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三十八丁目 第七編『琴葉』

三丁目が琴葉を背負い、後を追うようにして早良さんのゴーレム(?)2体が足音も立てずに走る






「あ」




『どうしたの?』




大事なことを忘れてた。ちょっとまずい




「ごめん早良さん、ちょっとUターン」



『え?わ、わかったよ』



足をふんばり、できるだけ琴葉に衝撃が伝わらぬよう正反対の方向に駆ける。それに応じる早良さん、指をすすっ、と動かし、ゴーレムに指示を送った。ゴーレム2体は指示に対応し、慣性の法則を無視してピタリと止まる。次いで、くるっと回転し、再び三丁目の後を追い掛けた






『ねぇ!三丁目くん!どうしたのよ!』




「ちょっと!あ、そこ右です!」




『ちょっ、ちょっと〜!』




文句を言いながらも、早良さんは指を器用に動かしゴーレムに指示を送る、またもやゴーレムは機械のように方向転換し、するすると走り出した




「え〜っと……確か…」



三丁目は肩を上下させながらきょろきょろと廊下の両脇に並ぶ部屋に注意を飛ばす、しばらく走るとどうやら目的の場所を見つけたらしい。今度は徐徐に減速し、一つの扉の前で止まった






「お休みのとこすいません!」




ゴンゴン扉をノックし、中の住人に呼びかける。5、6回叩いたあと、中から眠たそうな声が聞こえてきた




「なによ〜うるさいわね〜」




髪はボサボサ、目はしょぼしょぼ、ほとんど裸に近い恰好で蘭さんが出てくる、思わず目を覆いたくなるが、そこは非常事態、はしっと蘭さんの手首を掴む




「事情はあとで話します!琴葉を見てやってください!!!」




「……何かあったのね?」




息を切らせて無言で頷くと、蘭さんは、入って、と言い先に部屋の中に消えた。


三丁目と早良さん、それにゴーレム2体が後に続き部屋に入る。部屋は随分と豪勢な作りで、個室だと言うのに巨大なシャンデリア、さらにはバーベキューパーティーができそうなテラスまである。だがその前に注目すべきは部屋の惨状だ。所構わず下着やら日用品が投げ捨てられ、何があったのかカーテンまで外れている。こと荒らすことに関してはすばらしい才能をお持ちのようだ




「ベッドに寝かせて」




「あ、はい」




素直に応じ、ぐったりした琴葉をしわくちゃなシーツの上に静かに寝かせる。よく考えればベッドは二つ(おそらくアニマのだろう)なのでみるらとろうねが入らない、と心配したが、杞憂だったようだ。双子はちっこいので一つのベッドに充分収まる




『ありがと』



早良さんが再度腕を振ると、ゴーレムは煙のようにふっ、と消えた




「さて、理由を聞く前に熱は……うわっ!これひどい、三丁目くん!洗面所から冷やしたタオルと洗面器!あ、水入れてね!」




「は、はい!」




言われるがままに洗面所に行き、洗面器に水を溜め、タオルを絞る




『え!うそ!男!?』




早良さんの驚きの悲鳴が聞こえた。

鏡で確認すると、蘭さんが琴葉のブラウスのボタンを外して上半身をはだけたらしい




「あら、ホント綺麗な肌……じゃ無くて!早良ちゃん!悪いんだけど、さっきの幽霊従業員さんもっかい出して!」




『う、うん!』




蘭さんの剣幕に圧され、さきほど閉まったゴーレムに再び参上してもらう




「出したらあたしのバッグから黄色い包み、もう片方はそっちの双子ちゃんの熱計って!」




『え、え〜っとぉ…こうかな…』



ゴチン!




