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四十二丁目 インスタントラブ

夏休みが終わり、覇気を完全に失い死人のように登校する生徒たち。

もちろんその中に三丁目と一宮もいた






「……なぁ三丁目…」




「だからサンチョ…あ、言ってないか……」




「夏ってなんで終わるんだろうな……」




「随分と哲学的な質問だな一宮、学に目覚めたか……?」



「もうダメだわ…なんかダメだ……良いことねぇ…」



「そうだな…ダメだな…」



気の無い相槌を打ちながら、ゾンビさながら歩道橋を渡り、反対側の歩道に出る。ふと視線を上げてみると、なんだか世界の天井が低くなったような圧迫感に襲われる。残暑のせいで汗をだらだらかき、肌にこびりつくシャツがすこぶる気持ち悪い




「恋だな……」




「鯉か……旨いのかな…」




「違うわ阿保サンチョ、恋だよ恋!」




「ああ?お前ついに頭にキタか、かわいそうにな」




ポンポンと肩を叩いてやる、たっぷりと哀れみを込めた目で




「ずばり俺達には愛が足りてない!だれだ僕らは愛に飢えることは無いなんて言ったやつは!」




「うるせぇッ!暑苦しいんだよ!唾飛ばすな!」


二人してかなりイライラしている。頭が煮えてよく考えられない




「おっはよー!」




そんな中二人の後ろから、妙に朝からハイテンションな女の声が




「……これはダメだな」



「……ああダメだ」




「何よその目は」




恨めしそうに神海を見る二人、当の本人は不服そうにその二人を睨んでいる




「お前元気だなー…」




「あんたらが死にかけてんのよ」




「あれ?お前ひとりか?天草は?」




「華子は休み、ハワイから帰ってこない」




「ああ!?なんだあいつ!ナメてんのか!」




一宮が憤慨する。




「ナメてんのはアンタ達の歩行速度よ、あたし先行くから」




そう言って神海は走り去っていってしまった




「なんだアイツ……おい一宮、時間は?」




「……走れ」




「あ?」




「走れ!やばい!」




「あ!おい!」




時計を見て顔から血の気が引いた一宮、地面を蹴って走り出す




「待てって!だから何時なんだ!」




二人して坂道を上り、10秒後に鐘のなる音がした…






――――――


『インスタントラブ』


―――







遅刻



なんて残酷な響きだろう……


俺と一宮は今日、その名の下に犠牲者として刻まれた




「生きてるか…?」



「おー……」



机に二人して突っ伏す。授業は終わった。同時に自分たちの人生も終わりそうだったが、やっと地獄の苦痛から解放されたのだ



「初日から遅刻とは良い度胸だなぁ?ええおい?」



「それ……9回目です」消え入りそうな声で三丁目




「……ついでに終わりました…」




顔を伏せたまま辞書ほどのレポート用紙を間山裕子担任に渡す一宮




「おー、ご苦労ご苦労、どうだ?むずかったか?」




「なんですかコレ…半端ない難しさですよ…」




「まあ当然だ、MITのだからな」




「MIT(マサチューセッツ工科大学)て……一宮、俺達なんでできたんだ…?」



「さぁ…途中から俺も記憶がねぇ……」



真っ赤な夕日が教室に差し込み、その光が描き出す影、その中で果てる二人




「まあいいや、帰っていいぞー」




『うぃーーー……』




ガラガラ、と扉が開き、ピシャリと閉まる




「帰ろうぜ…」



「ああ…」



のろのろと立ち上がり、二人は昇降口へ向かう。




よろめきながら階段を下り、やっとの思いで昇降口にたどり着いた



「ああー!恋してーーーー!!!」




「うるせぇなぁ……」




いきなりの絶叫、三丁目は目を細め、なるべく他人のフリをしようと努めた。



「あーもう!俺への愛をしたためたラブレターとか貰いてーーーー!」




「…お前な……んなそうそう漫画みたいなもんが……」



三丁目が靴入れを開けると、おや?なにか落ちた



「……紙?」




ひらひらと落ちたのは一枚の紙きれ、といっても良く見れば丁寧に封がされたびんせんである。手に取って表を見れば、丸くかわいらしい字で自分の名前が書かれ、裏はシールで止められ……差出人は無しか…




