四十六丁目 デジャビュ
とりあえず完全に形成を逆転した三丁目たちは、その場にいた帝都軍を縛り上げホーラウもろとも居間に並べた
「んじゃまずは村から引いてもらいましょうか」
神海がいやらしく笑いながらホーラウの禿頭をパラソルで小突く。完璧悪役だ
「フン、貴様等…こんなことをしてタダで済むと思うなよ…」
ギリギリと歯を食いしばり、ぎろっと神海を睨むホーラウ。座してなお威勢の良いじいさんである
「うっさい、ありきたりなセリフ吐いてないでとっとと引かせる。こちとら矢で射殺されかけてんのよ」
「ぐ……」
武器を持つと急激に強くなる。間違いなくSだ。
「何か言った?」
「いえ、なんでも」
パラソルを向けられたので素直に謝った
「みなさーん!」
「あ、朝日香さん、どうでした?」
「ダメです……完全に囲まれてます…」
頭は打ち取ったものの、奴等、村から撤退する気など毛頭無いらしい。いまだボーガン片手に駐留を決め込んでいる。人質があるのは双方一緒なわけで、どちらも動けないのだ。
「あの〜」
「なんですか?赤坂さん」
赤坂さんが頬に人指し指を当て、小首を傾げた
「朝日香さんの魔法でホーラウさんを操って撤退してもらえば…」
もっともな意見である。だが残念ながら赤坂さん、その作戦には致命的な欠点があるのだ
「絵的に……なあ…」
「…うん」
哀れみの表情でホーラウを見下ろす三丁目と神海、誰が禿頭のジジイのときめくシーンを見たいだろうか、自主規制ものである。
「貴様等ぁ…!」
「ほら、怒ると血圧上がりますよホーラウさん」
完全にナメきっている。ホーラウはさらに真っ赤になった
「まあ他になんか策があるでしょ」
「楽天的ね」
いつまでものんびりている暇は無いが、頭を取ったのだ。そう簡単に攻め…
「ふ、馬鹿め……」
「な、なんだよ…」
両腕を後ろで縛られているというのに、ホーラウは意気揚々と吐き捨てた
「貴様等、ただわたしが捕まっているだけだと思ったか?」
「失礼ながら」
しれっと答える三丁目
「ぐ…、おのれ、軽口を叩けるのも今のうちだ。くく……すでに応援を呼んでいるのだ!」
「な、なんだってぇぇぇ…………っと、言う訳で教えてくれてありがとうございますホーラウさん、神海!」
「アイサー」
神海がガチャリとパラソルを構えた
「な、なにをする貴様等!」
神海はマジでホーラウの頭にパラソルの先端を突き付け、楽しそうにカチカチといじっている
「なにって、本格的に人質になってもらうんですよ、ホーラウさん?」
「お、お前達鬼か!」
「くく…ホーラウさん、この世で一番恐いのはおしゃべりですよ…」
そう言って舌舐めずりする三丁目、完全に悪役、いやすでに悪役に慕われる真なる悪役である
「三丁目さん…」
赤坂さん…、わかってます…でもこれが一番安全な方法なんです……だから…そんな切なそうな眼差しで見ないでください!
くっ、と拳を握り締めて涙を堪える、こと身の保全にかけては全身全霊を尽くす三丁目であった
「神海!」
「おーけー、秒読み開始ー、ワーン…」
「1から!!?」
神海のやる気の無い秒読みにホーラウがたまらずツッコむ
「ぜー…」
「わ、わかった!撤退させる!それを引っ込めてくれ!」
考える余地を与えない、神海は本物だった
「ふぅ、最初からそうすりゃいいの…に……」
三丁目が言葉を区切る。妙な音が聞こえてきたからだ。風を切るような…とにかくその音は次第に近づいてきて……
「うおぉっ!!!」
すさまじい爆音とともに屋根が抜けた。まるでミサイルでも落とされたかのような衝撃である
「ふ、ふふ…貴様等一歩遅かったな…どうやら援軍が来たようだ……見よ!こなたこそが帝都四天魔が一人!!!」
煙の中からむくりと一人の人間が立ち上がる
「くくく……はーはっはっはっはぁぁぁぁッ!!!」
「な、なんで……」
果たしてそこにいたのは!
