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四十九丁目 最強な技

―チュン…チュン…



……ん…朝…か…



小鳥のさえずりと窓辺から差し込む朝の陽射しで目を開くと、まず最初に煤ぼけた天井が見えた。壁によりかかっていたはずだが、どうやらずるずると床に落ちていってしまったらしい。



「ん…ぎ……」



伸びをしようとするが、妙だ。胸に重みを感じる。



「……なんで?」



首だけ起こしてみれば、なんと神海が自分の胸の上ですやすやと寝息を起てていた。おかしい、自分は昨日一人で寝ていたはずだ。何故?



「待て待て、落ち着け」



俺は何もやっていない。……はずである。



「あ、あれ?俺は……何も……」



頭を抱えて必死で脳ミソの奥に問い質す。


見れば当事者のこいつは、相も変わらず俺の胸で気持ち良さそうにに眠っている。すっかり冴えた頭でもう一度確認するとこの女、慣れない服のせいだろうか、かなり衣服が乱れていた。単に寝相が悪いのか、はたまた俺が何かしたのか、自分的には是が非でも前者であって欲しい。



「……おい、神海」



ぺちぺちと頬を張る。とりあえず息が苦しいのだ。どいてもらうことに越したことは無い。



「ふにゃ……?」



4回ほど叩いてようやく目を覚ました。低血圧気味な神海は三丁目の胸に頭を乗せたまま、ぼーっと目を半開きにして三丁目を見る。


「お、おはよう」



片手を上げて一般的な朝の挨拶をする三丁目。



「おはよ〜…?」



目を擦りながら神海が反射的に返した。



「まあ言いたいこともあるだろうが、ここはだな、落ち着いて冷静な話し合いを……」



「む〜…?」



神海は口をヘの字に曲げ、眉間にシワを寄せた。そしてじーっ、と三丁目の顔を見て、こっちから見てもわかるくらいにだんだんと目を見開いてゆく。



「待て!落ち着け!」



「な、ななななな!」


顔を真っ赤にして神海がカタカタと震えはじめた。三丁目の動物的本能が告げる。逃げろ、と。



「お、俺は悪くないからな!」



三丁目の必死の弁護もむなしく、神海は目を伏せ、ぷるぷると震え出した。しかしほどなくして顔を上げ、すーっ、と息を大きく吸い込み……




「ころォーーーーーッすッ!!!」



カッ、と目を開き、紅潮した顔で三丁目に迫る



「ぎゃっ!ちょっとまぶッ!!!」



容赦の無い上段への鋭い正拳突き、さらに左足を軸にして回し蹴りを溝落ちへと叩き込んだ。物理法則に従って、壁に叩きつけられた三丁目の顔面に飛び膝蹴りを入れ、再度壁に叩きつけられた三丁目。追い撃ちに裏拳を喰らい、ぐでっ、とのびてしまった。



「はぁ…はぁ…」



肩で息をし、恥ずかしさで目に涙を溜め、三丁目を見下ろす。



「ばかぁ…!もうやだ…!」



泣きそうになるが、みっともないのでなんとかこらえてみせた。



「あの……」



「なによっ!」


後ろを振り返るとベッドの上で朝日香と赤坂さんが唖然として二人を見ている。朝日香と赤坂さんは、耳から首に至るまで真っ赤になった神海を目を丸くして見つめていた。



「一体なにが……」



赤坂さんがようやく搾り出した言葉に答えられる人間など誰もいなく、赤坂さんの呟きは朝のもやの中へと熔けていった




――――――


―――




「…と、こんなもんかな」




ぎゅっ、と革のベルトを締め、編み上げのブーツの紐を結ぶ。上下がツナギで作業着のような恰好だが、だいぶんマシだ。


「あの……大丈夫…?」


神海がおろおろと尋ね、三丁目の体調をおもんばかるが、三丁目はにっこりとさわやかに微笑み、キラキラと効果音が出そうなくらいに白い歯を見せてみた。口元が様々な感情により痙攣していることはあまり気にしない方が良いだろう。



「ああ、大丈夫大丈夫、気にすんなって」



「う……」



三丁目のひどい有様の顔面にたじろぐ神海。



「ははは、何引いてんだよ」



三丁目がカクカクと首を振りからからと笑う。目が笑っていないのは言うまでも無い。



「ま、まぁとりあえず宿を出ましょうか。時間も時間ですし……」



赤坂さんがなんとか取りなし、苦笑しながら二人を外へと促した。その一方で朝日香は鏡台に向かい、いそいそとブラシで翼の手入れをしている。寝癖より先に手を回すあたり、鳥人にとって翼はかなり大事なものらしい。



