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二十六丁目 サラ。ソウジュ

長いです…。細かいことはスルーの方向で

事態は起こった


雨が行方不明になったらしい


動揺するきららちゃんを落ち着かせ、話を聞けば、脱衣所から雨が消えたのは、一瞬の出来事だったそうだ。蘭さんに次いで雨まで、こちらも呑気に構えている暇はない






「いたか!?」


「はぁ…はぁ…ダメ、この旅館広すぎて…それにあれだけいた従業員さんたちもみんないなくなっちゃってる!」


神海が膝に手をつき息をあらげる


「くそ…、雨…蘭さん……」


「あらぁ?らにしてるろぉ?」


シリアスな雰囲気に水を注したのは顔を真っ赤にした母だった



「何こんなときに飲んでんだよ!」


「らりよ〜、ろんでらいわよ〜」


完全に呂律が回っていない、べろんべろんだ



「雨がいなくなっちまったんだよ!」


「雨ちゃ〜ん?」


ああもう!この酔っ払い!


「雨ちゃんらら、さっき部屋にいたわよぉ〜」


「ああわかったわかった!酔っ払いはとっとと……」


待て



「母さん今なんて言った?」


「らから〜、雨ちゃんらら部屋に入ってくろこを見たって〜〜」




「神海!」


「うん!」



「あ!ちょっとぉ〜!」


酒瓶を持った小春を全速力でとおり抜け、雨ときららちゃんの部屋を目指す






バタン!



