表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/56

五十丁目 ニュー三丁目

事態にあらかた収拾がついたのは太陽がちょうど三丁目たちの真上に現れた頃だった。俺が気付いたときには盗賊団は一網打尽、みな仲良く縄で縛られ目を回していた。察しはついたが、赤坂さんがあたかもまとめた新聞紙を縛るように、割と乱暴な手つきでやつらを縛っているのを見たような気がする。

一件落着とまでは言わないが危機は免れた。あとはこいつらを近くの警備隊(そういう集まりが近隣の小都市にはあるらしい)に突き出せば晴れて依頼は達成である。



「……ん?」



ジョキン、ジョキン



「あ、動いちゃダメです」



ジョキン、ジョキン



「え? ああごめん」



ジョキン、ジョキン



「ったく……役立たないくせに面倒増やしてんじゃないわよ」



ジョキン、ジョキン



「しょうがないだろ、まさか一生分の髪放出したなんてこと無いよな…」



前髪をハサミでチョキチョキ切り、くりくりと指でいじくる。なんのことはない、普通の髪だ。

三丁目がそうしている間にも朝日香と神海が両脇でジョキジョキと髪の毛を切り落としている。実際、大波で海岸にぶちまけられた海草くらい小屋に広がっていたので、処理するのには一つや二つの苦労では足りそうに無い。


「それでどうしたんですか?」



「ん? ああ、これ、赤坂さんの魔法のマイクなんだけど……」



三丁目は赤坂さんに預けられたマイクを二人に見えるよう、前へ差し出した。


「ん〜〜……カラオケとかにあるマイクみたいだけど……」


神海が眉をひそめて、じーっ、とマイクを眺める。確かに神海の言うとおり何の変哲もないマイクである。しかし三丁目はマイクの柄の部分を指した。



「……電源…入ってないんだよコレ………」



マイクの電源は『OFF』になっている。先程小屋の中では横で見ていたが、赤坂さんが電源スイッチをいじるようなそぶりは無かった、はずだ。



「……てことは」



三人の顔から血の気が引いた。



「あれは……地声?」



そして同時にそう言い、無言でメイド服の埃を払う赤坂さんを遠目に見た。ゴゴゴ、と威圧感を感じたのは、きっと自分だけじゃない。



「……それじゃああの声の上にさらに魔法使ったら……」



三丁目が呟くと、三人は体を震わすより他無かった。次いで引いた血の気がさらに引く。



「このことは赤坂さんには黙ってよう……」



三丁目が提案する。


異論は無かった。



――――――


―――




「く……なんなんだいあんたたちは…!」



唇を噛み締め、縄で完全に動きを封じられたマ・ヤーマが心底憎たらしそうに、目の前の三丁目たちに睨みを効かせた。



「正義の味方。って言ったじゃない」



「あたしが言ってんのは魔法のことだよ、なんだいあの馬鹿デカい声、聞いたことも見たこと無い魔法だ」



ピクリと赤坂さんが反応した。



「馬鹿…? デカい…?」



漆黒のオーラをたなびかせ、おそらく錯覚であろうが、強烈な効果音とともに赤坂さんが振り返る。そこだけ夜の闇に包まれたようであったが、しかしその中に光る二つの瞳孔は隠せない。



「あ、赤坂さん…?」



ひぃぃ、と身の毛をよだたす盗賊団の間を絶大な迫力で踏み分け、赤坂さんはマ・ヤーマの前に立ちはだかった。



「な、なにを……」



「ふふふふふふ……」



腹の底から出てきたような、不気味な笑い声が赤坂さんの口から漏れ出した。



「あ、赤坂さん! 落ちついて!」



と、三丁目が赤坂さんの肩を掴むと…



「ふふふ、冗談ですよ」



「はい?」



振り返りざまに赤坂さんがウインクしてにっこりと微笑んだ。



「でもちょっとイラッときたので」




「赤坂さん…?」



ひんやりとした空気が小屋の中を襲った。

本当に冗談……か?


