三十七丁目 第六編『違和感』
しーん、と静けさに包まれしばらくの間が作られた、しかしほどなくしてガチャリと扉が開く、一同は異常なまでに体を強張らせ、黒いオーラを纏った三丁目を見た
「……サン…お兄…ちゃん?」
「なんだ雨?」
「うっ……」
にっこりと笑う三丁目に一歩たじろぐ雨
「なんだよみんなしてそんなに緊張してまったくおかしいなああはははは」
訂正しよう、にっこりとした微笑みを『張り付けた』三丁目が棒読みでカタカタとさもおかし『そう』に笑う。無論目は笑ってない
「あの……板橋さんは…」
言いかけたが早いか、凄い形相になった三丁目に睨まれ、雨はそれ以上何も言えなかった
「兄貴、そういや琴葉はどこいったんだ」
瞬きほどの間でいつもの表情に戻り、幹人に尋ねる
「あ、ああ…その琴葉くんなんだが会場にいなかったんだよ」
「ふ〜ん、んじゃ部屋に戻りがてら探してみるか」
「そ、そうだね」
動揺する幹人を首を傾げながら一瞥し、雨に一緒に来るか?と尋ねたが、こちらも『なぜか』額に汗をびっしょりとかき、慌てた様子で、あとで行くからと断った
『待て、三丁目』
あのシスターでさえ気圧される中、依然として動じないみるらとろうね。
急いで着替えたのだろう、三丁目のジーンズからはみ出したシャツを二人で同時に引っ張る
「なんだよ」
『私達も、探す』
「?」
『いやか』
「いや、いいけど…」
小鳥のよいに小首を傾げ、ハモる双子、まあそれくらいの面倒なら見切れる
「じゃ、行こうぜ」
『うん』
素直に頷き、まったく同じ歩幅でととと、と走り出す、三丁目は少し早歩きでそれを追い掛けた
…………
「…幹人さん」
「ん?なんだい?」
残された幹人と雨、それにシスター、三丁目と双子が扉から出ていくのを見届けてから、シスターが幹人に尋ねる
「このお城、教会がありますよね?」
「教会?うん、あるよ、確か地下だったかな?でも良く見つけたね…、僕も三回目に来たときにやっと見つけたのに…」
感嘆の声を上げ、シスターを称賛する。一方シスターの方はなにやら考えこんでいた
「それがどうかしたのかい?」
「いえ…ということは教会がある、ということはあまり知られてないんですよね?」
「う〜ん…嵯峨野神家の人はたぶんみんな知っていると思うけど、招かれた人達が訪れることはあまり無いんじゃないかな?」
「そうですか……」
「?」
幹人と雨は、怪訝そうに妹と顔を見合わせ、唇に指を当て考え込むシスターを不思議そうに眺めていた
「……わたくしもさきほど、パーティを抜け出して偶然見つけたのですが……そのとき人と会いまして…」
「…人?」
今度は雨が首を傾げる番だった。
「はい…」
目線を落とし、雨に頷いてみせる
「といっても顔はわからなかったので…たぶん女性の方だとは思うのですが…、わたくしが挨拶しようとしたら逃げるように立ち去ったので、もしかしたらその方が……」
口をつぐむシスター、その先の言葉は言わずともわかる
「でも無理なんじゃないかなぁ…」
「え?」
雨が上目になり、頭の中で位置関係を計算する、教会のある地下室は、パーティが開かれていた本塔からかなり離れた西の塔の端っこにあったはずだ。以前三丁目が綱渡りを試みさせられた場所だったので、鮮明に記憶に刻み込まれていた
「どう急いでも10分くらいはかかるよ」
「ふむ、わたくしが悲鳴を聞いたのはその方が去ってからすぐでしたね……」
シスターと雨は一旦顔を見合わせ、幹人を見る
「悲鳴が上がったのは杉彦氏が倒れてからすぐだったよ、シスターの言うことが確かなら瞬間移動でもしないと教会までは行けないね…」
肩をすくめる幹人、そして続ける
「まあその教会で見た人が犯人ってわけでもないしね、もしかしたらたまたまパーティで腕が当たっちゃった、とかいうこともあるかもしれないさ、何にせよ、あまり勘繰りをするのは良くないと思うよ?」
幹人の言うことは的を射ていた、確かに全部想像に過ぎないのだ。教会に来た人間も大した証拠を残していったわけでもないし、もしかしたら単に人の気配の無い場所で声をかけられたことにびっくりしただけなのかもしれない
