三十五丁目 第四編『それぞれのパーティー』
いろんなサイドからです。
蘭さんを石化から解除し、二人は今、VIP待遇の貸し部屋に続く回廊を歩いていた
「え…?だって…あれ…?」
「蘭さんしっかりしてください、気持ちは痛いほどわかりますが……てかよくいとこって知ってましたね」
「…だって…だってさ……下手したらあたしよりかわいいのに…」
「……」
「……なんかの間違いじゃ…あいだッ!なにするの三丁目くん!」
「いい加減シャンとしてください」
ポカンと頭をはたき、目を白黒させる蘭さんを覚醒させる
「まあいろいろ理由があるんですよ」
「理由が…ってどうやったらあんなキレイな肌…ぱっちりしたおめめ……うぎゃっ!」
「だから目を覚ましてくださいってば、あれは生まれつきですよ」
「う〜、グーで殴ることないじゃない…」
頭を摩りながら涙目の蘭さん、立派なドレスを着ているというのに、内と外の釣り合いがイマイチ取れてない
「ねぇ三丁目くん」
「なんで…ぃっくし!」
赤い絨毯が遥か遠くまで伸びる廊下をコツコツと歩き、三丁目はくしゃみをした。冷え冷えとした城内は、いい加減寝巻じゃ冷えてくる
「さっきは首突っ込まないって言ったけど、ちょっと聞かせてくんない?」
「う〜ん…」
「ありゃ?もしかしてトップシークレット?」
果たして使い方はあっているのか、まあそれは置いといて…
「ん〜…秘密っちゃ秘密ですね…俺の家族はみんな知ってますけど、他の人はあまり知らないみたいですし……」
「ふ〜ん、じゃ、いいわ」
やけにあっさりと引き下がるな…
「いやに引き際がいいですね…」
「あんまり詮索しても野暮ってもんだしねー」
蘭さんはあくまでも自然体で、がさつに腕を後ろに回し、指を組む
「まあ、どうしても聞いて欲しいってんなら聞いてあげてもいいわよ?」
三丁目を見た後、ガキ大将のようににやっと笑い、なぜかご機嫌にぷいっと前に向き直った
「話したくなったら話してちょうだいな、とりあえず明後日くらいまではいるから」
「あー、はい」
しばらく歩くと、無数に部屋が並んだ廊下に出た。シャンデリアが吊るされ、西洋のグランドホテルに似る。散々探したあと、蘭さんは部屋を見つけたらしく、あくびをしながら手をひらひら振り、送ってくれてありがと、と短く礼を言うと、すごすごと中に入っていった。寝てないのだろうか
「さて」
扉に鍵がかかった音を聞いたあと、三丁目は静かな廊下に立ち尽くした
「っくしゅっ!」
そしてもう一度くしゃみをする
「まずは着替えだな…」
鼻をすすりながら、三丁目はぺたぺたと服飾室へと歩いていった
――――――
―――
一方、三丁目のいる別当から東へ
嵯峨野神桐葉追悼パーティはまだまだ続いていた。華やかなプログラムは終えたらしい、広い空間に本物の音楽隊が集い、ゆったりとしたクラシックを演奏する。
客人はワイン片手に社交の場を楽しんでいた
「あ、あのわたくしあなた様のためにワインをお持ちしましたの、一杯いかがですか…?」
「幹人様…、わたくしにもっとあなた様のお話をお聞かせになって…」
「まあ幹人様ったら!」
一つの丸テーブルを囲い、幹人が複数の女性に囲まれている。両の手では持ち切れ無い量の花である
「ふぅ…困ったなぁ…」
無意識に唇をなぞる幹人だったが、それがまずかった。
なやましいその仕草に、薬でも盛られたかのように骨どころか筋まで抜かれる女たち、もはや意識的にやってるのかとさえ疑いたくなる
正装しただけでこれほどまでに違うのか、中身を開いてみたらどうなるのか、見てみたいものである
「ええい!構うなというのに!」
こっちもまた凄かった、おそらく無理矢理蘭さんに着せられたのだろう、欝陶しそうにドレスを引きずり、だらしなく鼻の下を伸ばした男をぞろぞろと引き連れたアニマが現れた
