二十七丁目 メイド服と三丁目
「一万ねんと二千ねん前からあっいっしってる〜♪」
何故だ
「ほら!三丁目くん!歌って歌って!イェー!!!」
酔った青山さんがマイクを俺の頬に押し付ける
「姉さまやめなさい、三丁目さん困ってらっしゃるでしょう?」
「なんだよぉー、歌おうぜ桃恵ー!」
「あはは、賑やかでいいですねー」
「……う…ん」
「ねぇねぇ?これこの前の兄妹の禁断の愛を収めた写真なんだけどぉ〜」
カラオケボックスでメイド服のお姉さん達に囲まれる三丁目、全国八割の男が憧れる空間を、残りの貴重な二割に入る男である三丁目は、青山さんの歌を聞きながらがっくりきていた
――――――
『メイド服と三丁目』
―――
朝。
昨日は夜に帰ってきたからもう少し寝たかったが、そうもいかない
今日は静かだ。さすがの雨は風邪を引いていて、まあ風呂上がりに山の中に放り出されれば誰でも風邪をひくだろうが…、といった理由で兄貴も手を出さんだろう
『おはようア・ナ・タ』
「……ベッドから出てください」
横を見ると早良さんがいた
「結婚まではしないって言ったでしょうが」
『じゃあ私との関係は遊びだったって言うのね!?』
「だからー、あ、でもちゃんと関係はあります」
『え?なになに!?』
「彼岸と此岸」
『そんなぁー……』
肩を落とす早良さんを『擦り抜け』着替えて部屋を出る
階段を下りると、親父が紳士服に戻っていた
「おはよう、親父」
「親父じゃない…マス…」
「おはよう母さん」
「あらさんちゃん、今日は早いじゃない」
台所から声が聞こえる、母さんは昨日のことは何一つ覚えてないと言っていた
「兄貴は?」
「なんか今日は大事な会合があるから、って」
「またツチノコか?」
「ううん、今度はネッシーだって」
「一世代古いな…ってうぉッ!!!」
何かが目の前を飛んできた、見れば
「なんでトンカチ!?」
『ちっ』
「早良さん!?」
殺してあの世で一緒になるつもりか
「……今度神主さんとこ行こう」
うまくいけばうまく逝ってくれるかもしれない
「…じゃあ逝って…行ってきます…」
三丁目は後ろに怨念を感じながら家を出た
――――――
―――
「なぁサンチョ」
「だからサン…いやもういい…なんだ?」
机につっぷし、ため息をつく
「昨日なにがあったんだ?神海は風邪をひかんだろう」
「お前が言うなアホの宮、疲れが出たんだろ、山の中で寝てたくらいだからな…」
「は!?温泉てなに!?山の中に隠れた秘湯!?」
「いやちが…、待て、そうか…?」
確かに秘湯だ、消えてしまったのだから
「てことは屋外で女性のあられもない姿が!?あーくそっ!なんで俺を呼ばなかったサンチョォッ!!!」
「そういう思考をしているからだ」
きっぱりと言い放つ三丁目
キーンコーンカーンコーン
「はーい、授業はじめますよー」
営宮涼子先生だ、今日も今日とてあでやかな晴着を着用に及んでいる
「では浅岡くん」
いきなり名指しだ
「昨日温泉で起こった情事を簡潔にかついやらしく述べなさい♪」
「……いやで」
「浅岡くん♪」
「だから…」
「述べなさい」
「はい……」
――――――
―――
放課後になって生徒指導室から解放された俺は、腫れた頬を抑えながら家路についていた。間山先生のパンチが尾を引き、時折よろけながら、車に二、三度ひかれかける
「おやおや?三丁目くーん!おーッい!」
何か聞こえたかい?もちろん俺には何も聞こえないさ!
「おーいおーい!」
さて!家帰って有意義な時間を過ごそ…
「うひゃぁ!」
「ハロー、元気?」
さっきまで豆粒サイズだった青山さんが隣にいた。紫雲寺メイドは縮地も体得しているようだ
「はぁ…なんですか青山さん…」
「温泉は楽しかったかい!?」
「え?ああ…まあ世界は広がりました…」
主に浮世と彼世の
「良かった良かった!お嬢様ったらあまり話してくれないんだもん」
それはまあ仕方ないだろう、説明に困るうえいろいろとショッキングな事件だった
「ところで三丁目くん、今暇?」
「いいえまったく」
「あらぁ?残念ねぇ…」
「その声は……」
渋谷橙子、その人である。というかこの人達はなんで街中でメイド服なんだ。私服なのか?
「せっかく面白い写真を見せてあげようと思ったのにぃ〜〜」
ウェーブがかった髪をふりふりと揺らし、俺を脅迫する渋谷さん、なんだってこの町の住人は俺を巻き込みたがるんだッ!