「なんでてめぇがいるんだクソ親父ィィィィッ!!!」
「おごほぉッ!!!」
なぜか現れた自分の父にシャイニングウィザードを打ち込んだ。幹春はのけぞった状態で瓦礫の中に再び突っ込む、派手な音と共に頭上の棚が落ち、幹春はその下敷きになった
「親父……、そうか貴様の父か、異世界から召喚されたのは四天魔だけでは無かったのだな」
「ちょっと待ってくれホーラウじいさん、四天…て…まさか…」
するとホーラウ、ご名察と言わんばかりに不敵にほくそ笑んだ
「おそらく貴様の家族だろうな、アニムス様が魔法陣を使って召喚したところ、現れたのがアサオカとかいう家族だったのだ。なるほど…これは都合がいい!貴様の家族なら本気で倒せまい!!それとも骨肉の争いを繰り広げるか!?いいだろう、無論四天魔は皆魔法で操っておる!!!」
よく喋るじいさんだ、とまあそれはともかく…
「倒したぞ、うちの馬鹿」
瓦礫を指差す三丁目
「くくく…四天魔を舐めるなうげッ!!!」
「捕虜の癖にいばんないの」
神海がボカンとホーラウの頭を叩くと、ぐでっとのびてしまった。
「三丁目さん、来ます!」
赤坂さんが身構える
「へ?」
間の抜けた声は瓦礫が崩れる音でかき消える。瓦礫から倒したはずの男が立ち上がり、ゆらゆらと右手を前に突き出した
「作法のならぬ輩には『礼儀』を…」
次いで左手も突き出す
「礼を尽くすそのためには『粛正』を…」
「親父……?」
三丁目の呟きにはお構いなしに、幹春の両手が光り出した
「な!」
「発動!」
幹春の掛け声とともに、ついに目も開けぬほどにまばゆく輝き出した。薄暗い闇に包まれていた居間は、うってかわり真っ白な光で包まれる
「ま、魔法か!?」
「う…力が強すぎます…!」
両腕でなんとか目を隠し、薄目で見ようとするがそんな必要は無かった。徐徐に光はおさまり、変わりに幹春の両手には魔法の武具らしきシルエットが見える
「……ステッキと」
「シルクハットですね…」
感想を漏らしたのは三丁目と赤坂さんだ。しかし神海は二人とはまったくちがう手段をとった
「喰らえぇっ!」
パラソルから高圧のウォーターカッターが噴き出した。狙いは完璧、間違いなく命中コースである
「ふん!」
「なッ!」
幹春は体の位置を微動だにせず、ステッキを鮮やかな手つきで円を描くように目の前で回した。すると神海が繰り出した鉄砲水は幹春に届くことなく消えてしまう
「『礼儀』がなっていませんな、レディたるものきちりと挨拶をしてからでなければ…」
「お、親父…キャラが違うぞ…」
髭など生えてないくせに鼻の下をいじる幹春に三丁目がツッコんだ
「そ、そんなはずは……魔法は一人一体のはず!」
ライカさんがわなわなと震えていた
「スタ◯ドですか……。とまあそれは置いといて、お前よくいきなり撃てるなぁ、別にいいけど…」
「浅岡家ならこれくらい避けられるでしょ、それよりアレ魔法だよね?」
「だろうな、うちのアホはあんなに強くない」
親父に目をやると、シルクハットとステッキをくるくる回して、なんともはや、余裕たっぷりである
「おい親父!なんだかよくわからんがとりあえず帰れ」
「親父?私は君のお父上になった覚えはありませんな」
ぐ…完全に操られてやがる。普段使えないと思えばなんだその生き生きとした顔は、水を得た魚か
「安心したまえ、私はホーラウ殿のような真似はしない、紳士、だからね…」
幹春はてくてくとホーラウに歩み寄り、ステッキを振りかざした
「おい親父なにを…!」
「なにか?」
「え…?」
ホーラウが消えた。あの一瞬で…
「今回は手口が無粋すぎました、わたくしはここでおいとまさせていただきましょう」
ホーラウ及び消えた下官の居た場所で相も変わらず余裕しゃくしゃくな幹春。
「お待ちしておりますよ」
そして呆気に取られる三丁目たちを尻目に、にこっと微笑み、今度は手品のように影も形も残さず消えてしまった
「……」
焼けた藁の残り香だけが居間に漂い、村から歓声が聞こえた。どうやら幹春の言ったことに嘘はないようだ
「待って、あれ誰?」
「だからアンタのお父さんでしょ?」
……オイシすぎだろ…。あれは敵か味方かわからない、で結局最後に味方につく位置だ。
「というか……」
三丁目はため息をついた
「……母さんと雨もいるんだよなぁ…」
兄貴はいい、どうせガン◯ムにでも乗ってくるんだろう、やつの倒し方などいくらでも思いつく。だが母さんと雨は……
「やっぱり飲むのかなぁ……」
ポケットに手を突っ込んで小瓶を手に取った。さっきは飲めなかった。話からすると親父でもあの強さなわけだから、最強二人組のときは早めに飲むべきだろう