「やぁアニマくん」
「む、三丁目の愚兄か」
「はっはっはっ!これは手厳しい!」
両者とも中身がマトモなら大ヒットメロドラマの一本や二本作れるだろう、まあそれはともかく、幹人はアニマを見てぶすっとする女性たちをなだめすかし、また後で、と囁くとワインを持ってアニマに近づいた
「どうだい?」
「む、よもや毒でも盛ったのではなかろうな」
「はっはっは、よしんば盛ったとしても君なら大丈夫だろう?」
真っ赤なワインを怪訝そうに眺めていたアニマだったが、それもそうじゃな、とがぶがぶ飲み干した。非常にワイルドな飲みっぷりである
「モテるみたいだね?」
「うるさいわ」
幹人相手では勝ち目が無いとみたのか、来たときと同じ様にぞろぞろと帰る男たち。その寂しげな背中を見ながら幹人が呟く
「パーティは楽しんでいるかい?」
「ふん、わらわはこのようなものは好かぬ、来る輩来る輩口々にへつらいの言葉しか吐かぬのじゃ」
「あっはっは、それは君が魅力的だからさ!」
「ふん、そのようなことは周りから言われずともわかっておる、わらわが気に喰わぬのは節度じゃ」
相変わらず高慢な態度だが、口回りについた食べカスとのギャップがなんともかわいらしい、憤慨している様子も、なんだかダダをこねてる少女にしか見えなくて、幹人は思わず吹き出してしまった
「……何をにやにやしておる、気色悪い」
「いや、失礼失礼…」
憮然として幹人を眺めていたアニマだったが、細かい事にはもともとこだわらない性格だ、すぐにケロっとして近くに置いてあったアップルパイを頬張った
「まあ…むぐ…味の方は…んぐ…なかなか…んぐぐ…じゃの………、ごくん」
「はっはっは、レディが口に物を入れたまま喋ってはお行儀が悪いよ?」
「わらわに指図するでない」
満足そうに指をペロペロと舐めるアニマ
「わらわは満腹じゃ、そち、蘭を見なかったか?」
「ふむ、蘭氏ならマイブラザーの後からコソコソとくっついていったのを見たよ?」
「三丁目か、そういえば見知らぬ男と連れだって庭に出ていったの」
はっ、とする幹人
「琴葉くんのこと、わかるのかい?」
「ふん、何を考えているかはわからんが、あれくらいの女装でわらわが見まごうはずなかろう、体温と心拍数が如実に物語っておったわ」
「さすが…だね…」
「?」
複雑な表情で唇を噛む幹人を不思議そうに見るアニマ、だがすぐに飽きたらしい、わらわは行くぞ、と言い残し、去ろうとした
「あ、アニマくん」
「なんじゃ、まだ何か用か?」
うざったそうに足を止めるアニマ、そのイライラの半分くらいは、丈の長いドレスのスカートに注がれているようだ
「好奇心で聞くんだが…」
「…申してみよ」
なんだか真剣そうな表情の幹人に興味を持ったのか、珍しく素直に応じる。
だが……
「食べたものはどうなるんだい?」
「……貴様本当に消されたいらしいな…」
怒り、というよりむしろ呆れたアニマであった……
――――――
―――
「いやーしんどかったー」
ぐでん、と青山さんが舞台裏でねっころがった
「はぁい緑ちゃぁん」
渋谷さんが冷たいジュースを差し出す。青山さんはそれを受け取り、一気に飲み干した
「ぶはーっ!サンキュー橙子ちゃん!」
「お安い御用よ〜ぅ」
ほわほわしながら柔和に微笑む渋谷さん、さすがに今日はメイド服はよしたらしい、落ち着きのあるオレンジを基調としたワンピースに身を包んでいた
「姉さまお疲れ様です」
「あ〜本当よ〜もっと派手にやりたかったのにな〜」
「ここでそんなことしたらそれこそ国際問題じゃねーか」
「こーら、新入り君は黙ってなさ〜い」
「新入りでもあんたよか働いてんだよ、あーだりぃ……」
ワイシャツの首をだらしなく緩め、パタパタと片手で顔を仰ぐ、彼の名は、板橋灰路という。タイミングが良いのか悪いのか、本日付けで配属されたのである
