三十六丁目 第五編『禁句』
服飾室で適当な着替えを探していると、背後に気配を感じた
「……早良さん?」
『三丁目くん!』
「うわっ!どっから出て来てんですか!!!」
着替え用の個室に入っていたら、目の前の鏡から、にゅっ、と早良さんが出て来たのだ。心臓が一旦停止し、0、1秒後に再び動き出す
『大変大変!』
「はぁ…またシスターと喧嘩ですか?」
『ち、違うわよ!人が大変でパーティが苦しそうに倒れたの!!!』
「……落ち着いてください、何言ってるかわかりかねます」
『だからぁ…って、きゃぁっ!』
「なんで……す…か………。あ…」
カチコチとゆっくり視線を下ろすと、自分がパンツ一丁なことに気付く
『あら…これはなかなか…』
「な、なにまじまじと見てんですか!着替え中ですから!」
シャッ、とカーテンを閉めるが、根本的に解決にならない。透き通る
『ってそんなことより人が倒れたのよ!』
「はぁ!?誰がです?」
『えっとね…えっと…』
「…わからないんですね」
『あはは…』
「まあいいや、俺も行きます、パーティ会場でいいんですよね?」
『うん!』
そうと決まれば早く行かねば、三丁目はカーテンを開け、我れ先にと廊下へ飛び出した
『三丁目くん?』
「なんですか!まさかウチの阿保どもじゃないでしょうね!!!」
『いや違くて』
「だったらなんですか?」
『服着たら?』
「あ」
…勢いはどこへやら、三丁目はすごすごと服飾室に戻っていった…
――――――
―――
三丁目が服飾室へ戻り、再びパーティ会場へと走り出したころ、当のパーティ会場の雰囲気はがらりと変わっていた。甘くゆったりとした雰囲気はどこへやら、緊張と不安感が漂う中、同様する客人をガードマンがなだめ、部屋に帰るよう指示する
「お父様!しっかりしてください!!!」
「あなた…あなた…!」
ぐったりと倒れる、岡杉彦氏にすがりつく楠太郎とその母秋奈
「落ち着きなさい秋奈ちゃん、楠太郎ちゃん、お医者さんが診れないでしょう」
莉梨華は至って冷静だった。いつもなら考えられないくらいに顔を引き締めている
「あの娘よ……そうだわ…あの娘には…」
「……姉さん、落ち着いて」
「小春……」
憎しみに震える姉の肩に手を置く小春、少し落ち着きを取り戻したのか、息も絶え絶えに秋奈は放心し、がくりと力を無くす
「冬斗ちゃん?秋奈ちゃんをどこか休める場所に」
「……ああ、わかったよ母さん」
嵯峨野神家長男、冬斗が、ヒステリックに陥った妹、秋奈の肩を抱き、備え付けの医務室へと連れて行った
「…それで…どうかしら?」
「はい、命に別状はありません…が、しばらく意識は…」
「そう…」
医師から症状を聞き、莉梨華は悲しそうに目を伏せる
「お母さん、私と幹春さん、城を回ってたから状況がわからないの、教えてくれない?」
小春と幹春が神妙な顔をして莉梨華に尋ねる
「私もよくわからないの……会場は暗かったし…いきなり鈍い音がして…」
「…鈍い音」
「それから会場をすぐに明るくしたら…こうよ…」
会場を見る、他に被害は無いことから、杉彦氏のみを狙ったものだろう
「お義母さん、差し出がましいようですが、パーティは中止にした方が…」
幹春が提案しようとするが…
「……あいつだ…」
さっきまでうずくまっていた楠太郎がわなわなと震え、言葉を遮った
「楠太郎ちゃん…?」
「…ああそうだ…お前がやったんだろう!鷹司琴葉!!!」
名指しで叫ばれ、注目が集まる
……かと思いきや
「…鷹司…?」
姿はない、さきほどまで会場でみるらとろうねと楽しそうに話をしていたはずだ
「おい霊感姉妹」
『なんだクズ太郎』
「……楠太郎だ。鷹司はどこだ?」
『知らない、ふふ』
「……」
すっかり空気が冷え切ってしまったが、楠太郎の怒りがおさまるはずもなく、周囲に聞こえるくらいの大きさでぶつぶつとやり出した
「ふっ、大方怖くなって逃げ出したんだろう、所詮その程度だったのさ、せっかくここまで拾って育ててやったというのに、恩義も忘れてこんなことを……」
得意げ、と言っては聞こえが悪いかもしれないが、根も葉も無い恨みをすべて吐き出すように楠太郎は続けた
「親も親なら子も子だな、まったく誰が…」
「そこまでだよ、楠太郎くん」
嵯峨野神家がそのフレーズを聞き、一瞬ピクリと反応を見せたのを見逃さなかったのか、幹人がさりげなく脇に入り、まだ喋りたりなそうな楠太郎を止めた
「緒父上が怪我をされて気が動転するのもわかるけど、琴葉くんがそうだとは限らないだろう?それにこれ以上君に死亡フラグが立つのは見るのは忍びない……」
途中で口を塞がれ、押し黙る楠太郎
「むぐ…言ってることはよくわからんが…僕も言い過ぎたかもしれん…」
「お祖母ちゃん、父さんの言うようにパーティは解散させた方がいいんじゃないかな?」
穏やかな微笑みを口元にたたえたまま、幹人は振り返り、莉梨華に同意を求める
