二十五丁目 ミッシング
三丁目達が温泉宿に着くちょうど一時間ほど前……
―千軒町にて
「ふーっ、福引き大盛況でしたね副主任!」
「ああ、これでチェーン店舗拡大も夢じゃないってか?」
「はは!そりゃ気ィ早いっすよ副主任!」
「そうかぁ?このままいけば俺が店長の座も……」
「オホン!誰が店長だって?」
後ろから声をかけられ硬直してしまう二人
「よ、横井店長!いや今のは軽い冗談ですよぉ、あはは…」
「だといいがね、どうだったね?福引きの方は」
『はい?』
目を丸くして店長を見つめる二人
「な、なんだね二人して…」
「いや、だって福引き横井店長、自分で担当してたじゃないっすか!」
「は?何を言っとるんだ君は、私は今来た所だぞ?」
「???」
会話が噛み合わない
「ほら特賞の木野沢温泉が浅岡さん家の三…三…なんでしたっけ?」
「三丁目?」
「そうそう三丁目くんに当たったって……」
「ますます言っとることがわからんぞ?それに特賞は温泉じゃなくてブドウ狩りだ」
「………」
黙ってしまう三人
「すみません……疲れてるみたいなので自分帰ります……」
「……自分も…」
「あ、ああ、養生してくれ……」
首を捻り、とぼとぼと帰って行く二人を見ながら、横井氏はふと思い出した
「木野沢…?確かあそこは……」
――――――
―――
話しを戻して木野沢温泉、それぞれ二人ずつ部屋を割り当てた三丁目たちは、ツアー目玉の温泉に入ろうとしていた
「お?どうしたアニマ」
女湯の前に立つアニマに声をかける、しっかり浴衣を着ているあたり、こいつもそれなりに楽しみにしていたのだろう
『三丁目、そちも湯浴みか?』
「普通に風呂って言えよ……、お前は入ったのか?」
『むぅ……』
眉を寄せて唸るアニマ、いつもらしく尊大な態度があまり見られない
「なんだ調子でも悪いのか?」
『違うわ、そち、蘭を見なかったか?』
「蘭さん?いや見てないけど……」
『そうか…、ふむ…』
顎に手をあてなにやら考えこんでしまう
「……なんかあったのか?」
『いや……、蘭のやつ、わらわが着替えておる間に『わたしが一番風呂〜!』とか抜かしてわらわを置いて先に行きおったのじゃ』
「それで来てみたらいなかった、と」
『うむ』
「なんか忘れて部屋戻ったんじゃねぇか?戻ってみた?」
『むぅ…そうかもしれぬの…』
妙だ。いつもの元気が無い気がする
「大丈夫かお前」
『……フン!下々のものに心配されるほど落ちぶれておらぬ!ちと点検した体の具合いに慣れぬだけじゃ!』
「まあそんだけ言う元気がありゃ大丈夫だな」
一笑してアニマの肩をたたく、毒気を抜かれたのか、アニマもふぅっ、と息を吐いて苦笑した
『……すまぬの』
「ん?なんか言ったか?」
『…ッ、もうよい!』
「なんだそりゃ…」
三丁目が意に介せぬまま、アニマはのっしのっしと部屋に戻っていってしまった
「…まあいいか、蘭さんのことだから大丈夫だろ」
どうせ旅館内を探検して迷子になったとかその程度だ
三丁目は気を取り直し『男』ののれんをくぐった
「はっはっはっ!マイブラザー!遅かったでは無いか!」
「兄貴が早すぎんだよ!」
こっちも蘭さんのことを言えたもんじゃない。男女の比率上仕方ないとはいえ、最重要要注意人物と一緒の部屋なのだ
「なぁ兄貴、蘭さん見なかったか?なんか見当たらないらしいんだけど」
浴衣を脱ぎながら、全裸のまま扇風機の前に仁王立ちし、宇宙人の真似をして遊ぶ兄貴に尋ねる
「ら〜ん〜氏〜な〜ら〜」
「普通に喋れ」
「ふぅ、やれやれ、やはり湯に入る前の扇風機にはキツイものがあるなぁ」
当たり前のことに深く納得する兄貴、情操教育からやり直した方がいいかもしれない
「蘭氏なら見てないが?」
「そうか、ならいい」
余計なことを話せば余計なことになるのは目に見えている
「蘭氏を探しているアニマ君を気にかけているんだね……、我が弟ながら優しい…、優しすぎるぞマイブラザァッ!!!」
「聞いてたのかよ、その前にいい加減風呂入れ、鳥肌立ち過ぎて見るに耐えん」
「おお!聞きましたか我等が主よ!この慈愛!彼なら世界をぐぶぉッ!!」
「やかましいわッ!」
延髄蹴りがクリティカルヒットし、兄貴はそのまま湯舟にナイスオン!
「ってやべッ!」
兄貴はどうなったっていい!だが他のお客さんが!