「姉さまも少し板橋さんを見習いなさい」
「へいへ〜い……」
舌を出し、まるで反省してないようだ
「ったく…あーそういや桃恵さん」
「なんですか?」
「三丁目ってどいつ?」
「板橋さん、三丁目さんは桐葉様のお孫様なのですよ?」
「ああ、知ってますよ、なんかそっくりなんでしょ?てか三丁目って!名前云々じゃねーだろそれ!」
くくく、といやみったらしく笑う灰路、これで根は良い人間なのだが…持ち前の軽さがどうもその品位を下げている
「……ともかく、我々の出番はこれにて終了です、孝太郎様からは自由な時間を与えられていますが、あまりはしゃぐことの無いよう…」
「ひゃっほー!行こうぜ橙子ちゃーん!!!」
「はぁーい」
子どものように駆けてく二人、桃恵さんが激を飛ばそうとしたが、パーティでそれは不粋だろう、仕方無く諦めた
「赤坂さんと四谷さんの方が良かったんじゃないっすか?」
「四谷さんが残念なことに夏風邪だそうです…赤坂さんが看病しているらしいですが……カラオケに行き過ぎたんでしょうかね…」
「……たぶん風邪じゃ無いっすよソレ…」
交流こそあまり無いが、四谷さんにお土産でも買っていこう。そう決心する板橋灰路(24)、彼の歓迎会において、軽いノリでカラオケを推薦したことは、人生の教訓、また一生忘れられない後悔として心に残ることだろう…
――――――
―――
所変わってここは城の地下
牢屋まであるのか、とぼんやり松明の燈る石作りの螺旋階段を下りると、どうやら違うようだ
教会だ。古ぼけた赤煉瓦で作られた割と広い空間である。さきほど牢屋と言ったが、あながち間違いとは言い切れ無いかもしれない、そこは暗く、教会には似つかわしいとは言い難い。ただ教会とわかるのは、自分の身の丈ほどのクロス…十字架が奥に張り付けられているからだ。しかし地下にあるのはどういう了見だろう、単なる設計上の好みだろうか…
「…異国に来ても信仰心というものは変わらないものですね…」
壁を触り、感慨深げに周囲を見渡す。ほこりっぽいのに顔をしかめるが、教会の静謐な雰囲気はどこも同じだ。この空間は良い……、まるで家に帰ったような…そんな安堵感を覚える
「……あまり…使われてはいないようですね…主が日本人だからでしょうか…」
流れるような金髪を紐で縛り、碧眼を曇らせた
「主よ…」
十字架の前に膝まずき、祈りの言葉を囁く…そう、シスター・アリシャ、故郷を感じ、城の中を見て回っていたら偶然この場所を見つけたのである
……どれくらい祈っていたのだろうか、妙な肌寒さを感じたため、シスターは上へ戻ることにした。
「おや…」
螺旋階段の手摺りに手を掛けると、上から誰かが下りてくる。コツ…コツ…と靴が石段を叩く音がした
「…教会の管理の方でしょうか…」
首を傾げ、シスターも上る、だとすれば、挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。しばらく上ると、足音の主と出会った。……だが長いこと地下にいたせいで、外からの光が眩しく、その姿をうまく捉らえることができない、シルエットからすれば…女性……だろうか…?
「わたくしはシスター・アリシャ=グランナイザーと申します…、勝手ながら教会で祈らせていただきました…あなたは管理の方ですか…?」
「……」
影は答えない。
不審に思ったシスター、もう一度尋ねる
「あの…あなたは…?」
「……!」
手探りに手を伸ばそうとしたが、影は過敏に反応し、一目散にその場からかけていった…
「……なんだったんでしょう…」
再度首を傾げるシスター……
甲高い女性の悲鳴が聞こえたのは、それから程なくしてからだった
まあ特別編、ということで御了承ください