「これはまさか…」




「ラヴレターだな、良かったじゃないか三丁目!」



「いやに潔いな…どうした?」




「いやなに…今までのパターンから言ってサンチョ!お前にマトモじゃない女が関わらないはずがない!」



不敵に笑みを讃えたまま、ビシッ、と三丁目を指差す一宮




「う……確かに…」



三丁目は人指し指を鼻先に突き付けられたじろいだ



「ふふ…今度はなにが来るかなぁ?ま、アレだ!少なくとも人間だったらいいな!!幽霊とかロボットとかは出たし……つぎはゴリラあたりかな…?」




一宮は心底楽しそうだ。断固として三丁目のラブレターを事実だと認めたくないとみえる




「お前は俺をなんだと思っている……でもとりあえず中身見とくか…」




カサカサと中身を取り出し、文面を辿る。そこには思わず赤面してしまうほど、これでもか!というくらいに三丁目への思慕が綴られていた。




「………すげぇな」



「……ああ、良くこんなん書けるな…なんか俺が恥ずかしくなってきた」




お互いあまりの内容の過激さに言葉を失う




「…て4時に!?おい今6時だぞ!?」




「はっ!ゴリラが2時間も健気に待つはずがねぇよ!!!」



「……泣いてるのか?」




「泣いてねぇよ!!!クソッ!!!」




涙声の一宮、ゴリラを見定めてやると聞かないので、校舎の裏側まで一緒に連れてった。

まあ2時間経ってこなけりゃゴリラで無くとも諦めて帰るだろう、残念だなー、とか、ドンマイ、とか嬉しそうに騒ぐ一宮を可能な限り無視し、三丁目は校舎裏へと向かった…




――――――


―――







「……一宮」



「………」



いた。健気に俺を待っている



「えっと…一応来たんですが…」



ただしそれはゴリラなどではない




「あ……」




ちょっとした段差にちょこんと腰掛け、編み込まれた絹のように艶やかな黒髪をなびかせる。

スカートからすらりと伸びた二本の足は、美しいと形容するのが愚かしいほどに魅力的だった



「来て…くれたんですね…」




ぱぁっと顔を輝かせ、心底嬉しそうに微笑む女の子、それだけで三丁目と一宮は参ってしまう。






これはやばい、と思った、美人と言うには幼い顔立ちだが、かわいい、という言葉が一番ピッタリな気がする




「あの…2時間待ってたんですか…?」




「はい……来てくれる…って信じてましたから…」



女の子は恥ずかしそうに目を伏せた、指を絡ませ、目線をあちこちに飛ばしている。やはり緊張しているようだ



「あ…えと…お名前は…」



「は、はい……、私…鞠野朝日香(まりのあすか)…って言います、あなたは浅岡…三丁目さんですよね…」



頬を染めながら上目づかいでチラチラと盗み見るように三丁目に確認する、極度の恥ずかしがりやらしい。さっきから直立不動で固まったまま、ろくに三丁目の顔も見れていない。




「そうだよ!こいつ三丁目だよ!?変でしょ!おかしいでしょ!?ねぇ!」



「てめぇ……」



俺の後ろから泣きそうな声で名前の酷さを訴える一宮。蹴りを入れてやろうかと思ったが、つぎの言葉で二人は完全に硬直した



「そ、そんなことないです!ちょっと変わった名前だけど……私は…そんなの全然気にしませんからっ!」




一宮がくっついて来たことを考える余裕も無く、朝日香は顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振った。次いで、はっ、として自分が言ったことに気付き、完全にのぼせてしまう




「……三丁目」




「な、なんだ…」



負のオーラを立ち上らせる一宮に気圧される三丁目、もうもうと黒い塊が一宮を包んでいた




「オラァァァァ!!!」


「ぐッふぉぉッ!!!」




「キャァァァ!!!」




泣きながら一宮が三丁目にアッパーカットを入れた。その凄まじさたるや、幕◯内氏もビックリだ!



