三十三丁目 第二編 『嵯峨野神家』
人物が多いですが、さっ、と読み流してくださいな
莉梨華ばあちゃんを一通り整った服に着替えさせ、まるでホグ◯ーツ魔法学校の内部のような回廊をコツコツと音を響かせながら歩く。
悲しいことに俺の服までのストックは無く、寝巻のままなので、音を響かせているのは莉梨華ばあちゃんの靴だ
ひんやりと涼しい城内は夏とは思えないほど気持ちがよく、裸足でも苦にはならない。
「ばあちゃん腰大丈夫か?」
「失礼ねぇ、まだまだ若いから大丈夫よ」
軽くカンに触ったのか、わざとらしくつん、とすます
もう一度言おう、ばあちゃんは82歳だ
昼間だと言うのに薄暗い回廊を抜けると、東の塔と本城を繋ぐ鉄橋が見えてきた。
ついと脇を見れば嵌め殺しの丸い窓から広大な森林と、エメラルドグリーンに染まる巨大な溜池を望める。
果たしてここはどこの国なのか、それは俺にはわからない。理由は二つ、一つ目は幼いときの記憶は曖昧なのと、二つ目はここに連れてこられるときは大抵意識が無いからだ
「さんくん見て見て〜!空がすっごい青いよ〜!」
「そうですか」
「ちょっと〜無感動過ぎ〜」
「ばあちゃん毎日見てるでしょ」
「わかってないなぁ〜〜…想い人と見る空…これほど美しい空は…って待って!置いてかないで〜!」
………
そうこうしてるうちに、ぽつぽつと使用人の姿が見えてきた。本城に客が多いからか、みんなあわただしそうだ。だがそういう中でも主に対する礼は尽くしている
「莉梨華様、本日はご機嫌いかがですか?」
「莉梨華様、皆様は一階の大広間でお待ちです…」
その度にニコニコしながら手をひらひらやるばあちゃん、威厳に大いに欠けてはいるが、やはり大人物だな、と改めて実感する三丁目だった。
「今日は桐葉さんの22回忌パーティなの」
「パーティって…」
どうツッコんでいいのか困るが、要は言い回しの問題だろう。このおチビちゃん、俺の4倍以上生きているくせに、語彙力が足りない気がする
「開けて開けて〜!」
ばあちゃんが観音開きの扉の前で跳び跳ねる。使用人の人はにっこりと笑いながら扉を開け放った。結構キツそうである。ここはゾル◯ィック家か、とは言わなかった
扉を開くと、これまただだっ広い空間が待ち受けていた。俺達がいるのは二階の摩天楼式の廊下で、ゆうに地上20メートルはあろう天井から、赤い絨毯が敷き詰められた一階まで、大型デパートのように真ん中がぽっかりと吹き抜けになっている。下ががやがやと賑わっていることから、会場はこの下らしい
「マジでパーティじゃねぇか……」
「ん?だからそう言ったでしょ?」
「いや、こういうのってもっとこう…」
正面に巨大な遺影、と言っても穏やかに微笑む桐葉じいさんを写した肖像画、あとは百数十個にも及ぶ、豊富な料理がのった丸いテーブルが綺麗に並べられていた。客人の数もまた異常だ。某有名ハリウッドスターから、頭にターバンを巻いた東南アジア系の人もいる
「……毎年こんなんやってんの?」
「うん、そーだよ、そっかぁ、さんくんいつも夏の終わりくらいに来てたからねー」
嵯峨野神家の実態をはじめて知りたくなった。
と、口を開けてポカンとしていると…
「おやおや…そこに見ゆるマヌケな顔は…あれ?なんだったかなぁ?三丁目……いやいや、そんな変な名前じゃなかったはず…」