「はぁ…はぁ…雨!」


激しく息をきらしながら、扉に手をつく、遅れて神海が到着した


「兄貴……」


「何故か部屋にいたらしいね」


腕を組み、座布団の上に座る雨を見据える幹人



「サンお兄ちゃん、どうしたの?そんなに慌てて」


きょとんとしながら泣きじゃくるきららちゃんをあやす雨


「どうしたのってお前!」


「?」


雨の方は首を傾げ、まるで状況を介してない


「お前な……まあいいや、兄貴、蘭さんの方は?」


「今アニマ君とシャウル君、炎泪氏が探してる、まだ見つからないらしい」


「っしゃ、俺達も探すぞ神海!」


勢いよく部屋を飛び出ようとする三丁目、だが


「マイブラザー、これを」



「ん?何だコレ」


それは果たして一枚の紙切れだった


「って読めないんだが」


紙切れにはわけのわからない文字が書かれている。とても読めそうにない


「はっはっは!大丈夫、マイブラザーならそれを使いこなせるさ!」


「…よくわからんが…?もう行くぞ?」


「ああ!蘭氏を無事見つけてきてくれたまえ!」


不思議に思いながらも今度こそ三丁目は部屋から飛びだした


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


その後を追い掛けて神海が部屋を出る




「……みんなどうしちゃったの?」


まだ締め切らない部屋の戸を、呆然と眺めていた雨が誰に言うでも無く呟く


「どうしちゃったのって、みんな…みんな心配したんだよぅっ!ふぇ、ふぇぇぇ……」


きららが涙声で叫び、雨に抱きついた


「よくわからないけど……ごめんねきららちゃん……」


雨はその頭を優しく撫でてやる、泣き疲れたのか、きららはそのまま安堵から眠ってしまった


「きらら君はいい子だね……」



幹人が微笑みながら優しく、穏やかに呟く




「うん……私の…友達だもん…」


嬉しそうにきららの頭をなで続ける雨


「そうだね…」


幹人も頷く




「だけど…」






「え?」



幹人の表情が急に険しくなる



「きらら君はマイシスターの友達だ、君の友達ではない」



淀み無く、迷い無く幹人は言い放った


「なに…言ってるの…?お兄ちゃん……」


信じられない、といった様子で雨が聞き返す


「そして僕も君のお兄さんでは無い、君は誰だい?」



「誰って……あ…」


「僕のマイシスターはもっと可憐だ、もう一度聞くよ?」



幹人の表情から険しさは消えていたが、穏やかとは程遠かった



「君は、誰だい?」




その瞬間



雨の顔をした『誰か』は、口が裂けるほどにやりと笑い、幹人を睨みつけた



「仕方ないわね……あなたはターゲットじゃなかったんだけど…」



「ッ!君は……」







――――――


―――






「ちょっと、なんで、あんた、こういうときだけ足速いのよーー!」


神海はこれでも運動神経に自信があった。だが三丁目に追いつけない


「早くしろ、ったく…」


仕方なく立ち止まる三丁目


「ねぇ…はぁ…それより…はぁ…はぁ…」


「なんだよ」


「警察とかに電話したの?」


「……携帯見てみろ」


「え?」



……圏外


「じゃ、じゃあ旅館の中の…」


「それもやろうとした、最初から妙だとは思ってたんだがこの旅館、通信機器が無いんだ、部屋にテレビすら無かったろ」


三丁目はきっ、と天井を見据え


「なんかおかしいぞ、この旅館…」




――――――


―――






「ひゃウウウッ!!」


『小娘!何をしておる!もっとがんばらぬか!』


「な!なんなんデスカこの人タチーーーー!!」



シャウルとアニマを囲うようにして、同じ制服を着た従業員がヘラヘラと笑っている。


アニマはレーザー(最小限)で応戦し、シャウルは泣きながらひらりひらりと拳を入れる


だがいっこうに従業員は減らない、むしろ増えているようにも見える



『シャウル!』


油断はしていなかった、だが多勢に不勢、シャウルの細い腕は、従業員のひとりが隙間から伸ばした手に、捕われてしまった、一度捕えればこっちのもの、といわんばかりに次々と手が伸びる



「は、放シテ…炎泪サン…!」


『アニマさん!』


炎泪が叫ぶ


『ええいわかっておる!』


アニマの肩から光の剣が飛びだし


『カァァァッ!』


宙空でそれを掴むと、勢いとともに振り下ろした







――――――


―――







凄まじい爆音、旅館全体が衝撃で揺れる


「キャァッ!」



「神海!」


バランスを崩した神海は、成す術も無くその場にまえのめりの体勢で転んでしまう、走っていたのでなおさら勢いがつき、体を強く打ってしまったようだ



「ちょっと待ってろ!」



三丁目が駆け寄ろうとするも、まるで狙っていたかのように追い撃ちが繰り出された。神海の頭上にある大型の電灯が衝撃で外れたのである、それは、いまにも襲いかからんと激しく発光した



「キャァァァァッ!」


頭を抱え、叫び声をあげる神海、三丁目には目の前の光景が、全てスローに見えた


「神海ィ!!!」




届くのは声だけだ、体は30センチ足りない、伸ばした腕は空をきる


ち、くしょ……!



『ギギギギギギ!』




突然そこへ金属音がかけつけ、触手で電灯を横なぎに吹き飛ばす


「ト、トーリュ!助かった!」


『ギギギ!』


「ハハ、お前にゃ助けられてばっかりだな…」


『ギギギギギギ!』


体をコツンと叩くと、とても嬉しそうに体をくねらすトーリュ


だが安心したのもつかの間……


―――ブツン!


