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四十一丁目 最終編『サヨナラ』

夢を見ていた




暗い部屋の中。自分は何かに怯えている



―だからなんで私達があの娘の面倒を見なくちゃいけないの!?



―仕方が無いだろう、お義母さんが引き取ると言って聞かないんだ


―私達だって楠太郎ちゃんがいるのよ!なんであの娘にまで……!




ドアから漏れる一筋の光、狭い部屋の中、毛布をかぶる。そうやって男と女がわめく声を聞かないようにした。でもいっこうに眠くはならない、いやでも聞こえてしまう。




わたしは耳を塞いだ。



そうすれば優しかったお父さんとお母さんの声が聞ける気がしたから




――――――


―――







場所が変わった。



そこは西洋をかたどった庭園で、風の音や木々のざわめき、水の流れる音で満ちていた




―なにしてるのー?




自分の横を少女……いや……、少年が駆け抜けてゆく



―きみは…?



―あたし『ことは』っていうの!




三人が全員、輝くような笑顔でおしゃべりに興じている。自分もあの大きな木の下へ行きたい…一番幸せだった、あの場所へ……



……だけど体は言うことを聞いてくれない。足が一歩、どう頑張ってみても前に進まないのだ




―さんちょうめ!



―さんちょうめ?



スクリーンに写された映画を見ているような感じだった。映像と音だけが流れ、自分はそれを座って見ている観客に過ぎない



―さんくんってよんでいい?



―うん、おばあちゃんもそうよんでくれるんだ!


男の子が膝の上で祖母を見上げた、ひょっとしたら自分達と同じくらいの年なんじゃないかと思われるほど童顔な祖母は、にっこりと微笑み返してくれる




―琴葉



え?



今度は後ろから声がした。首が動く、おそるおそる振り向けば、どうしたことだろう、噴水にベンチ、そして大きな木………ついさっき自分が見ていた風景が再び広がっている。


あたふたしてもう一度振り返ろうとしたら、今度は首が動かなくなっていることに気付き、これは夢だったんだ、と思い直す



―なぁに?さんくん



自分がベンチに座っていた。年は…12歳くらいだろうか



―……久しぶり



―うん、久しぶりだね、お祖母様に挨拶した?




―それがさ…なんか俺桐葉じいさんに似てるらしい



例によって自分はそこに近づけないのだが、自分が動揺したのがわかる。それは顔や声の調子からじゃなくて、覚えているからだ。




―なんだよ、どうした?



―う、ううん!なんでも、無いよ…



―はぁ…お前は女だからいいけど……いきなり顔も見たことのないじいさんに似てるって言われてもなぁ……



―………



―…どうした?なんか俺変なこと言ったか?



―あ、なんでもない!ちょっと疲れてるのかも…



―……ふ〜ん




彼は私の隣に腰掛けた。


―ウチの母さん、なんで三丁目なんか馬鹿げた名前つけたんだろうな…



唐突に呟き、頭を抱えてため息をつく



―……ねぇさんくん



―ん〜?



―わたしの名前、なんで琴葉って言うか知ってる?



―なんだよいきなり



彼は馬鹿にしたように吹き出したが、わたしの顔は真剣そのものだった




―さ、さぁ……琴に葉でなんか綺麗だからじゃないか?




その真剣さにたじろぎ、彼は慌てて質問に答える



―うん、それもあるって言ってた



―それも?




―わたしの名前、琴葉、『ことば』の意味もあるんだって




―………




―お父さんが言ってた。言葉ってね、すごく大事だって。言葉ひとつ…嵯峨野神ってだけでお父さんは苦しみもしたし、鷹司ってだけでつらい思いもいっぱいした



―琴葉……



―でもつらいことばっかりじゃなかったって。お母さんと結婚して……恥ずかしいけど…わたしが生まれて…




―ああ、そうだな…




―だからね?




わたしは彼の顔を見た。



―きっとさんくんの名前にも意味があるんだよ




―はは、だといいな




―うん!