「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオゥラァーーーー!!!」




「おぐぅぅぅあぁぁッ!!!!!!」




猛烈なオラオラッシュが三丁目を襲い、三丁目はあまりの衝撃に地面に激しく叩きつけられた




「い、一宮……」




「てめーの敗因は一つ……たった一つのシンプルな答えだ……」




すると一宮、くるっ、と向きを変え、制服の袖で涙を拭うと




「てめぇぇは俺を怒らせたぁぁぁぁぁぁぁ……………!!!!!!」




泣きながら走り去っていった……




「だ、大丈夫ですか!?」



唖然としていた朝日香が我に返り、ぱたぱたと地に臥す三丁目に駆け寄る




「はは……慣れてますか…ら……」




泣きそうな朝日香に親指を立てて虚勢を張るも、体は悲鳴を上げていた。無理に微笑んでいたが、強がりでは限界が来た、万策尽きて、三丁目はがくりとオチた…




――――――


―――






風が吹いていた。まだまだ夏の色を残すさわやかな風が三丁目の頬をなぶる。



「あ…あの…気付きましたか?」



「…うぅ……はい…」



痛む首を横に倒すと、部屋の様子から保健室であるとわかった。となればここはベッド、鞠原朝日香さんはその脇に座り、心配そうに自分を見ている



「い、一応、包帯とかは…巻いておきましたから……」




「え?」



赤面しながらしおしおとうつむく朝日香を見て、三丁目は自分の体を眺めてみた。確かに包帯が巻かれ……てはいるがゆるゆるだ。きっと恥ずかしくて上手く巻けなかったのだろう




「え〜と…鞠原さん?」




「あ、あのっ!」



名前を呼ぶと、少しためらったが、朝日香は大きな声で制した



「な、なんでしょう!」



「そ、その…えっと…あの…ですね…」




「?」




「な、ななな…」




「ななな?」




「な、名前で、よ、呼んでくれませんか……?」



頬を赤らめ、人指し指で軽く唇をおさえながら呟く朝日香




う……これは…



三丁目の心臓がかつてないほど速く鼓動している……かわいい、とかじゃない……、兵器だ!世界人口の半分、つまり全男を焼き付くす破壊力を持っている!


三丁目の呼吸が乱れ、次いで手が震え、次第に頭に熱が篭り、だんだんと自分が何を考えてるかわからなくなってくる




「あ、あ、えとえと、あ、ああ朝日香…さん…」




「は、はい……」




朝日香は自分の名前を呼ばれ、はにかんだように目を伏せた。




ああ……もうダメだ…



この少女の一挙一動が核並の威力を備えている…


そこに痺れる憧れるゥ!


もはや完全に自分が何を考えてるかわからなくなった三丁目、わずかに残る理性で朝日香の様子を伺うと、拳を膝の上で固めて、緊張でカタカタと震えていた



「ど、どうしたの?」




「えと…あの……わ、わ、私も浅岡くんのこと…名前で呼んでもいいです……か?」




「ま゛!」



喉に言葉がつまり、三丁目は激しくムセた




「だ、大丈夫ですか!?」




「だ、大丈夫だけど大丈夫じゃないです……」



三丁目がゴホゴホとやると、朝日香が背中を優しく撫ではじめた、むずがゆく、危うく昇天しそうになる




「落ち着きましたか…?」




「あははは、はいそりゃもう!」




実際危険なほど取り乱していたのだが、そんな心配そうな瞳で見つめられたら嘘でもこう言うしかないじゃないですか!