「ま、まあそれはともかく、あんたらなんで女の人さらうんだ? それにハイグレードってなに?」



朝日香も興味深そうにマ・ヤーマの返事を待った。



「ちっ、まあ減るもんじゃねぇしな」


ずいぶんと潔いが……まあ話してくれるなら文句はない。



「ハイグレードっつのは通称で、実際は『失われた種』とか言われてる。っていってもそこらへん名前負けでな、ハイグレードもあたしたち鳥人と同じように普通にこの世界で生活してたりする。だがこの地域では……まあ珍しい方だろう」


マ・ヤーマは一呼吸置き、朝日香を一瞥した。朝日香が、びくっ、と体を震わせて三丁目の背中に隠れる。



「あたしが女を狙ってたのはだな、こっからもっと南に向かった先にある結構デカい町、サウザンの町長がかなりの好色で、馬鹿みたいな高値で女を買うからだ。要は『めかけ』だな」



めかけ……愛人…か…


「おのれ…やはりラシャスの仕業か…!」



しわがれた声に一同が振り返ると、よろよろと杖をついた老人が憎々しげに喉を鳴らしていた。



「村長さん」



三丁目が言うのと同時に村長の体がよろめく、慌てて近くにいた赤坂さんと神海が支えた。



「ラシャスって?」



肩を支えたまま神海が尋ねた。村長は「うむ」と頷くと、頼りない語気で説明をはじめた。



「ラシャスというのはこの女の言っているサウザンの町長でな、その好色っぷりは前々から知られておったが、最近親より代替わりしてからは目も当てられんほどじゃ、いやしかし、人さらいにまで手を染めるようになろうとは……!」


怒りでぷるぷると拳を震わす村長。失礼だがその実、更年期障害という可能性も否めない。




「…ムカつくわね」



と、神海が漏らす。

すると村長、懇願するような瞳で三丁目の手を掴んだ。


「この村の若い男は皆、サウザンの町に面が知られてしまっています。我々がサウザンの町で暴動を起こしたら検挙されるのは位の低い我々なのです。お願いでございます…村の娘を取り戻してください……!」



う…やっぱり……



ガクッと肩を落とす三丁目、いい加減さっさと帝都で家族を正気に戻して元の世界に帰りたい、とは思っていたのだが、神海はやる気満々だし、これで断れば後味が悪くなるだろう。



「……あの、できる限り…がんばります……」



力無く苦笑しながら、三丁目は陥落した。


「おお…! 一度ならず二度までも……! ありがたやありがたや…!」


そして深々と頭を下げる村長。三丁目が渇いた笑いを漏らしていると、別の笑い声が重なった。



「くくく……」



果たしてその主は、縄で縛られたマ・ヤーマである。



「な、なんだ?」



三丁目が裏返った声を出すと、マ・ヤーマは大口を開けて狂ったように笑い出した。誰もが頭がおかしくなったのでは? と身を引いていたが、マ・ヤーマは一通り笑い終えると、猛禽類のような鋭い眼光で睨みを効かせた。いっそ狂ってくれた方が安心できるような、その瞳にはそんなことを思わせる敵意が込められていた。



「馬鹿だね、あたしが無意味にペラペラと喋ると思ったのかい?」



口元を引き釣らせ、背筋が凍えるような笑みを浮かべる。



「ど、どういう意味よ?」



神海がたじろぎながらも尋ねると、マ・ヤーマはさらに笑みを深めた。



「準備は整った、ってことだよッ!!」



「なッ!」


それは一瞬の出来事だった。瞬きほど、あたかもテレビの局番を変えるように、パッ、とマ・ヤーマと赤坂さんの立場が入れ替わった。

次いで三丁目の脇を豪音とともに突風が駆け抜け、はっ、と我に返れば…



「あ、朝日香ッ! 神海ッ!」



「あはははははッ!!!」



高らかに笑うはマ・ヤーマ。小屋の屋根を撲ち破り、澄み切った天から甲高い声を轟かす。紫色の巨大な翼が太陽に照らされて不気味に輝いていた。



「あたしの魔法は状態だけじゃなく体そのものまで移せるのさ! といってもそれだけ規模がデカいと時間がかかるんだが、充分稼がせて貰ったしねッ! 村の娘はさらえなかったが……引き換えにこっちのハイグレードと鋼水女はいただいてくよ!」



