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二十八丁目 届け私の歌声

紫雲寺メイドさん五人がかりでようやく押さえ付けられ、暴動をとめられた三丁目、公園は地獄絵図と変わり、さっきまで萌萌うめいていた男達は、今となっては悲痛のうめき声をあげている。警察沙汰にならなかったのが不思議なくらいの暴走だった




「大丈夫ですか?」


桃恵さんが額の汗を拭い、腕の中でまだ暴れようとする三丁目に尋ねる


「悪かったなぁ!変な名前で!俺だっていやなんだよ!つらいんだよ!」


三丁目は周囲も気にせず半泣きでわめく、見ている方が哀れになる発狂っぷりであった


「……四谷さん」


「……了……解…」


ぷす



「ガクッ…」


首筋に注射器を射され、糸の切れた操り人形のようにおとなしくなる三丁目


「なんとも哀れです……」


傍で見ていた赤坂さんが同情のため息を漏らす

対して



「三丁目くぅん最高ぉ…ぷぷぷ…」


渋谷さんは両腕を歯交い絞めにされる三丁目を様々な角度から激写していた


「さぁ行こうか!」


まだまだ元気な青山さん、魂の抜けた三丁目の腕を高くあげ、ハツラツと息巻く


「姉さま……三丁目さんには帰宅してもらった方が良いかと…」


「なーに言ってんの!まだまだこれからだよ?ねー三丁目くん?」


「もちろんさー緑さーん」


カクカクと首を縦に振る三丁目。三丁目の背後で渋谷さんが両手で頭を挟み、前へ後ろへ激しく動かしている。操り人形ならぬ、腹話術人形である


「こんなに楽しいのに帰れないよー」


三丁目の声色を真似する渋谷さん、途中何度も笑いが込み上げ、噴き出しそうになってむせる


「ほら三丁目くんもこう言ってるんだし!」


明らかにわかっているのに三丁目に、ねー、と同意を求める。それに合わせて渋谷さんがカクンと首を横に動かした


「……赤坂さん、四谷さん、もしものことがあれば我々三人であの二人を止めますよ…」


だんだんとエスカレートしてきた腹話術人形の動きを見ながら、桃恵さんが呟く


「今がそのときなんじゃ……」


「……かわ…い…そ…」


ついには宙に舞いはじめた三丁目を見ながら、呆然とする二人だった…




――――――


―――




「……やめてくれ…母さん…その名前はダメだ…」


三丁目は頭を横に振りながら夢の中でタイムスリップしていた、汗をびっしょりとかき、うぐ、むぐ、とうなされている


「ヤーーーー!!!」


「うわっ!!!」


「あきゃぅっ!!」


突然のハウリングで電流が流れたかのように跳ね起きる、その反動で強烈に何かに頭をぶつけてしまったらしい、短い悲鳴がすぐ傍で聞こえた


「な!ななななななな!」


カタカタと震えながら周囲を見回し、現状を必死に把握しようとする、あらゆる情報を無理矢理頭に取り込み、5秒ほどしてようやくここがカラオケボックスだとわかった。先程のハウリングより激しく心臓が悲鳴をあげている


「あたた……目が覚めましたか…?」


赤くなった額をさすりながら、苦笑する赤坂さんが目の前にいた、どうやら俺は赤坂さんに膝枕をしてもらっていたらしい


「紅に染ーまーったァ!!!こーのっおっれっをーーーーッ!!!」


「姉さま!!!少しボリュームを下げてください!!!」


耳を抑えながら桃恵さんが叫ぶが、まったく気付いてない、依然として気持ちよさそうに歌って…もといわめいている


「う…るさ…い…」


四谷さんは片耳を塞ぎながら、もう片方の手でなにやら薬を調合している、おそらく青山さんを黙らせる薬だろう、ボコッボコッ、と泡がたっては消える紫色の液体だ


「ヤーッハァァァァッ!!」


ついには片足を机に上げ、マイクを両手に持ち熱唱する。渋谷さんは全然おかまいなしにニコニコしながらタンバリンを叩いていた


「……経緯をわかりやすくお願いします」


「…はい」


赤坂さんに尋ねると、ことの経緯を話してくれた、俺にしゃれこうべ印の薬を注射したこと、気絶した俺を渋谷さんがポロライドで写し、町中に配ろうとしたのを阻止しようとしたこと、まあアレだ、笑いが止まらない、途中から、赤坂さんの顔がかすんで見えなくなった



