四十八丁目 或る宿での出来事
「…それじゃあお願いします……村を……みんなを…救ってください……!」
「まっかせといてっ!あたしの魔法でちゃちゃっと解決したげる!!!」
神海がパラソルを肩にかけ、どん、と胸を叩く。
「おお……ありがたやありがたや……」
それを見てすりすりと手を擦り合わせ、神海を拝み上げる村人たち、きっとこの村人たちには神海の背後に後光でも見えているに違いない。
「……おい」
「ほら!行くわよ!」
俺を完璧に無視し、俺の首ねっこを掴み勇む神海
「俺達の目的は何だ?」
それにめげずに尋ねると、ようやく俺を見……睨みつけた。
「新女王を倒すことでしょ?それが何よ」
神海が本当に、それがどうした、と言わんばかりの表情でふんぞりかえる。
「わかってんならなぁ……」
三丁目はぷるぷる拳を震わせた。
「……通る村通る村通る村でっ!いちいち面倒事を引き受けんなッ!!!」
ぶん、と手を振り神海の手を首から払う。赤坂さんと朝日香は苦笑、三丁目は『苦傷』を負っていた。
「だいたいなんで俺が荷物持ち&雑用なんだよ!!!」
朝日香の村を出たときには考えられないくらいの荷物を背負い。体中に傷を負った三丁目。
彼等の現在位置はちょうど朝日香の村と帝都の中間点、最初から数えて五つ目の村である。二つ目辺りまではRPGぽくて物珍しく新鮮さを覚えた三丁目であったが、それも三つ目の村へと向かう途中くらいで物の見事に飽きた。見渡すかぎり丈の短い雑草が茂る草原なのだ。もはや自然も楽しめない。
そんなテンション下がる中この女ときたら、いくら強大な力を手に入れたからといって、行く先々で村人の厄介事に手を貸すのだ。
……そりゃあまあ、困っている人の手助けをするのはやぶさかではない。三丁目もなかなかどうして人間できているのだ。
……ただし、それはあくまで重い荷物を背負ったおばあさんを助けたりするくらいである。やれ村を荒らすならず者を撃退しろだの、毎月イケニエを所望する巨大な暴れ一つ目モンスターを倒すために、自らイケニエにかって出る(出される)など、いち高校生の対処できる範囲外なのだ。
「じゃああんた、魔法使えるのぉ?」
にたぁ、と底意地の悪い微笑を浮かべ、パラソルの先で三丁目の額を小突く神海。
「うぐ……」
ここで神海、苦渋に満ちた三丁目の顔を見てますます笑みを深くし、その凶悪な性格とは裏腹に、かわいらしく唇に指を当て、上目使いをとる。
「あたしと朝日香は魔法が使えるしぃ、藍華さんは体術? まあそういうの使えるからさぁ?やっぱ体力は温存したいわけでしょぉ?」
「お前……なんか俺に恨みでもあるのか……ッ!」
怒りを喉の奥で燃やし、溢れんばかりの罵りをかろうじて飲み込んだ。胃がごうごう燃える感覚に襲われる。
「はっ!自分の胸にでも聞いてみることねっ!」
そう言うと、神海はぷいっ、と三丁目から目を逸らしてしまった。
「……まさかお前」
じとっ、と神海の後ろ姿を眺める三丁目。そういや前々回辺りの村だったか、これまた雨の降らない村のため、うら若き村娘の(俺が)イケニエ代行として谷底に突き落とされる羽目になった事があった。
イケニエになるはずの女の子がしくしくとすすり泣く姿にはさすがに同情を禁じ得なかったが、よもや自分自身がその代わりになるとは思うまい。神海の理不尽極まり無い提案で、荒縄によってぐるぐる巻きに縛られた三丁目が谷底へと投げ捨てられた後、朝日香が翼で飛び、すくいあげる手筈だったのだが、なんと朝日香が急な発熱を訴え当初の計画は失敗。