「て、停電!?」


揺れのせいでブレーカーが落ちたのか、一瞬にして闇が全ての光を奪い去る


『ギ、ギギギギギ…』


「ダメだ…何も見えん…」


しかし停電は一瞬だった






そう、一瞬だったのだ……




ぱっ、と明かりが復旧する


「つ、ついた」


明かりは点いた


『ギギギギギギ!』


「どうしたトーリュ?」


だがそこにあるべきものが無い



「神海…?」




あたかも闇がともに連れ去っていってしまったかのように…







――――――


―――







「……母さん…」


転がるのは酒瓶、先程まで小春が持っていたものだ


いかに最強の名を欲しいままにする女でも、小春は酒に弱かった。これも狙いのうちというのならば、『敵』はかなり賢いといえる



『ギギ……』


「……」


完全にやられた、防戦すらできなかった。自分たちはさしずめ、逃げ場のないオリの中で逃げ回る鼠もいいところだ


「……シャウルは?」


力無くかぶりを振り、アニマが抱える炎泪に尋ねる


『連れていかれました……私は…何もできなかった…』


悔しそうに刃を震わす炎泪さん


『……三丁目、そちの兄者と父上は…?』


「…部屋見たけど、も抜けの空だった、雨も…きららちゃんも……」




なんなんだ……『敵』は何がやりたいんだ……




残ったのは三丁目、トーリュ、アニマ、炎泪


『敵は…生身の人間しか狙ってないようですね…』


炎泪さんが呟く


『ギギギギギ…』


『何故じゃ三丁目?』


「いや、俺に聞かれても……」


『そうじゃの……、それより先刻から気になっておったのじゃが、三丁目、ポケットからはみだしておる紙切れはなんじゃ?』


「紙切れ……?」


兄貴からもらったものだ、俺なら使いこなせると言っていた、だが使いこなせる以前に読めないのだ


『貸してみろ』


「読めるのか!?」


『おそらくな……先日蘭のやつが点検時にわらわに言語翻訳機能を付け加えたようじゃ、自分ではまったく気付かぬがの…』


「それで、なんて!?」


『そう急くな、解析中じゃ』


アニマの両目から赤い光が照射され、紙切れの文字をなぞるように照らしてゆく


『む?解析はできたぞ、だが意味がわからん』


両目から光が消え、機能の停止音が聞こえた


「解読してくれ、頼む」


『うむ』


【親愛なるマイブラザーへ、本日はお日柄も良く、ますますご清澄のことかと思われます。えー、では手始めに、先週のジャンプの感想を……】


「……三行ほど飛ばして読んでくれ」


『いちいち注文の多いやつじゃ』


文句を言いながらも、しぶしぶと読み直す


【マイブラザー、君とお父さんは大丈夫だ、本来なら僕も大丈夫なはずなんだが、少し危ないかもしれない、僕に変わって事件を解決してくれ、そう!


じっちゃんになりかけて!】



…………



「……アニマ、そこじっちゃんの名にかけてじゃないか?」


『む、男が細かいことを気にするでない』


細かいことかどうかは別にして、兄貴、お前のじいさんはお隣り中国で隠し子を作ってたぞ?その名にかけられるのか?



『でも文面からすれば敵は女性の方だけを狙っているようですね?』


「え?」


炎泪さんが感想を述べた


確かにそうだ、だがアニマは……



「生身の女性…か…」


きっとロボットは女と判断できなかったんだろう、これで、最初に消えた蘭さんの一番近くにいたアニマが捕まらなかった理由がわかる


「だけどなんでだ?」


腕を組み頭をフル回転するが何も思いつかない


『その前にそちの父上も兄者も消えてしまっておるではないか』


そうだ、兄貴がでたらめを言ってないなら、親父と兄貴が消えるのはおかしいのだ


『とりあえずこの旅館を出ましょう、シャウル達が心配ですが、私たちも安全だとは限りません…』


「そうですね、外なら携帯も通じるだろうし…」


『ギギギギギギ!』


「どうしたトーリュ?」


激しく体を震わすトーリュ


『三丁目さん!』


炎泪さんが声を張り上げ、刀身を震わせた


『来るぞ!』


「え?なにが?」


だが後ろを振り返ってすぐわかった。大量の従業員がこちらに向かって突進してくるではないか!


「う、うそぉッ!」



捕らえるなどと生やさしいもんじゃない、やつら、手にモップや土間箒、おもいおもいの武器を持って完全に殺る気だ!


「従業員にはやる気の方が大事だろ!」


『何を言っておる!』


アニマに諭されツッコミをやめる、だがいい加減兄貴の言ってることが信用できなくなってきた


『逃げましょう!トーリュさん、気持ちはわかりますがあの従業員、一筋縄ではいきません!』



『ギ、ギギギ…』


触手を振り下ろそうとしていたトーリュの動きがピタリと止まり、すすすっと触手を体に戻す


「た、退却〜!」


後ろを振り返り一目散に逃げ出す三丁目、だが、お約束は忠実に守ってますが何か?という感じで反対方向からも従業員の群れが!狭い廊下に挟み打ち状態になる


『仕方ありません……これだけはやりたく無かったのですが……』


「炎泪さん?」


にやにやしながら、じりじりとにじり寄る従業員達から目を反らさず、炎泪さんの名を呼ぶ


『三丁目さん!私を抜いてください!』


「は?」


アニマの手からひょいと離れ、炎泪さんは三丁目の手に収まった


「いや…」


『早く!時間がありません!』


あれ…前にもこういう状況が……



『大丈夫、気を失ったりはしません、ただ少し筋肉痛がつらいでしょうが……』


「ほ、本当にそれだけですか?」


『仮にも伝説の剣です、嘘はつきません』


炎泪さんが嘘をつくとは思えない、横を見ればアニマもトーリュも臨戦体勢に入っている。従業員の距離がさっきより縮まっているのは言うまでも無い


覚悟はいいか?オレはできてる……



「炎泪さん!信じますよ!」


三丁目が炎泪を鞘から抜く、それが合図となったのか、従業員が一斉に襲いかかってきた


『ゆくぞ!』


『ギギギギギギ!』


アニマもトーリュも暴れ出す


『三丁目さん!私の指示通りに動いてください!』


「は、はい!」


ぎこちなく炎泪を構えて三丁目は従業員の群れに立ち向かった



『いきますよ!右!』


「み、右!」


言われた通りに右に移動し、従業員の体を打ち付ける、峰打ちだ


『左!』


「ひ、左!」


今度は左から襲ってくる従業員の攻撃を紙一重でかわしつつ、ガラ空きの脇腹を横一線に振り抜いた。声も無く倒れる従業員A


しかしコツがわかってきた。慣れれば炎泪さんの声に従うだけでいいのだ



『右!』


「右!」


『左!』


「左!」


『上!』


「う、上!」


とりあえずジャンプしてみる、アニマが吹き飛ばした従業員が床を滑ってきたので、ともすれば巻き添えにコケていた


『右!』


「右!」


『下!』


「下!」


『B!』


「B!?」


今度ばかりはわからない、Bってなんだ!ゲームのコントローラーかッ!


