三十九丁目 第八編『解決へ』
部屋に戻ると、幹人と雨がすでにくつろいでいた。
「おかえりマイブラザー」
「おかえりサンお兄ちゃん」
「……ああ」
『?』
三丁目に元気が無い、二人は顔を見合わせ、幹人を肩をすくめ、雨は首を傾げた
「何かあったのかい?」
「……琴葉が倒れたんだ」
「え!?」
雨が思わず声を漏らし、幹人は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着かせた
「それで大丈夫なのかい?」
「ああ、蘭さんと早良さんがみてくれてる、熱だけだから明日には元気になる、って…」
「ふむ…」
部屋に父と母はいなかった。きっとごたごたが続いているんだろう。五人用の部屋が異様に広く感じられた
「……ところで岡さん殴られた?んだっけ、いろいろと大丈夫なのか?」
「うん、まだ秋奈叔母さんは取り乱してはいるが、大分落ち着いてきたよ、母さんと父さんももうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」
「そか…」
三丁目はベッドに腰を下ろした、足のつかれがすーっと抜けて行く、このまま半身を倒せば眠ってしまいそうだ
「晩御飯はちょっと遅くなっちゃうって、先お風呂入ってきたら?」
「雨は入ったのか?」
「うん、さっききららちゃんと入ってきた。青山さんたちもいたよ?」
「ふ〜ん…兄貴は?」
「僕はまだだねぇ、シスターとアニマくんと実験をしてたものだから…」
「実験?お前またくだらんことを……」
何をやらかしたか知らんが、まあたいしたことじゃないだろ
「んじゃ風呂行こうぜ」
「おお!もちろんさマイブラザー!」
「いちいち過剰反応するな欝陶しい」
とりあえず汗の量は尋常じゃなかったので、風呂には行くことにした。手を振る雨に、行ってくる、と言い残し、扉を開ける
開けた瞬間にして約0、01秒、三丁目の顔が信じられないほど強張った
『あ』
固まる二人
「ん〜?どうしたんだいマイブラザー?」
幹人が三丁目の肩から様子を伺うと……
「よ、よう三丁目に幹人」
板橋灰路が、いた
「ナンノヨウデスカ、ハイジサン、シガナイサンチョウメニナニカ?」
「だから悪かったって!謝ったろ!」
棒読みも棒読み、一字ずつ宇宙人のように言葉を紡ぎ出す三丁目
「まあ、冗談はさておき何か用ですか?」
灰路はなぜか焦ってる。息を切らし、さんざん走り回ったようだ
「秋奈さんと楠太郎がやられた!」
「は?」
何を言ってるのだ
「だから襲われたんだよ!誰かに!」
「兄貴」
「ああ」
後ろを向き頷き合うと、灰路の案内で一斉に地面を蹴った
「なにやってんだよアンタ!」
「ばっ!俺だってしっかり見てたよ!」
ひーひー言いながら三丁目と灰路が怒鳴り合う
「そりゃお前、岡サンはでかい会社の頭だから身内やら取引先とかの見舞いはあったけど、ちゃんと確認したし、中でなんかありゃさすがに気付くっつの!!!」
「気付いてねぇじゃねぇかッ!!!」
「ああ!?だから物音もクソも無かったんだよ!!!」
並んで走り、唾を飛ばし合う二人。
それを後ろから眺めながら、幹人は一人、冷静に考えていた
「灰路くん、部屋に通した人間を覚えているかい?」
「ん?ああ、だけどさすがに名前までは覚えてねーな、顔と数くらいか」
「顔と数……見たらわかるかい?」
「たぶんな」
小刻みに息を吐きながら灰路が頷く、
「おっと、そこ左だ」
灰路が突き当たりの角を曲がると、二人もそれに倣った。ここは東塔の二階、三丁目たちは階段を落ちるように下り、一階に降りた。さきほど琴葉を寝かせておいた蘭さんの部屋を通り過ぎる。一瞬様子が気になったが、灰路が急かすので三丁目も急いだ
「ここだ」
一つの扉の前で灰路が止まり、コンコンとノックした。どうぞ、と莉梨華ばあちゃんの声がして三丁目たちは通される
「ばあちゃん!」
「あらまぁさんくん大丈夫?汗びっしょりよ?」
莉梨華ばあちゃんはやけに呑気だ。長椅子に腰掛け、紅茶なんか飲んでいる
「…ってなんか勢揃いですね……」
自分もここに数度来ているが、このバカみたいにデカい城の全てを把握しているわけではない。そしてここはその自分の記憶に無い部屋だ。
まあ里帰りはいつも莉梨華ばあちゃんの無理難題をどうやりくりするかに四苦八苦して、ゆっくりと見て楽しむ時間など無かったためもあるのだが…。
ともあれ、初見の部屋はまるで国王の寝室のようだった。中をぐるっと右から見回す。
母さん…父さん…冬斗さんにその奥さん…岡氏が寝ているベッドを挟んで莉梨華ばあちゃん…シスターにアニマ、それに蘭さん…琴葉…冬斗さんの娘であるみるらとろうね…って!