「…確かにその通りです…が…何か引っ掛かりますね……」
「はっはっは!まあ杉彦氏も無事なようだし、あんまり深く考えてもしょうがないよ!部屋に戻ろうマイシスター&シスター!!!」
ポンポンと豪快に二人の背中を叩き、幹人は一足先に扉を出ていった
「…なんというか…大きな人ですね…」
扉が閉まると、気が抜けたように、はぁ、と息を吐くシスター
「……」
「どうしました?雨さん」
一方、雨の方の表情は固く、呆然としたまま幹人が去った方向を見ている
「幹人お兄ちゃん…」
「?」
シスターは不思議そうに雨を見て反応を待つ
「なんか……いつもより…元気無い……」
「……そうなんですか?」
とてもそうは見えないが、雨の表情はどこまでも真剣だ。嘘は無い、それくらいは見抜ける
………どうしてそうしたかったのかはわからない、ただ、妙な胸騒ぎがする。
シスターはおもむろにロザリオを取りだし、これ以上何も起こらぬよう、神に深く祈りを捧げた……
――――――
―――
三人連れだって、東の塔へと移動する。自分の部屋は定かでは無いが、そこに行けば誰かに聞けるだろう。三丁目と双子の姉妹は、とことこと長い回廊を歩いていた
『悪霊、悪霊♪』
『もぅ!だから悪霊じゃ無いってばぁ!』
『退魔、退魔♪』
『……ッ!言ったわねぇ…こンのガキャァッ!』
キーキー言いながらキャーキャー笑う双子を追いかけまわす早良さん。そしてそれを見てため息を漏らす三丁目
平和なもんだ…
「なぁお前等少し静かに……」
言いかけて固まった
「琴葉!!!」
『え?』
どうしたことか、壁に寄り添うようにして琴葉が倒れている、髪は乱れに乱れ、背中が激しく上下している、荒い息が聞こえることから、決して大丈夫では済まないだろう
「おい!」
すかさず近づき体を抱きおこしてやる、しかし様子が尋常じゃない、目の焦点は完全に合っていない上、黒目が白目の中で小刻みに震えている。それに加えてなにやらぶつぶつと呟いているのだ
「違うよ…違う…やめてよ…お父さん……お母さん……助けて…」
「おい!琴葉!」
体を大きく揺すると、びくん、と全身を痙攣させ、琴葉はようやく我に返った
「あ……さんくん…どうしたの?」
「……ッ…!それはこっちのセリフだ!」
「?」
きょとんとして三丁目を見返す琴葉
「お前…癖ってレベルじゃねぇだろッ!」
「だから…独り言なんて…言ってないってば…」
「おい琴葉!」
はぁはぁ、と胸が上下し、頬は熱にうなされたように上気している。早く医者に見せなければ、まずい
『どけ、三丁目』
「なんだよ!今それどころ…じゃ…ね…」
三丁目に割り込み、みるらとろうねがお互いの右手と左手を合わせて琴葉の胸に押し当てた
『楽になったか?』
「う…ん……ありがと…う……」
決して強がりではない、三丁目にもそう見えた。あれだけ荒かった息も徐徐に調い、赤みも引いていく
「お前ら…」
三丁目が横からみるらとろうねの顔を見る。きりっ、と整い、珍しく汗をかいていた
『すごいわねこの子たち……』
「早良さん?」
『この年齢でここまでやるのは至難の技よ…私にもできるかどうか妖しいのに……』
感心した目で双子を見る。胡散臭いとか、そうは言えまい。実際に効力を見せているのだから
『お前と、私達は似た者同士、だから、助ける』
くっ、と唇を噛み締めている様子を見ると、やはりつらいのだろう
「大丈夫かよお前ら…」
『大…丈夫……』
強がってはいるが限界が来てしまったようだ。ふっ、と意識を失い、パタリパタリと二人して倒れてしまう
『とりあえず応急処置は済んだようね…私はこんな体だからこれくらいしかできないけど……』
早良さんがきゅっ、と腕を上げると。いつか三丁目達を襲った従業員の二人くらいがグネグネと床から出現した。少し怖いが、今はそんなこと言ってる暇は無いだろう
「しっかりしろ琴葉、今医者んとこ連れてってやるからな」
「あはは…ありがと…さん…くん……」
琴葉が無理に弱々しく笑うのを、三丁目も笑顔で返してやると、安心したのか、琴葉は、ふっ、と目を閉じた
「……急ぎましょう!」
『うん!』
従業員二人にみるらとろうねを背負わせ、三丁目と早良さんは医務室へと急いだ