「び、B!」


とりあえず叫んでみる


『よし!』


「いいの!?」


いいらしい


『↓↑←↑←→!』


「↓↑←↑←→!」


もはや自分でも何を言ってるかわからない


『三丁目さん行きますよ!これで必殺!


→←↑↓↑ABXY!

LR同時押し!!!』



押しってなんだ!押しってーーーー!



「→←↑↓↑ABXY!

LR同時押し!!!」


もうヤケだ



『よし!三丁目さん!私を前に!』


「こ、こうですか?」


『行きます!詠唱を開始してください!』


あれだけのコマンド打ち込んで今から詠唱かよ!


『水道トラブル五千円!トイレのトラブル八千円!パイプのトラブル八千円!安くて早くてみんな死ねェッ!』


なに口走ってんすかあんたはーーーーッ!


『早く!グズグズしている暇はありませんよ!?』


「す、水道トラ(中略)安くて早くてみんな死ね…?」


『完成です!喰らえ、俺の右手が真っ赤に…』


「わ、わ!いいから早く!」


洪水のように押し寄せてくる従業員がもはや、流れ込んできた


『ギギギギギギ!』


『な、なんなのじゃこやつら!』


アニマもトーリュも流されてしまいそうになる



『三丁目さん!』


「は、はい!」


『オォォォォォ!!!喰らいやがれ!レイガーーーーーーーーッン!!!』


剣、かんけーねェーーーーッ!!!!!!