ぴっちりとスーツを着たポッチャリさんがいやみったらしくこちらに歩いてきた
「……そういう君は『おがくず太郎』君じゃないか」
「な!し、ししししし失礼な!!!ぼぼぼぼ僕は岡楠太郎だっ!!!」
「たいしてかわらん」
「全然違う!!!訂正したまえッ!!!」
「あー悪かった悪かった、なんだっけ?岡クズ太郎君?」
「おい!さっきより感じが悪くなったぞ!!!」
赤いペンキを頭から被ったように煮えくりかえる岡楠太郎、小春の姉、嵯峨野神(岡)秋奈の独り息子だ。父親、岡杉彦は泣く子も黙る大手自動車メーカー会長の職にある
「ふん!相も変わらず貧相なヤツだ!」
「なに怒ってんだお前…」
「僕のことを言う前にいい加減着替えたらどうだ?」
「あ」
ここにきてようやく気付いた
俺、寝巻だ
「お祖母様、ご機嫌麗しゅう…」
三丁目を無視し、急に改まる楠太郎、無駄に紳士っぽく一礼する
「あらぁ?元気だった?クズ太郎ちゃん」
「……楠太郎ですお祖母様」
「あら私ったら、ごめんなさいねぇ」
コロコロ笑うばあちゃん、嫌いなわけではないだろう
たぶん…
『三丁目だ三丁目』
「…みるら、とろうね、か…」
『それにクズ太郎』
「楠太郎だッ!!!」
まったく同じ動作でクズ太郎…楠太郎を指差し、ケタケタ笑う双子の女の子、いつものことだが目が笑っていないので恐い
『三丁目三丁目』
「な、なんだよ…」
気がつくとずいっ、と目と鼻の先まで近づかれていた
『おまえ、悪霊、ついてる』
「悪霊?」
『さすがにちょっと傷つきます…』
「早良さん!?」
後ろを振り返ると、よよよとすすり泣く早良さんが
「いつからいたんですか?」
『ついさっき、小春さんにくっついて来たの』
早良さんに言われて立食コーナーを見ると、超人気俳優と楽しそうに談笑する母がいた。親父にはあまり見せたくない光景だ
「あー君達?誰と話してるんだね?」
楠太郎がおいそれと話に割り込んでくる
『心、汚い、見えない』
「なんだと!」
憤慨する楠太郎、肥えた腹を揺すらせて、掴みかからんとばかりに手をぷるぷる震わす
「あなたたち誰と話してるのぉ?」
今度はばあちゃんがほわほわと
『波長、合わない、見えない』
「おい、なんで言い換えた」
憮然として楠太郎が双子を睨む、しかしそれを見てまたケタケタ笑うみるらとろうね
……この双子、小春の兄、嵯峨野神冬斗の娘、嵯峨野神みるら、ろうねと言う。どちらも年齢9歳にして霊的な力に長け、ネ◯ンもびっくりな予見能力を持っている……らしい
「早良さん、兄貴と雨、ついでに親父は?」
『う〜ん、あたし三丁目くん見つけて飛んできちゃったから、はぐれちゃったかなぁ…』
額に手を当て目を凝らす早良さん
『あ、でも蘭さんとアニマさんならあそこに』
「は?」
いた。二人して七面鳥を取り合っている。
「なんでいるんだ…」
『蘭さんは招待されたらしいわよ?』
「あー、そういや前に科学者として権威がどうとか言ってたな…」
まあ事実歩く権威を傍に連れてるワケだから納得せざるをえない。その権威とやらは今七面鳥を勝ち取ったわけだが
「さすがに他の連中は…」
周囲を見回す三丁目
「……アリシャさん」
向こうでひとだかりができてると思ったらシスターが布教していた。世界宗教を敵にまわす気か、と思ったが驚くべきことに拍手が湧いた。人間って不思議!