しかし三丁目、高さにして30メートルはあろう谷底から驚くべきことに自力で生還を果たしたのだ。どうやら神様は自分を生かしたまま苦しめたいらしい、高い木に引っ掛かりながらぼんやりとそんなことを考えていたが、そのあとの事といったらなかった。
ぼろぼろになった三丁目を見て、こっちが不安になるくらい顔面を蒼白にした神海。赤坂さんと朝日香と一緒に谷底へと駆け付け、三丁目のなんとか無事な姿を確かめたあと、安堵からだろうか、突然地面に膝をぺたりとつき、ぼろぼろと泣き出してしまった。
ありえない光景にぎょっとして目を見張っていたが、そこにイケニエになるはずだった女の子が現れ、三丁目の勇気に惚れ込んだといって熱烈に駆け落ちを求めてきたあたりから今度は不機嫌になり出した。
「……よくわからんけどまだ怒ってんのか?」
「知らないわよ!」
「……」
黙っていると、神海はずんずんと村の奥に向かっていってしまった。
「……まあいいや、てかもう暗いな……」
空を見上げれば、真っ赤な夕日が遥か彼方の地平線に沈みかけていた。
「大丈夫です、泊めてもらえるらしいですから」
朝日香がにっこり微笑む
「いや、まあそれはそれでありがたいんだけど、俺達し明後日学校なんだよな……」
「それなら大丈夫です。あちらとこちらでは微妙に時間の流れが違いますから」
「んな精神と時の部屋じゃあるまいし……」
平然と言ってのける朝日香にやんわりとツッコミを入れた。
「三丁目さん、とりあえず杏奈さんを追いましょう、女の子一人ではさすがに危険です」
赤坂さんに言われて、曖昧に相槌を打つと、三丁目達は神海を追い掛けた。
――――――
―――
お世辞にも宿とは言えないが、寝床と温かい夕食が出るのはありがたい。ささやかな夕食を済ませた三丁目達は、神海が強引に引き受けた村人の頼み事を確認していた。
「……ってことはなんだ?あれか?俺はオトリか?」
「なによ、そうまで言ってないでしょ、ただ敵が来るまで村役場で待機してりゃいいのよ」
「お前に辞書の引き方を教えてやろうか、それを世間一般前中後世、オトリって言うんだよ。オ・ト・リ!」
ダン、と机に両手をつき、宿は二階の寝室で声を荒げる三丁目。神海は腕を組んで物怖じもせずにその視線を受け止めている。
「ま、まあまあお二人とも、私が代わりますから……」
あせあせと両手を振り苦笑する赤坂さんだったが、二人のいがみ合いは留まることを知らない。ぐぎぎ、と歯を剥きだしにして火花を散らしている。
「あのな、俺にはお前みたいな暴力的な力も無い一般人なんだ。わかるか?」
身ぶり手ぶりで説明するが神海はまったく意に介すことは無く
「だったら他に何ができるのよ」
「……いや、そりゃ……」
「ほら見なさい」
「い、いやっ!なんかあるだろ!つか毎回オトリ作戦は勘弁しろ!!!」
「いいじゃない、全部無事成功してるんだから」
「だからそれは致死量に達して無いだけで! 見ろ!この傷!」
袖をまくり腕を見せる。ばんそうこうと包帯が巻かれ、生々しい傷跡が伺えた。
「いいじゃない、男らしいわよ」
「アホか!」
なおもぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人、話がまとまらないと踏んだ赤坂さんと朝日香は、とりあえず二人を外して作戦を立てることに決めた。
「引き受けてしまった以上解決した方がいいですよね……」
ため息と共に赤坂さん。
「えっと、村人をさらう魔物を捕まえてくれ、でしたよね」
朝日香が一冊のノートを開く。几帳面な性格なのか、日々の記録をつけていた。