次第に目の前に靄がかかってくる……目が覚めようとしているんだ




さんくん……







ありがとう







――――――


―――






「ん?」



「どうしたんだいマイブラザー?まさかモノローグに反応をぐぶぇぅあ!!!」



「黙ってろ馬鹿兄貴」



なんだか予知した幹人の腹にローリングソバットを炸裂させた



「それじゃ、お母さん、また冬に」



「はいは〜い」




ここは島の飛行場、相も変わらず巨大で、言うまでもなく嵯峨野神専用だ。



「ひぎゃぁぁぁ!!!ヒル!ヒル!ヒルとってぇーッ!!!」



「姉さま!暴れ回っては取れません!渋谷さん!板橋さん!手足をおさえてください!!!」



飛行場、というよりヘリポートのような屋外で、のたうちまわる青山さん



「はぁい、緑ちゃ〜んおとなしくしましょうねぇ〜」





「ったく……ほら!暴れんじゃねぇ!」



「あ!今服の中入った!ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」



紫雲寺使用人メンバーが四苦八苦しているのを冷めた目で見ながら、三丁目は嵯峨野神自家用飛行機に乗り込もうとした。


しかし途中、思い出したように階段の真ん中くらいで止まる。

雨にすぐ戻るからと言い残し、次いで階段を急ぎ足で下りた。そして気持ち駆け足で下で手を振る莉梨華に近づく



「岡家のみなさん、たいしたことなくて良かったですね」



「うん、こういうことになっちゃったのは自分達のせいでもある、って言ってたよ?ああ見えて案外いい人なのよ、杉彦さんは」



「………」




「琴葉ちゃんのこと、気になるのね?」




「……うん」




「大丈夫よ、さんくん、ありがとね」



屈託の無い笑顔で、自分より背の高い三丁目の頭を撫でようとする。仕方無いので、膝を曲げて素直に撫でられた



「そうそう」


「?」




莉梨華は人指し指を唇に当て、何かを探るように上目になる




「さんくんが桐葉さんに似てるのは顔や声だけじゃないのよ?」



「は?」



いたずらっぽく舌を出し、莉梨華が微笑んだ



「サンお兄ちゃ〜ん!」



後ろから雨の呼ぶ声がする



「ほら、雨ちゃんが待ってるよ?」




「うん、ばあちゃんごめんな、今回あんま一緒にいれなくて」



「いいのよ、冬に埋め合わせしてくれればね」



莉梨華は突風になびく髪を耳元でおさえ、優しく笑った



「…また来るよ、じゃあ!」



三丁目は階段を駆け上った、下では莉梨華がまだ手を振っている……三丁目はもう一度大きな声で叫んだ




「またなーーー!」




莉梨華はそれに答えるように絶えず手を振ってくれた。柔和で、あのときと同じ…




俺の名前を褒めてくれた…




俺が琴葉に出会った…






あの大きな木の下にいたときと、同じ笑顔で……




おわり










――――――


『オマケ』


―――







飛行機の中、ごうごう唸る機体にゆられながら三丁目は窓の外を眺めていた



「よう三丁目、元気なさそうじゃん」




「……なんだかんだいってやっぱ痛いからな」




灰路が隣の空いた席に滑り込む。本来は幹人が座っているはずなのだが、今は後ろで蘭さんや青山さん達と酒盛りをしている。賑やかを通り越してやかましいが、怒鳴る体力も無いので放っておく




「ところで灰路」



「お前呼び捨てかよ……、一応俺24だぞ?まあいいけどな、なんだ?」



「なんで中庭いたんだ?」



「……ふふふ…それはだな…」




ピンポンパンポーン



「な、なんだ?」






「まあまあ」




『えー、当機をご利用のみなさま、快適な空の旅をお楽しみでしょうか?』



果たして流れた声は灰路、その声だった



「なにやってんだお前…」



「いいからいいから…」



くくく、といやらしく笑い、三丁目の頭をわしわしと撫で回す灰路



『みなさまの退屈を紛らすため、この板橋灰路、ひとつ、余興をさせていただきます』




「余興?」



横に座る灰路に首を向けると、耐えきれなくなったのか、三丁目とは反対側の方に体を倒して口をおさえている。背中がぷるぷると震えていた。



「なになにー?」



「はっはっはっ!楽しみだなー!」




酒盛りを中断して、三丁目の座席に腕を置いてにへらと笑う蘭さんと幹人



『それではどうぞ!板橋灰路プロデュース!!!浅岡三丁目、愛のメモリー!!!』



「あ、愛!?」



三丁目の叫びもむなしく、機内放送が朗々と流れ出した




『琴葉…!琴葉!琴葉ァ!』



興奮した三丁目の声



『や、やめて…さんくん…』



次いで泣きそうな琴葉の声




……………




「きゃー!三丁目くんそんなアレが!?」



両の頬をおさえて飛び上がる蘭さん、心底面白そうに



「サ、サンお兄ちゃん…」



顔を真っ赤にする雨




『ひっぐ…う…さんくん…やめて…』



すすり泣く琴葉



スクリーンが下りてきた。


パッ、と嵯峨野神中庭が写される。


遠目でわかりにくいのが逆に真実を隠し、三丁目が琴葉を抱き抱えているシーンが流れた




「さんちゃん、わたしはそんな風に育てた覚えは無いわよ!!」



目に涙を溜めて母さんが幹春にはらりと抱き突く



「小春ちゃん、いいじゃないか、三丁目が選んだんだ……僕たちは暖かく見守ってあげよう」



抱きついた妻の髪を撫で、遠い目で三丁目を見る幹春



三丁目が視線を灰路に移すと、灰路はついに遠慮せず噴き出した




「くくく……あっはっはっはっ!!!いやー、たまたまお前が歩いてくとこ見てさー、音とか拾って編集したんだよ!サイコーじゃね!?あはははは!!!」



一通り笑い終えた灰路、しかしふと気付く、ひんやりと下腹の方が寒くなるのを



「……」



後ろを振り向く。

さっきまであれだけ騒いでいた群衆がみんなおとなしく席につき、すやすやと寝ている。……一様に額に一筋の汗をたらして







「……」




今度は横に座る三丁目を見た



……おや?たしかここには三丁目が座っていたはずである。だが今座っているのは真っ黒な邪気の塊だ



「灰路……」



「は、はい!」




闇の中から声がした。フィルターを通したような重低音だった




「あはは……やりすぎ?」



頭をかく灰路




「……さて、最後に言い残す言葉はなんだ?」




ゴゴゴ…と地鳴りが響いたような気がした。実際飛行機の中だから錯覚に決まっている。


が、コクピットで機長が何かわめいているのが聞こえてきた。


高度が下がった!だとか、気圧が急激に変化した!だとか




「……ごめんなさい」



灰路は尋常じゃない量の汗を滝のように流し、震える声で頭を下げた



「いい答えだ……板橋灰路…!!!」



「おぎゃぁぁぁぁぁ!!!」



黒い闇がまるで某知能派忍者の影◯縛りの要領で灰路の首筋に迫り来る




「ちょ、調子に乗りすぎた!俺が悪かったから!か、勘弁してくれ!!!」




「アリーヴェデルチ(さよならだ)……」




「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」……………






飛行機は飛ぶ



『順調に』、我等が故郷へ……

やっと終わりました……。ツッコミ所も多数あったことでしょう。そういうときには暖かな眼差しでスルーしていただければ幸いです。次回は反動でコメディーフル回転でいくのでひとつ、よろしくお願いします

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