「で、村役場だっけ?」



「はい、まず『挨拶』に来るらしいです。役場に村人を集めて、ね」



赤坂さんの表情が険しくなり、腕を組んで窓から外を眺めた。



「で、俺達は隠れて待つ、と」



赤坂さんがこくりと頷き、メモを差し出した。



「これは?」



「今朝ちょっとばかり早起きしまして、いろいろと情報を集めていたんです」



髪の手入れもきっちりとなされ、メイド服にはシワひとつなかった。さすがは紫雲寺家専属メイド、初期能力値が自分たちとは月とスッポンである。それはともかく、赤坂さんは人懐っこそうな笑みを浮かべ、メモの概要を説明してくれた。



「どうやら敵は巷、近隣の村を襲う盗賊団だそうですね」



「え? 魔物じゃないんですか? 前みたいな一つ目の」



「はい、魔物っていうのは聞いた話では比喩や耶喩の類いでしょうね、様相ややることが悪どかったり卑劣だったりすることからそう呼ばれるようになったんだと思います。聞くところそれほど大きな盗賊団では無いみたいです。数にしてだいたい10数人くらい、ではないでしょうか」



メモも見ずにすらすらと答える赤坂さん、メモもわかりやすくまとめられていて言うこと無しだ。


「はー…。さすがですね……」



「いえいえ、それほどでも」



本当にそれほどでもないと思っているのだろう。言い方にいやみを感じなかった。



「それでは、行きましょうか」



「あ、はい。朝日香、大丈夫か?」



「す、すいません……」



翼の手入れがようやく終わり、やっと寝癖の処理に入ったところであった。



「あの…先に行っててくれませんか…?」



さすがに女性としての体裁を保ちたいのであろう。しかし話の盗賊団は、律義なことに定期的な時間に来るらしい。それこそRPGくさいが、今はありがたく思うべきだ。朝日香の『魅了』は男臭い盗賊には大きな効果を発揮するだろう。時間はまだたっぷりある。髪をとかすくらいの余裕はあるはずだ。



「いいさ、ゆっくりで」



「あ、ありがとうございます」



焦っていたのか、髪にブラシを絡ませてしまった朝日香、三丁目はその様子に思わず苦笑した。


ああ…なんと微笑ましい光景だろう……



とまあ、うんうん頷きながら感慨に耽っていたのだが、そんな雰囲気は5秒ほどで粉々に砕け散った。



「キャァァァァッ!!!」



空気を裂くような金切り声。その場にいた全員がほとんど同時に飛び上がった。



「な、なんだ!?」



三丁目が第一声を上げると、緊張の糸が切れる。



「外です! 行きましょう!」



「はい!」



赤坂さんの合図で転がるように階段を駆け降りた。そのまま宿の外に出て、悲鳴の方へ全力疾走した。砂ぼこりを巻き上げて三丁目たちが到着したのは……



「酒場……?」


疑問付がついたのは余りにも規模が小さいからだ。無理矢理木々を組合せて作ったほったて小屋、と言ってもなんら遜色無い。しかし看板やら雰囲気から判断するに、可能性としてはおそらく高確率でソレだろう。


その小屋は、さっきの悲鳴からは想像できないほどに静まり返っていた。



「何があったんでしょうか……。ってあれ? どうしたんですか三丁目さん?」



赤坂さんが小さな小屋を見上げていると、ふと、後ろを向いてなにやらごそごそとやっている三丁目に気付く。


「いえ、ちょっと……」



「?」



怪訝そうに首を傾げる赤坂さんだったが、今は中が気になる。しかしいきなり押しかけるのはさすがにマズイだろう。三丁目たちは相談し、裏にまわって備え付けの窓から覗き込むことに決めた。


こそこそと裏手へまわると、中からぶつぶつと話し声が聞こえる。三丁目たちは一様に耳をそばだてた……




……………




「よーしお前ら、わめくんじゃねーぞぉ」



低くドスの効いた声、驚くべきことに、女性だ。


(おい!女じゃん!)



三丁目が小声で思わず叫ぶと


(知らないわよ! でもじゃあなんで女の人さらうのかな?)