「あれぇ〜うっかりぃ〜」
渋谷さんが明らかにうっかりでなく、写真を放す、それは風に飛び……
「む?三丁目、どうした道中で、呆けたか?」
絶妙なタイミングで天草が通り掛かりやがる
「なんだこの写真は」
空に飛ぶ写真をつかみ、2秒ほど見た
「三丁目」
そしていやらしく笑い、写真を鞄に閉まった
「………なんか欲しいものあるか天草」
「いい心掛けだな三丁目!まあ貸しはいくつ作っても邪魔にはならないからな、これは私があずかっておこう!」
要約しよう
私はお前から絞れるだけ絞るよ、財布の紐を緩めとけ。
うむ、満点の解答だ。部分点が欲しい人はあとで来てくれ
「さらばだ三丁目、ふははは!なに、愛の形は人それぞれだ!!!お前はなんにも間違ってないぞ!」
「ああそうだな、間違っちまったのはお前の頭だ」
「それではまた明日学校で会えるといいな!」
「待ててめぇ!何する気だ!!!」
「ふははははははは!」
高らかに笑い声を轟かせ、天草はスキップしながら去っていった
「痛みいります」
「桃恵さん……」
数少ないツッコミ役の桃恵さんが、よつんばいになる三丁目の肩をポンと叩く
「お久しぶりです三丁目さん!」
「…う…と……お体…大丈…夫……?」
赤坂藍華さんと四谷紫苑さんだ、赤坂さんとはトーリュ生誕以来となる、ショートカットで赤みがかった茶髪、人懐っこい顔付きが特長だ
「あ、どうも赤坂さん四谷さん」
「……あ…の…」
相変わらず小さな声で四谷さんが呟く
「ああ、体なら大丈夫です、あの薬なんだったんですか?」
それを聞き、ほぅっ、と胸をなで下ろす、どうやら気に病んでいたみたいだ
「……薬の…名前…は……『魔王』……飲めば……ちょっとだけ……超人的…な……力が手に…入る…薬………」
「まさしく、な名前っすね……」
まあいい、もう二度と飲むまい
「早く行こうよー!」
とうとうぐずり出す青山さん
「そういやどこいくんですか?」
他意無く尋ねた、ホントに、つい、だった
「今日は我々は非番なので皆で骨休めに、と思いまして」
「へー…」
やっぱ仕事してるんだな…、そう思う俺は失礼だろうか
「姉さまではありませんが、お忙しくないのであれば三丁目さんも如何です?」
「いやー、俺は……」
問題に巻き込まれたくないというのもあるが、五人のメイドさんに混じって町を歩くのは抵抗がある
「三丁目さんが来てくれると面白くなりそうなんですけどねー」
赤坂さんがにっこり笑いながら、少し残念そうに
「……残…念…」
四谷さんがぽつりと
「めったにないよー?こんな美人さん達と過ごせるなんて!」
むふふ、と笑う青山さんはともかく、確かに予定も無いのに断るのはどうかと思う、それに、中身はどうあれこの人達、外見はテレビや雑誌で見つけても、なんら違和感を感じない顔の造型とプロポーションだ。衆道で無ければ、首を縦に振らない男はいない
「そう…うまくいけばお近づきになってあんなことやこんなことを……」
「何勝手にモノローグ入れてんですか青山さん」
一人俺の心境を代弁したつもりの青山さん、聞こえてないのかまだ続けている
「特に青山緑さん、彼女はモロに俺のタイプだ、
ああ、緑さん…この想いをあなたに……!
ダメよ三丁目くん…!私たちは結ばれぬ運命なの!
いいえ緑さん…たとえ運命が俺達の行く手を阻んでも、俺はあなたをこの腕で抱きしめて見せます……
三丁目くん……!
見つめ合う二人、運命さえも介入を許さない永遠の愛が今ここに!」
「ちょっと失礼します」
桃恵さんが、立場をころころと変え、一人芝居を演じる青山さんに近づいてゆく
「もうダメ…ああん!三丁目くぅん!私をメチャクチャにして!
ふっ、愛してるぜ、緑
私も……って桃恵………さん?」
合掌
「ひぎゃぁぁぁぁ!!!」
すっかり梅雨の空に入った曇り空を、残らずかき消してしまうかとさえ錯覚を覚える叫び声だった
――――――
――――
話を最初に戻そう、青山さんと渋谷さんはまあいいが、桃恵さんと赤坂さん、四谷さんにはなんだか誘ってもらって悪い気がしたので、とりあえずついていくことにした。最初はカラオケとかなんとも庶民的な場所だったが、そこにたどり着くまでがつらかった。
「イェー!」
「姉さま……」
「………」
絶え間無く焚かれるフラッシュの音、近くの公園が一瞬にして撮影会場になり果てた
説明するまでもあるまい、歩いてたら声をかけられ、青山さんが快く承諾し、気付いたらこうなってた
「困りましたねー」
「………!」
赤坂さんは丈夫な精神力をお持ちのようで、苦笑しながらも鼻息の荒い男達に手をふるというファンサービスを忘れない。対して四谷さんには余裕が無いらしく、赤坂さんのうしろにしがみつき、ぶるぶると震えている、……かわいそうなことにそれが逆効果なのだが…
「ご主人様♪」
『ウォォォォ!!!』
渋谷さんは向こうで握手会なぞやっている。あれ…?お金とってないか?
さて、俺は帰るか
どさくさに紛れて帰ろうとすると、ひそひそと声がした
(なんなんだあいつは…)
明らかに俺に向けられたやつだ。視線が痛い
(まさかアレか?彼女達のご主人様か?)
(いや、ないだろ、あんな月並の男がメイドさんを所有するほど裕福には見えん)
(まったくだな、父親に母親に兄に妹を持った、中流家庭に住み、近所の高校で並な成績を取ってそうだ)
(ああ、浅岡って苗字な顔してるぜ)
(名前のことを言うとキレそうな悪癖を持ってそうな立ち振る舞いだな)
(たとえば?)
(そうだな…三丁目とか?)
(ぶはっ、おま、そりゃないだろ!)
(くくく…ないない!)
「てめぇらはなにもんだァァァァ!!!」
我を忘れて人混みの中に飛び込んだ、浅岡の血が自分の体に流れることを少し実感した