「そうね……来賓の方には私から言っておきましょう…」
私も手伝うわ、と小春が続き、他の人間も各々の部屋へと引き返していった…
――――――
「……さて」
会場に残っているのは、幹人をはじめ、雨、嵯峨野神姉妹、楠太郎のみとなる
「幹人お兄ちゃん……」
「なんだいマイシスター?」
「その……琴葉さん…」
指を絡ませ、言いにくそうに目を伏せる雨
「…大丈夫さ」
苦々しげに笑い、ポンと妹の頭を叩いてやる
「楠太郎くん…わかってると思うけど琴葉くんは…」
「だからさっきも言い過ぎたって言ったろう!悪かったよ!」
楠太郎がぶすっ、としながら怒鳴る。しかし言い訳っぽく言葉を繋げた
「でも…あいつならお父様を恨んだっておかしくないんだ……なんたって鷹司は…」
言いかけた瞬間、バタン!と大きな音を起てて扉が開く、今度こそ注目が集まった
「はぁ…はぁ…で、誰が倒れたって…?」
『三丁目、遅すぎ』
みるらとろうねがけらけら三丁目を指差し、笑いながら言った
「え?」
わけもわからずきょとんとする、なんだか今日は萱の外な三丁目であった…
…………
「……と言うわけさ」
「……楠太郎…お前な」
兄から事情を聞き、楠太郎を睨む三丁目
「だからさっきも…!ッもういい!!!」
「お、おい!」
楠太郎は三丁目の呼びかけを無視し、大股で不機嫌そうに部屋に戻ろうとする
「お前の親友だか彼女だか知らんがな、そんなに気になるなら見張ってでもいろ!」
ふてくされた楠太郎は、もういい寝る!とまだ昼間だというのに勢いよく扉を閉めて出ていった
「なんだアイツ、まあ親父さんがやられて動転してんだろうが……」
と、腰に手を当て、はふっ、と息を漏らした。
「みんないろいろあるのさ、警護の人もちゃんとついてるし、僕等ができることは仲良くしてることくらいだよ……、ところでマイブラザー」
「なんだよ?」
「蘭氏とアニマくん、それにシスターを見なかったかい?見当たらないんだが」
「ああ、蘭さんなら部屋で寝てるよ、アニマは見なかったな……シスターは……洗脳…もとい布教活動でもしてるんじゃねぇか?」
そう皮肉ると、絶妙なタイミングで扉が開く音がした
「人聞きが悪いですね」
割り込んできた声にびくっ、と肩をすくめる三丁目、後ろを振り返ればさきほど楠太郎が出ていった扉からシスターがつかつかと入ってきた。それに…おや…?見慣れない人だ
「おーっす、お隣りさん」
気さくに手を上げ、挨拶する長身の若い男、目付きがぼんやりしてて、なんだかやる気が感じられない
「えっと…どなたですか?」
「げ、聞いてない?あ、そう」
やれやれ、と肩をすくめる男、なんだかこ馬鹿にされてる気がしてむかっとした
「ハジメマシテ、浅岡さん家?自分、板橋灰路っつーもんです、以後よろしく」
「はあ…」
反応に困ってると、灰路と名乗った男は、じーっとその場に居合わせた人物を舐めるように見定める。最初に双子、次に雨、最後に幹人と三丁目を見比べて、う〜んと唸り、結局三丁目を見て自信なさげに言葉を発した
「ひょっとして君、浅岡三丁目くん?」
「え?そうですけど…」
いぶかしげに返事を返すと、灰路はにま〜っと笑い、バッ、とガッツポーズをとる
「うぉっ!マジで三丁目だよ!じゃあ何?一丁目とか二丁目とかもいんの?くくく……」
ビキッ
「いやぁ世界広しと言えども…ぶふっ…三丁目…ぶっ…三丁目て…くくく…」
ビキキッ
「三丁目なぁ…良い名前だよ!うん!…くくく…」
「あ、あの板橋さん…」
雨が三丁目と灰路をオロオロと交互に見ながら、どうしよう、どうしようと行ったり来たり
「名前…なんつったっけ?」
「くくく…ひー腹痛ッ!あ?なに俺?板橋灰路、灰路でいいよ」
「そうかそうか…灰路…灰路ねぇぇぇぇ…」
灰路は一通り笑い終えると、ふと気がついた。周りに誰もいなくなっている
「あれ?みんなは?」
はっ、と我に帰り、機械のようにぎぎぎ、とぎこちなく首を三丁目に向けると……
「三丁目…三丁目……変だよなぁぁぁぁ…そりゃぁ灰路さんなぁんてご立派なお名前をお持ちの方にはわからねぇよなぁぁぁぁぁ………」
ふしゅぅぅぅ…と、息が三丁目の口から吐き出される。
次いでにょきにょきと角が生え、牙が生え、耳が尖り………
…とまあ圧倒された灰路にはそう見えた
「あー、三丁目くん?」
「聞こえねぇ」
「三丁目さ…ん…?」
「聞こえねぇなぁッ!!!!!灰路さんよォォォォォォォッ!!!」
灰路は戦慄した、マイクを持った赤坂さんより、恐ろしい、と思った
………………
この世のものとは思えない悲鳴が聞こえた、扉越しに避難した幹人たち、雨は膝を抱えて震え、双子はにやにやと笑い、幹人が心底気の毒そうに念仏を唱える
「安らかに……」
悲鳴が途切れた時点で、シスターは神に赦しを乞うべく、心を込めて十字をきった…