つられて小声になる神海、しかし今のところは黙って見ていようと決め、視線を部屋の中にとばす。小さい窓なので状況が伺いにくいが、先日の村長と幾人かの村人がまとめて女に向かい合っていた。数にして少なくないが、荒々しいオーラを醸し出す盗賊団と比べれば明らかに見劣る。



「さぁいつものように村の女を出してもらおうか?」



「か、勘弁してくだされ……このままでは……」


「四の五の言うんじゃないよ! あんたたちは馬鹿みたいにこのマ・ヤーマ様の言うこと聞いてりゃいいんだ、それともなにかい? 村ごとあたしらの魔法でぶっ潰されたいってのかい?」



「そ、それは……」



ダン! と勢い良くヒールをテーブルに足をかけ、追い撃ちとばかりにぎろりと老いた村長を睨みつける。


「まあ今日はたまたま帝都の犬どもがあたしらを嗅ぎ回っていたせいで早くなっちまったが、どぉせ結果は変わらねぇんだ。構いやしないだろう? なぁ野郎ども!」



女が腕を振ると、後ろに控えた屈強なあらくれが一斉に下卑た笑い声を轟かせる。村人たちは完全に心を折られ、頭を抱えてすくみあがってしまった。



(あいつら…! 許さない! 行くわよっ!)



ついに堪えきれなくなったのか、パラソルを構え、神海が窓から水鉄砲を放とうとする。


(待てって! あっちだって魔法使うんだぞ! 考えなしに飛び込むな!)



三丁目がいなすが、神海の勢いは止まらない。なんとか羽交い締めにして抑えようとしていると、ふいに朝日香が二人の肩を叩いた。



(朝日香……?)



三丁目が見た朝日香の横顔はきりりと締まっていて、普段の優しい表情からは別人のようであった。


(私がいきます)



(でも相手は女だぞ!? 朝日香の魔法は……)



(はい、女性の方には効きません。でも、男性の方なら少しは動きを止めることは出来ます。……それに事情は良くわかりませんがあの方は女性が目当てなのでしょう?私が村の女性としてさらわれればそれ以上の乱暴はしないと思います)



(さらわれるって朝日香!)



(大丈夫です。なんとかうまくやってみせます。三丁目さんたちは無理をなさらないでください。これからあなたたちがすることに比べれば小さな事です。小事をもって大事を成してください)



朝日香が安心させるためににっこりと三丁目に微笑みかける。しかしそれが取り繕った顔であることは火を見るより明らかだ。三丁目の手を握る朝日香の指が小刻みに震えている。



(朝日香……)



(心配してくれるんですか?)



三丁目の顔を下から覗き込むようにして見る朝日香。




(あ、当たり前だろ、早まらないで他に何か手があるはず……)



三丁目が頭を悩ませていると


(ふふ……)



朝日香が唇に指を当て、いきなり笑いだした。



(朝日香?)



(嬉しいです)



(え?)


呆気に取られる三丁目の脇を通り抜け、朝日香は裏口の戸に手を掛けた。


「お、おい!」



三丁目の伸ばした手が朝日香の肩にかかる前に、朝日香は戸を勢い良く開いた。



「や、やめてください!」



震える声で朝日香が叫ぶ。



「……おやぁ?」



突然の来客に一瞬呆けたものの、すぐに我を取り戻し、にたり、と笑いながらおかしらマ・ヤーマは後ろを振り返った。



「かなりの上玉じゃないか。まだこの村にもこんな品が残っていたとはねぇ?」



マ・ヤーマは品定めするようにつかつかと朝日香に歩み寄り、顎に手を掛けた。そして舐めるようにじろじろと眺め、ふむ、と何かを納得すると、村長に向き直った。



「この娘はいただいていく、それと……」



マ・ヤーマは眉を吊り上げ、勝ち誇ったように口を笑みで裂く。



「『この村の』娘を一人、用意しな」



「……!」



朝日香の登場で固まっていた村人たちがさらに硬直する。


「あたしをナメんじゃないよ。この娘、村の人間じゃないだろ。こいつは……、珍しいがおそらくハイグレードだ。もしこの村の女ならこのあたしが初見で見逃すはずがない」



ハイグレード、という響きを聞いた瞬間、ざわっ、と小屋の中がどよめきに包まれる。あらくれたちも顔を見合わせて目を丸くしていた。それに加えて当の本人である朝日香でさえわけもわからず目を泳がせていた。



