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三十四丁目 第三編『流せない涙』

無駄にシリアスです。あまりコメディってませんね…

騒がしい会場内とは一変、庭は水を張ったような静けさであった。わずかに小鳥がさえずり、風が草木をなぶる音がするのみである




「座ろうぜ」



「ん」



この城、どこにあるのかは定かで無いが、遥か彼方には海が臨める。

庭は私有の地とは思えぬほど広く、終わりが見えない、しかし城の入口を出てすぐにちょうど公園ほどのスペースが設けられており、ベンチやテーブルなど、一休みの場には最適だ



「懐かしいな」



「…そだね」



噴水の傍にある大木、その下のベンチに二人は腰掛けた



「……」



「……」



沈黙、物悲しい水の流れる音がさわさわと二人の空間を埋めている



「なぁ」



「なぁに?」




「…いや、大丈夫か?


真剣な表情の三丁目に、琴葉は目を丸くし、次いで吹き出した


「あはは、なにそれ」



「なんとなくだ」



「ますますわかんないよ…」



二人して笑いを噛み殺したあと、三丁目は大きく息を吐いた



「やっぱつらいか?」



「……」



……思うところがあったのか、琴葉はうっすらと笑みを浮かべながら膝の上で指を絡ませる



「……うん」



「そうか」



「さんくんは大丈夫?」



「何がだよ」



「いや、なんとなくだ!」


胸を張って三丁目の真似をする琴葉



「お前な…」



半ば呆れ気味に三丁目がため息をつく、その様子にもう一度琴葉が笑い、つられて三丁目が笑った


「でもさ、しょうがないんだよ、きっと」



言い終えたあと、琴葉は腕を上げて大きく伸びをした。大木の葉から漏れる隙間日を浴び、半分は諦め、もう半分は自嘲、複雑な笑顔で眩しそうに顔を上げる



「……」



「……さんくんが気にすること無いよ、これはあたしの問題だから」




「毎年言ってるが…なんとかならんのか?」



「……」



「……そか」



悲しそうに首を横に振る琴葉を見て、三丁目はそれ以上なにも言えなくなる




「あたしだけがつらいってわけじゃ無いよ…。みんなにも迷惑かけてる、岡さんにもお祖母様にも嵯峨野神の人達にも……、うん…、さんくんの家にもね」



「……」



「でもね…やっぱり、どうしてもつらくて……泣きたくなったら……」



「なったら?」



琴葉は三丁目の顔を見て、にっこりと屈託の無い顔で笑った。

だが三丁目にはわかる。それがどれだけの苦しみを秘めているのか、どれだけの叫びを隠しているのか…




「もっとつらい人が世界にはいるんだよ、って自分に言うようにするんだ……あ、誤解しないでね?だからって自分はまだマシな方だー、とかそういうのじゃないの」



「…うん」



三丁目はただ頷いた



「もっと頑張らなきゃ、って思うんだ。こんなこと、目じゃないってね。つらくなんか無いんだよって…」



感に堪えなくなったのか、琴葉は膝の上で拳を固め、ついにふるふると体を震わせはじめた




「ごめん…ね…さんくん…」



「…なんでお前が謝んだよ」



「そうだよね…変だよね…」



「……」



涙は流さない。

そう決めたのだ、父が…母が…自分の目の前から消えたそのときから…



「…まあアレだ…その…無理すんな、みんなお前が思ってるほど考えてねーよ、ばあちゃんだってそう言ってたろ」



「うん…うん…」



「…ほれ」



「ありがと…」



頭を撫でてやる、ひっく、ひっくと泣きそうになる琴葉をやはり、仕方無いのだ、と三丁目は思った。そう育てられたのだ、なるべく、その心を傷つけないように…



「あはは…寝巻で撫でられた」



「ほっとけ」



苦笑すると、琴葉はすくっと立ち上がった



「あんなこと言っといて泣いてちゃ世話ないよね、あたし、頑張るから!」


「ああ、そうだな…」



妹を見守る兄の心境だった。それは、よくわかる


「じゃ、またね!」



「ああ」



ベンチに座ったまま手を振り、会場へ戻って行く琴葉を見送った



「……で、いつまでそうしてるんですか?」



入口の扉が重々しい音を響かせ、完全に閉まったあと、三丁目は、はぁ、っとため息をついた



「いやいや…青春ですにゃ〜」



大木の裏から、いやらしく笑う蘭さんが現れる



「どうでもいいですが口のまわり拭いてください」


「ありゃ、こりゃ失敬失敬…」



べっとりとついたジャムをハンカチで拭うと、ベンチに座る三丁目の肩にポンと手を置いた



「なんか事情あるみたいね…」



「……はい」




上を見上げると、きりりと引き締まった蘭さんの顔がある、不謹慎ながら、真面目にしてりゃ美人なのに、と思う



「ま、深く首は突っ込まないけどね〜」



三丁目の肩から手を放し、いつもの一本針が抜けたような顔に戻ると、今度は肩をすくめた



「でも良かったじゃない!」



「何がですか?」



「またまた〜」




首を傾げる三丁目と、にやにや笑う蘭さん




「従姉妹同士は結婚できるんだよ?あちゃ、ちょっと気が早い?」



いやー、とかきゃー、とかやらかす蘭さんに、三丁目は首を傾げたままだ


「何言ってんですか…」


「お姉さんには全部お見通しだよ〜ん」




けらけら笑う蘭さんを一瞥し、三丁目はふぅ、とため息をついた



「あのですね」




「ん〜?」




変わらず口元を隠してクスクスと笑う蘭さん










「何を勘違いしてるかわかりませんが、琴葉は男ですよ」










「へ〜男の子、そうなの、男の子…………って……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!!!!」



蘭さんの顔が石のように固まる瞬間を目の当たりにした三丁目だった…

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