「魔物かぁ……怖いですね……。って、どうしたんですか?」
赤坂さんが口をおさえ、突然クスクスと笑い出したので、朝日香は言葉を区切り、尋ねる。
「ふふ…、三丁目さんはモテますねぇ」
「え!? な! み、みたんですかっ!?」
ばたん、と勢い良くノートを閉じ、さらに顔を真っ赤にしてノートを抱きしめる。
「すいません、失礼でしたね」
赤坂さんはにっこりと笑いながら、朝日香に謝った。
「う〜……」
頭が煮えきり、しおしおとうずくまる朝日香。果たしてノートの中には何が描かれていたのだろうか
「……とにかくオトリ計画はさすがに止めた方がいいですよね……」
赤坂さんが、ついに魔法で応戦しだした神海を見ながら呟いた。
「はい……、三丁目さんが死んでしまいます……」
放出する水鉄砲を紙一重で交わしながらわめく三丁目。この水鉄砲は威力を抑えてあるものだと信じたい。
「魔物ってどういうものなのでしょうか?」
赤坂さんが尋ねると、朝日香が今度はノートの中を見られないようにこそこそと確認した。
「う〜ん……。村長さんの話では本当に人の姿をしていて……。でも強大な魔法を持っていて……。なんでも女性ばかりさらうとか……」
三丁目がその情報を耳ざとく拾い、神海に怒鳴る。
「おら! 聞いたろ! 俺男! オトリ作戦は中止!」
三丁目が両腕でバッテンを作りながら跳び跳ねた。床にパラソルから発された水鉄砲が突き刺さる。
「だったら! 女装でもしなさい!」
「断る!そんなに言うならお前がしろ!」
「あたしはもともと女じゃボケェッ!」
続けてドンパチが繰り返されると、ついに業を煮やした店主が、ばん!と扉を開けて現れ、いい加減にしてくれ、と怒鳴り込んできたので、とにかくそこはおひらきになった。
――――――
―――
「……それじゃあ。とりあえず魔物が現れる村役場で待ち伏せ、と…」
「はじめからそうすりゃいんだよ」
ついにはほとんど半裸になった三丁目が、憮然として神海を睨みつけた。
「うっさいわね、いいから服着なさいよ」
「無いんです。お前がぼろぼろにしたんです」
再び喧嘩がはじまりかけたので、赤坂さんがなだめた。
「三丁目さんのお洋服は宿の方に頼みましょう、とりあえずは寝巻で我慢してくださいな」
麻のゆったりとした和服のような寝巻を赤坂さんから受け取り、袖に腕を通す。肌触りはいいのだが、どうにも慣れない。
「今日のところは寝ましょう。朝日香さん、時間の方は……」
「あ、はい。だいたいあちらの世界は今、夜の7時くらいですね。私達がここに来てから向こうでは30分ほど経過してます」
……確か俺達がここに来てから12時間経っているはずだ。あっちとこっちで1/24も時間の流れが違うのか。
「でもベッド二つしかないわね」
寂れた村なので、しょうがないと言えばしょうがないかもしれないが、人一人がようやく入れるようなベッドだ。さすがに二人は入れまい。
「俺は床で寝るよ」
「当たり前でしょ、あたしはベッド〜」
ぎしっ、とベッドに飛び込み、ぱたぱた足を振る神海。
「この女……っくしッ!」
三丁目は目を吊り上げて神海を睨んでいたが、さすがに一枚では寒かった。どうやらこの世界は夏休み終わりとは程遠い気温らしい。
「あの……。じゃああたしも三丁目さんと床で……」
「え!?」
がばっ、と神海が跳ね起き、三丁目が目を見張る。
朝日香は頬を赤らめてワンピースの裾を掴んでいる。
「いいんですか?」
「はい……それに三丁目さん寒いですよね……?私の羽で包めば暖かいし……」