「帝都に根こそぎ持ってかれたと思っていたが……、こいつは思わぬ収穫だ、なぁお嬢ちゃん?」



「ひっ……」



温度の無い爬虫類のような目で睨まれ、朝日香は体を強張らせた。魔法を使って……いや…ダメだ…奥の盗賊たちには届かない。

朝日香の頭の中は恐怖と焦りで支配されうまく働かなかった。

ただ心には自責の念が募る。


私は馬鹿だ、あれだけ偉そうなことを言っておいて何もできない、と。


気がついたら唇を噛み締め、目の前にいる女を精一杯の威勢を込めて睨んでいた。



「おぉ恐い、さすがはハイグレードといったとこかい? 気に入ったよその目。くく……少し惜しいが、悪いね、あたしの目的のためにおとなしく……」


マ・ヤーマの声が甲高いガラスの破裂音で遮られた。なにごとか、と確認する前に目の前を何かが高速でよぎった。はっ、として後ろを振り返ると、ゆうに全長2メートルを越える巨漢の盗賊が小屋の壁をぶち破って外へと吹っ飛んでいったところを、大きく見開かれたマ・ヤ―マの目が捉える。

頬が熱い、と感じたのはその1秒後で、おそるおそる触れてみれば指には真っ赤な血がついている。まるで鋭利な刃物で薄皮一枚切り込みを入れたような、横一線の傷であった。



「く……。一体なんなんだいてめぇらは!」



マ・ヤーマが怒声を上げた先には、赤色と白色が交互に施された妙なものをこちらに向ける少女と、これまた珍奇な恰好をした大人の女。隣にはこれといって平々凡々なツナギ姿の少年がいた。



「……芸人?」



盗賊の一人がそう呟くと、一瞬の間に高速で空を走る矢のようなものに吹っ飛ばされる。



「正義の味方!」


妙な物体を広げたまま叫ぶ少女。


「いきなり不意打ちする正義の味方がどこにぶッ!!!」


二人と同様に小柄な盗賊の一人が吹き飛んだ。


「ほぉ、じゃあ正義の味方さん。その魔法、持ってるブツがなんなのかは知らないけど、『鋼水』だね?」


すぐさま平静を取り戻し、マ・ヤ―マが神海に尋ねる。


「え、そうなの?」



神海が誰にともなく問うた。



「驚いた。自分の魔法の名も知らないでいままでやってきたのかい」



「即製だからね、で、悪いけど、朝日香離してくんない?」



神海はパラソルをマ・ヤーマからずらさず、体を強張らせたまま凄んだ。



「くく…それはできない相談だねぇ…」



魔法のパラソルを突き付けられているというのに、マ・ヤーマは余裕そうに振る舞う。



「打つわよ?」



発射スイッチのある柄の部分に手を掛け、神海はいよいよ狙いを正確に定めた。パラソルの先端はしっかりとマ・ヤ―マを捉え、この親指を少しでも押し込めば相手を戦闘不能に追いやれるだろう。

だがどうしたことだろう。敵は降参するどころか平然と神海を見据えて哄笑した。

その態度に今確かに追い詰めているはずの神海が一歩あとじさってしまう。



「くくく……。ああどうぞ? この子も一緒にね」



隙をついて離れようとする朝日香を見逃さず、華奢な肩を強引にたぐい寄せ、首を腕で締める。にやにやと笑い、さらには挑発のためか朝日香の頬を蛇のように舌で舐めた。


「う……」



恐怖と嫌悪感に歪む朝日香の表情は、神海にパラソルを下ろさせるに充分過ぎるほどの効果があった。



「おやぁ? よく見ればあんたたち鳥人じゃないじゃないか。なんだい今日は大収穫だね。お前たち、この女二人も連れていきな!」



赤坂さんと神海を順にさし、部下に指図する。神海の『鋼水』の攻撃を免れた盗賊たちがへらへらと笑いながらロープを持ち、近づいてきた。



「くっそ…神海につられて赤坂さんと出てきたらこれか…」



「なに!? あたしのせい!?」



こんなときでも喧嘩がはじまりそうになるが、赤坂さんの妙な仕草に二人は動きを止めた。


「おいねーちゃん、ヘタな真似するんじゃねぇぞ?」


盗賊がロープを張りながら、ケケケ、と笑い出した。赤坂さんはすっと右手を上げたまま微動だにしない。


「三丁目さん…、杏奈さん…、少しの間……目を閉じてッ!!!」



「なッ!」



赤坂さんの右手が振り下ろされ、カッ! と閃光が部屋を一瞬にして真っ白な世界へと変えた。



「ぐあっ!」



「ぎゃっ!」



目を閉じているので状況がわからないが、耳元や離れた場所から盗賊たちの悲痛なうめき声が次々と聞こえてきた。それに次いでばたばたと床に倒れる音、光がおさまってきて目を開けば、突然の強烈な光に目を抑えて慌てふためく盗賊たちがそこにいた。