「良かった…」




胸に手を当て、ほっとため息をつく朝日香



アレだ、トドメというやつだ



心の底から出た

「良かった」

に髄まで堅いハンマーで殴られたような衝撃が走る




……しかしここで初めて、頭がコレ以上温度を上げたら死んでしまうと指令を出したのだろう、灼熱に燃える脳髄に一箇所だけ、冷静な三丁目が現れた



おい三丁目、油断するなよ?こうやって舞い上がらせといてオトすのがこのストーリーの手法だ




はっ、とする三丁目。今までにあったことを反趨してみる



清楚で真面目な委員長




―小春とタメ張る女ヒットマン



妖艶な美人科学者




―宙吊り釜茹でポ◯ション事件




気立て、器量、物腰、三拍子揃ったメイドさん




―粉雪




………




さっきまで沸騰していた三丁目の頭が急激に冷めてゆく。


自分は女運に関して決して良いとは言い切れ無い。唯一好いてくれたのは琴葉と身内くらいだ




「……どうかしましたか?」



怪訝そうに自分を見つめてくる三丁目に小首を傾げる朝日香。

流れるような髪がサラサラと肩にかかり、さらには悩ましげに前屈みになるパーフェクトなスレンダーボディーに一瞬ぐらっと来たが、そこはさすがの三丁目、サバイバルゲームを乗り切り……、硝子の像に知略で挑み(実際に倒したのは雨だが)……、ボランティアバトルでは不屈の変態兄貴も撃破してきた。


それ相応の修羅場を潜ってきたのだ。甘い罠にはまりそうになる自分をすんでのところで諌めた




「…一つお聞きしてもいいですか?」




「は、はい…」




真摯な三丁目の目付きを別の意味で捉らえたのか、朝日香は頭から首筋まで真っ赤になる




「どうして俺なんです?」




ここでもしまた変態のアレなら…




「くくく……よくぞ見破ったなァ三丁目!そうよ!私は浅岡家の生態を知るべくあなたの実態を調べに来た◯◯◯(←組織の名前)!!!ふっ悪いわね三丁目くん!」



がっしゃーん




「な!これは檻!?」




「残念だけどこれから組織に戻って解剖とか投薬とか、他にもいろいろやるわ!」



「く…おのれ…」




「おーほっほっほ!!!」




ってなるはずだ。絶対




ぐっ、と拳を固める三丁目。




……わかって欲しい…連日の疲れが溜まり、それでいて目の前に美少女、彼は疑心暗鬼に陥ってしまっているのだ…




「あのですね…それは…あ!」




「へ?」






三丁目の考えとは裏腹に、人指し指と人指し指をつついてもじもじする朝日香。ところが緊張のあまり足まで注意がいかなかったのだろうか、床にあった踏み台に足をつかえてしまった




「キャァッ!」




「あ、朝日香さん!」




朝日香が勢いあまってベッドに倒れ込み、三丁目が半身を起こした状態でそれをしっかりと受け止める




ガラッ




「ちわー、すいませーん、バンソウコウくださーい。あれ?留守かな?」




部活で怪我をしたのか、ジャージ姿の神海が入ってきた




さて、ここからはわかりやすいようスローで状況を説明しよう




扉が開いたのは朝日香が足を引っ掛けるのとほぼ同時



0、5秒後。神海が朝日香がコケるのを確認



1秒後。神海がベッドに横たえる三丁目を確認。次いで朝日香が三丁目に抱きつく(倒れ込む)のを確認



2秒後。神海が大地を蹴り上げ天井近くまで飛び上がるのを、三丁目が確認




3秒後。目の前に神海の膝が現れ、三丁目の顔面に命中するのを、朝日香が確認した。







「─────!!!」




…絶叫。と呼ぶにはあまりに物足りない慟哭が保健室に…校舎に…こだました……

すみません、『鞠原』でなくて『鞠野』です…

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