「お前ら体大丈夫なのかよ!?」
『?』
「『?』じゃなくて!」
三人は同時に首を傾げた。さっきまで呻き声すらあげていたやつらが、今では全力疾走してきた俺より健康そうだ
「琴葉ちゃんと双子ちゃんねー、びっくりするくらい体調回復してんのよ…ホント不思議だわ…」
額に手をやりため息をつく蘭さん。それを見上げて双子がにやにやといやらしく笑っていた。
………
(……早良さん、いるんでしょ?)
《はいはい》
声を潜めて三丁目の背後に悪寒…もとい早良さんが現れる
(またあいつらなんかしたんですか?)
《……あたしの口からは言えないわ…》
(………)
またわけのわからない力を使ったのか……
「幹人?雨ちゃんは?」
「きららくんとトーリュくんと一緒に部屋にいるよ?僕が連絡しておいたからね…」
いつのまに…
「ふっ…愚問だねマイブラザー…さっき走り様にきららくんの部屋の扉をノックしておいたのさ」
…ついにお前も読心術を会得したか…、というかそれじゃただのピンポンダッシュだ。なぜそのような確固たる自信を持てるのか知りたい。
でもなんだかんだ言ってしっかりこいつの言う通りになってそうだが…
「青山さんたちは?」
「……海だーって駆けてったら森で迷子になったらしい……今桃恵さんと渋谷さんが探してる……」
後ろの灰路が目頭をおさえながらため息交じりに吐き出した
「……いい加減クビにしたら?」
「ああ…、帰ったら孝太郎サンに言っとく…」
なんだか灰路とは仲良くなれそうな気がした三丁目であった。
「ってか楠太郎と秋奈叔母さんは!?」
灰路の言いようからすれば結構一大事なようだった
「ああ、二人とも外傷はほとんど無いわよ?ただちょっとびっくりしちゃったみたいね…、警備さんをつけた部屋で眠ってるわ…」
莉梨華ばあちゃんが紅茶をすすりながら説明してくれた
「……おい灰路」
アレほどオーバーな表現だったら致死レベルの内容なはずだ
「……ウソは言ってねぇだろ」
後ろを振り向けばさきほどの仕返しのつもりか、ツンと済ます灰路。前言撤回、コイツやっぱりダメだ、嫌い
「さんくん」
「ん?なんだ琴葉」
イライラしていると横からとことこ、と琴葉が歩いてきた
「えへへ、さっきはありがと!」
満面の笑みで御礼を言う。見ている方が気後れしてしまいそうになるほどの屈託の無い笑みだった
「あ、ああそのことか、気にすんな、友達だろ」
照れ隠しで言ったつもりが、琴葉は黙ってしまう
「琴葉?」
「あ、ううん!そだ…ね…友達だもん…ね…」
妙に寂しそうに目を伏せる琴葉。
「?」
さて、三丁目と琴葉が話している一方。
「それでこの中に事件当初部屋にいた人は?」
「事件て…穏やかじゃねぇな……」
幹人と灰路が壁に寄り掛かり、室内を眺めながら喋っていた
「あ〜、そうだな……あの色っぽいねえちゃんと無表情の女、それに金髪美女以外はほとんど入ってたぞ?」
向こう側で談笑する蘭さん、アニマ、シスターを順に指し、灰路が幹人に言った
「ふむ…他には?」
「そりゃお前、企業主のでっぷりしたオッサンから、英国紳士まで、すげぇんだな岡さん」
手をひらひらと振り、あまり興味なさそうな灰路
「秋奈さんが部屋に人が入るの嫌がったけど、まあお得意先じゃしょうがねーだろ、ってな。そういうことで俺達も部屋の前にいたんだが…。っつってもはっきり言って秋奈さんと楠太郎に危害を与えるメリットがねぇぞ?恨みでもなけりゃな、俺達も今それを洗ってんだが…」
「恨み…ねぇ…」
幹人は腕を組み、考えた。もう目星はついた。
…だから、これが最後のチャンスだ
パンパン!