そしてその隙間を影のように縫い、赤坂さんの手刀が舞う。



「三丁目さん! 杏奈さん! 朝日香さん! ひとまず外へッ!」



三丁目たちは頷き、裏口から駆け出ようとする。


が、しかし……



「あうっ!」



「赤坂さんッ!?」



ドスン、と背後で鈍い音がしたのですかさず振り返ると、赤坂さんが苦悶の表情をして床に伏していた。



「なかなかやるじゃないか、お嬢さん。一本取られたよ」



カツカツとヒールの音を響かせて、倒れた赤坂さんの脇で止まる…… マ・ヤーマが、いた。


手にした鞭を床でバチンとしならせる。



「な、なぜ……閃光弾が…効かない……」



目をぐぐぐ、と開いた赤坂さん。そこで異変に気付いた。はっ、として目を抑える。



「目…目が……!」



「くくく……あたしにも魔法があるんだよ…強力なやつがね…」



不敵に笑いながら、マ・ヤーマがヒールで赤坂さんの背中を踏みつける。



「冥土の土産に教えたげる。あたしの魔法は『転移』、あたしの体の状態を近くの人間に移す魔法」



「あなた…目を……」



「くく……ああそうさ!イカす魔法だろう!?」



そう言うと、マ・ヤーマは鞭を大きく振りかぶった。



「フンッ! あんたが一番厄介そうだ。先に始末させてもらうよッ!!!」



「く……ッ!」



体を抑えられ、視界も開けず万策尽きたか、赤坂藍華は目をぎゅっと閉じた。



「ちょっと待ったーーッ!」



今にも赤坂さんに襲い掛かろうとする鞭は、全開まで力がたまる前にピタリと止まった。



「おや、なんだいボウヤ」



笑みを崩さず首だけ動かし、三丁目を睨む。



「なにやってんの!あんた何もできないじゃない!」



神海が叱咤するが、三丁目も負けてはいない、拳を握り締め、睨み殺さんとばかりにマ・ヤ―マを見据えた。



「人間は学習する生き物なんだぜ、神海…」


「はぁ!?」


額に汗を浮かべながら三丁目は微笑んでいた。この状況でここまで威勢良くできる理由、マ・ヤ―マはそれが虚勢しかない事を頭ではわかっていたが、長年生と死の狭間で培ってきたその瞳は別のものを捉えた。


背筋に悪寒が走る。なぜだかはわからない。だがこれは紛れも無く……




恐怖だった。



「お、お前らいつまで寝てんだい! このガキを抑えろッ!!!」 



自分たちのおかしらの声がうろたえているのによほど驚いたのか、逆にうろたえはじめる盗賊たち、ようやっと我に返ったときには、背筋が震えるような音を聞いた。



……ドクン…!



「き…きた……っ!」



胸を抑え、床に膝をつく三丁目。


「ま、まさかあんた…!」



神海が、はっ、として三丁目の手の平から転がる瓶をみつけた。中身が3分の1ほど減っている。


ドクン…!ドクン…!



「うぎ……」



汗を滝のように流し、三丁目は絶叫した。ビリビリと空気が震え、小屋が大風でも来たかのように振動した。



「三丁目さん!」



朝日香が叫ぶ。しかし三丁目にその声は届かない。体の内側から沸き起こる途方も無いエネルギーに体が破裂しそうになる。下腹部は丹田から心臓、そして脳へと、『魔王』は三丁目の体を徐徐に浸食していった。声にならない叫びを喉の奥から搾り出し、ぞわっ、と頭部が急激に熱くなるのを感じた。