「あのッ!すみませんでした!こいつ本当ダメなやつで!!!」
脱衣所から浴場に飛びだし、全力で謝る三丁目、だが……
「…あれ?」
他の客など誰もいない、兄貴が飛び込んだ浴槽の水が豪音を起ててあふれるだけだ
「どうしたんだい?」
「いや、他のお客さんいねーなって……」
いつのまにか優雅に湯につかっている兄貴はともかく、本当に誰もいなかった。水の流れる音だけが単調なリズムで耳に入り、薄気味悪ささえ感じてしまう
「なぁ兄貴……パンフレットに貸し切りとか書いてあったか?」
「僕の見る限りでは書いて無かったと思うが?」
ひょうひょうとうそぶく兄貴、こいつの図太い神経は、物事を繊細に考えることをしないようだ
「いやー良い湯だな、あははん!」
脳天気な兄貴に腹立たしさを覚えつつも、くしゃみをして体が冷えていることに気付き、三丁目も湯舟につかった
――――――
―――
「神海さん大丈夫?」
「うー、のーぼーせーたー」
「杏奈お姉ちゃんうとうとしてるからー」
一方ここは女湯の脱衣所、扇風機の風に当たりながらあられもない姿でぐったりする神海と、それを見て苦笑する雨ときらら
「良い湯だったねー雨ちゃん」
「うん、でも誰も人いなかったね、貸し切りなのかな?」
上着に袖を通しながら、牛乳をゴクゴクと飲み干すきららに問い掛ける
「ぷはっ、まだお昼くらいだからじゃない?みんなお昼ご飯食べてるんだよ、きっと」
「そうかなー……」
なんとなく釈然としない雨だったが
「っくしゅっ!」
「神海さん!?」
振り返ると、神海が椅子からずり落ちていた
「ちょっと杏奈お姉ちゃん!雨ちゃん、足持って!」
「え?う、うん」
きららがぐったりとする神海の脇に腕を通し、雨が足を持つ、だが雨の力が強く、パワーバランスが取れない
「あ、雨ちゃんもうちょっと足下げ…きゃぁっ!」
「え?きららちゃん!急に放しちゃ…!」
「ギャンッ!」
きららが放してしまったせいで頭から落下する神海、星が飛び、完全に伸びてしまった
「あはは…失敗失敗…」
「失敗じゃないでしょ!神海さん大丈夫!?」
返事が無い、ただの屍のようだ
「だ〜れ〜が〜屍にゃ〜……」
神海がむにゃむにゃと呟く
「とりあえず運ぼ、トーリュ!」
『ギギギギギ!』
水浴びをしていたトーリュの触手を拭いてやり、その触手を神海に巻きつける。絵的に危険なものがあるが、気にしない。要は気の持ちようだ
「ふぅ、さて出よっか、そういえば雨ちゃんのお母さんは?」
「うん、なんかお父さんが酔っ払っちゃったからおとなしくさせてから来るって」
「ふ、ふ〜ん…」
『ギギギギ?』
神海をぶら下げたままトーリュの体がくねくねうねる
きららがのれんをくぐると
「あれ?シャウルちゃん、遅かったね」
「ハイ、炎泪サンが……」
『ダ、ダメですシャウル!ここの湯、ナトリウムが!さ、錆びてしまいます!』
シャウルの腕の中で狂ったように暴れる炎泪、イメージが台なしである
「あー、炎泪さん預かろうか?」
「じゃアお願いしてもヨイですカ?」
「うん、はい」
きららが炎泪を受け取り、ようやく落ち着く炎泪
「アレ?」
「どうしたの?」
きららが尋ねる
「雨サンは一緒じゃナイんデスカ?」
「…え?やだなー、雨ちゃんなら後ろ…に……」
きららが振り向くと、しかしそこには誰もいない
「雨…ちゃん…?」
……脱衣所では、扇風機が誰もいない空間で首を振っている以外、動くものはなかった
――――――
―――
「あら…?どうかなさいましたか…?」
『む?なんでもない、人を探しておるだけじゃ』
廊下を歩いていると、先程の女将とすれ違った。馴れ馴れしい態度にむっとしながらも答える
「わたくしも一緒にお探ししましょうか…?」
なんだこいつは、構うなというのに
『なんでもないと言っておろう!下がれ!』
「そうですか……それは差し出がましい真似をいたしました……」
残念そうに頭を下げる女将
…………
『……一応礼を言う、下がって良いぞ…』
「はい…」
アニマも成長しているらしい、少しだけでも心がチクリと痛んだのだろうか
「でも……」
『?』
すれ違った背後から女将の声が聞こえ、耳だけ傾ける
「お連れの方は見つかりませんよ……」
『!』
即座に振り向くアニマ、だが、いない…、姿が消えてしまった……
『蘭……』
返事は、無かった
ちょっとシリアスパートが続きますが、お付き合いくださいませ…