両脇に朝日香と神海を抱え、尚も笑うマ・ヤーマ、神海の反撃を期待したが、どうやらそれは無理そうだ。朝日香と二人、ぐったりとしている。きっとさっきの一瞬で一発喰らわせられたのだろう。しかもパラソルは小屋の床に落ちていた。



「くっそ…!」



飛ばれては手の出しようがない、三丁目は地団駄を踏むしか無かった。


「縁があったらどっかで会おうぜ! ひゃはははははッ!!!」



マ・ヤーマは勝ち誇ったように笑いをたなびかせ、朝日香と神海を抱えたまま翼をはためかせて飛び去っていってしまった……




――――――


―――






「……これで行かざるを得なくなったわけだ…」


腰に手を当て、はぁっ、と長いため息を吐き出す。


「神海はともかく朝日香が心配です」



三丁目が赤坂さんに向かって真顔で言った。


「そんな……杏奈さんも心配ですよ……」



赤坂さんがポットからカップにお湯を移しながらあせあせと呟く。朝日香と神海が連れ去られた後、三丁目と赤坂さんは村人を介抱し、残された、というか見捨てられた哀れな盗賊団は遅れてやってきた警備隊にしょっぴいてもらった。少しだけ可哀相だったが、自業自得というのもある。


ひとまず一息ついた三丁目と赤坂さんは、村でもらった食料と着替えを持ち、村よりもサウザンの町寄りの泉で昼食をとっていた。こんなにのんびりしてていいのか、と不安にもなるが、腹が減ってはなんとやらだ。



「どうぞ」



「どうも」



湯気の起ったコーヒーカップを赤坂さんから受け取り、ちびちびとすする。疲れた体によく染み込み、たまらなく美味い。


「いかがですか?」



小さ目のレジャーシートに座り、赤坂さんがにこやかに小首を傾げる。



「いやぁ、おいしいです。コーヒーも、このサンドイッチも」


むぐむぐと口を動かしながら三丁目が答えた。お世辞では無い。クラブサンドイッチなどは店に出せるレベルだ。


「そうですか、それは良かったです」


にこりと笑い、自分もコーヒーをすする。


「あっ!」


その笑顔に思わず見とれていると、三丁目は、ぽろっ、とサンドイッチを落としてしまった。サンドイッチは丘をころころと転がり……



―ポチャン



「しまった」


泉に落ちてしまった。



「すいません、ちょっと」



三丁目はいそいそと立ち上がると、短く生えた草道をサクサクと歩き始める。


「そんな、いいですよ、泉に落ちちゃったら原形も留めてないでしょうし…」


「いや、せっかく赤坂さんが作ってくれたものだから……」



食べられないにしろ、だ。



「ええっと…。やっぱダメかな…」


とことこと泉まで歩いていくと、その泉は大きさにして学校のプールくらいであった。しかし規模がどうであれ、まあ水に落ちたらダメになるのは自明の理。

ため息をついて三丁目が戻ろうとすると



―ザパッ!



泉がしぶきをあげ、中からなんと一人の人間が現れた。



「貴様が落としたのはこの食べかけのサンドイッチか? それとも新品のサンドイッチか?」



開いた口が塞がらない。三丁目は腰を抜かし、どさっ、と地面にへたりこんだ。


「なんだ貴様、人の質問には答えよ」



野太い声、黒光りするたくましい筋肉。その筋肉をあますとこなく使って上半身のけぞらせ、いわゆるジョジョ立ちをする男。その男は両手にサンドイッチを持ち、目の前に崩れ落ちた三丁目を見下していた。



