一丁目 お隣りさんも…
ヒートアップです
朝の団らん(?)が済んだあと、とりあえず俺と妹はお隣りさんの紫雲寺孝太郎さんを訪ねることにした。ガラスを直してもらうためである。
「なぁ…なんで俺なんだ?雨…」
俺は何か間違ったことをしたのだろうか…、いやしてないはずだ
「だって幹人お兄ちゃん食事が終わったらいつのまにかいなくなってたし、お父さんはあれで、お母さんと行くと……」
「…ああ…そうか…」依然母と共に回覧版を回しに紫雲寺さんの家を訪ねたことがあった。
「あれはやりすぎだったな……」
「うん……」
説明しよう。
お隣りさんこと紫雲寺孝太郎さんは異常なまでの鉱物マニアである、好きがこうじてガラス細工に手を出すようになり、今ではその手の世界でも高い評価を受けているらしい。
一週間に三枚以上ガラスを割る浅岡家としては大いにありがたいのだが、何ぶんそういった高匠は気難しい人が多い、さっきも言ったが、まだ俺が幼いころ、母、小春と共に回覧版を回しに言ったことがあった。越してきたばかりの俺達にとって、はじめてのお付き合いとなるはずだったこのふれあいは、物の見事にはじめての、ど突き合いになった。元を正せば母が悪いのだが、もはや良い悪いを超越して、あの事件はこの千軒町の伝説となった。人々はこの戦いをこう呼ぶ。『千軒町・第一次ジハード』と。第一次だと言うのだから第二次や第三次もあるのでは無いかと思う人もいるかもしれないが、ヘヴィ過ぎて俺の口からは語れない
さて、母とタイマン張るほどの男にどうしてこの平々凡々な俺達がかりだされるのかと言うと、それは妹の中学校の友達がいるからだ。名は紫雲寺雲母、話に聞くところ、孝太郎氏が『うんも』とルビをふるのを家族が必死に阻止したらしい。気持ちは痛いほどわかる、どうしてもアレを連想してしまうからだ。名前についてはお互い通ずるものがあり、俺もすぐに打ち解けた
「というわけで長々と話してしまったが…」
「……サンお兄ちゃん誰と話してるの?」
雨が俺を冷たい目で見ている。うう、やめてくれ、俺はみんなのために丁寧な説明を……
―ピンポーン
雨は構わずインターホンを押した
『はーい、どなたですか?』
インターホンの中から高くて可愛らしい声が聞こえる。
「あ、キララちゃん?あたしあたし、雨だよー」
背伸びして雨がこたえる。我が妹は年の割に小さい。ていうかこの家のインターホンの位置が高すぎるのもあるが…まあ豪邸っていうのはこんなもんなのかね…
「あ、雨ちゃん!おっはよぅ!!それに三丁目のお兄さんも」
大きなドアを体重をいっぱいかけ開けて、キララちゃんが現れた。慌てて支度したのか、髪の毛の一部がピンとはねていた
「おはようキララちゃん」
雨よりわずかに背が高いキララちゃんに愛想良く挨拶した。でも三丁目のお兄さんはどうかと思うぞ?それじゃただのどこにでもいるお兄さんだ
「またガラス?」
「う、うん」
雨は恥ずかしそうに顔を伏せる
「ああ、雨のせいじゃないんだ、うちの馬鹿兄貴がちょっとね」
すかさずそれに弁護した。あの兄貴のせいで妹に負い目を与えるなど、兄として許せないのである。
「あー…、まあ大体の事情は察せます」
「話が早くて助かるよ、どっかのアホにも見習わせたいくらいだ」
それじゃあ幹人さんに失礼ですよぅ、と返すあたり、彼女もある程度のそういった認識はあるらしい。一通り事情を説明したあと、俺達は紫雲寺邸の中に通された
「あ、こんにちは、孝太郎さん」
「おう」
庭で何やら作業する孝太郎氏に挨拶すると、脇目もふらない様子で返事を返された
「ごめんなさい、今おじいちゃん新作の案を練ってて…」
「今度は何を作るの?」
雨が興味津々に尋ねる。
「よくわかんないんだけど、食べられるガラスを作るんだって」
食べられるガラス!?
「へ〜」
雨よ、そこは突っ込むところだ。ていうかガラスを食す時点で本末転倒気味な気がする
「あ、お父さん」
長い長い玄関までの道を歩くと、作業着を来た紫雲寺二代目こと、紫雲寺廉介がニコニコと俺達を迎えてくれた
「やぁ、よく来たね、三丁目くん、雨ちゃん」
奇抜な名前にもすっかり慣れ、廉介さんはにこやかに挨拶した。ああ…隣の庭の芝は青いとはよく言ったものだ
「お父さん、雨ちゃんがガラスだって」
キララちゃんが大まかに用件を告げると、廉介さんは嫌な顔ひとつせず。了承してくれた。
「本当にいつもすいません」
深々と頭を下げる俺に習って、雨も頭を下げる
「いやぁ、本当に」
ん…?