『炎泪さんは帰ったわよ、シャウルちゃんの容態が悪化したって』
あの日本刀…マジで力吸い取ってたのか…、まあ食事券はシャウルにやるつもりだったんだろうが
「あー三丁目」
「なんだよ」
早良さんと話してると、ごほん、と咳払いし、楠太郎が急に改まった
「その、なんだ、雨さんは元気かね」
「ああ、それがどうした?」
「そうか、うむ、元気か…」
「お前……」
「三丁目、お前何か欲しいものはないか?」
「無いな、お前が欲しいだけだろ」
「な、なななな何をだ!」
「隠してるつもりか?」
「だから何を!」
「いや何って…」
呆れた顔で楠太郎を見ていると、後ろから聞き慣れた声が
「あ、サンお兄ちゃ〜ん」
よそ行きの服を着用し、人混みを掻き分けて雨が小走りにやってきた
「おー、雨」
「体大丈夫?朝はごめんね…」
「気にすんな、どうせ母さんとか親父とか兄貴とかだろ?」
「う〜ん…、あ!莉梨華お祖母ちゃん!お久しぶりです!」
「あら雨ちゃん大きくなって〜」
「えへへ…」
同じくらいの身長なのにおとなしく頭を撫でられる雨。百点満点の笑みだ
「みるらちゃんとろうねちゃんもこんにちわ!」
『ふふ、雨、大きくなって』
不気味に微笑む双子
「え〜っと…」
対応に困る雨、そりゃそうだ、明らかに年下なのだ
「あれ?」
気がつくと楠太郎は体ごと明後日の方向を向いている
「こんにちわ!楠太郎さん!」
「こ、ここここ…」
「落ち着けおがくず太郎」
「こにちわー」
「?」
「こんにちわ、だと」
「う、うん…」
苦笑いを浮かべ、もう一度楠太郎に微笑むと、ついぞ楠太郎の意識は飛び立った。直立不動のままドミノのように倒れる
「わ!」
「大丈夫だ、ほっときゃ治る」
「そ、そうなの?」
まあ今までは面と向かうことも出来ずに影でコソコソ盗み見てただけだったから、少なからずとも成長したといえよう
「あらいけない、あたしちょっと挨拶しなきゃ」
「ばあちゃん?」
「さんくんまた後で遊んでね〜」
みるらとろうねの話し相手になっていたばあちゃんが、中央の檀まで駆けていった。ぶつかるかと思ったらスイスイと人の足の隙間をとおり抜けていった。
今のうちに逃げる算段をしておいた方がいいかもしれない
バン!
「おわっ」
急に明かりが消えた
『みなさま本日はお忙しい中、故嵯峨野神桐葉の第22回忌追悼式においで下さり、誠にありがとうございます…』
拡声器で、……青山さんの声が聞こえた。
「一体なんなんだ…」
「今回孝太郎さんが世界にトーリュを発表するんだって」
「おいおい…大丈夫なのか…?」
「で、青山さんと桃恵さんと渋谷さんが来てるらしいんだけど…」
「なるほど…」
要はついで、ってことだ。それでやらせる嵯峨野神家も心が広い
「しかし今日はなんかおとなしいな…」
「うん…あれ見て…」
「……なるほど…」
壇上に立つ青山さんの顔は痛ましいことになっている。桃恵さんに釘を刺されたのだろう、文字通り
『嵯峨野神桐葉氏は生前、しめやかなことが大変嫌いで、何に至ってもこのような賑やかに、との遺言を忠実に…』
会場に各国の訳が流れると一斉に失笑が漏れた。それから、謝辞や桐葉じいさんのエピソードを語り終え、一通りの舞台挨拶が終わると、会場の期待も高まってくる。
それに答えるように、入口の一角のみがバチン、とライトアップされた。注目の先には布を被せられた大きな台座がある
『……それではいよいよ我が主、紫雲寺孝太郎の世紀の傑作をご覧に入れましょう…。その名も、トーリュ!みなさま、お見逃しのないよう!!!』
青山さんが大きく手を振り上げると、暗い中ライトアップされたトーリュが台に乗り運ばれてきた。うっとりとした感嘆のため息が場内に広がる。トーリュはおとなしくしているように、と言われたのだろう、微動だにせず、マーメイドの姿で固まっていた
「…てかトーリュなのな」
「ちょっと複雑かも…」
トーリュは母さんがつけた等粒状組織からきているのだが、もじったのは雨だ
『すごい、すごい、すごい』
みるらとろうねが興奮している
「なんだああいう芸術好きなのか?」
『違う、あれ、生きてる』
「う…、お前ら本物か」
これは霊的力とやらも信じざるをえないのかもしれない
「さんく〜ん」
「ん?おお、琴葉、お前今までどこいたんだ?」
「へっへ〜ちょぉっとねぇ〜」
にやにやと笑う琴葉、東の塔で会って以来、会場では見なかった
「…なんか企んでる?」
「ひどいな〜、あら雨ちゃんこんにちわ」
「あ、琴葉さん…」
言葉を繋げなくなる雨、無理もない
「琴葉」
「なぁに?」
「ちょっと向こうで話さないか?」
「……いいよ」
「んじゃ雨、俺等外出るわ、母さんとばあちゃんにはなんとか言っといてくれ」
「う、うん……」
うつむく雨の肩を叩き、気にすんな、と呟く
ぎこちないながらも雨が頷くのを確認すると、三丁目と琴葉は重い扉を開け暗い会場から抜け出た。
みるらとろうねのねっとりとした視線を、出来るだけ気にしないようにして……