「帰りたい…」
パラソルを陽気に振り回す神海を見ながら、学校がすでに過去の遺物になりかけていた三丁目であった。
――――――
―――
「わー、軽〜い!」
「あ、わ、私はこのままで…きゃっ!」
「何言ってんの藍華さ〜ん、郷に入っては郷に従おうよ〜!」
「あ、ちょっと、杏奈さん!」
扉の向こうできゃあきゃあ叫ぶ声がした。その一枚の扉を挟んだ暗い場所に三丁目は体育座りでうずくまっている
「元気だなぁ…」
老け込んだ三丁目、悲しいことに男物は無いそうだ。靴も朝日香が見せてくれたが軒なみ小さく入らない。これも断念して潔く裸足になる。
「……妖しすぎるだろ」
鏡で見れば先程の騒動で擦り切れたワイシャツ、そして膝までまくられたズボン、プール掃除の中学生であった
「入っていいよー!」
神海の嬉々とした声に重い腰を上げ、ガチャリと戸を開ける
「どう!?」
ばーん、と腰に手をやりふんぞりかえる神海。きっと元は草色のワンピースだったのだろう、しかしこいつときたら腰の部分をベルトで縛り丈を詰めてミニスカートにしている。視線を下にずらせばカモシカのように伸びた健康な生足、スニーカーの代わりには編み上げのサンダルを履いている
「ねぇ、似合う?」
「……」
「ちょっと、聞いてんの?」
下から突き上げるように睨む神海だったが、三丁目の視線は神海の後方に釘づけになったまま動くことは無い
「あ、あの…何か…?」
赤坂さんが恥じらいを込めた眼差しで三丁目を見てくる。
それが三丁目の脳髄を直撃した。神海のような乱暴な着方などではなく、服そのもの、淡い紺碧色のワンピースが余すとこなく生かされていて、持ち前の赤みを帯びた茶髪に見事にマッチしていた。装飾は一切ないが、それが逆に得も言われぬ効果を醸しだし、普段メイド服しか見ていない三丁目には正直な所刺激が強すぎたのである
「あ、赤坂さん……さささ最高です!」
ぐっと親指を突き出し満点を表す三丁目
「あ、ありがとうございます…」
興奮する三丁目に若干引きつつ、赤坂さんはぺこりと頭を下げた
「あ、でもやっぱりメイド服にします」
「え!?なんで!?」
「あはは…この服だと武器を仕込めないので…」
そ、そうか…、いやそれはそうなのだが惜しい…実に惜しい…!しかし赤坂さんは重要な戦力である。故に最善の準備をもっていて欲しい…
むむむ…と頭の中で二つの考えがせめぎあう中、今度は朝日香に声を掛けられた
「あの…どう…ですか…?」
スカートの裾を握りもじもじと恥ずかしそうに伏し目がちな朝日香がいた。スカートというか、ライカと同じようなローブのようである。真っ白な生地を貫頭衣のように頭からすっぽりと被り、腕の部分の生地は無い。ノースリーブの形ととっていいだろう。シンプルな作りだが、朝日香の清楚さを醸し出すには充分すぎるほどであった。
「……」
「あの…」
不安そうに三丁目の顔を覗き込む朝日香。
「あに固まってんのよ」
「うげっ!」
爬虫類の断末魔のような呻きが三丁目の喉の奥から聞こえた。神海仕様パラソルで頭をしたたかに殴られ、感想を述べる前に床に臥してしまう。最も先程の沈黙が最大の感想なのだが。
「ねぇ、あんたアタシのことナメてんでしょ」
「ナメてないナメない」
パラソルで頭を押さえ付けられながら手首を振る三丁目
「感想は?アタシの」
にっこりと微笑みながら今度は三丁目の背中に足をかける。それが最後通告だったが、生憎とやられっぱなしで黙ってられるほど三丁目はおとなしくなかった。
「いやー、ま…」
「誰が馬子にも衣裳だコラァ!!!」
「がっ!まっ!やめろ!まだ、うっ!ま、しか言ってない……」
頭をグリグリされながら必死で弁護を入れる
「じゃあ何?言ってごらんなさい?」
「ま…、ま…、円山応挙…」
「なんで江戸時代の風景画師が出てくんのよ!!!」
「おげっ!」
げしげしと背中を踏まれ、胃からやばいものが出そうだったが
「お前この状況だとパンツ見えるぞ」
さらにやばい言葉を口走った
バンッ!
「なんで傘開くの?」
神海はにっこり笑ったままだ。こっちはまったく笑えない
「スイッチ…」
「お、おい…」
次の言葉は二択である。ONかOFFか、選択の余地は神海にだけ許されていた。
「死んどく?」
あ、デジャビュ
「死にたくないです」
どこで聞いたかなぁ…
「じゃあ死ねッ!」
「死にたくないって言っぐばぼはぁ!!!」
この後、三丁目は光り輝く川べりでなんだか全身が金色に輝く偉い人と再会を果たすが、また来たんですね、と聞かれて首を捻ったことは誰にも言わない秘密だ