聞き慣れた声がしたので顔を上げると…
「あ、兄貴!?」
「幹人お兄ちゃん!?」
「幹人さん!?」
「こんにちは幹人くん」
廉介さんだけが平然と挨拶をした。
「いつも我が妹と弟がお世話になっております」
「…ッ!一番迷惑かけてんのはおめぇだろうが!」
無性に腹が立ったので、一発ボディブローをお見舞いした。
「…ふふふ効かないねェゴムだか…ごはッ!!!」
雨のソバットが幹人の顔面に決まり、幹人の躯は鮮やかな弧を描いて庭の一角にぐしゃりと落ちた
ナイス、雨
「あはは、浅岡さん家は仲がいいねぇ」
廉介さんが笑う、なんていうかこの人は大物だ
「それで、ガラスの件ですが…」
「ああ大丈夫大丈夫、そろそろ割れるころだと思ったから用意してあるよ」
なんて準備がいいんだ…。いや待て、感動していいのか?
「取り付けはちょっと危ないから…」
廉介さんが言い終えぬうちに、なにやら庭の方で甲高い叫び声が聞こえた
「なんだろう…?」
「なんだろうねぇ」
「ちょっとお父さん!なんだろうねぇじゃないでしょ!」
キララちゃんが廉介さんの袖を引っ張る。
「ハプニングかい?」
いつのまにか復帰した兄貴が顎に手を当てて白い歯を光らす。
うわあ、うぜぇ…
「と、とりあえず行ってみませんか?」
まとまりの無い集団を雨がまとめ、一同は、門の方まで走っていった
――――――
―――
「ふふふ…よる年波には勝てないわね、孝太郎さん?」
「カッ、黙れ妖怪女め、年齢詐称の貴様に言われたくないわッ!!!」
門の前で、我が母と孝太郎氏が一触触発の状態で睨み合っている
なにをやってんですか、あなたたちは
「ふふふ…そろそろ決着をつけましょうか、寿命で死なれたら後味悪いですから」
「フンッ!それはこっちの台詞だ、二度とこの世に転生できなくしてやる」
なにやら物騒な会話が繰り広げられているが、どういう経緯でこうなったのかがさっぱり掴め無い。
と、兄貴が珍しく真剣な顔をして二人を見つめていた
「まさか…302回にわたるジハードが、今日ついに終結を迎えるのか…」
そんなやってたの!?
「それでは第452次浅岡小春VS紫雲寺孝太郎の試合をはじめます、両者準備はいいですか?」
よくわからないが、紫雲寺家家政婦長、青山緑さんがレフェリーをつとめている、さっきの悲鳴は歓喜の悲鳴か、しかも兄貴の言ってたのと回次が違う、結構いい加減だ。
「実況と解説はこの私、家政婦長、青山緑がさせていただきます」
ずいぶんと難易度高いな
「レディー……」
紫雲寺庭が静まり返る
何故か廉介さんは奥さんにお茶をいれてもらってなごんでいた。なんかツッコミどころ満載だ。
家政婦さんがこういう仕事をするべきだろ
「ファイッ!」
わけもわからないまま専業主婦VSガラス職人の戦いがはじまった。
「おっとぉ!浅岡小春!懐から何か取り出したぞぉッ!あれはなんだ!なんとッ!しゃもじだァ!えー、しゃもじという空気抵抗の無い武器を使うことにより素早く動き回る標的に対する威嚇射撃ですねぇ」
なんともはや実況と解説をこなしている。でもあなたは本当にそれでいいのですか?
「それに対し孝太郎氏、時価500万のガラス皿で防御ォ!!!」
や、やめて〜お母さ〜ん
「今度は孝太郎氏が反撃に出ました!なんだ!?あれは!なんだ、なんなんだーッ!!!」
もう完璧ノリである
「はぁ…私実況と解説の両立に、はぁ…限界を感じてきました…はぁ…」
挫折はやっ
「ご安心を」
いつのまにか現れていた実況席に、いつのまにか現れた兄貴が両肘をついて座っていた
「……!」
「ふっ…」
その瞬間、お互いの気持ちが完全にひとつになった、やがて二人は微笑み合うと、真っ直ぐな瞳で堅い握手を交わす。
「解説代わりまして、浅岡家の帝王、浅岡幹人がお送りします」
……
「雨」
「うん」
二人は顔を見合わせ、キララに別れを告げると、裏門から隣にある我が家に速やかに帰宅した