悩ましく顎に手を当てると、独り言のように呟いた。


「愛とはなんだろうか……」



「はぁ?」



いきなりの人間倫理に朝日香と神海は首を傾げた。



「僕の名前はラシャス……生まれつき愛というものがわからないんだ……。この魔法故に、ね……」



ラシャスがふいに流し目を送ると、女達はとろけそうなくらいにふにゃふにゃになってしまう。確かにラシャスはそりゃもうびっくりするくらいの美形だ。顔のパーツはこの世の美を集約したようにあてがわれ、動作ひとつひとつが高貴な雰囲気と、美男子たるオーラを纏っている。しかしさすがにそれで女があのようになるのは妙だ。



「僕の魔法は『誘惑』。無意識に女性を引き付けてしまうのさ……」


相も変わらず低めのテンション。しかしそれがまた魅力の刃を飛ばし、女を『誘惑』する。しかしラシャスは異変に気付いた。



「……おかしいな」



ラシャスは、すっ、と立ち上がり、控えた女達の手を振りほどくと、神海と朝日香のそばまでカツカツと歩いてきた。



「…きみたち……僕の魔法が効かないのかい…?」



「え?」



ラシャスはかなり長身だ。180を軽く越えているのではないか。



「魔法…? なんか感じる? 朝日香?」



「いえ……。あ!」



「どうしたの?」



「たぶん私の魔法のせいだと思います」



『魅了』の魔法……。


そうか…



「はい、きっと『魅了』と『誘惑』の魔法が相殺されて、お互い効果が薄まったんだと思います」



「じゃあなんで私は……」


朝日香と神海がひそひそとやっている間にも、ラシャスは腰を屈めて二人を品定めしていた。



「きみたちとなら僕は愛を知ることができるかもしれない……」



『は?』



二人して固まり、あくまでも真剣なラシャスを怪訝そうに見た。



「セドリック……!」



「はっ…」



ラシャスが小さく呼びかけると、どこからともなく執事長のセドリックが現れた。



「婚姻の用意を……」



「かしこまりました……」



「こ、婚姻ッ!?」



神海があせってむせる。朝日香も目を丸くして、その様子に頭の上で疑問付を浮かばせていた。



「そ、そんな薮から棒にッ!」



見れば取り巻きの女達は愕然としていた。魔法に中てられたとはいえ、あれはもしかしたら村の女なのかもしれない。なんとなく気の毒ではあった。



「では婚姻は明日の夜に……失礼ですが、お名前は……?」



「神海…杏奈…」



「鞠野…朝日香…です…」



突然の展開に目を白黒させながら、心ここにあらずといった様子で答えた。



「ってか重婚!?」



ツッコミ所が違うが、混乱した神海の口から飛び出したのはこんなセリフである。



「愛の形って一つじゃないと思うんだ……」



ラシャスはラシャスで、まるでオペラの歌劇のように、ラシャスは大袈裟に振る舞う。次いでさらには神海と杏奈の前にひざまずき、順に手をとりなんと口づけをした。



「それではこちらへ……侍女たちに式のための身支度をさせよう」



心なしか嬉しそうにラシャスが腰に垂らしたマントを翻した。そして…



「さぁ……僕に愛を教えておくれ……」



と、薄く笑いを浮かべながら……



二人を寝室へと促した…

この小説は全年齢対象です。そういうアレはありませんので、あの、勘弁してください。

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