「ああああああああああああッ!!!」


その場で驚愕しなかったものはいなかった。なぜなら三丁目の頭は……



「あああ………あ?」



ありえないほどに髪の毛が伸びていた。吹き出す間欠泉のようにみるみる伸び、小屋の床を埋め尽くすくらいでようやく止まる。



「な、なんだコレ…?」



「そりゃこっちのセリフだッ!」



三丁目の質問にマ・ヤーマが叫ぶ。



「え? 終わり?」



神海が唖然として真っ黒な妖怪と化した三丁目を見た。三丁目はこっちが聞きたいとばかりに神海を見返す。



「……みたい」



そしてぽつりと呟いた。体の熱はとうに消え去り、平常時となんら変わり無い健康体に戻っている。待ってみても他に異変は無いし、わしゃわしゃと髪の毛を触ってみてもそれが鬼◯郎のように針のようになる気配は無い。



「な、なんだいもう終わりかい?」



若干うわずった声でマ・ヤーマ。

そりゃそうだ。こんな状況、相手が機械かなにかじゃなければ誰だって平静を保てずにはいられない。


「はッ! それじゃあ続きといこうか! お前たちやっちまいなッ!」


「う、うぉぉ!」



髪の毛で歩きずらそうにしながらも、盗賊たちは胴間声を張り上げた。驚きの連続で、もうどうにでもなれ、と投げやりな感じである。



「仕方ありません…! みなさん下がって!」



赤坂さんが身構えるが、いかんせん数が多い、一人で不意をつかずに凪ぎ臥せる自信は、ない。


それでも三丁目たちが逃げる時間を稼がなければ、最も三丁目は現在動けないのだが、藍華は覚悟を決めた。


「あ、藍華さん……」



「すいません杏奈さん、今は……」



振り返らず、神海に後ろ手で逃げるよう指示する赤坂さんだったが……


「いや……手…、手!」



「て?」



言われてはじめて気付いた。右手を覆うように、やわらかな光がぼんやり見える。


これは……



「赤坂さんの魔法!?」



三丁目が叫ぶのと同時に赤坂さんの手の光が突然激しく瞬いた。

先程の閃光弾よりも強力な光だったが、どういうことだろう、まぶしくはない。それどころか心地良くさえ感じる。まるで遠い故郷に還ったかのような、優しいなつかしさが心を包んでいった。



「今度はなんだってんだい!?」



マ・ヤーマが叫び、ほどなくして光が消えた。



「こ、これが私の魔法……」



果たして赤坂さんの右手に現れた魔法(もの)は…



ああ…やっぱりか…ッ!



三丁目はガクッと両の手を床についた。



「マ…イ…ク……」



赤坂さんが口元と、ついでに眉もひくひくさせたまま思わず言葉を漏らした。


………


「………赤坂さん」



三丁目がそのままの体勢で固まり、独り言のように呟く。



「はい……」



答えはわかっている。しかしあえて言わせてもらおう。



「歌ってください……」



「……」




「………お願いします、思い切り」




赤坂さんは黙ったまま力無く頷きマイクを握った。次いで大きく息を吸い込み、きっ、とマ・ヤーマを睨む。



「な、なんだい」



「最後まで……聞いてくださいね」



そして満面の笑みを浮かべ、目には大粒の涙が……



「らんらんらー♪」


赤坂さんが足と指を動かしながらリズムを取りだし、三丁目は指を組んで祈った。それ以外の人間は、怪訝そうにその様子を眺める。



「らー♪ さよなら…さよなら…さよならぁあ♪ 外はぁもぉしろーいゆきぃー…♪」



「はぁ? 意味わかんねぇ。お前ら構うこたぁねぇ! やっちまえ!」



ああ…かわいそうな人…



三丁目はマ・ヤーマを哀れみの目で見ながら、心の中で溢れんばかりに同情を込めて…




お別れを言った。




「あいしたのはぁぁぁぁッ!!!確かにィィィィィィ!!!君ィィィだぁけェェェェェッ!!!」



『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』




小屋の中から。



果ては村から。



その果ての果てには近隣の森から。



生きとし生けるものの悲鳴と絶叫がどこまでも広がる空にこだまする。




「£ЁЙ□◎ΔφБ☆⊥※◆♀†ЛЗ★$◇∞ХПЖΩ@!!!」




『ギャァ──ァ─ァ───ァ──………』



………


――――――


―――






数秒後に立っていたのは、赤坂さんのみであった。


肩を震わせ


マイクを握り


ふふふ、と微笑みながら



…………




涙を流しながら……

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