「ちょっと何やってんの!」




『だ、だって二つ別々に動かすの難しいんだも〜ん』




涙声で早良さんがぐずる。

ゴーレムは立ち上がろうとしてお互いの足に引っ掛かり、またコケた




「はぁ…いいから落ち着いて…」




『う〜〜〜〜』




「三丁目くんまだ!?」



「あ、やべっ!」




コントを見てる場合じゃない、気付かないうちにタオルは絞り過ぎて水気を失ってたので、慌ててもう一回水で絞った




「はい!」



「ありがと、それにしても本当に男のコだなんて……お姉さんちょっとショックかも…」



よよよ、と額に手首を当てため息をつく蘭さん




「そんなことより大丈夫なんですか!?」




「だ、大丈夫だからそんな怒鳴らない!熱だけよ、この子も…双子ちゃんもね……でも…」



「でも?」




蘭さんは三丁目から受け取ったタオルを琴葉の脇にはさみ、額を拭き、張り付いた前髪をすいてやる



「琴葉ちゃんには精神的なものがありそうね……」




「……そう…ですか…」



蘭さんの所に来たのは、琴葉の事情を知らない人達に琴葉が男だということを隠したかったというものあるが、ひょっとしたら『そっち』の方もわかるのではないか、と思ったからでもある




「事情……話してくれる気になった?」




「………はい」




長い沈黙の後


三丁目は首を縦に振った






――――――


―――







とりあえずその場は落ち着き、二人ともぐっしょり汗をかいていたので、涼しげなテラスに移動した。時刻は6時32分。夏場なのでまだまだ明るく、海を照らす真っ赤な夕日が不気味なくらいに美しい。三丁目はそんな夕焼けをぼーっと見ながら、テラスに設置された真っ白のテーブルに腰掛けていた



「はい」



「どうも」




蘭さんが冷蔵庫からオレンジジュースを取りだし、コトンと三丁目の前に置く。よく冷えていて瓶にはまだ水滴がついていた。思えば結構な距離を走ったのだ。そこではじめて自分の喉がカラカラなことに気付く




「じゃ、話して?」



三丁目の向かいに座り、色っぽく足を組む蘭さん、持って来たビールのプルトップをカシュッと開けた。酒を煽るつもりなのだが、ふざける気は無い、表情は真面目そのものだ



三丁目は部屋の中で、今は落ち着き、規則正しく穏やかな寝息を立てて眠る琴葉を一瞥すると、心の中で静かに謝った



「……琴葉は…鷹司琴葉はばあちゃんの甥に当たります……」




「甥…つまり莉梨華さんの兄弟の息子さん?」



三丁目は首を振った



「すみません、桐葉じいさんのって言った方がわかりやすいと思います。…琴葉は桐葉じいさんのお兄さん…俺の大叔父さんである、嵯峨野神功刀(くぬぎ)の子供です」



「功刀……どっかで…聞いたことがあるわね…珍しい名前だし…」


蘭さんはしばらくこめかみをコネくりまわしていたが、やがて、はっ、と気付いた




「思い出した……8年前…交通事故で亡くなった……鷹司…功刀……」



「はい、その鷹司功刀が年をとってからの息子、それが鷹司琴葉です…てかよく覚えてますね…」



やっぱりこれくらいの科学者になると脳の構造は違ってくるのかもしれない



「そりゃね…新聞でも大騒ぎだったし……でもなにより……」




「なにより?」





蘭さんはおもむろにテーブルに肘をたて、テラスの向こう側、海岸線へと目を飛ばす。夕日を浴びたその横顔が物憂げな大人の女性を描き出していた



「私も関わってたのよ、多少なりともね……。

そう……あのときの男のコが…」




「蘭さん?」




「ん?あはは、いや世界は狭いわね」



八重歯を出して無邪気に笑う、無理をしてるのが見え見えだ。何があったのだろうか……




「……功刀さんは若い頃に嵯峨野神家の仕事を継ぐのが嫌で家を飛び出したそうです、それがどうも勘当に近い形らしくて…。桐葉じいさんの親父さん、俺のひいじいさんですね、それに親子の縁まで切られたらしかったんです。それからしばらく経って、功刀さんは自分で事業に乗り出し、そのとき出会った女性と結婚、年の差はかなりあったらしいですが、お互いうまくやってたそうです」