「あ、あんたは一体…」



「我は泉の精、ジョニィ。貴様はなんだ。若きものよ」



即座に返事を返す泉の精とやら。ようやく我に返った三丁目は、男を指差し叫んだ。



「んな筋肉質でビキニパンツ一丁の精霊がどこにいんだよッ!」



気付いたらツッコんでいた。言ってから、はっ、と口を塞ぐ。男を眉をひそめた。



「むぅ、我が名を問うているのだ。答えぬか」



どうやらツッコミの件は気にしてないようだ。むしろ名を名乗らないことを無礼ととったらしい。


「浅岡……三丁目だけど……」



ぼそぼそと呟くと、男は笑った。


「クハハハハ! これまた奇妙な名だ。奇妙奇妙ジョジョの奇◯な冒険」



それが言いたかっただけだ、絶対。

しかもだいぶ無理がある。



「てかなんであっちの世界のこと知ってんのさ」



「なにをおろかな、世界にあっちもこっちもない。すべては一つの空間に他ならない」



「またわけのわからんことを……」



憮然として三丁目が口を尖らすと、男、ジョニィは短く息を漏らした。


「御託宣はいらん。貴様の落としたのはどちらなのだ? いい加減にしないと帰るぞ」



それが一番有り難いのだが…、サンドイッチは赤坂さん特製である。



「そっちの食べかけの方…です」



おそるおそる左手に持ったサンドイッチを指差すと、あろうことか、ジョニィの目は、カッ、と見開き、鬼のような形相になった。びくっ、と体を震わす三丁目。



「この嘘つきめがッ!」



「はぃ!?」



嘘つき!? そんな馬鹿な!



「嘘ついてねぇだろッ! 俺が落としたのは食べかけだ!」



「ふん、言い訳など聞きたくない。見ろあれを」


「……?」



目をすぼめてよぉーく凝らすと、本当に見にくいが、岩かげにサンドイッチがあった。



「あれが貴様のサンドイッチだ」



「は? でもポチャンって…」



釈然としない三丁目であったが、ジョニィは鼻を鳴らした。



「馬鹿め、あれは我が鳴らしたのだ」



「はぁ!?」



「そう、つまりサンドイッチは泉には落ちてなかったのだァッ!」



「そこから嘘かよ!」



手口が汚い上、せこい。


「ちょっと待…」


「黙れ嘘つきめが! そんな貴様にはどちらもやらん! さらに我が暇つぶしで開発した呪いも喰らえぃッ!!!」


「ひ、暇つぶし!?」


ジョニィは三丁目の鼻先にぶっとい指先を突き刺し、なにやらぶつぶつと呟くと、これまた訳の分からない奇声を発した。

ジョニィの指は眩く光り、目の前でその光を直視した三丁目の意識は一瞬で吹っ飛んだ。





――――――


―――







「……ですか?」



む……?



「…大…夫ですか……?」



赤坂…さん……?



「大丈夫ですか?」



「う…うぅ…はい……」



ぱちりと目を開くと、抜けるような青空をバックに赤坂さんの顔があった。

風が草のにおいを運び、ちくちくと背中を雑草が刺す。

起き上がろうとすると、変だ。妙に胸が苦しい。まさかあの筋肉男の呪い…か…?


「むぐ…」



それでもなんとか起き上がり、手をついて立ち上がる。

それに合わせて赤坂さんも立ち上がると、再び違和感を感じた。



…あれ? 赤坂さんってこんなに背、高かったか…?



さっきまでは三丁目がわずかに見下ろすような形になっていたはずである。それがいまはどうしたことか、わずかに三丁目が見上げている。



「つかぬことをお聞きしますが、この辺でツナギを着た男の子を見ませんでしたか? ちょっとの間にいなくなってしまって…」



なんだ赤坂さん。変にかしこまったりして。

まあ丁寧な口調はいつものことなのだが、これではまるで他人と話しているみたいだ。



「何を言って……。…ッ!!」



バッ、と喉を抑える三丁目。

いよいよおかしい、これは自分の声か? いつもの自分の声より1オクターブ高いような気がする。



「?」


赤坂さんは三丁目のさっきから繰り広げられる妙な仕草に、首を傾げていた。

それを見て疑惑が確信に変わり、三丁目は駆け出した。

赤坂さんの呼び止めるのも聞かず、はぁはぁ言いながら泉のふちまで到着すると機敏な動きで四つんばいになり、風に揺れる水面を見つめた。


「な……」



そして赤坂さんの奇異の目もはばからず叫んだ。



「なんじゃこりゃァァァァァァァァッ!!!」



水面には…


ツナギを着て…


目を大きく見開き…


叫んでいる…



…見知らぬ『女の子』が、いた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