朝日香が背中から翼を広げ、ぱさぱさとはためかせる。純白でやわらかそうだ。確かにこれで包まれれば暖かいだろう。しかし……
「それって体がくっつくじゃない!」
で、ある。いくら翼が大きくても、包み込むにはある程度近づかなければならないだろう。
「い、いいんです! 三丁目さんに風邪引いて欲しくないですし……」
朝日香は恥ずかしそうに指を絡ませ、うつむきながら呟いた。
「こ、こいつ頑丈だからそんな簡単に風邪なんか引かないわよ!悪いこと言わないから!ほら、詰めればなんとか……」
神海が懸命にベッドを詰めようとするが…
「なんとかならなそうだな」
「うっさい、あんたは黙ってなさい!」
神海が三丁目を、きっ、と睨むが、もはや疲労で反論する気にもなれない。三丁目はため息をつくと、おとなしく黙った。
「やっぱり私が三丁目さんと……」
ぼっ、と顔から火が出そうな勢いの朝日香。
「う、う〜……」
神海がそれを見て眉を寄せ、三丁目と朝日香を交互に見ながら唸る。
「……いいよ、俺一人で寝るから」
もうどうでもいいから早く寝たかった。
「ダメです!そんな恰好じゃ風邪引いちゃいます!」
がんとして譲らない朝日香だったが……
「ああもう!わかったわよ!」
神海が、ばっ、と毛布をめくり起き上がった。
「何がわかったんだ?」
三丁目がつまらなそうに尋ねると
「あたしが床で寝るわ!」
「はぁ?」
「あんた朝日香と一緒に寝せたら何するかわからないからねっ!」
神海が腰に手を当て怒声を散らす。
「でも……」
朝日香が反論しようとしたが
「い・い・わ・ね?」
「ひっ…」
にっこりと笑いながらずいと朝日香に詰め寄る神海。その迫力に朝日香は思わず頷いてしまった。
「じゃあ床で寝るけど」
神海が毛布をベッドから取り、顔を赤らめながら三丁目を睨む
「変なことしたら殺すからね」
「しねぇよ」
やる気ない声で呟き、三丁目は床にどかっと座り込んだ。
「……ねむ、寝るぞー…っいっくし……」
ぐしぐしと鼻を擦り、壁に寄り掛かる。
「……寒いの?」
神海がそう言うと
「別に」
そっけなく返事を返す。
「……」
なんだか気まずくなったので、一同はそれぞれの寝床に潜り込み、明日に備えた。
………
……ベッドから二人の寝息が起ちはじめたころ、神海杏奈はいまだ寝付けずにいた。
「ねぇ」
壁に寄り掛かっている三丁目に呼びかける。返事は無い。
「もう寝たの?」
……返事は、無い。
「……」
しばらくして、神海はごそごそと立ち上がり、三丁目の前までぺたぺたと歩いていった。窓辺から月明かりが差し込み、底冷えする夜であった。
「……」
黙ったまま毛布を三丁目にかける。三丁目はむにゃむにゃと寝息を起てていた。
「……っくしゅっ!」
今度は神海がくしゃみをした。
「さむ……」
そう呟くと、何を思ったのか頬を染め、しばらく迷うそぶりをしていた。しかし次の瞬間
「う…うぅん……」
びくっ、と体を震わす神海。おそるおそる後ろを振り返ると、赤坂さんが寝返りを打っただけだった。
それを知り、ほっ、と胸をなでおろす。
そして再び三丁目に向き直ると、複雑に口元を歪ませ、首を振り、次いで眉を吊り上げた。そして頬を染めたまま精一杯の強がりを瞳に込めてこう言った。
「……変なことしたら、殺すから」
それから三丁目にかけた毛布の先に潜り込み、三丁目とは反対側を向いて目を閉じた。
………
一方……
「……若いっていいですねぇ……」
きっちりと目を覚ましていた赤坂さん。人知れずベッドの中で呟くのであった。