炎泪さんの剣先から出た青い霊力の塊は、従業員を紙屑のようにけちらした、まばゆい光が旅館内のくぐもった雰囲気を吹き飛ばし、周囲は圧倒的な光に包まれた……







――――――


―――







「で、どうするんすかコレ」


『すみません……ああなると歯止めが…』


焼け野はらになった旅館跡に立ち尽くす三丁目と炎泪、アニマとトーリュの姿は無い




「そしてあなたは誰ですか?」


焼け跡に目をやれば、白装束を纏い、すんすんとすすり泣く少女がいた


『ここまで…ひぐっ…すること…ひっ…無いじゃないですかぁっ……ひぐっ……』


ぺたりと地面に座り、泣きじゃくる少女



『私は…ひぐっ……』


「あー、とりあえず旅館をこんなんにしたのは謝ります……」


なんたって跡形も無いのだ、まだ深夜なので、肌寒ささえ感じる


『おのれ……!この恨みィ…はらさでおくべ〜き〜か〜』


唇をきっ、と結んで片手を振り上げる少女、するとどうだろう、先程の従業員が瓦礫の中からユラユラと立ち上がり、こちらにやってくる


「うわっ、え、炎泪さん!」


『……残念ながら』


「え゛?」


全身が痛い、ていうか動かない


「こ、これ…きんにくつう…?」


『……はい』


そんなレベルじゃないだろう、ミリ単位で動かしても電気を流されたように痛むのだ


『ふふふ…か〜く〜ご〜』


懸命に迫力をつけようとしているのはわかる、だが顔が幼いため、おどろおどろしささえ感じない、このあと両親によくできました、と頭を撫でられる姿が容易に想像できる


『う〜ら〜め〜し〜や〜』


少女が腕を振り下ろした。途端従業員が襲い来るが……






ちゃーらー♪ちゃっ、ちゃっ、ちゃっ、ちゃ〜♪


暴◯ん坊将軍のテーマだ


「はーっはっはっはぁっ!」


月明かりに照らされ、小高い丘の上に


どこから調達してきたのか、真っ白な馬にまたがる…



「親父!?」



がいた。



『な、なにあれ…』


少女も驚きで言葉を失っている


「…なにやってんだあのアホは…」


そのまま崖から飛び降り…


『え?』










少女の真上に落下した










――――――


―――




「ワケを話してもらっていいかな?」


『うぅ…』


地べたに正座する少女



「俺は浅岡三丁目、で、こちらが…」


『炎泪です』


少女は真っ赤になった目で三丁目を見て


『ぷっ!三丁目て……』


久しぶりのリアクションだ



「……まあいいや」


もう慣れている、諦めるのも



『私は早良(さら)、見ての通り幽霊です』


「……そうですか」


『……三丁目さん』


慣れとは恐ろしいものだ



「で、その早良さんはなんで俺達を?てかみんなどこいるんです?」



『みなさんなら森で寝ています…』


早良さんの視線は切り崩された山にあった。ぽっかりと木の無い場所がある


『…あれは忘れもしない20余年前……』



早良さんの方を見れば、うるうると目に涙を溜めながら、自分の世界に入っている


「聞いてもないのに語り始めましたね…」


『まあ聞きましょう…』


炎泪さんがため息をつく、ように見えた


『私のうちは代々巫女の家系で、古くは神社でお払いや、祈祷をして近隣の村々とお付き合いしていました……、でもある日お母様が……



『神社なんて儲からないわ!これからは温泉よ!バブルの風に乗るのよ!』


とか言い出して、突然神社をとり潰し、この『木野沢温泉、麗遊』を建てたんです、最初はお祖母様も大反対していたんですが……



『ま、儲かりゃいいんじゃね?ほら、広間で祈祷サービス!みたいな?』


と、ノリノリになり、一時は繁盛はしていたんですが…ある日悲劇が起きました…』


抑揚をつけるため、一旦話を停止する早良さん。リアクションを待っている、のか……?


「わ、わ〜、気になるなぁ〜〜」


『三丁目さん……』


そんな目で見ないでくれ炎泪さん……




『コホン、ある日やってきたお客さんが酔っ払って、なんと私の!私のお尻を…!!!ふぐぅっ…!』


口を抑えてむせぶ早良さん


『そのお客さんをちょっと巫力で呪い殺そうとしただけなのに、たちまち悪評が広がって……バブルもはじけて木野沢温泉は……』


「………同情していいのかどうかわかりませんね…」


早良さんは気にせず続ける


『不遇の一家離散、私は当てがあるはずも無く、さ迷い出て…気付いたら……』


「幽霊になっていたと」


『…はい』


早良さんはがっくりとうつむいてしまった


「で、それでなんで俺達に?」



『よくぞ聞いてくれました、温泉は潰れてしまったものの、私には夢がありました……』




「……夢、ですか…」


『はい、それは……』


話を止め、拳を固める



『お嫁さんになることです!』



………



「えらく微笑ましい夢ですね……」



『いいじゃないですか!私の家系は巫女だから結婚できないんです!でも幽霊になっちゃえばそれは別!文字通り第二の人生を!!!』




なるほど…わかった。逆だったんだ



『幽霊となった後、私は巫力を使って温泉を作り、町に繰り出しました。そこで福引きをやってるのを見つけて、そこの店長に化けて……』




それで男を集めようとしたんだろうが、10人は欲張り過ぎだろう。まあ気の毒なことに、わけのわからない俺達、千軒町きっての名物を引き当ててしまったんだが……






『でも女の比率の方が多くて……最初に声をかけた女性は幽霊の体を研究させてあげるから、とか言ったらホイホイついてきたけど、次にさらった女の子はキャアキャア叫んで暴れ回るし……ほらこれ…』


早良さんの首筋に青痣が見えた、物理法則とかまったく無視だ



「ん?じゃあなんで親父と兄貴さらったんですか?」


早良さんはめくった襟を戻すと、ため息をつきながら


『あなたのお兄さんは私の正体がバレかけてたからです、町とかで言い触らされたら成仏させられてしまうし……あなたのお父さんは…』




…なんとなくわかった気がする



「酔っ払ってたからですか」



『はい…』




早良さんがこうなった直接的な原因では無いにしろ、早良さんにとって『酔っ払った男性』はさぞかしトラウマになったことだろう



『もう迷わずさらう、というか飛ばしました、酔って近づいてきたのが恐くて……』




「俺一人になって旅館から出ようとするもんだから、焦ってあれですか」


従業員の群れは早良さんの焦りの現れだったようだ



『うぅ…これから私はどうすれば……旅館は『全壊』してしまうし……』


全壊、だけ強調する早良さん


「う……」



破壊した張本人、炎泪さんを見る


『…私とシャウルは居候の身ですから…』


…………




「良かったら俺の家に……」


俺も共犯者みたいなものだ…


『え!?結婚してくれるんですか!?』


「いや、そこまでは……」






肩を落とし、泣きたくなる三丁目、なんの罪もないが、なんだかミスターパワフルの店長を無性に殴りたくなった

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