「……大丈夫ですか?」


「ええ、慣れてますから」


赤坂さんが渡してくれたハンカチで目を拭いながら淡々と言い放つ


「ユアショーック!!!愛で空が落ちてくる〜♪」


「姉さまいい加減にしてください!それにそこは『ユア』じゃなくて『ユーは』です!!!」


桃恵さんにも余裕が無くなってきたらしい、ぴょんぴょん跳び回る青山さんに苦戦の模様だ


「ホントに人騒がせですね青山さんは……」


ソファにぐったりと座り直し、珍騒動を見ながら呆れ声で呟く


「あはは、まったくです」


赤坂さんが三丁目の隣に上品に座り、口に手を当て、顔をほころばせた



「でも……」


「?」


メロンソーダを飲みながら、青山さんが四谷さんのビーカーを蹴り飛ばしたところまで見たとき、ふと赤坂さんが言葉を漏らすのを聞いた



「青山さんには感謝しているんです、桃恵さんも…渋谷さんも…四谷さんも…もちろん私もです」


「……」


黙って聞いていると、今度は憂いを帯びた目で見つめられる


「ですから…仲良くしてくださいな、お隣りさんですし、ね」


にっこり笑う赤坂さん、美人なだけに、様になり、三丁目はただ頷くことしかできない


「どうしたのお二人さ〜ん!愛を囁きあってるのかにゃ〜?」


酔っ払った青山さんがさらに酒を煽りながら絡んできた


「……違いますよ、青山さんの今後の処分について話してたんです」


苦笑しながら三丁目が呟く、見れば赤坂さんも同じ表情をしていた


「えぇッ!?あたしなんかした!?まさか孝太郎様の硝子を叩き割ったやつがバレたの!?」


ちょっとした意地悪のつもりが、こうも隠し事を導き出されるとこっちが困る


「青山さん、これからの奇行はなるべく避けてください、俺でも捌き切れないときはあります」


「えー、わかったよー」


少しは自覚があるのか、すごすごと自分の席に戻っていった


「ふー…」


「三丁目さん」


赤坂さんが微笑み、三丁目の名を呼んだ


「なんですか?」


「ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げる赤坂さん


「まあ…」


少し照れながら頬をかき、ほてりを冷ますため、一口残ったジュースを口に含んだ



「慣れてますから」


一瞬呆けた顔をした赤坂さんだったが、すぐに笑みをこぼし、もう一度御礼の言葉を…


「これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ」


そして二人して一笑し、大音量で歌い続ける青山さんを見ていた






「そういえば」


「はい?」



ふと気付く


「赤坂さん全然歌ってないですね」


見れば桃恵さんも、あの四谷さんさえ少しは歌っている、三丁目の具合いを見るためとは言え、カラオケに来て歌わないのは不自然じゃないか?


「い、いえ、私はいいんです」


手を前に出し、ぶんぶんと振る赤坂さん、焦っているのが目に見えてわかる


「……ひょっとしたらアレですか?」


「…は、恥ずかしながら…」


音痴…、まあ人は誰でも欠点の一つや二つあるものだ…


「意外ですね…、そうだ、俺と歌いませんか?」


「え?」


「二人ならなんか自然に音があってくるとか」


「えと……じゃあお願いしてもいいですか…?」


顔を真っ赤にしながら、小さな声で了承する


「それじゃ曲入れましょう」


適当に見繕い、選曲する、青山さんが歌い終わったら、だな…



「僕の〜地獄に〜音楽はたえなぁ〜い♪イェーイ!!!」


青山さんが歌い終わったようだ


「それじゃ歌いましょうか」


「は、はい」



二人でマイクを貸してもらおうとした、だがどうしたことか、マイクを赤坂さんに渡す青山さんの顔が、今までに見たこと無いくらい固まった




「え゛?藍華ちゃん…うた…うの…?」



すっかり酔いが冷めてしまったらしい、顔面蒼白の青山さん



「そんなに酷いんですか…?」


「う、う〜〜」


どっちつかずの返答、試しに他の三人を見てみると……


桃恵さんはいつも以上、…というか凍っていた

四谷さんは表情を固めたままゆっくりと首を左右に振っている


渋谷さんは…おお!笑顔のままだ!…と思ったら笑顔のまま半気絶状態だった


「だ、大丈夫です!俺がなんとかリードしますからっ!」


「ほんとですか?」


「え、ええもちろんです!」


「う〜、じゃあ最後までちゃんと聞いててくださいね…」


恥ずかしさで真っ赤になった顔で念を押される


「う、歌始まります」


〜〜♪


イントロが始まり、びくびくしながら回りを見ると、この世の終わりみたいな光景だった。そんなにダメならカラオケなんか来るな、と言いたいが、誘った手前、あとにひくことはできない、ふっ…だが多少のトラブルはおてのもの、よもやこんな綺麗なお声の方が突然ジャイ◯ンヴォイスになるはずがない



必死の自己弁護もむなしく、曲がスタートした。よし、まずは俺が…



「こな……」


「こなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁゆきぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」


『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』



「赤坂さん!それサビ!サビ!出だし、違う!!!」


片手にマイク、片手で耳を塞ぎながら赤坂さんに、ってダメだ!もう『入って』る!!!


「ねぇぇぇぇぇ、心まで白くぅぅぅぅぅぅ!!!」


やばい、やばい、音痴とか、歌が下手とか、そんなレベルじゃない、音じゃない、しょ、衝撃波だ!!!マジで心まで白くなる!!!


「染めぇぇぇぇ上ぁぁぁぁげぇぇぇたぁぁぁぁならぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



『ウギャァァァァァァァァァァ!!!!!!』


隣の部屋からも断末魔の悲鳴が聞こえた


「あ、ああああ赤坂さん!!ススススストップ!!!」


聞いてない、というか俺でさえ自分が何を言ってるのか聞き取れ無い


「◯×☆△ЪЖ◎∬!!!!!!」


完全に音として聞こえなくなった、もはやこれは耳を攻撃するだけの兵器に過ぎない


「あかさ────」



突然目の前が真っ暗になり、それからの記憶は、あまりはっきりしない、ただ次の日見た新聞の一面に、担架で運ばれていく自分の姿が写っているのを見て、かなり驚いた、それだけのことさ…

まあ、みんな短所はありますよね

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