幹人がいきなり腕を上げ手を叩く。注目、の合図だ
「みなさん、恐縮ですが、これから僕の質問に正直に答えてくれませんか?」
声を張り上げ、ひとりひとり部屋の中の人間を確認する
「兄貴?」
三丁目が幹人のいきなりの行動に首を傾げると
「君もだ。マイブラザー」
「あ、ああ…」
真摯な目で見られて三丁目はただ頷いた。しかし一転穏やかに笑い、余裕を見せつつ推理ショーもどきをやりだした
「さて、みなさん何度もお聞かれになったことでしょうが、岡氏が被害にあったとき、どこにいらっしゃいましたか?」
腕を横に大きく広げ、あたかもオペラのような大袈裟な態度で触れ回る。突然の幹人の奇行に目を点にする一同だったが、幹人の全身から発する妙な雰囲気に飲まれ、おとなしく質問に答えた
「わたしはパーティ会場にいたわよ幹人ちゃん?もちろん冬斗ちゃんも秋奈ちゃんも…楠太郎ちゃんもね?」
莉梨華が素直に答えてくれた。冬斗さんと奥さんも頷く
「ふむ、琴葉くんとみるらくん、ろうねくんも会場にいたよね?」
こくり、と頷く三人、だが
「あ、でも私……」
琴葉がそろそろと手を上げる
「なんだい?」
「ちょっと具合いが悪くなって……会場を出ました…その…あの…」
言いにくそうに指を絡ませる琴葉
「わたし…教会に行ってたんです…その…半年に一回…無理言ってわたしがお掃除させていただいてるんです」
「ではあなたが…」
シスターが顔を上げ、琴葉に目をやった。それに応じて琴葉が頷く
「お祖母ちゃん」
「ええ、使用人がやっておくから、って言うのに聞かなくて。しょうがないから半年に一回だけ…お願いしてるのよ」
幹人が莉梨華を一瞥すると、莉梨華は琴葉の言っていることが正しいと証明した
「ふむ、父さんと母さんとマイシスターは僕と一緒にいたよね?」
「そうだなぁ……おや?そういえば三丁目はどこにいたんだい?」
「見なかったわねぇ?」
両親の言葉で注目が三丁目に集まる
「あー、まあいろいろあって服飾室にいたんだよ、東塔のな」
頭をかく三丁目、早良さんと一緒だったが、頭がかわいそうな人だと思われるのはシャクなので言わなかった
「東塔の服飾室…パーティ会場からかなり離れてるね……」
「あー、そだな…、それがどうした?」
顎をおさえて考えこむ幹人だったが、そうかそうか、と一人納得すると、つぎはシスターと、蘭さん、それにアニマに向き直る
「シスターは西塔の教会にいたんだよね?」
「ええ、そこで悲鳴を聞いて…」
「ふむ、琴葉くんもだね?」
「あ、はい、シスターさんがいるのにびっくりしちゃって…立ち去ろうとしたらパーティ会場の方から…」
次ぎに幹人は蘭さんとアニマを見た
「では蘭氏とアニマくんは?」
「あたしゃ部屋で寝てたわよ、ね、三丁目くん?」
「あ、そうですね、そりゃもう酷い寝相…ぐばッ!」
蘭さんが足で蹴り上げたスリッパが三丁目の頭に見事命中した。エースストライカー並である
「ではアニマくんは?」
『わらわは…その…』
なぜかしどろもどろなアニマ
「アニマくんは迷子だったんだね?」
『そ、そち、なぜそれを!ハッ!違うぞ!わらわは決して迷子になど!』
その場にいた全員がなるほどなと首を縦に振る。アニマが恥ずかしさのあまり銃を乱射しそうになったので、蘭さんがすかさず電源をOFFにした
「灰路くん」
「俺は孝太郎様と桃恵さんで会場にいたよ、青山さんと渋谷さんは知らんが、あの人たちに人を怨むようなキャパシティなんかねぇだろ」
それはそれで何の根拠も無いのだが……たぶん灰路の言う通りだ
「ふむ…なるほど…」
幹人はしばらく考えると、ぱっ、と向き直り、大きく一礼した
「みなさま、わたくしのくだらないご質問に御協力ありがとうございます…」
完璧な作法でお辞儀をこなしたあと、場は再び和んだ
…………
「…何がやりたかったんだよ兄貴」
「ん?」
腕を組み、いかにも小馬鹿にした態度で三丁目を見る
「いや、岡家を襲った犯人がわかった、というか確実になったのかな?」
「おい本当か!?」
「うん……」
「なんだよ」
寂しげに目を落とす幹人
「…でもこれは僕が解決したって何の意味も無いってこともわかっちゃったんだ」
「はぁ?お前、何言ってんだ」
すると幹人は、三丁目の肩を叩いた。どこまでも、真剣な表情で
「マイブラザー、これは君が解決…、いや…助けてあげなければいけない」
「兄貴…?」
「ヒントを上げよう、事件が起こったとき、マイブラザー、君はどこにいたんだい?」
指を一本、三丁目の目の前に置き、にやりと微笑む
「いや、だからさっき言ったじゃねぇか、東塔の服飾室だよ」
「ふむ、そうだね、でももう一回考えてごらん?」
「考えて…って…」
わけもわからずにいると、今度は幹人、いつものいやらしく全てを知っているような顔に戻り
「大丈夫さマイブラザー、君ならきっとできる。父さんと母さんの息子…そして、僕の弟だからね」
「……」
幹人はもう一度三丁目に、にっこり微笑みかけると、頭をポンポンと叩き、快活に笑いながら部屋を出ていった
「……東塔…服飾室……」
もう一度、今まで起きたことを整理してみる。
あ…
そういえばあのとき…
「……なるほど、な」
三丁目は室内を見回した
穴に気付いてもできるだけスルーしましょう