矢つぎ早にまくし立てる三丁目、こんなに真面目に長く話したのははじめてだ。




「ふ〜ん、で、生まれたのが琴葉ちゃん」




「はい、あ、ちなみに鷹司は功刀さんの奥さんの苗字です、どうも功刀さんが嵯峨野神の苗字を嫌ってたみたいで」




舌が渇いたので、三丁目は丸々一本、瓶ごとオレンジジュースを飲み干した




「…で、琴葉は8歳までは鷹司の家で育ったんですが……」




「交通事故ね……」




「はい、両親を失くした琴葉は頼れるとこが無くって、桐葉じいさんも死んじゃってたし、んで鷹司家と嵯峨野神家の間で物凄くもめたそうです」




「鷹司と嵯峨野神はライバル企業だからね、しょうがないわよ、それに功刀さん、鷹司の性に入ったのに自分で事業開いちゃったんでしょ?嫌われても無理ないわね」




蘭さんは肩をすくめた。




「……嵯峨野神も勘当した身ですし、琴葉は行き場所が無くなっちゃったんです……それを不憫に思った莉梨華ばあちゃんが、身寄りの無い琴葉を引き取る、って言い出してからがまた大変で……」




「………」



蘭さんはただ黙って三丁目の言葉を待った




「それが息子であるとはいえ、一度勘当したやつの身内は入れられないって親族が騒ぎ出して、その筆頭が秋奈さんだったらしいんですが、ばあちゃんも譲らなかったんです。結局話はもつれて岡さんとこで養うことになったんですけど、琴葉はそこでも苦労したみたいです……」




「う〜ん…なんとも…昭和初期の貴族のような家系ね……」



苦笑する蘭さん




「はは、言い得て妙ですね、まさにそんな感じです。戸主権とか家父長制だとか…そういうのが罷り通ってる家なんです、だから琴葉は……」




三丁目はベッドに眠る琴葉にもう一度目をやった。依然として規則正しい寝息を起て、すやすやと寝ている




「相続やらなにやらの余計な問題で苦しまないよう、ばあちゃんが『そう』振る舞うよう琴葉に諭したんです、もちろんばあちゃんにももっと別の方法があったかもしれません、だけど施設や養子に出すのは忍びないと思ったんですかね、まあそういうわけで琴葉はああいう身なり、というかなんというか……」




「そうだったの……」




すっかり話し込んでしまっていた。


日は沈み、リーン…リーン……と虫の鳴く声が心地良い涼しさを運んできてくれる



「ま、大体の事情は飲み込めたわ、三丁目くん、話してくれてありがと」


「いえ……」




ゆっくりと頭を下げる蘭さん。つられて三丁目もコクンと頷いた




「さて、と」




膝をはたと打ち、蘭さんが立ち上がる




「もう夜になっちゃったし、三丁目くんも部屋に戻ったらどう?」



「あ、でも琴葉は…」




「だーいじょーぶ!早良ちゃーん」




『あ、はい』




「琴葉ちゃんと双子ちゃんの具合いはどう?」




蘭さんが部屋の中であくせく働く早良さんに呼びかけた




『熱は下がってるよ、ぐっすり眠ってる』




「ありがとー、ま、そういうわけよ、あたしと早良ちゃんで見てるから三丁目くんは先帰ってなさい」




「……じゃあ…よろしくお願いします」




喰らいついたって自分に出来ることは何も無いだろう、三丁目は素直に頭を下げた




「あ、玄関まで送ってくわ」




『私もです〜』




ぱたぱたと二人が玄関まで駆けて行き、部屋には琴葉と双子だけになる、やわらかい風が吹き込み、木々が揺れる音がする……






だから……









琴葉の目がゆっくりと開くのを見たのは、もの言わぬゴーレムだけだった……

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